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『世界樹の少女と、終わりの魂』  作者: 雨宮ぐみ


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第十二話 森の中のもう一人



前書き


この物語は、目には見えないものに耳を澄ませながら、自分自身の運命と向き合っていく少女・楓夏の物語です。


森の声。


魂の記憶。


ご先祖様から受け継がれる想い。


そして、まだ誰にも決められていない未来。


私たちは、日々の中で「どうしてこんなことが起きるのだろう」「なぜこの人と出会ったのだろう」と、不思議に思うことがあります。


もしかすると、その出来事には、目には見えない意味があるのかもしれません。


楓夏もまた、森から聞こえる不思議な声をきっかけに、さまざまな魂や未来と出会い、自分が何者なのかを知っていきます。


けれど、この物語で描きたいのは、特別な力を持つ少女の冒険だけではありません。


大切な人を想う気持ち。


失った人への愛。


自分では変えられない過去。


そして、これから先をどう生きるのかという「選択」。


どんなに過去を変えたいと思っても、起きてしまった出来事を消すことはできません。


それでも、その経験を抱えたまま、未来へ進むことはできます。


誰かに決められた運命ではなく、自分自身で選んだ道を歩いていく。


その先に、どんな未来が待っているのか――。


楓夏と一緒に、森の声に耳を澄ませながら、この物語の世界を旅していただけたら嬉しく思います。


あなたの心にも、いつか小さな「声」が届きますように。


そして、その声があなた自身の未来を選ぶための、優しい道しるべになりますように。

第十二話 森の中のもう一人


 海岸に警察の船が到着したのは、夜の八時を少し過ぎたころでした。


 黒い袋を積んでいたボートは止められ、乗っていた男たちは警察に連れていかれました。


 けれど――。


 楓夏の心は、まだ落ち着きません。


 さっき森の中で見た人影。


 あれはいったい誰だったのでしょう。


「お父さん……」


「どうした?」


「森に誰かいた」


 お父さんは森を振り返りました。


 月明かりに照らされた木々は、静かに揺れています。


「本当に?」


「うん」


 楓夏はうなずきました。


「男の人だった」


 そのとき、キタキツネが楓夏の足元へ近づいてきました。


『ふうか』


「コンちゃん?」


『まだ、帰らないで』


「どうして?」


 キツネは森の奥を見つめました。


『森が、何かを隠してる』


「何を?」


『分からない』


 珍しく、キツネにも分からないようでした。


 すると、一本の木が大きく枝を揺らしました。


『こっち』


 楓夏は顔を上げました。


 海岸から少し離れたところに、大きなトドマツがあります。


 その木の根元に、小さな穴が開いていました。


「ここ?」


『うん』


 楓夏がしゃがむと、穴の中から小さな金属音が聞こえました。


 カチン。


 何かがあります。


「お父さん!」


 お父さんがやってきました。


「どうした?」


「ここに何かある」


 お父さんが懐中電灯で照らします。


 すると、土の中に小さな缶が埋まっていました。


 古い缶です。


 お父さんが慎重に取り出しました。


「また箱か?」


「ううん」


 楓夏は首を横に振りました。


「これは……もっと古い」


 おじいちゃんが缶を見つめます。


 そして、驚いた顔をしました。


「この傷……」


「知ってるの?」


「ああ」


 おじいちゃんは缶の側面を指しました。


「これは、昔の猟師が使っていた印だ」


 蓋を開けると、中には古い鍵が一本。


 そして、小さな紙が入っていました。


 お父さんが紙を広げます。


 そこには、たった一つの数字が書かれていました。


 「17」


「十七?」


 楓夏は首をかしげました。


 すると、後ろから声がしました。


「それは、場所を示しているんです」


 楓夏たちは一斉に振り返りました。


 そこに立っていたのは――。


 昨日牧場を訪ねてきた女性、沙織でした。


「沙織さん?」


 お父さんが驚きます。


「どうしてここに?」


「あなたたちを追ってきました」


 沙織は息を切らしていました。


「警察から、昔の資料について聞かれたんです。でも、その前にどうしても伝えなければならないことがあって」


「何を?」


 沙織は楓夏を見ました。


「この森には、昔から『17番目の木』と呼ばれている場所があります」


「17番目の木?」


「昔の調査員たちは、森の木を番号で記録していたんです」


 楓夏は紙を握りました。


「じゃあ、17って……」


「そう。17番目の木」


 沙織は森を指しました。


「あの木の近くに、ひいおばあちゃんが最後に残したものがあるかもしれません」


 楓夏はすぐに森を見ました。


「行こう!」


「待って」


 おばあちゃんが楓夏の肩に手を置きました。


「夜の森は危ないわ」


「でも……」


「明日の朝にしましょう」


 楓夏は少し考えました。


 そのとき――。


 森の奥から、声が聞こえました。


『ふうか』


 白樺です。


『朝まで待てない』


 楓夏は木の声に耳を澄ませました。


「何か起きるの?」


『人間が、森に入ってくる』


「誰?」


『さっきの人』


 楓夏の顔がこわばりました。


 そして、その直後。


 森の奥で枝が折れる音がしました。


 パキッ。


 全員が息をのみます。


「誰かいる!」


 お父さんが懐中電灯を向けます。


 けれど、何も見えません。


 すると、今度は反対側から。


 ガサッ。


 誰かが走りました。


「逃げた!」


 お父さんが走り出します。


「待って!」


 楓夏も追いかけようとしました。


 しかし、キタキツネが楓夏の前に立ちます。


『ふうか、こっちじゃない』


「え?」


『あの人は、わざと逃げてる』


「わざと?」


『みんなを、こっちへ連れていこうとしてる』


 楓夏は立ち止まりました。


 罠かもしれない。


 そう思った瞬間――。


 背後から、おばあちゃんの声がしました。


「楓夏!」


 振り返ると、おばあちゃんが青ざめています。


「どうしたの?」


「今、思い出したの」


 おばあちゃんは震える手で、古い鍵を見ました。


「この鍵……」


「知ってるの?」


「ええ」


 おばあちゃんの顔から血の気が引いていきます。


「これは、17番目の木の近くにある古い観測小屋の鍵よ」


「観測小屋?」


「母が最後に使っていた小屋」


 楓夏は鍵を見つめました。


 ひいおばあちゃんが最後にいた場所。


 17番目の木。


 そして、森の中へ消えた人影。


 すべてがつながっているように思えます。


 そのとき。


 森の奥から、また声がしました。


『ふうか』


「うん」


『急いで』


 木々が一斉にざわめきました。


『17番目の木へ』


『そこに、真実が眠っている』


 楓夏は決心しました。


「行こう」


 お父さんがうなずきました。


「みんなで行こう」


 月明かりの下。


 楓夏たちは、森の奥へ歩き始めました。


 やがて、木々の間に古い小屋の屋根が見えてきました。


 壁は苔に覆われ、窓は割れています。


 入口には、錆びた鍵穴。


 おばあちゃんが鍵を差し込みました。


 カチッ。


 扉が開きます。


 中は真っ暗でした。


 お父さんが懐中電灯を照らします。


 古い机。


 壊れた椅子。


 壁に貼られた森の地図。


 そして――。


 机の上に、一枚だけ新しい紙が置かれていました。


「こんなところに……」


 お父さんが紙を手に取ります。


 そこには、現在の日付と、たった一行。


 『楓夏が来ることは、最初から分かっていた。』


 楓夏は、その文字を見つめました。


 誰が書いたのでしょう。


 ひいおばあちゃん?


 それとも――。


 事件の真犯人?


 その瞬間、奥の壁から、


 コトン。


 と音がしました。


 壁の一部がゆっくり開きます。


 隠し扉です。


 その向こうから、冷たい風が吹いてきました。


 そして暗闇の奥から――。


 女の子の声が聞こえました。


「……楓夏ちゃん?」


 楓夏は息をのみました。


 そこには、誰もいないはずでした。


 けれど確かに――。


 誰かが楓夏の名前を呼んだのです。



後書き

『世界樹の少女と、終わりの魂』を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話。


長い旅となった楓夏の物語も、ここで一つの区切りを迎えました。


最初は、森から聞こえる不思議な声に戸惑っていた少女が、たくさんの人や魂、そしてさまざまな未来と出会いながら、自分自身の運命と向き合っていきました。


物語の中では、失われた未来や、選ばれなかった未来も登場しました。


けれど、どの未来も決して無意味なものではありません。


私たちの人生にも、「あのとき別の道を選んでいたら」と思う瞬間があるかもしれません。


過去に戻ってやり直すことはできなくても、その経験をこれからの人生にどう生かすかは、自分で選ぶことができます。


楓夏が最後にたどり着いた、


「未来は誰かに決めてもらうものではない」


という答えは、この物語を通して伝えたかった大切なテーマでもあります。


そして、目には見えない魂や森の声を描きながら、もう一つ大切にしたかったのは、「つながり」というものです。


大切な人との思い出。


亡くなった人から受け取った愛。


家族の絆。


言葉にできなかった想い。


それらは、姿が見えなくなっても、心の中から簡単に消えるものではありません。


もしかすると、ふとした瞬間に感じる懐かしさや、夢の中で出会う大切な人の姿も、心の奥に残った記憶や想いが、私たちに何かを伝えているのかもしれません。


楓夏は、森の声を聞くことで、たくさんの魂と出会いました。


そして最後には、自分自身の声にも耳を澄ませることができるようになりました。


物語は終わりました。


けれど、楓夏たちの未来は、ここからも続いていきます。


悠真がどんな人生を歩むのか。


結花がどんな大人になるのか。


凪人と楓夏がどんな日々を重ねていくのか。


それは、誰にも決められていません。


だからこそ、未来には無限の可能性があります。


この物語を読んでくださったあなたの未来も同じです。


もし今、迷っていることがあるなら、焦らなくても大丈夫です。


立ち止まってもいい。


遠回りしてもいい。


時には、最初から選び直してもいい。


あなたがあなたらしく歩いていく限り、その一歩一歩が、あなただけの未来になっていきます。


最後まで楓夏たちと一緒に旅をしてくださった皆さまへ。


心からの感謝を込めて。


そして、いつかどこかの森で風が木々を揺らしたとき――。


ほんの少しだけ耳を澄ませてみてください。


もしかしたら、楓夏の声が聞こえるかもしれません。


「大丈夫。


未来は、これから自分で選んでいけるよ」


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


全100話――完結。

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