Bランク冒険者、目を付けられる 3
「すみませんが、こちらに着替えていただけますか?」
グレーズのおっさんは、待ち合わせ場所で会うなりそう言って布袋をクリスに渡した。中には真新しいスーツとドレス。おっさん自身もギルドで会った時とは違い、パリッとしたスーツを着て、髪も綺麗に整えている。
みんなに緊張が走るのが分かった。『ちょっといい店』と聞いていたから、俺らなりに気を使った服装はしてきているが、レベルが違う。待ち合わせも、フルネードの街を一望できる丘へと向かう位置にある公園。この先は警備も厳しく、専用の馬車以外は通してもらえない。
『薔薇たちが集う丘』。フルネードの中で一番高級な店だ。もちろん俺たちみたいな庶民は名前を知っているだけで、入ったことなど一度もない。
「こ、こんな上等な服……」
俺たちの中では割とおぼっちゃんなクリスも震えている。
「貸衣装ですよ」
「でも、汚してしまうかもしれないですし」
「多少の汚れなら問題ありません。料金が発生した場合でも、こちらで持ちますから」
「いや、でも……」
「問題ありません、必要経費です」
クリスがおびえた犬みたいな顔で振り返る。俺たち三人も顔を見合わせた。リルケも、普段あまり動じることのないアスガルも不安げな顔をしている。
「まあまあ、皆さんそんなに緊張なさらずに。『薔薇たちが集う丘』と『流星の丘』で丘つながりですし。ほら、とりあえず着替えちゃいましょうか」
おっさんは無茶苦茶なことを言いながら、ポケットから何かを取り出して地面へと置く。指先で何度か叩くとそれはあっという間に膨らみ、体のデカいアスガルでも立ったまま余裕で入れるほどの大きさの黒い箱になる。箱についたドアを開けると、そこは鏡の取り付けられた小さな部屋。一見優しげにも見える笑みの奥にある目は、俺たちに有無を言わせない圧を放っている。
冒険者には荒くれ者も多く、ギルドに所属してても言うことを聞かないやつらは大勢いる。それを黙らせるには力を見せつけるしかない。だから、ギルドのお偉いさんっていうのは基本的にすごく強いのだ。
俺たちに、拒否する道など残されてはいなかった。
◇
「すごい。お城みたい」
リルケがつぶやいたように、馬車から降り立ったそこは、まるで別世界だった。
魔道具によるライトアップで薄闇の中に浮かぶ荘厳な建物。その名前の由来にもなっている色とりどりの薔薇の花で埋まる庭園。俺たち以外の客もちらほらいたが、いかにもこういう場に慣れていそうな、貴族や大商人といった感じの人たちばかりだった。
綺麗に舗装された庭園の中の道を進む。俺たちは軽やかに歩くグレーズのおっさんのうしろを、ぎこちない足取りでついていった。ちなみに似合っているかどうかはともかくとして、衣装のサイズは全員ぴったりだった。こえぇよ。
「たぶん、誰かに会うんだよな?」
クリスが小さい声で言う。俺はうなずいた。おっさんからは「依頼にかかわる食事」としか聞かされていないが、俺らだけで食事をして話すなら、わざわざこんな店に貸衣装まで着てやってくる必要なんてないはずだ。
――もしかすると嫌がらせだろうか。不気味な考えが浮かんでしまい、俺は身震いをする。
「皆さん、行きましょう」
店の人と何やら話していたおっさんに声をかけられ、俺たちはうなずき合うと、そのあとを追った。
店の中に入っても、その豪華さに圧倒される。高い天井。華美すぎず調和のとれた調度品。明るさや色合いからして最高級の魔道具を使用しているとわかる照明。塵ひとつなく磨かれた床。そこに敷かれたやわらかで緻密な模様の絨毯。優雅に歩く給仕人と、俺らが普段行く店ではありえないほど行儀よく食事をする客。
リルケが言ったように、本当に城みたいだ。城なんか行ったこともないが。
「まだ、奥か」
いち早く普段の状態を取り戻しつつあるアスガルがぽつりと言う。多くの人たちが食事を楽しむフロアを超えていけば、その先は個室。マジかよ。
部屋の入り口で固まる俺たちを、案内してくれた男の人が流れるような動きで誘導し、席に座らせてくれる。
キラキラと輝くグラスに香りのよい水が注がれたあたりで、誰かが部屋に入ってきた。グレーズのおっさんが立ち上がったので、俺たちもわけがわからないまま立ち上がる。
「お待たせいたしました」
「いえ、私たちも到着したばかりですので、お気になさらず」
赤いドレスが似合う、綺麗な女の人だった。俺たちよりはちょっと年上だろうか。ブロンドの髪を細かく結い上げ、赤いリボンで留めている。すっげぇ高そうな装飾品にも全然負けていない存在感を放っていた。
「こちらが、『流星の丘』の方々です。このお方は、アンジェラ・グレイシア様」
俺の息が止まった。
「ごきげんよう。イード・ホープとおっしゃる方は?」
「……か、彼です!」
何も言えずに固まってしまった俺のかわりに、クリスが返事をする。
「先日、わたくしの名前をオードワーズ伯爵に告げたらしいですが、なぜわたくしと彼の関係をご存じでしたの?」
「そ、それは……」
みんなの視線が集まった。頭が真っ白になり、意識が遠くなる。つーか伯爵? あのボンボン様、貴族だったの?
なんて答えるのが正解なんだろう。もう、いっそのことこのまま意識を失って、全部うやむやにしてしまいたい。
俺が何も言えずにいると、アンジェラ様はくすりと笑った。
「ごめんなさいね、依頼主の名前なんて明かせないわよね。やはり、あなたは信頼できる方のようです」
……ん?
「心配なさらずとも追求する気はありません。わたくしとあの人の関係は多くの方にご心労をおかけしていましたから」
「いや、その……」
「彼から突然、身に覚えがないことで責められて。今回のことでようやく、目が覚めました」
戸惑う俺には構わず、遠くを見ながら語り続けるアンジェラ様。
「ずっと周囲から、あの男はやめておけと言われ続けていたのに、意固地になっていたのね。誰にも認めてもらえない悲劇の愛だと思いこんで……愚かでした」
それから彼女はグレーズのおっさんを見た。
「あの男は以前から何かあるとそちらにクレームを入れていたようですね。今後はグレイシア侯爵家が冒険者ギルドのバックアップをお約束します。あの男にこれ以上の手出しはさせませんわ」
「由緒あるグレイシア侯爵家のお力をお貸しいただけるとは、ありがたき幸せに存じます」
「ふふ、あの男と別れると言ったら父も母も大喜びで。ギルドの皆様にくれぐれもよろしくと」
それからアンジェラ様は、また俺に向き直ると、にっこりとほほ笑んだ。
「イード・ホープさんにも感謝を。また何かの折には、ギルドを通じて依頼いたしますわね」
「あ、ありがとうございます……」
「残念ながらあまり長居はできませんの。わたくしはこれにて失礼いたしますが、支払いは済ませておりますので、ゆっくりお食事をお楽しみください。『流星の丘』の皆様のご活躍をお祈りしております」
そうして俺たちにもう一度ほほ笑むと、グレイシア様は優雅に去っていった。
「……皆さん、そろそろ座ったらどうでしょう」
彼女の背中が見えなくなっても、ぼんやりと立ったままだった俺たちの耳に、おっさんの声が届く。
「あ、はい。失礼します」
クリスが一礼して座ったのが合図だったかのように、俺たちもやたらと座り心地のいい椅子へと腰を掛けた。体の力が一気に抜け、肩には疲労がずしんと乗っかる。
なんだかよくわからないが、俺があの貴族様を追い返したせいで色々と揉めごとが起こり、勝手に解決したらしい。あのときはクリスとの接触を回避することに必死だったが、よくよく考えるととんでもないことをやらかしたんじゃないかと、今になって冷や汗が出てきた。
「それにしてもすごいな、イード。貴族の人たちともつながりがあるなんて!」
「あの、私を助けてくれたときよね? バイトって言ってた」
「いや、なんというかその……色々あってな」
俺があいまいな言葉でごまかしていると、グレーズのおっさんの細い目の奥にある眼球が光る。
「ほう、それは詳しく聞いてみたいですねぇ」
「いやその、そんなにその、エピソードというほどのものはないといいますか……」
店の中は全然暑くないのに、汗がやばい。俺がもごもご言っている間に、料理が運ばれてきた。真っ白な皿には、赤いバラを模した小さな料理が乗っている。
「まずは、いただきましょうか」
「うわ、小さいけどめっちゃうめえ!」
おっさんの呼びかけが終わるか終わらないかのうちに、ぱくっと一口で食べてしまうアスガル。
「いただきます。――すごく美味しい! これ、お魚を使ってるのかしら? こんなの食べたことない」
「ほんとに旨いな……!」
みんなさっきまでの戸惑いが嘘だったかのように、いい笑顔だった。夢のように美しい店内で、夢のような美しい料理が運ばれてくる。
俺はというと、緊張で全然味がしなかった。




