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故郷と『災夢』とウェーブと 2

 そして、モンスターウェーブの日がやってきた。でも、それを知っているのは俺だけだろう。一見すると今までと同じ、のどかな一日の始まりだった。

 俺がギルドに顔を出してしばらく。にわかに外が騒がしくなり、何度か見かけたことのあるひげ面の冒険者がドアを勢いよく開けた。


「大変だ! 魔物がこの町に向かって来てる!」


 師匠の反応は素早かった。読んでいた本をすぐ閉じて、カウンターの向こうから飛び出してくる。


「詳しく話して、アルフレッド」

「さっき、狩りをしようと思ってそこの森に行ったんだ。しばらくうろうろしてたら、どこからともなくゴブリンみてぇな魔物が列をなして……とにかくギルドに知らせようと急いで戻って来たんだが」


 アルフレッドは荒い息のままで報告する。受付のウィンディが水を持ってくると、彼はそれを一気に飲み干した。


「まだ町に来るまでには時間がかかりそうなのね?」

「……ああ、なんか変っつーか、散歩してるみてぇにゆっくり歩いてたからな」

「わかった。あたしが空から様子を見て、みんなにも声をかけてくる。アルフレッドもイードも、自分たちのパーティに声かけて、森の入り口で戦闘準備」


 俺たち二人がうなずくのを見てすぐに、師匠はドアに向かって駆け出す。


「あっ、ウィンディはここで待機。冒険者が来たら、準備して森の入り口に来いって伝えて!」

「はい、わかりました!」


 俺も走った。クリスたちにはパーティのための訓練を提案し、準備を整えさせた状態でいつものカフェに集めてある。


「お、イード来た」


 アスガルがいち早く俺に気づく。クリスが腕を組みながらこっちを見た。


「イード、何やってたんだよ」

「私たちを集めておいて、来るの遅くない?」


 リルケも小さくため息をつく。何杯目かは知らないが、三人の前のカップは空になっていた。


「悪い、ちょっと色々あって……ギルド長から伝言だ。森の入り口に行って戦闘準備」

「なんだって?」


 クリスがすぐリーダーの顔になる。他の二人も表情を引き締めた。急いで支払いを済ませると、外へと出る。

 リルケが周囲を確認してから、杖を構えた。


「風よ、私たちを助けて!」


 それから呼びかけると、周りにふわりと風が吹く。それは俺たちへと不自然にまとわりつき、体を前へと押し始めた。


「ちょ、これ、前より速くなってねぇか?」

「イード、しゃべると舌噛むよ!」


 俺はあわてて口を閉じる。風の力が補助してくれるおかげで体がものすごく軽くなり、地面をちょっと蹴るだけで跳ぶように前に進む。建物も驚いた人の顔もびゅんびゅん後ろへと通り過ぎて行った。

 リルケは風の精霊との相性が良いらしく、ガキの頃から精霊魔法が使えた。得意の治癒魔法も生来持っていた力だ。それをこれだけ強くしたのは彼女の努力の賜物だが、魔法を理論としてコツコツ学んだ俺とは違う、天才というやつだった。


「森!」


 アスガルが叫ぶ。これをしてもらうと時間短縮はできるものの毎回ひやひやするんだが、俺たちはなんとか無事、森の入口へとたどり着くことが出来た。そこには数人の冒険者がすでにスタンバイしている。


「見えたぞ! 魔物だ!」


 一人の冒険者が矢を放ち、先頭にいた緑の魔物を打ち払った。しかし他の魔物は動揺することもない。何事もなかったかのようにそのままゆっくりと歩き続ける。


「なんだあれ? アンデッドか?」

「そういう風にも見えるけど……アンデッドというには違和感があるわ」


 身構えるクリス。俺もリルケに同意だった。生気がないのは同じ。だが『災夢』で見たときも思ったが、アンデッドよりももっと『作り物』っぽい。実際に目にすると、その思いが強くなった。でもダンジョンのアーティファクトから生み出される魔物がすべてそうというわけでもないし、この前のダンジョンの魔物はどうだったんだろう。もう少し観察しておけばよかった。


「とにかく、倒す!」


 アスガルがデカい盾を持ったまま、魔物たちに向かって突っ込んでいく。何匹もの魔物がまとめて吹っ飛び、その後ろにいた魔物も巻き込んで消滅した。


「そうだな!」


 クリスも前に出ると、華麗な剣さばきで二体の魔物を屠る。


「みんな、怪我したら私にすぐに言ってね!」


 リルケは他の冒険者たちにもそう声をかけてから、いつでもサポートできるように目を配り始めた。

 みんなが戦いに集中している。師匠もまだ戻ってきていない。チャンスは今だ。俺は杖を持つと、まずは『剛拳土塊(スラッガー・クレイ)』の魔法を発動した。地面の土が固まって太い腕のようになり、近くの魔物を殴りつけて倒す。土煙が舞い、視界が悪くなった間に『幻影形代バックアップ・シャドウ』で俺自身の身代わりを作り、『偽装隠避(フェイク・ハイド)』で姿を消す。これでしばらくの間は、みんな俺が「何となくここにいる」という認識でいてくれるはず。ひとまず少しだけ時間を稼げれば十分だ。


「任せたぞ」


 俺は自分の身代わりに向かって小さくつぶやく。それからその場を静かに離れた。


 振り向いてもみんなの姿が見えなくなったのを確認してから、俺は魔法を解く。森の奥へと進むほど魔物の数は増えていった。整列し、スピードは変えず、ただひたすらに町を目指して進み続ける緑色の集団は不気味としか言いようがない。

 倒しながら進んだほうがみんなの負担が減るかと思ったが、何か予想外の事態が起きるかもしれない以上、力は温存しておきたい。俺はただ静かに、森の中を進んだ。


「どっから来てやがるんだ……?」


 結局まだダンジョンの場所はわかっていない。俺は木や草の陰に隠れながら魔物たちを観察する。ひたすら町のほうを目指しているといっても、川がくっついたり離れたりするように混じり合い、肝心の出どころがわかりづらかった。


「……よし」


 俺は少し迷ったが『飛行光繭(フライト・コクーン)』を発動する。魔力の繭に包まれて飛行を可能にする魔法だ。そのまま木の上まで浮き上がり、ちらりと後ろを振り返る。みんなが戦っている場所は陰になっていて見えないし、飛んでいる師匠も見当たらない。俺はそのまま空中をうろつきながら森の奥へと向かった。

 すると、段々見えてくる。魔物たちの川の、源流とも呼べる場所の位置が。


「くそっ、なんて数だ」


 『災夢』では見えなかった部分が、『現実』の重みとして俺に襲いかかる。確かに足はノロいし、さっき少し戦った印象だと強くはない。でもこれだけの数が絶え間なく押し寄せていくからこそ、俺の仲間や他の冒険者、師匠がいてもじりじりと体力を削られていく未来になってしまうのだ。

 

 俺はどこか着地できる場所をさがす。俺の技術じゃ、一人で飛んでてもそんなにスピードは出せない。大体こういう細かい魔力操作系は苦手なんだ。いつも眠いから集中できないし。師匠に言ったら「言い訳するな」って一蹴されるだろうけど。

 杖も落っことしそうで不安になるのもあるんだよな。魔導師の杖はリルケみたいな癒し手の杖よりは短くてコンパクトだからマシではあるんだが。


「――!?」


 そんなことをぼんやり考えてたら、目の前に木とは違うものが見えた。腕だ。

 俺は慌てて軌道を変える。いつの間にか緑の魔物が大渋滞しているところに近づきすぎてしまった。


「あっぶね!」


 バランスを崩し、そのまま魔物のど真ん中に墜落するかと思ったが、なんとか体をひねり、俺は一本の木にしがみついて止まった。枝に体を引っかかれる痛みをこらえつつ下を見る。魔物たちは、行く手を阻まなくなった俺には興味がなくなったらしい。ほっと息をついてから、改めてあたりを見回す。


「あった!」


 木々の向こうに見える平らな石。何かの建物だ。もう一度下を流れるように進む魔物たちを見る。そこで俺は、あることに気づいた。

 棍棒のようなものを持っている魔物がいる。拾った木とかじゃなく、ちゃんとした武器だ。よく見ると一匹だけじゃない。しかも、武器を持ったやつらは他のやつより少しデカい。それでもまだ人間の子どもくらいのサイズだが、もし徐々にパワーアップをしているのであれば、早くケリをつけないとまずい気がする。


「大丈夫か? そこから動くんじゃないぞ!」


 まずはもう一度『飛行光繭(フライト・コクーン)』を発動しようと杖を構えたとき、俺の背後から声がした。

 どこかで聞いたことあるような――と思う間もなく、俺の左側にあった木と、その下を流れていた沢山の魔物がまとめて吹っ飛ぶ。


「うぉあっ!」


 地面がえぐれるほどの衝撃。倒れた木々は積み重なり、塀のようになる。緑の魔物たちは一瞬だけその前で立ち止まったが、やがて静かに迂回し、新たな流れを作りつつ、また淡々と歩き始めた。


「イード、大丈夫か?」


 木からおりた俺を、見知った顔が迎える。凛々しい雰囲気と、その特徴的な赤い鎧。


「ガオス。なんでこんなところに?」

「それはあなたもだろう。ひとりでなぜこんなところに? たまたまこの町を訪れたらモンスターが大量に発生していて、リルケたちがあなたの姿が見えないというから私が探しに来たんだ」

「ああ……」


 ――どうする。『災夢』にガオスは出てこなかった。これを、どう判断する?


「何も聞かずについて来てくれないか。手伝ってほしいことがある」


 迷いながらも、そう口走っていた。みんな今はモンスターウェーブに耐えられている。でもこれからもそうとは限らない。とにかくアーティファクトを壊さなければ止まらない。ガオスならばアーティファクトに近づいてしまっても、きっと問題ないはずだ。

 急にそんなことを言われた彼女は少し戸惑っていたようだったが、やがてうなずいた。


「わかった。何をすればいい?」


 俺はほっと息を吐き、さっきあの建物のてっぺんが見えた方を指差す。


「あっちに行きたいんだ」

「でもこれだけ大量のモンスターがいると、骨が折れるぞ」


 ガオスも俺と同じところを見て言った。『無理』と言わないところがさすがに頼もしい。


「いや、ガオスのおかげでいい方法を思いついたんだ」


 ニヤリと笑う俺を、彼女は不思議そうな顔で眺めた。

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