故郷と『災夢』とウェーブと 1
地獄のような食事会が終わると、おっさんは貸衣装を回収し、さっさと帰っていく。
あれから質問攻めにされることを覚悟したが、その後は別の仕事の話題になり、俺以外はおっさんとも打ち解けちゃったりして、和やかに食事は進んでいった。
みんな滅多に食えない高級料理を食えたことに喜んでいた。でも俺はおっさんが意味深な笑顔を時々向けてくるだけで胃がいっぱいになり、自分が何を食ってるのかすら全然わからないままで終わった。活躍したのは俺なのに理不尽だ。
「はー、落ち着く……」
そして今、俺は再びニエリアにいる。
最初はフルネードで他の依頼も探す予定だったのだが、俺がゴネたことで一旦戻ることになったのだ。怪しまれるかなと思いつつ、しばらくフルネードギルドに滞在するというグレーズのおっさんと顔を合わせ続けるのがどうしても耐えられなかった。
まあ、それがなくても馴染みの場所というのはいいものだ。フルネードの人ごみを眺めていたら、まとまる考えもまとまらないような気がしたし。
ここのところ目立った『災夢』案件はない。行商人が売ってた変な菓子をアスガルが買おうとするから止めた、くらいかな。でもアスガルが変な菓子食ったくらいで滅亡する世界って大丈夫なんだろうか。
「あらー、イードじゃん」
心地よい日差しの下、柵の向こうで戯れる羊をぼんやり眺めていたら、俺の名を呼ぶ声がした。
「師匠」
のろの……落ち着きのある足取りでやってきたのは俺の魔法の師匠。ニエリアギルドのギルド長だ。
師匠も普段はほんわかお姉さんだが、もちろん強い。問題を起こした冒険者数人をお茶を飲みながらぶっ飛ばしてたのを見たことがある。あと俺への指導も厳しい。
「どしたー? 浮かない顔して」
「そんなんじゃないっすけど……」
俺は少し迷ってから、出来るだけ何気ない風を装って聞いてみる。
「そういえば、グレーズさんって知ってます? 西部支部の」
「そりゃ知ってるよー、あんまり話したことはないけどね。グレーズさんがどうかしたの?」
「えっと……強そうですよね」
「まぁ、ただものじゃないよねー。直接見たわけじゃないけど、ドラゴンキラーって話だし」
「ドラゴンキラー?」
「一人で簡単に狩っちゃうんだって。すごいねー」
師匠は天気の話でもするかのように言うが、俺は恐怖で固まった。なんてやつに目を付けられてしまったんだ。
「西部支部と言えば、彼の上司もすごいんだよねー。あの『アン・ディグリアの魔女』だから」
「え? そうなんですか?」
「あれ、言わなかったっけー? ああ、でもイードが修行中のときは別のひとだったからねぇ。一年前くらいだったかに代わったんだよ」
今も時々教えてもらうことはあるが、師匠の言う『修行中』というのは、俺が師匠のところに毎日通って魔法の基礎を叩きこまれていた頃のことだ。
『アン・ディグリアの魔女』――天才魔導師スウィーズ・ヘルセン。その名前とエピソードは授業の中で何度か師匠の口から出てきた。
『アン・ディグリア』とは実在するかどうかもわからない国の名前だ。世界各地に伝承は残っているのに、どこにあるのか、またはあったのかもわからず、ただのおとぎ話だという学者もいれば、証拠は存在するという研究者もいる。彼女の出自が謎に包まれているのと、その類まれなる魔法の才能からいつの間にかそう呼ばれるようになったらしい。西部支部やべぇところだな……。
「うーん……」
でも、実際どうしたらいいんだろうな。おっさんの意図が良くわからない。
俺はアーティファクトを速攻で破壊したことをとがめられるのかと思ったが、そもそも、ダンジョンの戦利品は基本的に攻略した冒険者のものになる。ギルドにそれを見せれば買い取ってくれたり、報告次第で良い評価が得られるケースもあるってだけだ。今回の場合は周辺住民の不安を取り除くことだったから目的はきちんと達成しているし、アンジェラ様の件に関しても本人が喜び、結果的にギルドの利益にもなったわけだから責められる筋合いはない――とは思う。
「そのグレーズさんに嫌がらせでもされてるわけ?」
「えっ――そんなんじゃないとは思うんすけど」
俺は細かい部分は伏せつつも、起こったことを師匠に話してみた。聞き終えると師匠はふっと笑う。
「そりゃー、期待されてるんでしょうよ」
「えー? そうっすか?」
「『流星の丘』のみんなは冒険者って仕事にひたむきだし、あたしから見たって将来有望だもの」
「師匠、それ本気で言ってます?」
「本気だよー? あんたの歳くらいで、そんなに幅広く魔法を器用に使いこなせる子って中々いないよ? 老獪な熟練魔導師みたいでさ」
「それ褒めてるんすか?」
「もちろん、褒めてるよー。それに昔から突拍子のないことやり始めたと思ったら、結果的にうまく行ったりするし。先見の明があるっていうか。今回だってそうでしょ?」
それは『災夢』に従ったことが、結果的にそうなってるだけではあるんだが。素直に喜んでもいいんだろうか。
まあ『災夢』が『災厄の芽』にかかわることしか教えてくれないといっても、俺が身動き取れないような事態になれば世界の破滅を止める手段がなくなるわけで。今のところおっさん関連で何も引っかからないってことは、きっとそんなに問題ないってことなんだろう。
「……うん、ありがとう。師匠」
「吹っ切れたみたいで良かったねー。久々に、魔法のレッスンしてあげようか?」
「それは今日はちょっと遠慮したいといいますか――じゃ、またギルドに顔出すんで」
俺はそう言うと、さっさとその場を離れた。ここのところのあれこれで、色々と考えすぎて疲れてしまった。まずはここらで一眠りしておきたい。家に帰ると、親と話すのもそこそこに、ベッドに横になる。
――ああ、これは来るな。
俺と『災夢』の付き合いももう長い。眠りに落ちる寸前に、予感がするときがある。
普通の夢とは違い、俺はそれを『見ている』自覚がある。だから細部まで観察できるし、起きているときにも覚えていられるのだ。疲れるけど。
そこは、どこか見覚えのある場所だった。木々がたくさん生える森――そう、俺たちが昔よく遊んだ森だ。そこに、緑色の影がうごめいている。
ズームアップ。ゴブリンのようにも見えるが、俺が見たことのあるゴブリンとは違っている。もっとなんというか、生気がない。動く緑色の人形のようだった。
それが、列をなしている。歩いている。どこかに進んでいる。この方角は――俺たちの町、ニエリアだった。
場面が切り替わった。町の人たちはできるだけ森から離れた場所へと避難している。冒険者たちが隊列を組み、迫りくる緑の波と戦っていた。師匠もいて、彼女の杖の一振りで、多くの敵が一瞬にして溶ける。クリスとアスガルの姿も見えた。リルケは住民の避難を手伝ったり、転んで怪我をしてしまった人の治癒をしたりしていた。
時間が進む。リルケは冒険者の治癒をし始めている。彼らのケガも軽く、まだまだ余裕がありそうだが、敵の数が減っている印象はない。
そしてまた場面が変わった。森のどこかにある、やけに人工的な四角い建造物。ダンジョンだ。そこから次々発生する緑色のモンスター。映像は、その奥へ奥へと向かっていく。そこには、花瓶のような形をしたアーティファクトが置かれていた。モンスターはそこから発生している。
キィィィィィィィィン。
鈴の音を無理矢理引き延ばしたような音が聞こえた。警告音。ここからは、やってはいけないことだ。
ダンジョンを発見する俺たち。アスガルはモンスターを盾で弾き飛ばしながらどんどん奥へと行ってしまう。そしてアーティファクトを発見し、雄たけびを上げる。クリスとリルケもそれを見た。また場面が変わりそうになったところで、俺はぎゅっと目をつぶって思いきり開き、その後の展開――仲間たちが世界を滅ぼす光景を無理矢理遮断した。
「あああ、気分悪ぃ……」
俺はぼやきながらも枕元に置いたノートを手に取る。そして急いで覚えていることをメモし、要点をまとめた。もし誰かに見られたとしても内容がわからないように書くのにも慣れたものだ。
『災夢』の中でちらりと映ったカレンダー。モンスターウェーブ発生の日付は今から五日後。次の依頼に向けてここを出発するのは三日後の予定だった。
「悪いんだけどさ、ここの滞在を少し伸ばしたいんだ。三日くらい」
朝飯を食ってからみんなで集まったのは近所のカフェ。いつものように空いている。コーヒーはそこそこうまい。
「どうしたんだ? イード。この前はなるべく余裕をもって出ようって行ってたじゃないか」
クリスが怪訝な顔をする。まぁ、あの時は早めにフルネードから距離を取りたいと思ってたわけで。グレーズのおっさんが今もフルネードに居るかは知らんけども。
「いや、せっかくだから師匠に少し修行つけてもらおうと思ってな。基礎の確認って大事だし」
それを聞き、三人は顔を見わせてから、また俺を見た。
「なるほど! すごいなイードは。僕も見習わないと」
「うん、そうだよね。私ももっと回復魔法の練習しなきゃ」
「イード、エラいぞ!」
相変わらず素直でいい奴らだな……時々心配になるけども。
「サンキュ。じゃ、よろしく頼むよ」
俺は歩きながら次のことを考えていた。師匠もそれなりに忙しい立場だから、昨日言ってたレッスンの気が変わらないうちにスケジュールを押さえておかないと。モンスターウェーブはギルド長である師匠が率先して対応してくれるとは思うが、俺はできるだけ情報を集めて、早めにアーティファクトを見つけて壊さないといけない。
そして、その壊す方法が厄介ではある。また俺の習得していない魔法なのだ。
『恩赦の雨粒』。ぽたぽたと手のひらから水滴が出る。砂漠でさまよっているときなんかには役立つかもしれないが、もちろんもっとちゃんと水が出る魔法は他にもある。正直それでアーティファクトがぶっ壊れるのが想像できないのだが、それは見た目と音が派手なだけで大した火力も出ない『光輝の生誕』も同じだった。
「今日は、やってるかな……?」
町に一軒だけあるスクロールショップ。そこの店主とは顔なじみだが、昔から商売っ気がないというか、やる気が感じられないんだよな。優秀な魔導師であるのは確かなんだが。
「こんちは!」
ドアには『準備中』の札もないし、カギもかかっていない。俺は足を踏み入れ、スクロールがごちゃごちゃに積んである店内を見回す。何度かデカい声であいさつを繰り返すと、ようやく奥から人影が出てきた。
「おや、イードじゃないか。久しぶり」
「ああ、おばちゃんも――元気そうだな」
顔と髪を覆った頭巾は汚れ、装着したエプロンとミトンも黒く煤けている。また何かの『実験』をやっているのだ。元気な証拠だった。
「まあね。今忙しいからさ、欲しいものがあるならさっさと言っとくれ」
「『恩赦の雨粒』のスクロール、扱ってないかな?」
「『恩赦の雨粒』? あんなの、何に使うんだい?」
まあ、そう言うよな。普通。
「ちょっと興味があってさ。やっぱ、ない?」
「あたしも変な魔法は好きだけどねぇ。出回ってる数が少ないんだよ。大して役に立ちゃしないから、値段はそこまで高くないけどね」
「そっか……」
仕方ない。こうなったらもう一度フルネードまで行くか。出回ってる数が少なくても、あっちならスクロールショップも多いから、まだ希望がある。そもそも『災夢』のとおりの魔法じゃないといけないかどうかもわからないんだが。『恩赦の雨粒』で破壊できるなら、ジョウロで水かけても似たようなもんかもしれないし。
「――あ」
そんなことを考えていたところ、おばちゃんがぽんと手を叩いた。
「そういや、エティーが持ってるかもしれないね。前に、店から適当にスクロールくすねて行ったことがあったから」
「くすね……? とにかく、ありがと! 聞いてみる!」
「またおいで!」
おばちゃんの張りのある声に見送られながら、俺は店を出る。そのままギルドのあるほうへと向かった。
「師匠!」
ニエリアギルドには受付はひとつだけ。ギルド長の部屋が別にあったりもしない。カウンターの奥のほうに座っている見知った姿が、読んでいた本から顔を上げた。
「あらー、イードじゃん。何か用?」
「師匠、『恩赦の雨粒』のスクロール持ってないかな?」
「『恩赦の雨粒』? あんなの、何に使うの?」
師匠はスクロールショップのおばちゃんと同じような表情で同じことを言った。さすが親子。でも、続く言葉は違っていた。
「あるにはあるけどねー。昔、めずらしいなと思って買っといたから」
「おばちゃんがくすねたって言ってたけど」
「失礼だなー。在庫処分で安かったけど、ちゃんとお金払ったよ? 研究のことで頭がいっぱいだとほかの記憶がいつも抜けるからなー、あの人は」
「それ、俺にゆずってください! いくらでも……ええと、俺に出せる額ならっすけど」
師匠はめずらしく殊勝に頭を下げた俺を見て少し驚いていたが、やがてニヤリと笑った。
「いいよー、じゃあ、あたしが買ったときと同じ十リルで売ってあげる」
――金払ったって言っても、結局くすねたみたいな額じゃねーか。
「マジっすか?」
危うく突っ込むところだった。そんなのは俺に関係ない。格安で売ってくれるならさらに助かる。
「その代わり、あんたがどうやって習得するか、見させてもらおうじゃないの」
――そこから、あっという間に三日が経った。
え? マジで? もう明後日がモンスターウェーブの日じゃんか。
スクロールの解読の仕方が悪いだの、基礎がなってないだの、魔力の集め方が悪いだの、ネチネチネチネチ師匠からいびられ続けながら魔法を習得するのが嫌すぎて、すっかり時間の感覚がなくなっていた。
「久々だと余計にきついわー……師匠のレッスン」
でも俺も少しは成長している証なのか、師匠に見てもらって良かったという気持ちにもなった。それだけこの『恩赦の雨粒』は難解だった。大したことも出来ないくせにひねくれてるというか、術式も妙に回りくどい。俺一人でやってたら、習得にもっと時間がかかっていたかもしれない。
とりあえず下準備は整ったといえる。あとは実際にモンスターウェーブが始まる前に、アーティファクトがある神殿のようなあの建物がどこに現れるのか、目星だけでもつけておきたい。
そう思いながらベッドに倒れこんだ俺は、そのまま静かな眠りの中へと入り込んでいく。




