もう音楽祭どころじゃない 1
「……ヒマだな」
アスガルがぽつりとつぶやく。俺たちは馬車に揺られていたが、体のデカいアスガルは少し窮屈そうだ。
「もうそろそろ見えてくるんじゃないか?」
「ほんとか?」
クリスに言われ、張り付くようにして窓の外を見る。来る途中は雨が少し振っていたが、今はもう青空が見えていた。クリスの言葉通り、角を曲がると白い壁にカラフルな屋根が並ぶ、綺麗な街並みが見えてくる。
「音楽祭、楽しみね!」
リルケは特に浮かれていた。今回の依頼は音楽都市と呼ばれるローレンザで年に一度行われる音楽祭の警備。イベントがある七日間現地に滞在し、他の冒険者と連携を取りながら街の安全を守る活動を行う。大きなトラブルが起こることもほとんどなく、仕事をしながら音楽祭も楽しめるという人気の依頼であり、今回は運よく受けられた。
だが、俺の気持ちは暗く沈んでいた。『災夢』を見たからだ。
「俺、ちょっとぶらっとしてくるな」
ローレンザにつき、宿の受付を済ませると、俺はそう言い残して再び街に出る。音楽祭は明日からだが、まだ準備が終わっていないステージもあったり、観光客がうろうろしてたりで、すでににぎやかだ。
人を避けながら、俺は足早に郊外へと向かう。歩いている人の姿は段々とまばらになっていき、日は傾いて空が赤くなっていく。
「うわ……」
華やかな街並みとは全く違い、ごつごつとした岩が転がるその広い場所には誰もいなかった。俺がこんなところまでわざわざ来たのはもちろん、警備の下見とかそんな理由じゃない。
一歩、二歩、三歩――俺は景色を見ながら動く。そして、立ち止まった。この位置で問題ないはずだ。緊張で体がこわばり、汗が噴き出してくる。ああ、もう嫌だ、胃が痛い。落ち着け、俺。深呼吸、深呼吸。
「上手く誘い出したつもりなのかな? Bランク冒険者のイード・ホープくん」
ぞっとする男の声に振り返った。全身を黒い布でぐるぐる巻きにし、目元だけ出しているような奇妙な格好。俺について調べたことをわざわざ言ってビビらせに来ているが、そんなことをしなくても今の俺では勝てる相手じゃないってことが一目でわかる。
「まあいい。崇高な我らの目的を邪魔するおまえは、排除する」
謎の男の手元には黒光りする短刀。俺は右手に杖、左手にはポケットから取り出しておいた魔道具を握りしめる。魔女からもらったあれだ。
――ところでこれ、どうやって使うんだ? やべぇ、全然わかんねぇ! そんなことをしている間に、動き出した男が近づいてくる。
「頼む!」
イチかバチか。俺は玉に魔力をこめ、地面へと叩きつけた。
「ぐはっ!」
それはバウンドし、男の目に直撃する。下に落ちた紫の玉は、ぽんっと間抜けな音とともに、少量の紫の煙を吐き出した。
え? まさかこれで終わり?
「この雑魚がっ、下らんことを!」
迫りくる刃。せめて少しだけでも力を削ごうと、俺は使える呪文の中で一番発動が速い『魔導光波』を唱えた。
走る光と衝撃波、でもどちらも男の動きを止められなかった。俺の体はそれ以上動いてはくれない。
「雑魚はお前だよ!」
「――ぐあっ!」
しかし、その切っ先が俺に届くよりも前に、男の体が吹き飛び、地面へと叩きつけられる。
もちろん、やったのは俺じゃない。
「プレゼントは役立ったようだね。ぼうや」
玉からにょろにょろと立ちのぼっていた煙が人の形になり、見知った姿に変わる。
「ま――ヘルセンさん!」
ちょ、本人を直接呼び出す魔道具なら、最初からそう言っといてくれよ。
「本人を直接呼び出す魔道具なら、最初からそう言っといてくれよって顔してるね」
心を読まれたかのような発言に、絶句する俺。
「だって、言わないほうが面白いじゃないか。それに、そう言ってたら、あんた使ってた?」
「それは……と、とにかくありがとうございました」
結局どうあっても『災夢』が教えてきたタイミングで使うことにはなったのだが、心の準備ってものはある。
ヘルセンさんは黙りこんだ俺にニヤリと笑い、地面にのびている男を見る。
「なんだ、この珍妙なミイラは。知り合いかい?」
「いえ、全然……」
大体なんで俺が狙われたのかもよくわかってない。『災夢』に出てきた以上、対処しなければマズいんだろうと思っただけだ。この玉で撃退するシーンを見せるなら、使い方も魔女の登場も全部見せておいてくれればよかったのに。
俺はこのあとなんと言おうか迷ったが、結局その言葉がするりと口から出た。
「近いうちにも……ダンジョンが発生するかもしれません」
「あんた、予知夢を見たのかい?」
俺はあいまいにうなずいた。どこまで話していいのかわからないながらも、言葉を選び出す。
「今までよりずっと危険なモンスターが出るようです」
「危険って、どの程度なんだ?」
「……グレーズさんに来てもらうことは可能ですか?」
直接名前を出すのは賭けだった。もちろんそれはおっさんが『災夢』に登場したからだ。でも俺が何もしなくても来てくれる運命なのか、俺が働きかけた結果そうなるのかはわからない。俺は切れ切れの情報をもとに、最善と思う判断をし続けるしかない。
「わかった、派遣してやろう。そっちでの指示はあんたに任せる」
彼女は何も聞かずに、そう言った。俺はほっと胸を撫でおろす。深く突っ込まれなかったことにもだが、ひとまずグレーズのおっさんがいてくれれば最悪の部分は回避できるからだ。今回ばかりは今の俺で太刀打ちできるような規模じゃない。
「ありがとうございます」
俺の言葉を聞いてヘルセンさんはふっと笑う。その姿が急に揺らぎ始めた。
「そろそろ時間だな。この魔道具はまた魔力を込めれば使える。ぼうやにやるから、活用できるならしなさい」
そして――消滅する。残されたのは、薄紫の煙がくすぶる一粒のブドウのような玉。
「実体じゃないのに、あんなに強いの反則だろ……」
俺のつぶやきは、風に乗って消えた。
◇
「みなさん、これからしばらくよろしくお願いいたしますね」
張り付いた営業スマイル。俺の仲間たちの表情はどことなく固まっている。その六つの目がゆっくりと俺のほうに向いた。
「えっと、グレーズさんは音楽が大好きで音楽祭を見に来たから、警備の仕事もついでに……ですよね?」
「そうそう、イードさんの言う通りです」
笑顔は崩していないが、おっさんが俺に向ける目も明らかに冷たい。あの魔道具が沈黙したあと、おっさんは転移魔法のスクロールを使ってすぐにやってきた。魔女からは、何も聞かずに俺の指示に従えと言われたらしい。地面に寝たままだったミイラ男も縛り上げ、近くの兵士のところまで運び、事情の説明まで全部やってくれた。
とりあえず一回みんなに会わせておけば今後も動きやすくなると思い、飯を食う約束をしていた店にも一緒に来てもらったのだ。
「そうなんですか! グレーズさんはシュエリサって歌姫知ってます? 私、一回彼女の歌を聞いてみたくて」
「ええ。私も彼女の歌は何度か聞いたことがあります。それはそれは美しい声ですよ。今回のステージも楽しみですね」
それでもそつなくコミュニケーションを取っているのはさすがだ。俺とは違い、この前の依頼でも打ち解けていただけあり、場の雰囲気はすぐになごやかなものになった。
「ひとまず今日はご挨拶だけですので。今後も多少顔を合わせることにはなるでしょうが、皆さんはいつも通りに任務をこなしていただければ問題ありません。では、また」
「すみません、お忙しいところありがとうございました」
頭を下げる俺に手を振り、みんなにも一礼すると、おっさんは店を出て行く。
その姿が完全に消えるのを見届けてから、クリスが聞いてきた。
「イード、いつの間にグレーズさんと親しくなったんだ? 君はあんまりかかわりたくないのかと思ってたよ」
「別に仲良くなったわけじゃねぇよ。仕事上の付き合いだし……」
「へぇ、イードも大人になったんだねぇ」
「おかげさまでなー」
リルケに言われて目をそらす。基本的に交渉事は人当たりのいい彼女かクリスに任せてるし、俺はそういうキャラだと思われてるからこそ、自由に動きやすいってところはあった。
「なんか、おっさんが来るほどの危険、あるのか?」
アスガルの一言で、俺は危うく飲み物を噴き出しそうになる。
「いやいや、そういうんじゃねーんじゃねーか? まぁ、でかいイベントだから何があるかわからねぇし、俺たち以外にもギルドから派遣されてる冒険者はいるみたいだから視察的なこともあんのかも? あとさっきも言ってたけど音楽も好きみたいだしさ」
つい、早口でまくしたててしまった。もうやだなーこの子は。相変わらず妙なとこだけ勘が鋭いんだから。当のアスガルは肉をほおばりながら、目をぱちぱちとさせている。
「なんにせよ、僕たちは与えられた仕事を全うするだけだ」
クリスがそうまとめてくれたことで、俺はほっとした。リルケもうんうんとうなずく。
「そうね。それと、音楽祭も楽しもう!」
「リルケは、そればっかだな」
「だって、ずっと楽しみだったんだもん。アスガルだって何か好きな音楽あるでしょ?」
「オレ、音楽はわからん。太鼓ならわかるぞ」
「太鼓の演奏もあるみたいだぞ。南地区のステージで……」
盛り上がる仲間たちを見ながら、俺は別のことに思いを馳せる。
とりあえず巻き込めるところは巻き込んだ。あとは、俺のやれることをやるだけだ。




