魔王か植物か 2
「あらー、あんたの実力ってその程度なの? 最初に会ったときはもっと出来るやつだと思ってたんだけど、あたしの勘違いだったみたいだねぇ」
一瞬だけ壁の向こうを見た後、スウィーズ・ヘルセンは笑いながら杖を振る。その大きな杖は、彼女の細い指の中でくるくると器用に回った。
『このぉぉぉぉ、クソ魔女がぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
レイジーは怒りの声をあげながら三本の『腕』をスウィーズに向かわせる。
「師匠、大丈夫か?」
そのうちの一本はアスガルが受け止めた。一本はリルケが動きを鈍らせ、その両方をクリスが斬り落とす。残りの一本はスウィーズが魔法で燃やした。
『クソがぁぁぁぁぁぁぁ!!! クソがぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
レイジーが叫ぶと、周囲の細い蔓が集まり『腕』が即座に修復される。
スウィーズは戦いながら観察していた。『腕』を破壊されるとレイジーは怒りや不快感による声はあげるが、痛みを感じているかはわからない。それによって攻撃の手がゆるむこともなかった。周辺にある蔓を全部燃やせば一時的に『腕』の修復は止められるかもしれないが、大元を絶たない限りはいたちごっこになるだけだろう。
「あたしの弟子たちって優秀で頼りになるから、あんたのしょぼい攻撃なんて届きゃしないねぇ。あんたは性格悪い上に、ぼっちで可哀そう。ああ、性格悪いから仕方ないね」
「やっぱオレ、頼りになるか!」
褒められてアスガルは照れるが、クリスとリルケはさっきからレイジーを煽りまくるスウィーズに内心ひやひやしていた。それでも何か考えがあるのだろうとひとまず見守ってはいる。
『てめぇのが性格最悪だろがぁぁぁぁぁぁ!!クソ魔女がぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
案の定、煽られたレイジーは怒り狂った。さっきよりも『腕』を増やし、様々な方向からスウィーズを狙う。その数、六本。
「今は、このくらいの本数が限界ってとこかね。――『絶対強化』!」
それを確認すると、スウィーズは部屋が大きく崩れることのないように魔法で強化を施した。それにはレイジーの行動範囲を狭めさせ、他の場所への被害を最小限にするという意図もある。
「みんな、とにかくあのウネウネを片っ端からぶっ壊すよ!」
彼女は次に風の刃を発生させ、うなりをあげて襲い来るレイジーの『腕』をバラバラにする。ちぎれた『腕』は、あたりに飛び散り、降り注いだ。
「うぉっ、あぶねぇ!」
「きゃぁっ!」
「リルケ、大丈夫か?」
アスガルはそれを盾で防ぎ、クリスはリルケを守りながら弾き飛ばす。その間にも『腕』はすさまじいスピードで修復していく。
「はぁ……むしってもむしっても、キリがありゃしない。まるで雑草だよ、うっとうしい」
「あの、ヘルセンさん、あんまり煽らないでもらえると……」
『クソがぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!』
クリスの言葉は、レイジーの怒りの声によってかき消された。さらにスピードを増す攻撃。スウィーズはそれを防ぎ、破壊する。
「あんたって、あんなに冷静で賢いふりしてたくせに、根っからのバカだったんだねぇ。すぐキレるし、自分からそんなに冴えない姿になるなんて」
「ヘルセンさん……」
『黙れこのクソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
やはり、破壊しても破壊しても即座に修復してしまう。その無尽蔵さは、報告にある今までのアーティファクトから出てきたモンスターのようだった。
『腕』が修復されるときにはイードが巻き込まれてしまう可能性もある。でも下手に攻撃の手を緩めてしまえば、レイジーの意識がイードに向かってしまうかもしれない。今は彼が上手く避けてくれることを祈るしかなかった。
(イード、頑張るんだよ)
スウィーズはそう心の中で語りかけ、爆炎の魔法を放った。
◇
背後からまたデカい音が聞こえた。そして周囲の壁が揺れる。それが戦闘の激しさを物語っていたが、みんななら絶対大丈夫。俺は俺自身のことに集中しないといけない。
『偽装隠避』と『飛行光繭』を駆使し、うねうねと動く太い『腕』の横を進む。周囲の壁や床もびっしりと蔓で覆われていて、まるで血管のように脈動していた。
(――!?)
近くの蔓が突然ぴくぴくと動き出す。俺は静かに、でも急いでそこから離れた。壁に張り付いていた蔓は『腕』に吸い込まれるようにくっつき、絡み合う。修復されるスピードが上がっていってるのは、それだけみんなに破壊されているスピードが上がってるってことだろう。その分、俺の避ける難易度も上がってしまうんだが。
(あった!)
蔓だけじゃなく、崩れた瓦礫なんかも避けながら進むのもいい加減嫌になってきたころ、景色が変わる。さっき人が沢山集められていた部屋よりもさらに広い部屋。高い天井に届くほどの勢いで、巨木の幹のような物体が下から突き出している。俺たちを襲った何本もの『腕』の、根元となる部分だ。
俺は浮いたまま近くまで行き、地面にあいた大穴を慎重に覗き込む。うごめく『巨腕』の隙間から見えるのは、闇だった。目を凝らしても穴の底の方は見えない。このまま行くか、明かりを用意するか迷う。色んな選択とその結果のイメージが頭の中をぐるぐると回り――そして俺は決断した。
――ぼんやりとした魔法の光を指先にともしたおれの姿が闇の中に浮かぶ。それはほのかに周囲が見える程度のものだ。
俺は『飛行光繭』を制御しながらゆっくり、ゆっくりと下降する。ちょっと前までは苦手意識があった魔法だし、こんな大事な場面で何度も使う日が来るとは全く予想もしていなかった。巨木のような蔓の横をふわふわと舞い降りる蛍のようなおれ。なんだか幻想的に見えなくもない。
(慎重に……!)
そして、ようやく地下室の床が見えてくる。静かに着地をし、感覚を研ぎ澄ませてみるが、脈打つような蔓の動きとそれがきしむ音しか感じられない。目を凝らせば、おれの持つ明かりの向こうにそれとは違う色の光がかすかに見えた。魔法の明かりをさらに弱めると、青白い光は、さっきよりも良く見えるようになる。その光に包まれている、大きな花瓶のような物体。
アーティファクトだ。
「大地よ、大地よ、大地よ。我らが母なる力よ――」
ここまで来たらもう腹をくくるしかない。ゆっくりと進みながら、呪文の詠唱を小声で始める。いくら向こうでの戦闘に集中しているといっても、レイジーが気づいていないということはないだろう。少しずつ、少しずつアーティファクトは近づいてくる。
「――めぐる星々よ。彼らがもたらす遺宝よ。今こそ我が手中に宿りたまえ!」
そして、魔法の発動準備が整った。おれの姿はアーティファクトのすぐ前まで来ている。
――その時。
どこからか飛んできた細い蔓が、槍のようにおれの体へと突き刺さった。間髪を入れずに右から、左から、上から。
『イードくぅぅぅぅぅぅん、バカだねぇ! こんなとこまで! ノ・コ・ノ・コ・やってくるなんてぇぇぇ! 天才・魔導師のボクが、気づいてないとでも思ったのかなぁぁぁ???』
おれは刺さった蔓を握りしめ、振り返る。そこには『災夢』の中で見た、あの異形の姿があった。レイジーの姿はかろうじて残っているものの、さらさらと輝いていた髪は青く濁った醜い花びらのように広がり、皮膚のあちこちから鋭いトゲが生え、その一部は長く伸びて触手のようにうごめいている。腰から下は根っこのように広がり、それが周囲の太い蔓とつながっていた。
『アハハハハハハハハッッ! バァァァァァァカァァァァァ! 死ねェェェェェェェ!!』
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ! 肉が裂かれるような音が何度も何度も響く。おれの体はあっという間にバラバラになっていった。
『ザマァァァァァァァッッッ! イード・ホープザマァァァァァァァッッッ! このゴミがァァァァァァッッッッッッ!』
大喜びしてるとこ悪いんだが、それ、本物の俺じゃないんだわ。
「『崩落の大地』!」
静かにアーティファクトの後ろ側に回り込んでいた俺は、魔法を発動させた。手のひらからは小さな石ころが何個も飛び出し、コン、コン、と花瓶の表面に当たって間抜けな音を響かせる。たったそれだけの魔法だ。でも、それだけのことで、異形を生み出したアーティファクトは崩れ落ちた。
『イィィィィドホォォォォォォプゥゥゥゥゥ!!?? ナゼェェェェェッッッ!!!! ナゼダァァァァァァッッッ!!!!!』
レイジーにめった刺しにされた『おれ』は完全に消え去り、地面にはブドウのような粒が転がっている。
簡単なことだ。魔道具を使って俺自身の幻影を作り出し、一緒に浮遊しながら穴を降りて幻影だけ下におろしてアーティファクトのところまで歩かせ、その間に本物の俺は浮いたままアーティファクトの後ろに回った。
――いや、全然簡単じゃねーな。めっちゃ疲れた。
ヘルセンさんからもらった魔道具で幻影に真実味が増したとか、レイジーが俺の仲間たちとの戦闘に気を取られていたとか、そういうことだってあるだろう。でも、もしいつものレイジーが相手だったなら、きっと見破られてしまったんじゃないかと思う。
俺が会ったのは幻影だったが、それでも圧倒的な力に恐怖した。あの『アン・ディグリアの魔女』スウィーズ・ヘルセンと張り合い、そして悔しがらせた、あんなにすごいやつだったのに。
『ア゛ァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』
けど、そうじゃなかったのは、俺にとっては幸運だった。
張り巡らされた蔓が光の粒となって消えていく。その光の波はレイジーに向かって収束していった。異形となったレイジーの目が俺に向けられる。その口が、何かを言おうとして動いた気がした。
そして――爆発が起こる。




