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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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10/100

第十話 おばあちゃんの秘密



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第十話 おばあちゃんの秘密


 コン。


 コン。


 玄関を叩く音が、夜の牧場に響きました。


「箱を返してもらおう」


 低い男の声。


 楓夏は、おばあちゃんの手を握りました。


 おばあちゃんの手は、冷たく震えています。


「おばあちゃん……怖いの?」


「……少しね」


 おばあちゃんは、楓夏を抱き寄せました。


「でも、大丈夫よ」


 そのとき、お父さんが玄関へ向かいました。


「俺が話す」


 お母さんも後ろからついていきます。


「警察には連絡したの?」


「今、連絡している」


 お父さんは小声で答えました。


 玄関の扉は開けません。


「誰ですか?」


 しばらく返事がありませんでした。


 やがて男が言いました。


「あなたのお母さんが持っているものを返してもらいたい」


 楓夏は、おばあちゃんを見ました。


「おばあちゃんが持ってるもの?」


 おばあちゃんは黙っています。


 木の箱は楓夏が持っています。


 でも――。


 まだ何かある。


 楓夏には、なぜか分かりました。


 そのとき。


 窓の外の白樺が、強く枝を揺らしました。


『ふうか』


「なあに?」


『おばあちゃんの部屋』


「部屋?」


『机の下』


 楓夏は、おばあちゃんの部屋を見ました。


「おばあちゃん」


「どうしたの?」


「机の下に何かある?」


 おばあちゃんの顔が、さっと青くなりました。


「……どうして?」


「木が教えてくれたの」


 おばあちゃんはしばらく楓夏を見つめました。


 そして、静かに息を吐きました。


「やっぱり……あなたには聞こえるのね」


「何が?」


「森の声が」


 楓夏は目を丸くしました。


 おばあちゃんは立ち上がると、古い机の前へ行きました。


 引き出しではありません。


 机の下にある小さな板を外します。


 その奥から、古い布に包まれたものを取り出しました。


 包みを開くと――。


 そこには、一冊の古いノートがありました。


 表紙には、木の葉の模様があります。


「これは、ひいおばあちゃんの日記」


「日記?」


「ええ」


 楓夏はノートを見つめました。


「どうして隠してたの?」


 おばあちゃんは、悲しそうに笑いました。


「怖かったから」


「何が?」


「この日記には、昔の事件のことが全部書かれているの」


 おばあちゃんはノートを開きました。


 最初のページには、古い日付がありました。


 そして、その下に一行。


 『森の声を聞く子が生まれた』


 楓夏は息をのみました。


「これ……私?」


「違う」


 おばあちゃんは首を横に振りました。


「あなたのひいおばあちゃんのことよ」


「ひいおばあちゃんも?」


「ええ」


 楓夏は驚きました。


 自分だけではなかった。


 自然と話せる人は、昔にもいたのです。


「じゃあ、おばあちゃんも?」


 おばあちゃんは少し困ったように笑いました。


「私は、ほんの少しだけ」


「少し?」


「木の声が聞こえることがあった。でも、動物や川までは聞こえなかった」


 楓夏は、ノートをめくりました。


 そこには、森で起きた出来事が書かれていました。


 動物たちの異常。


 魚の減少。


 森の中に捨てられたもの。


 そして――。


「これ……」


 あるページに、現在の黒い袋と同じような絵が描かれていました。


 お父さんも覗き込みます。


「昔にも同じことがあったのか」


「そう」


 おばあちゃんが答えました。


「でも、ひいおばあちゃんは証拠を集めている途中で、姿を消したの」


「え?」


 楓夏の声が小さくなります。


「どこへ行ったの?」


「分からない」


 おばあちゃんは首を横に振りました。


「海へ行ったと言われている。でも、帰ってこなかった」


 部屋が静かになりました。


 楓夏は写真を見つめました。


 そこには、笑顔のひいおばあちゃん。


 そして、その足元にキタキツネ。


「ひいおばあちゃんは……死んだの?」


 おばあちゃんは、しばらく答えませんでした。


「ええ」


 やがて静かに言いました。


「でも、私はずっと思っていたの」


「何を?」


「母は、最後まで森を守ろうとしていたんだって」


 そのとき。


 木の箱が、楓夏の腕の中で小さく震えました。


 カタ……。


「え?」


 箱の蓋が少し開きます。


 中から、一枚の写真が滑り落ちました。


 おばあちゃんが写真を拾った瞬間――。


 顔色が変わりました。


「これは……」


 写真には、ひいおばあちゃんが写っています。


 その隣には、若い頃のおばあちゃん。


 そして、もう一人。


 赤い帽子をかぶった若い男性。


「この人……」


 楓夏が言いました。


 おばあちゃんが震える声で答えます。


「今回の事件に関わっている人の……父親よ」


 楓夏は写真を見つめました。


 つまり、この事件は昔から続いていた。


 そして、今の事件を起こしている人たちは、昔の事件を知っている。


 そのとき――。


 外から突然、大きな音がしました。


 ガシャン!


「何だ!」


 お父さんが窓を見る。


 玄関の外に止まっていた白い車が、急発進していました。


 男が逃げたのです。


「待って!」


 お父さんが外へ出ようとします。


 しかし楓夏は、窓の外を見ていました。


 森の木々が激しく揺れています。


『ふうか』


「うん」


『海へ』


『急いで』


 楓夏は驚きました。


「どうして?」


『まだ間に合う』


「何に?」


 木々は答えません。


 ただ、遠くの海のほうへ枝を向けています。


 そして、その瞬間。


 楓夏のペンダントが、今までにないほど熱くなりました。


「熱い……!」


 おばあちゃんが楓夏を見つめます。


「それは……」


「どうしたの?」


 おばあちゃんの目に涙が浮かびました。


「母が最後に持っていたものと同じなの」


 楓夏はペンダントを握りました。


「じゃあ、ひいおばあちゃんは……」


 おばあちゃんは答えませんでした。


 ただ、古い日記の最後のページを開きました。


 そこには、たった一行だけ書かれていました。


 『もし私が戻らなかったら、海辺の大きな岩の下を探しなさい。』


 楓夏は顔を上げました。


 海辺の大きな岩。


 それは、昨日、海で見つけた木の板の近くにあった岩でした。


「お父さん!」


 楓夏は走り出しました。


「海へ行こう!」


 外では、月明かりの下で森が大きく揺れていました。


 まるで、ずっと待っていた秘密を――。


 今度こそ楓夏に見せるように。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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