故郷と『災夢』とウェーブと 3
「よし、次はこれで行こう」
俺が言うとガオスはうなずき、太い木に向かって剣を一閃させる。木はめりめりとデカい音を立てながら、魔物たちの上に倒れこんだ。魔物たちは悲鳴も上げずに潰れ、そして溶けるように消えていく。
「『魔土防壁』!」
俺は倒木の周囲に土の壁を生成し、より広範囲に道を塞いだ。魔物たちはそれにぶつかると、それ以上は進もうとせず、別の道を探し始める。
「やっぱりな」
やつらは俺の魔法や、ガオスの剣撃自体には反応を見せたが、こちらが一定以上近づかず、直接攻撃をしたのでなければ反撃はしてこなかった。何かが道を遮っているならそれを避けるだけだ。倒木はもちろん、『魔土防壁』も魔力強化を施さなければただの盛り上がった土だから、おそらく『無害な遮蔽物』判定をされるんだろう。
「魔法で操られてるのか? 不気味だな」
ガオスがぽつりと言う。
「……ま、そんなところだろうな」
「一度戻って、このことを皆にも教えたほうがいいんじゃないか?」
「それは、一時しのぎにしかならないと思うぜ」
俺は棍棒を持った魔物の話をした。俺の予想が正しければ、今後武器を持った魔物の数は増え、下手すると武器も多様化し、強力化していくかもしれない。いつまで素直に遮蔽物に阻まれてくれるかもわからない。そしてせっかく隔離に成功しているアスガルがこっちに来てしまうと非常にまずい。
「俺が気づけたことくらい誰かが気づくかもしれない。みんな強いから大丈夫だ。とにかく、元を断たねぇと。行くぞ」
俺が歩き出すと、ガオスはそれ以上何も言わずについてきた。できるだけ魔物を避け、木を倒し、土の壁を作りながら進む。慣れてくるとどの場所を塞げば効率が良いのかわかってきて、木を倒すのも魔法を使うのも最小限で済むようになってきた。それを繰り返しているうちに、やがて、その姿が誰の目にも明らかなほどはっきり見えてくる。
「あれは――ダンジョンか?」
「そうだろうな」
森の中に突如そびえる、四角い石が積みあがった巨大な建物。異国の神殿のようなその場所の側面に開いた穴から、緑の魔物が次々と湧き出てきている。
アーティファクトを見つけるにはあの中に入るしかないが、見た限り穴は一か所しかないし、今は魔物が常に出てきている状態だ。やつらが小柄なので上のほうに隙間はあるから『飛行光繭』で何とか――やっぱ無理だな。
「私の剣撃で吹き飛ばすか?」
ガオスの言葉に俺は少し考える。相変わらず魔物たちはあまり近づかず、攻撃もしなければ俺たちに興味はない。
「いや、少し待ってくれ。結局やってもらうことになるかもしれないが……」
言いながら俺は腰に付けた水筒を取り出し、口を開けた。それから杖を向けながら呪文を唱え、水を空中にまき散らして解き放つ。
「『鏡影増殖』!」
空中に投げた水が一気にデカくなり、くっつき、巨大な水球となる。これは俺の得意な幻影系。実際の水が増えているのではなく、水を模した物体が一時的に増殖しているだけだが、ちゃんと質量はある。
「イード、まだ攻撃しなくていいのか?」
「もうちょい待ってくれ!」
宙に浮かぶ巨大な水球は魔力を帯びている。警戒した魔物たちがだんだんこっちへと集まってきた。俺はぎりぎりまでやつらを引き付けてから、水球を飛ばした。
悲鳴も上げずに水球になぎ倒され、消えていく魔物たち。この魔物たちはかなり脆い上に、命が尽きるとその姿が消えてなくなる。水球はそのまま建物の入口まで飛んでいき、そこで弾けて一気に中へと流れ込んだ。
「行くぞ、ガオス!」
「ああ!」
俺たちはついに、ダンジョンへと突入した。中は壁全体がほんのりと明るく光っている。
細長い通路はびしょ濡れで、たくさんの魔物の残骸が転がっていた。それもしばらくすると溶けるように消えてしまう。
「これは……魔法生物? 邪悪な魔導師でも潜んでいるのか?」
ガオスの問いとも取れるつぶやきには答えない。俺はこれを引き起こしているのがアーティファクトであることを知っているからだ。
アーティファクト。ダンジョンの遺物とも呼ばれる魔法のオブジェクト。時に武器だったり、役立つアイテムだったりして冒険者に様々な恩恵をもたらしてくれるが、罠として設置されていたり、どこかの空間とつながっていて、そこから魔物が出てくるということも珍しくはない。
だが、こんな魔法生物みたいなのがひたすら生み出されるアーティファクトというものは聞いたことがなかった。反応を見る限り、俺よりランクが高いガオスでも知らないようだ。
「ここからは、私に任せろ!」
ガオスが剣を構えながら前に出る。水が敵を薙ぎ払ってくれた範囲は終わっていた。少し先の地面はもう乾いている。
水の勢いで倒せる程度の魔物だから、ガオスの剣にかなうはずがない。彼女がただ走るだけであっという間に緑の残骸が積み重なり、消えていく。
「ガオス! 弓兵がいる!」
俺は後ろからついていくだけだったから、それに気づくのが早かった。魔法でシールドを張ると、飛んできた矢は勢いよく跳ねて落ちた。速度、強度――『ちゃんと』している。あれが当たったなら無事では済まないはずだ。
「はっ!」
ガオスが前方にいる魔物を薙ぎ払ってから一気に距離を詰め、弓を持った魔物を倒す。魔物は持っていた弓と一緒に消えた。
「イードの予想通りだったな。武器持ちが増えると厄介だ。もしかすると魔法も……これからどうすればいい? 何か考えがあるんだろう?」
彼女は前を向いたまま、戦う手を休めることなく言う。なぜそんなにすんなり俺のことを信用してくれるのかはわからないが、そのほうがこっちとしても助かる。
「とにかくこいつらをたどって、出どころを突き止める。たぶん、こいつら以外の脅威はないと思う」
「なるほど。では、あまり力を温存しなくてもよさそうだな」
ガオスは言って剣先を上に向けて持ち、息を大きく吸った。
――空気が、一瞬にして変わる。
「赤影駆撃!」
剣から赤い光がほとばしる。近くにいた魔物たちが吹きとび、消滅した。俺もそのすさまじい剣圧に、思わずあとずさる。
「イード、私についてこい!」
ガオスがそのまま走り始めた。魔物たちの群れはガオスを囲んでいる赤い光に触れた瞬間に消えていく。すごい光景だ。
通路はまだ長かった。何もしていない俺でも汗をかくくらいなのに、強力なスキルを使いながら走るガオスはなおさらだろう。徐々にスピードが落ちてくる。
――そのとき、細い通路が終わりを告げ、視界が開けた。
今までの狭さが嘘みたいに高い天井の巨大な部屋。その中央には長い階段があり、魔物がどんどん下りてきている。
「あった、あれだ!」
てっぺんに捧げもののように置かれているのは奇妙な形の花瓶。それが光るたび、緑の魔物が生み出されていた。
「ガオス、もう少し耐えられるか?」
「はっ、この程度、造作もない!」
広い空間は外に出ようとする魔物でごったがえしていた。ここにいる魔物たちはみんな、すでに俺たちを敵認定しているようだった。
「無理はするなよ! 時間を稼いでくれればいい」
俺は言ってから、『魔導光矢』で弓を持った何匹かの魔物を打ち抜いた。それから『飛行光繭』で宙に浮く。念のため、魔力を多めに割いて防御を固めてから、一直線に祭壇のアーティファクトを目指す。
「おっと……」
てっぺんは、そのスペースのほとんどをアーティファクトが占めていた。俺は階段がついてるのと逆側、花瓶の裏にある大人一人が寝ころべる程度の隙間に滑り込むようにしてなんとか着地する。下方にはうごめく緑の魔物たち、上を見上げれば俺が何人も入れそうなデカい花瓶。次々と生まれる魔物は階段へと降りていくが、不審者である俺を発見して何とかこっち側に来ようとするやつもいた。
もう一度下の広間をぐるっと確認する。見た限りでは弓兵はいない。ガオスも――大丈夫そうだ。
「もうちょい頑張ってくれ」
俺はひとりつぶやくと、背中をアーティファクトに預け、その曲線に身を隠すようにして縮こまる。そして左右から回り込んでくる敵を警戒しながら、呪文の詠唱を始めた。割と長いんだ、これが。言い回しも古臭いし。
そのとき、俺の左右から武器がにゅっと出てきた。棍棒でも弓でもない、銀色の剣だ。まるでアーティファクトが自らの危機を察して差し向けたようなタイミングだった。
だが、もう術は完成している。
「『恩赦の雨粒』!」
言葉を放ちながら、片手を背後のアーティファクトに当てる。手のひらから水滴が生まれ出ている感触があった。――それからは、あっという間の出来事だった。
アーティファクトは砕け散り、俺は勢い余って後ろへと転がる。あわてて起き上がると、緑の魔物たちは動きを止め、光りながらゆっくり消えていく。あとには、ただ広い広い空間と、そこにぽつんと取り残された俺とガオス。
「終わった……のか?」
ガオスが驚いた顔で言う。俺はうなずいた。
「ああ。そうみたいだな」
瓦礫となったアーティファクトを慎重に超え、長い長い階段を下りていく。冷静になると高くて怖いな、この階段。
「これは一体、どういうことなんだ?」
下に降りた俺を、ガオスは納得のいかない顔のままで迎えた。そりゃそうだ、俺だって意味不明なんだから。
「その……今は説明できねぇんだ。そんで、このことは誰にも言わないで欲しい。頼む」
俺はそう言って頭を下げる。
「――あっ、俺が犯人だとか、そういうのじゃないから! 絶対!」
すぐに顔を上げ、あわてて付け足すと、ガオスは表情を和らげてくすくすと笑った。
「そんなことは思ってない。リルケたちも言っていたんだ。あなたは思いがけない行動に走ることもあるが、きっと自分たちにはわからない先を見ているのだと。私も、そう思う」
予想外の反応だ。俺はどんな顔をしていいのかわからない。
「……ついでに。私も言いたいことがある」
しばらく無言の時間が流れた後、ガオスはためらいがちに口を開いた。
「ずっとお礼が言いたかったんだ。どうやら彼女を助けてくれたのはあなたのようだから」
「彼女?」
「アンジェラのこと。彼女は熱中すると、何も見えなくなるところがあってね。心配してたんだ」
「え――?」
「以上だ。このことは誰にも言わないでくれ。追及もなしだ。――これでおあいこだな。では、帰ろうか」
ガオスは言って微笑むと、俺にくるりと背を向け、ダンジョンの外へと向かって歩き出す。
俺は何も言えずに、その後ろ姿を追った。




