故郷と『災夢』とウェーブと 4
「イードとガオスだ!」
俺たちに真っ先に気づいたのは、いつものようにアスガルだった。クリスとリルケが手を振り、師匠がやれやれって顔をする。
みんな疲れてはいるが元気そうだ。俺も疲れたが、心底ほっとした。
「急に姿が見えなくなって驚いたけど、心配はしてなかったよ。また君のおかげなんだろ?」
クリスが爽やかな顔で拳を出してきたので、俺たちはグータッチを交わす。立て続けの戦闘で俺と同じく汚れまくってるのに、なぜこいつはこんなに爽やかなのかよくわからない。
「いや、ガオスも手伝ってくれたからな。それに、みんながここで戦って抑えてくれてたおかげで俺も動けた」
「オレたち、強いからな!」
アスガルがそう言うと、笑いが起こる。リルケは改めてガオスを見た。
「ガオスさん、ありがとう! イードのことお願いして良かった」
「ガオスでいい。私はイードの指示に従っただけだ」
「ちょっとイード。ちゃんと報告しなさい。結局何がどうなったの?」
そこに師匠が割り込んでくる。一応どう答えるかは考えてあった。
「モンスターの動きや数がおかしかったから、元をたどれば何かわかるんじゃないかと思って。森の奥にダンジョンが出現してて、魔物たちはアーティファクトから発生してました」
「また勝手なことを……せめて誰かに言ってから行きなさいよ。結果として上手く行ったから良かったものの」
「すいません」
師匠の声は怒りと、そして心配も含んでいるように感じた。少し胸は痛むものの、世界の破滅と引き換えにはできない。
「あとでギルドに報告書を提出するように」
「はい」
冒険者たちはみんな汗だくで疲れていたが、大した怪我もなく無事だった。『災夢』で見た状況よりも被害は明らかに少ない。
とにかく、危機は乗り越えた。
――と、思ったのだが。
「目つきは悪いが、まだ頼りなさそうなぼうやじゃないか」
数日後、なぜか俺は、『アン・ディグリアの魔女』こと、スウィーズ・ヘルセンの眼前に引き出されていた。
俺をここまで連れてきたグレーズのおっさんは追い払われるようにして部屋の外に出て行ったため、今は二人きりだ。部屋には薄紫色の煙がもくもくと漂っている。いわゆるタバコの臭いとは違う、薬草みたいな香りだった。
その姿を見るのは初めてだったが、黒一色の服にとんがり帽子。『魔女』という呼び名がぴったりだった。よくわからない飾りがゴテゴテ盛られた椅子にふんぞり返り、キセル片手ににっこり笑う。見た感じは綺麗なお姉さん、というか、師匠よりも若く見えるんだが……でも、放たれるオーラが半端ない。おっさんとの食事会も胃が縮み上がったが、今はまるで指先を動かすことさえ許されないかのような緊張感だった。
「そんなに緊張しなくてもいいんだよ、ぼうや。少し聞きたいことがあるだけだから」
それが怖いんだよ……何かあるとしてももう少し猶予があると思ってたのに。今朝ギルドに報告書を提出したら、わざわざ転移魔法のスクロール使ってまでおっさんが迎えに来て、こんな状況になってしまった。
「ぼうや、『光輝の生誕』と『恩赦の雨粒』の共通点はわかるかい?」
――そうだよな。
今回も迷った挙句、どうやってアーティファクトを破壊したのか、報告書に素直に書いた。俺がやりたいのは仲間が世界を滅ぼすルートに入るのを止めることであって、大切かもしれない情報を隠すことではないと思ったからだ。
魚みたいにぱくぱく口を動かすだけで何も言えない俺を、魔女は面白そうに見る。
「不思議だねぇ。大胆なことをするかと思えば、案外気が小さい」
そりゃまぁ、好きで大胆なことをしているわけでもないし。本当は俺だってもう少し平和な冒険者生活がしたい。平和な冒険者生活ってのがあるのかどうかは知らないが。
「ほら、単なる思い付きでもいいから、言ってみな」
そんなこと言われても本当にわからん。俺は冷や汗をだらだら流しながら、なんとか言葉を絞り出した。
「い……今は、あまり使われてない?」
「それだけ?」
即、そう返され、目を覗き込まれる。彼女の目はまるで猫の目のように動き、不思議な色にきらめく。
俺の全身が硬直した。それは恐怖を通り越した何かだった。犯していない罪まで告白してしまいそうな、すさまじい圧力だった。
「ふうん、ほんとに知らないみたいだね。勉強不足とも言えるが。あれはね、古代の魔法なんだ」
「古代……?」
「今じゃ芸人とか、変わり者しか覚えない魔法だけれども、人間が自分たちでも他の種族のような力が使えるように考えて考えて……そしてようやく手に入れた魔法の『はじまり』とも呼べる魔法」
魔女が視線を外すと、俺の体から力が抜ける。
そんなことは俺が読んだ本にも乗ってなかったし、師匠からも聞いたことがない。人間の魔法の歴史としては彼女が言ったような流れが定番だが、どれも特定の魔法には言及されてはいなかった。
「あんたが破壊したアーティファクトには二つともそれを使っている。でも、あんな弱い魔法で壊せるなんて普通は思わない。となると、『この魔法じゃないと壊れない』と考えていた、というのが妥当だろうね」
魔女は、もう一度俺の目を真っすぐに見る。
「あんた、何を知ってるんだい?」
まただ。体の震えが止まらない。俺は小さく首を振るので精いっぱいだった。今までのことで、俺だってそれなりに冒険者として成長していると思っていた。――いや、成長したからこそか。だからこそ、この圧倒的な力の差、魔力の差というものがわかる。
『ほらイード、深呼吸しなさい。ピンチの時こそ落ち着かないと、状況を打破することも出来なくなっちゃうからね』
師匠の言葉が、ふっと頭をよぎる。深呼吸、深呼吸――心の中で何度も唱えながら息を意図的にゆっくり、深くする。そうすると少しずつではあるが、頭もはっきりしてきた。
落ち着け、イード・ホープ。お前は何度も世界の危機を救ってきた男だろ。たぶん。
とにかく俺がどうしても守らなきゃいけない秘密は、この件が、俺の仲間にかかわっているということだ。
「……予知夢を、見ることがあるんです」
俺は覚悟を決めてそう言った。こういう事態を想定していなかったわけじゃない。だから、それなりの言い訳だって考えてある。実際、嘘をついてるわけじゃないし。
ただ、それが『アン・ディグリアの魔女』に通じるかどうかは賭けだった。深く突っ込まれる可能性もある。何らかの強力な魔法で自白させられるかもしれない。
「予知夢?」
疑惑の目を向けてくる魔女に、俺はなんとかうなずく。
「繰り返し、見るので」
「それで、あのアーティファクトも、古代の魔法で壊せると?」
「俺は、その……夢で見て、それを真似するだけなので」
「夢、ね」
ふいっと魔女は目をそらし、思案するようにキセルを吹かした。それから何かを探すように部屋を見回し、次に窓の外を見る。でもそこから見えるのは、木の枝と、その近くを飛ぶ小さな白い蝶くらいだ。彼女は小さくため息をつく。
「なるほどね。面白いっちゃ、面白いか……いや。やっぱり、めんどくさい」
そして意味不明なことを言ってから、今度は豪快に笑う。
「脅かして悪かったね。ま、あんたの好きなようにやってみなさい。報告もこれまでと同じでいい」
「……え?」
「ただし、何か必要なことがあったら遠慮せず言うんだよ。いいね?」
「は、はい……」
「とりあえず、これをやる。ピンチの時には使いな」
それから彼女は、どこからか取り出した一粒のブドウに似た玉を俺に渡した。手に乗せると、実際は硬く、思ったよりは軽い。
「……あ、ありがとうございます」
何が起こったのかよくわからない。でも、恐ろしい時間は終わったのだ。
「グレーズ、どうせ聞き耳立ててるんだろ?」
魔女が言うと、おっさんが観念したようにドアから入ってきた。もう何なんだよ西部支部。こえぇよ。
「そのぼうやを帰しておやり」
「よろしいのですか?」
魔女は答える代わりに、追い払うかのように手を何度か振る。グレーズのおっさんは魔女と俺を交互に見ると、小さく息をついた。
「承知いたしました」
それから俺は、来たときと同じように転移魔法のこめられたスクロールを使ってニエリアへと返される。このスクロール、くっそ高いんだがなぁ。まぁ『アン・ディグリアの魔女』がいるんだし、もしかしたら簡単に作れたりするのかもしれないが。
「お。イード、どっか出かけてたのか? 明日は出発だから、今日は早く寝とけよ」
ふらふらと自宅に向かって歩いていると、クリスに出くわしてそんなことを言われる。今日はのんびり過ごすはずだったのに、おっさんが急にやってくるから……。
「ああ、わかった」
そう答えると、クリスは満足げにうなずいて去っていく。夕日に照らされながら遠ざかっていく後ろ姿を、俺はしばらく眺めていた。
なんだかんだで、俺はあいつらと冒険するのが好きなんだ。今度こそ、またあわただしい、でもいつも通りの日常が戻ってくるだろうと、思っていた矢先のことだった。




