Bランク冒険者、目を付けられる 1
それから一週間後。トルディスタ冒険者ギルド西部支部、支部長室。
「またオードワーズ卿からのクレームか。懲りないねぇ、あのお方も」
その奥に置かれた重厚な木の机の上に足を投げ出し、女がキセルをふかしていた。毒々しい紫色の煙があたりに漂っている。
尖った帽子に全身黒のコーディネート。近くに黒猫でもいれば完璧な『魔女』という風貌だったが、そばに控えているのは白髪交じりの髪をなでつけた中年男だった。
「引き受けるなら、東部の支部長にしとくべきだったかねぇ。こっちの方が寂れてるし楽だと思ったんだけど。めんどくさい」
「今から本部長のほうを引き受けても間に合うのでは?」
「それも嫌。もっと仕事が増えるじゃないか」
「オードワーズ伯爵の件は、私が処理をしておきます」
男からの当たり障りのない一言。しかし女は、片方の眉をぴくりと上げた。
「おや? なにか気になることでもあるのかい?」
見た目も声も男よりずっと若いのに、彼女の話し方はまるで老女のようだ。男を見るその表情にも、数多くの修羅場を切り抜けてきたと思わせる落ち着きがある。
「いえ、そういうわけでは」
男のほうも営業スマイルのような笑顔のまま変わらない。しばらく無言の攻防が続いたが、先に折れたのは男だった。
「……伯爵からのクレームで割り出された人物が、少し気になりまして」
「へぇ、どんなやつだい? 当然、資料は持ってるんだろ?」
適当な答えでやり過ごそうとした男の目論見は、女の畳みかける言葉によって潰される。
男が軽くため息をついてから冒険者の登録情報を見せると、女はそれを興味深げに顔へと近づけた。
「イード・ホープ……Bランクか。まだまだひよっこなのに、貴族相手に盾突くなんてやるじゃないか」
「あまり褒められたことでは。オードワーズ伯爵は盾突かなくてもクレームを寄こすくらいですので。しかし、今回のクレームは妙です」
「妙って? 愛する――なんだっけ、本命の彼女と結託して自分を陥れようとしたとかなんとかって」
「アンジェラ・グレイシア侯爵令嬢ですね。しかし、彼女はそんな依頼をした覚えはないそうで。もちろん、ギルドの記録を確認してもそんな依頼は来ておりません」
「それが? このイードってぼうやがしょうもない嘘ついたんだろ?」
「そのような嘘をつく理由がわかりません。その後、何かを要求したような形跡もありませんし」
「確かにねぇ」
「しかも一介の、Bランクの冒険者が得るにしては少々高度な情報かと」
「そっちはどうだろう。噂ってのはあなどれないからね。ささいなことが広く届くこともある」
彼女はそう言って、またキセルを吹かす。男は少し間を置いてから、言葉を続けた。
「先日この男が所属するパーティが達成した依頼も妙です」
「まだ何かあるのかい?」
「依頼自体は簡単なものです。Cランクの調査依頼。時々ダンジョンから出てきて近隣住民をおびえさせていた弱い魔物は、未確認のアーティファクトが生み出していたものでした」
「ま、よくある話だね。アーティファクト自体も特に珍しくはないんだろ?」
「イード・ホープが爆散させました」
「なんだって?」
「使用魔法は『光輝の生誕』です」
「あんな、いまどき大道芸人しか使わないような魔法で?」
女はしばし思案したあと、キセルでトントンと机の表面を叩いた。
「わかった。他の案件は適当に処理しておくから行っておいで。そのかわり、あたしにも逐一報告するように」
「……承知いたしました」
「そんな顔するんじゃないよ。ほら、お駄賃としてこれやるから」
女は引き出しを開けると、いくつかの魔道具を取り出し、男へと放り投げる。男はそれをキャッチすると顔を近づけて凝視した。
「これはこれは……いつもありがとうございます。では、失礼いたします」
そして頭を下げ、部屋から出ていく。いつもと変わらぬ態度の中、彼が一瞬だけ嬉しそうな表情をしたことに笑って、女はまたキセルを吹かした。
「なかなか面白くなりそうな気配がするねぇ」
◇
俺たちは次の依頼のため、フルネードという街に向かっていた。俺たちが拠点にしている故郷のニエリアから割と近いんだが、ニエリアよりもずっとデカく、何か欲しいものがあったり、遊びたいときには向かう街だ。
あのボンボン様の件以来、『災夢』はまだやってきていない。正直あんまりうろうろしたくない気分だが、俺たちは冒険者だし、動かないことを仲間に強制することも出来ない。それに動かなかったからといって何も起きなくなる保証もないしな。
本人たちに思い切って相談するってことも考えたことはある。だが最初に、『災夢』のことをあいつらに話したほうがいいんじゃないかと考えたとき――ただ考えただけだ。それでもその夜、俺は自分が仲間に打ち明けたせいで滅亡ルートに入るところを繰り返し見せられた。怖いだろ?
だから俺は、ひとりで頑張るしかないと覚悟を決めたんだ。
「でも、今回の依頼ってなんなんだろうな」
気持ちの良い朝日が差す街道を歩きながら、クリスがぽつりと言う。ニエリアに戻った俺たちは、ギルドに顔を出したとたんにその話をされた。そして、依頼内容はフルネードのギルドで直接聞いてくれと言われたのだ。
「今さらだけど、すごく難しいとか、変な依頼とかじゃないよね……?」
「ギルドからの指名だし、あんま変な依頼ってことはねーだろ。会わないと話しづらい内容なのかもしれねぇし」
「そ、そうだよね……」
俺がそう言うと、リルケはほっとした顔をする。まあ、変なボンボン様に絡まれたばかりで不安になるのも仕方ない。
「オレたちも、有名になってきたのかも!」
アスガルがそう言うと、彼女は笑顔を見せた。
「そうかもね! 私たちなりに頑張ってるもんね!」
依頼は基本的にギルドに張り出されているものをこっちで選んだり、受付で紹介してもらったりするのだが、時々向こうから指名されることもある。そういう場合は依頼料も上がるし、それは冒険者として認められてきた証でもあった。
「……ん?」
それから歩くことしばらく。突然アスガルが立ち止まった。あたりに人気はなく、俺たちはただ木々に囲まれている。
「何かいるのか?」
俺はパーティの中で斥候的な役割もしているが、『災厄の芽』がらみじゃなけりゃ、正直アスガルのカンのほうが俺の盗賊スキルより鋭い。
アスガルは俺の問いに、少し首をひねってから言った。
「誰か、近づいてくる」
しかし、何の音も聞こえない。しばらく耳を澄ましていると、ようやく草を踏む音が耳に届いた。
一瞬身構えたものの、敵意は感じられない。やがて俺たちの前に現れたのは、黒髪と真っ赤な鎧が印象的な女剣士だった。
「あっ」
クリスが言う。見たことある人だ! という顔だ。
「あっ、ええと。ガ――」
リルケも口を開いた。そうそう、ガがついた気がする!
「ガオス!」
俺たちが一生懸命思い出そうとしていると、アスガルがデカい声で言った。
いや、さすがにそんな名前じゃなかったような。
「『赤の疾風』、ガウェイン・オースロイだ」
本人から静かに訂正が入った。
「そうそう、ガウェインさんだ!」
「やっぱりガオス……」
「す、すみません、僕たち無知なもので」
まだあきらめていないアスガルの口を、あわててクリスがふさぐ。
俺もようやく思い出した。ソロの冒険者でありながらも、ランクは俺たちより上だったはず。
「こちらこそ、急に驚かせてすまないな。向こうの道を歩いていたらあなたたちの姿が見えたものだから。『流星の丘』だろう?」
「私たちのこと、知ってるんですか?」
「オレたち、有名!?」
「ああ……そうかもしれないな」
リルケとクリスが食いつくと、はっきりしない答えが返ってきた。
「私もフルネードの街に行くんだ。せっかくだから一緒に行こう」
ガオスはそういうと、さっさと歩き出す。誘いというよりは、確定事項。でも不思議と嫌な印象は受けなかった。
『災厄の芽』のことを常に気にかけなけりゃならない俺としては、正直余計な要素は排除しておきたい。でも『災夢』に登場しなかった以上、そんなに害はないだろうと割り切るしかない。
「その鎧、高そうだな」
ガオスを先頭に歩いていると、アスガルが突然そんなことを言い出した。みんなが思ってても言わなかったことではある。
「まあな、特注だ」
ガオスはそう言って、少し得意げに腕を伸ばして見せる。体にフィットした赤い鎧は、硬そうなのに軽そうで、動きやすそうだった。特殊な素材か技術を使ってるんだろう。
ソロの冒険者は同じ依頼を受けても報酬は独り占めできる。その分リスクは上がるから、特に装備に金をかける傾向にあるようだ。
俺たちはまだまだそんな贅沢はできない。アスガルほど露骨ではないが、クリスもうらやましそうな目で鎧を見ていた。
「ガオ――ガウェインさんも、依頼を受けに行くんですか?」
「ガオスでも構わないぞ。『ガ』ウェイン・『オ』ー『ス』ロイでガオス。なかなか面白いじゃないか」
あわてて言い直したリルケに、ガオスはくすくすと笑った。それを見ながら俺は、違和感を覚える。
初めて会う俺たちを遠くから見つけ、わざわざこっちまで移動してくる、こんなに気さくなキャラなんだろうか。俺が会ったことのあるソロの冒険者は変わったやつも多いから、偏見もあるのかもしれないが。
「フルネードの街のほうがランクの高い依頼も多いからな」
「オレたちも、指名」
「あ、初めてなんです。僕たちが指名で依頼もらったの」
「へぇ、良かったじゃないか」
ガオスがちらりとこちらを見た。俺は反射的に軽く頭を下げる。彼女はそれ以降、振り向くことはなく、街道を早足で歩いていく。俺たちもつられて歩くペースを上げた。
フルネードには、予定よりも早く着きそうだ。




