魔王か植物か 1
俺は出来るだけ人のいる場所を避けつつ、がむしゃらに動き回っていた。『偽装隠避』を維持し続けるのも段々きつくなってくる。アジト内が混乱しているのは伝わってくるものの、新たな追手が来ることもないのが、かえって不気味だった。もしかしたらレイジーはアジトに不在なんだろうか。
今のところ、地下室に続くような、それっぽい階段や入り口などは見当たらない。さすがにそんなに分かりやすくはしてないか。
(幻影使って仲間のフリして聞いてみるか?)
そんなことも考えたが、やっぱりリスクが高すぎる。重要な情報を簡単に教えてくれるとも思えないし。
――そのとき、全身に鳥肌が立った。
(なんだ?)
あわてて周囲に目を向ける。誰もいない廊下だ。天井や床にも、やっぱり何も見当たらない。どこからか、地鳴りのような音が聞こえた。それから地面が揺れ始める。あちこちから、ざわざわとした声が聞こえ始めた。何かが起きている。それはたぶん、魔神連のやつらでも想定外のこと。
嫌な予感が大きくなっていく。体中になんともいえない不快感が走る。どこかで、不気味な魔力が膨れ上がっていく。
(――!?)
無意識のうちに、俺は横に跳んでいた。その直後、俺の今までいた床から何かが飛び出してくる。それは青白い、巨大な柱のように見えた。
「――なっ!?」
思わず大きな声が出る。もう『偽装隠避』の維持なんてしていられなかった。全力で走る俺の、今度は上から『柱』が降ってくる。
何とか避けたものの、地面が大きく揺れ、大穴があけられた建物の破片が飛び散った。俺の体は跳ねるようにして壁に激突する。
「うぐっ――!」
全身に走る衝撃。一瞬息が出来なくなる。けたたましい音が鳴った。それを笑い声だと理解するまでに、少し時間がかかる。ひび割れていて、ゆがんでいたけれど、聞いたことのある声だった。
「レイジー……?」
『レイジー様だろぉぉぉぉぉ?』
今度は『柱』が横向きに走る。太いロープが絡み合ったようなそれは、植物の蔓だった。柱のような強靭な蔓が、うなりを上げながら迫って来る。
俺はとっさに『飛行光繭』で天井近くまで飛んだ。イチかバチかだったが、勢いのついた蔓は途中で曲がることができず、俺のすぐ下を通り過ぎて行き、また別の壁に大穴をあけた。
何が起こったんだ? いや、俺は気づいていた。『災夢』でみた光景がよみがえる。あの異形。
「なんだこれは?」
大きな音を聞きつけて、警備のやつらがやってくる。
「レイジー様に連絡は!」
「先ほどからしていますが、何も反応がありません!」
やばい、また姿を消さないと――俺は思ったが、そんなことは必要なくなった。
『うるせぇぇぇよ、役立たずどもが』
今度は蔓が波打つように暴れる。それは壁や天井を破壊し、レイジーにとっては仲間であるはずの者も巻き込んだ。悲鳴と怒号が交差する中、耳障りな笑い声が響く。
俺は『飛行光繭』を維持し、建物の揺れの影響を最小限にしているが、瓦礫もどんどん降ってくる。粉塵が舞い、視界も悪い。このままだとマズいが、下手に動くのも得策とは思えなかった。ヘルセンさんへこの場所を伝えてからしばらく経つ。そろそろ来てくれてもいい頃だ。
『そうやって耐えれば魔女が助けに来てくれると思ってるのかな? バカなイードくぅぅぅぅぅぅん。魔力の発信なんてとっくに遮断してまぁぁぁぁぁぁす』
そんな俺の考えを見透かしたかのように、レイジーが笑う。絶望で頭が一瞬、真っ白になる。
――蔓が鞭のようにしなり、俺の背後にあった柱を貫いた。俺は我にかえる。絶望してる場合じゃない。こうなったらできるだけ早くアーティファクトを破壊するしかない。今のレイジーが『災夢』の通りアーティファクトによって異形化したなら、今までの魔物たちと同じように力を失うはず。
『ほらぁぁぁぁぁ、叩き潰してあげるよ、小さなイードくぅぅぅぅぅぅん!!』
レイジーは暴れ続けている。でもそれが意図した動きのようにはあまり思えなかった。蔓は俺のいないところを破壊しているし、最初のパニックを過ぎると、レイジーの仲間たちも何とか避けることが出来ている。まだきっと力をうまく制御できていないんだ。付け入る隙はあるかもしれない。
とにかく地下室だ。ここが何階なのかはわからないが、下へ向かわないと。俺は床にあいた大きな穴を覗き込み――『飛行光繭』を操作して飛び込む。
「――!?」
そこには、落ち着きなくうろつく人、腰を抜かしたように動かない人、泣き崩れる人、祈る人――沢山の人がいた。大きな部屋で共同生活をする人たち。俺が『災夢』で見た光景の一つはここだ。
壁も大きく崩れ、他の部屋が丸見えになっているが、なぜか誰も逃げようとはしない。ここから出てはいけないとでも思いこんでいるんだろうか。
俺は魔神連のそもそもの目的を思い出す。もしかすると、彼らにとってはこれこそが望みだったのか? 異形となったレイジーが、魔王なのかどうかはわからないが。
「危ない!」
突然振り下ろされた蔓の下に、子どもがいた。動くことも声を上げることも出来ないその子を抱えて俺は飛ぶ。お母さんらしき人に渡してほっとしたのもつかの間、蔓の先がしなり、俺の腹を打った。
「ぐうっ――!」
俺の体は吹き飛ばされ、壁に激突する。とっさに魔法で衝撃をやわらげたから致命傷ではないが、骨の一本くらいは折れたかもしれない。特訓の日々でそういうのわかるようになっちゃったからな……でもここにはすぐに回復をしてくれるリルケはいない。
そしてまずいのは、レイジーの動きが少しずつ良くなってきているということだ。
(くそっ……新しい体に慣れるの早すぎだろ!)
痛む体をひねり、また飛んできた蔓をなんとか避けるが、レイジーが暴れるたびに瓦礫が飛び散っていく。
「ここにいると危ない! 逃げろ! あいつは魔王なんかじゃない!」
とにかく叫んだ。すると、何人かの人たちが、まるで夢からさめたかのように、壁にあいた大穴へ向かって走り始めた。
そこにレイジーの『腕』ともいえる太い蔓の一本が振り下ろされる。重い音と振動が走った。呆然とそれを見る俺の頭上から、またあの不快な笑い声が降ってくる。
『イードくぅぅぅん……キミが不用意なことを言うからぁ、人が死んじゃったねぇぇ? 魔王じゃないぃぃぃ? 俺様は、魔王様だろぉぉぉぉ? こんなに力にあふれてるんだからなぁぁぁぁぁぁ!!!!』
「な――あの人たちは、仲間じゃないのか!?」
『仲間ぁ? ただの養分にすぎないさぁ! アーティファクトの稼働にはたっっっくさん、養分が必要だからねぇぇぇぇ!』
そして笑い声はさらに大きくなる。
何がそんなにおかしいんだ。迷い人も、この人たちも、そうやって使い捨てるためだけに集めてたなんて。
怒りが絶望を駆逐していく。これ以上、こいつの横暴を許しちゃいけない。俺は体の痛みをこらえつつ、立ち上がる。
「魔王? 珍妙な植物の間違いじゃないのか?」
そのとき、懐かしくも思える声がした。涙が出そうになるくらい、心強い声だった。
「ヘルセンさん!」
床を打ち砕いたはずの『腕』が、ゆっくりと持ち上がっていく。その下には見慣れたとんがり帽子の魔女スタイル。さっき潰されたはずの人たちも魔法のバリアに守られ、無事だった。
『魔女ぉぉぉ――なぜぇぇぇ、お前がぁぁぁ?』
「あんなに陰湿でずる賢かったくせに、そんなのもわからないくらい耄碌しちまったのかい? せっかく魔道具の力を遮断してたのに、あんたがその装置まで自分で壊して台無しにしたんじゃないか」
ヘルセンさんは、後ろにいた人たちを穴の方へと逃がしながら言う。俺も動こうとして、胸の痛みに顔をしかめた。
そこに、あたたかな光がともる。
「イード、大丈夫?」
リルケだった。痛みはあっという間に引いて、体も呼吸も楽になる。
「ありがとう。助かったよ」
逃げていく人たちと入れ替わるように、壁の穴からクリスとアスガルがやってくるのも見えた。グレーズさんは何かあったときに備えて、ギルドで待機してるはずだ。
「皆さん! 早くこっちへ!」
「オレたちが守る! 大丈夫!」
クリスが人々を誘導し、飛んでくる瓦礫を払う。レイジーの『腕』の一本がうなりながら襲いかかるが、大盾を構えたアスガルが踏ん張って受け止めた。あれって止められるんだ。
「イード、怪我が治ったならぼんやりしてんじゃないよ! あんたはあんたのやるべきことをやってきな!」
俺はヘルセンさんに言われてハッとする。うなずきを返してすぐに走った。それを邪魔するように、新たな『腕』が二本向かってくる。
しかしそれは、急に動きを鈍らせた。すさまじい勢いで回転する風がまとわりついている。リルケの精霊魔法だ。堅牢な建物の中は精霊の力が弱くなりがちだが、レイジーが自ら大穴をあけたことで風通しがずいぶんと良くなってしまっていた。
そして、目の前を影が走る。
『グァァァァァァァッッッ!!!!』
地響きとともにレイジーの叫びが部屋に響いた。『腕』の先を、クリスが剣で斬り落としたのだ。
「イード、やることがあるんだろ? ここは僕たちに任せてくれ!」
「私たちも頑張るから、イードも頑張ってきなよ!」
『この、ザコどもがぁぁぁぁっっ!』
今度は別方向から飛んできた『腕』。そこにアスガルが割り込んで、がっしりと止めた。
「こんなちょっと硬い程度の草、どうってことない! イード、行け!」
すげぇ。俺の仲間、頼りになりすぎる。
「みんなありがとう!」
俺は再び走り出し、『偽装隠避』を発動する。それを合図にしたかのように、派手な爆発がいくつも起きた。ヘルセンさんの魔法だ。
『この……クソ魔女がぁぁぁっっ!』
さっきクリスに斬られた『腕』は別の蔓が集まることで再生し、さらに新たに出現した『腕』が数本、みんなに向かって行く。俺はうごめくそれを避け、下をくぐるようにして進んだ。あの蔓がやってくるところ、『レイジー』の本体がある場所へと。




