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もう音楽祭どころじゃない 2

 俺の不安とは関係なく、七日間の音楽祭は華やかにスタートした。

 人々の喧騒。空には紙吹雪が舞い、あちこちに設置されたステージから聞こえる歌や音楽、練り歩く楽団――街はまさに、音に包まれていた。


「僕たちの担当は東地区だな」

「シュエリサは、夜の部の中央ステージで歌うらしいの。見られるかな……?」

「今日は僕たちは日中の担当だし、夜には間に合うんじゃないか?」

「ほんと? じゃあお仕事頑張らなきゃ!」

「イードも、音楽好きか?」


 盛り上がっているリルケたちを横目に、アスガルが話しかけてくる。


「うーん、まあまあかな。アスガルは昨日言ってた太鼓の演奏を見るのか?」

「それは、ちょっと見たい」


 俺もそれなりに気になるステージはあるんだが、正直それどころじゃない。リルケにはとても言えないが、たぶんシュエリサの歌が始まる前に音楽祭はめちゃくちゃになる。

 俺は音楽祭のマップを見た。東西南北に分かれたそれぞれの地区に設置された大小のステージ。中央のメインステージでは、特に注目度の高い音楽家たちの演奏が行われる。俺たちの警備担当は東地区。だが、『それ』が始まるのは西地区からだ。

 

「――?」


 そのとき、ふいに視線を感じた気がして振り返る。一瞬、あの黒い布でぐるぐる巻きになった人物の姿を思い浮かべたが、そこに立って手を振っているのはグレーズさんだった。

 そういえば、これに近いものを最近感じたことがあったような。

 あ。フルネードのギルドで依頼を眺めてた時……。


「これからお仕事ですか?」

「はい、そうなんです! グレーズさんも? それとも、音楽祭の見学ですか?」

「ええ、見学のつもりだったんですが、少々困ったことが起きてしまいまして」


 クリスが答えると、グレーズさんはいつもの笑みを浮かべたまま言った。


「イードさんをお借りしたいのですが、よろしいですか?」

「あ。はい、もちろん。じゃあイード、またあとでな」

「気をつけて。もし素敵な演奏あったら、あとで教えてね!」

「イード、またな!」

「おう、お前らも気をつけて」


 俺は手をあげ、グレーズさんに連れられて少し人ごみから離れる。


「困りますねぇ。人を呼びつけておいて、指示もなしとは」

「す、すみません……」

「まぁ、私も滞在場所を伝えなかったのは少し大人げなかったですし、よしとしましょう」


 そう言って、委縮する俺を見て楽しそうに笑うグレーズさん。うわぁ……。


「あの、ひとまず西地区に向かいたいです」

「そこで何か起こるのですか?」

「ダンジョンが発生します」


 ここまで来て隠す意味もない。俺の言葉を聞き、彼の目がいつになく大きく開く。


「それを、なぜあなたが?」


 どうやらヘルセンさんからも、何も説明されていないようだ。

 正直、ここで予知夢だのなんだの言うと話がややこしくなるから、上司パワーを使わせてもらう。


「その……独自のルートから得られた情報です。ヘルセンさんにもご理解いただいてます」

「もしそれが本当であるなら、広く知らせて人を避難させるのが先では?」

「それだと、かえって被害が大きくなってしまうんです」


 もっともな意見だったが、それじゃダメなのだ。俺の仲間たちとアーティファクトの接触――出来るなら、その存在自体を知られないほうがいい。

 最初のダンジョンでは、俺が壊してしまったアーティファクトに対してリルケがめずらしく未練がましくしていたが、『災夢』の中の光景ではもっと激しい執着を見せていた。ニエリアの森のときにはアスガルが、今回はクリスがアーティファクトへと、まるで吸い込まれるように向かって行った。なぜか三人は、あのアーティファクトに強く惹かれてしまうようなのだ。


「ダンジョンの出現とともに、ドラゴン――正確には、ドラゴンのような魔物が出現します。生み出される数はそんなに多くない。たぶん、出現に少し時間がかかる」

「生み出される……まさか、この前あなたが対処したダンジョンのような?」


 俺は小さくうなずいた。


「グレーズさんなら、簡単に倒せるはずです。俺はその隙に、ダンジョンに突入します」


 そこで鳴る、シンバルの音。――それで、俺の記憶が刺激された。空を見る。まだ日は高くまでのぼっていない。


「行きましょう」


 俺は歩き出す。グレーズさんは静かにあとをついてきた。まだ、十分時間はあるはず。

 西地区のメインステージを超え、少し小さなステージの近く。錆びついた大きな門が見えてくる。長い塀に囲まれた広い敷地の中に、ぼろい屋敷がぽつんと建っていた。昔は色んな花が咲いていただろうと思わせる庭園は荒れ放題。人でにぎわうステージが集まる中、そこは不自然にも見える場所だった。


「ここですか?」

「……はい」


 ここで間違いない――と思う。街中で突如ダンジョンが発生するということは稀にあるらしいが、これからその瞬間を目の当たりにするというのはなんだか不思議だった。

 ダンスをしながら歌っているグループ。その曲が終わりかけて初めて、聞き覚えがあるということに気づく。

 人々はステージに夢中で、さびれた不気味な屋敷の近くにいるのは俺たち二人だけ。まるで人目を避けるかのように、こんな場所でダンジョンが発生するのはなぜなんだろう。被害を抑えられることを考えると、俺たちにとっては都合がいいが――そんなことを考えていると、聞こえてくる曲が変わった。

 この曲。もう、そろそろだ。俺が身構えたとき、地面が急に揺れだした。


「きゃぁぁぁっ!」

「地震だ!」

「見ろ、なんだあれ!?」


 音楽が止んだ。悲鳴、怒号、戸惑う声――別の種類の音があたりに充満していく。

 俺は準備していた拡声用の魔道具を使って、あたりに声を響かせた。


『みなさん、まずは落ち着いてください! ここは冒険者ギルドが対応しますので、みなさんはあわてずに、他の地区に避難をお願いします!』


 言葉が終わると、グレーズさんが静かに手を差し出してくる。俺は拡声器を渡した。


『私はトルディスタ冒険者ギルド西部支部、副支部長のダイアン・グレーズです。冒険者ギルドから派遣された皆さんは、落ち着いて避難誘導に当たってください』

 

 さすがに西部支部副支部長の肩書は効く。戸惑っていた警備の冒険者たちの動きが一気に良くなった。これで、あとはダンジョンにさえ気をつけてれば――。

 

「イード!」


 ――とは、行かなかった。


「大丈夫か? 騒ぎを聞きつけてきたんだ」


 クリスがはぁはぁ言いながらやってくる。え、マジ?

 リルケの精霊の力を借りたんだろうが、あの人ごみの中を走って来たのか? よく事故らなかったな。――とか感心してる場合じゃない。よりによって、今回一番アーティファクトに近づけたくないクリスが来てしまった。


「俺は大丈夫だ。その、クリスたちには避難誘導を――」

「それはリルケとアスガルに頼んである。君のことも心配だったから、僕はこっちを手伝いたい」

「ちょうど良かったじゃないですか。ア――」

「あー、そうですよね! グレーズさんの手伝いをしてくれたら助かりますよね!」


 俺はグレーズさんを睨みつけ、それ以上言うなという圧をかける。気づけ、気づけ、気づいてくれ。

 俺の態度が豹変したことに若干引いていたグレーズさんだったが、少し考えるようにしたあと、また口を開く。

 

「ええ、そうですね。クリスさん、サポートをお願いできますか? イードさんは……例の件の調査を」

「はい、了解しました! クリス、お互い気を付けて頑張ろう!」

「ああ、わかった。君も気を付けて。またあとでな!」


 グレーズさんからの指示ということで、クリスもなんとか納得してくれたようだ。俺はグレーズさんに何度も頭を下げながら、その場を離れる。そして敷地を回り込み、ダンジョンへと近づくルートを探した。

 広い敷地にポツンと建っていた屋敷は周囲の雑草を飲み込みながら肥大化していた。次に脈打つように縦に伸び、尖った岩山へと変貌していく。それから一本の赤い筋が岩山へと走り、大きな竪穴が発生した。

 そして、それが現れる。――鋭い眼光。巨大な口に生えた無数の牙。鱗に覆われた巨体と凶悪な爪を持つ太い腕。大地にうねる太い尾。大空をも征服する頑丈な翼。


「ドラゴンだ!」


 誰かが遠くから叫んだ。

 グレーズさんは迷うことなく敷地に入り、いつの間にか取り出した剣を構え、まっすぐに駆ける。

 そして、跳躍した。


「はぁっ!」


 気合とともに振り下ろされる剣。まさに一刀両断。ドラゴンは何の対応もできないまま真っ二つに裂け、そして空気に溶けるように消滅した。


「所詮、粗悪な模造品です」


 本物のドラゴンよりはずっと弱いのだろうが、それでもこの巨体を易々と切り裂くその力はすごいとしか言いようがない。後ろにいたクリスも、呆然とそれを見ていた。

 ドラゴンたちは岩山の穴から続々と出てくるものの、グレーズさんたちのほうしか見ていない。たぶんあの緑の魔物のように、一定範囲に近づいたり攻撃をしてくる者を敵とみなすのだろう。


「うわぁっ!」


 クリスは完全に腰が引けている。でもなんだかんだでドラゴンのブレスや爪、尾の攻撃を避けていた。

 いや、ぼんやり見ている場合じゃない。あっちはグレーズさんがいるから大丈夫だ。俺はなんとかしてダンジョンに侵入しなくては。

 なるべくダンジョンの入り口から死角になるような位置に回り込み、壊れた柵を通って敷地内に入る。俺の胸あたりまでもある生え放題の雑草に身を隠しつつ、そびえ立つ岩山へと向かって進んだ。


「ぐっ……」


 地面がまた揺れる。緑の魔物のときほどの数ではないものの、這い出して来るその巨体の存在感は圧倒的だ。どれも赤い色をしていて、炎のブレスを吐いている。フレイムドラゴンと呼ばれるドラゴンだった。当然周囲の雑草も燃えてしまうのだが、グレーズさんは右手に剣、左手に魔道具を持って戦いながら消火活動をしていた。器用だな、あの人。

 俺はなるべくダンジョンの近くまで行き、ドラゴンに見つからないよう『偽装隠避(フェイク・ハイド)』の魔法で身を隠し、機会を待った。すると、連続していたドラゴンの出現が途切れる。


(今だ!)


 俺は魔法を維持したまま、岩山に開いた縦穴のところまで走ってそっと中を覗き込む。奥まで続く道の見える範囲には、ドラゴンの姿はない。

 迷ったのは一瞬。俺は中へと突入した。

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