変身上手の潜入任務 2
波のようにゆらいだ景色が元に戻ると、俺は小さく息を吐く。さっきとは違う小さな部屋だった。誰もいない。少し観察をしてみたが、魔法陣以外は何もなさそうだ。ひとつしかないドアに向かって歩き、扉へと触れてみた。鍵はかかっていない。
「札を見せろ」
ドアを開けると、すぐに強そうな大男に出くわした。着ている服はアルマとは違うものだったが、やっぱり黒い包帯を巻き付けて作ったようなデザインだ。俺は首にさげた札を見せる。男はそれに透明な石をかざした。石は何回か緑色に光ってから透明に戻る。
「よし。通っていいぞ」
それとは別に、また武器などを持っていないかのチェックはされた。やっぱこんなとこにパーティ全員で来るとか無理だったな。
男にぺこりと頭を下げ、俺は歩みを進める。こっちもアルマ邸と同様、殺風景な廊下が伸びていた。
「ああ、きみ。迷い人だね?」
次に出会ったのは若い男。やはり黒包帯服だ。ここがどこにあるのかはさっぱりわからないが、魔神連のアジトの中には入れたと見て間違いないだろう。
「こっちに来てくれるかな?」
口調は優しいが、有無を言わせない響きがあった。その腰にも魔導師の杖がある。門番、アルマ、この男――みんなそれなりに強いはず。もし『迷い人』とやらが暴れたとしても、そう簡単に傷つけることも、逃げることもできないだろう。もちろん俺はここでもめ事を起こす気なんてないから、素直についていく。
もしかすると『災夢』で見た、あの沢山の人が集まる場所に連れていかれるのかと思ったが、俺が連れていかれたのは扉が等間隔にずらりと並ぶ場所だった。静かだが、人がいる気配がする。それぞれの部屋の中で、何か作業をさせられているのだろうか。
「君は、この部屋で」
男がドアを開ける。中を見た瞬間、俺は戦慄した。そこはテーブルにベッド、トイレらしき場所のドアがある簡素な部屋だったが、床一面に魔法陣が描かれていた。一見すると癒しの魔法陣だが、魔力が逆向きに走るように設計されている。あれでは、癒されるどころか生命力が吸い取られる。
「――っ」
一瞬の判断だった。俺は指を動かし、魔法で幻影を作り出す。それと同時に『偽装隠避』で身を隠し、通路を急いで戻り始めた。ちらりと後ろを振り返ると、男は俺の幻影を部屋の中へと入れてドアを閉め、鍵をかけようとしている。
俺は近くにあった柱の陰に身を潜めて息を殺す。男は俺のすぐ前を気づかずに通り過ぎて行った。少しの間を置いて、慎重に男の後を追う。
(くそっ、計画が狂っちまった)
しばらくはカイルとして振舞いつつ、中の様子を探るつもりだったのに、いきなりあんな部屋に閉じ込めようとするなんて。きっと身寄りのない人物を連れてきてはあの部屋にぶち込んで、生命力を奪い取っているんだろう。食事を与えたりしておけば、それでもしばらくは生きられるだろうし。間一髪だった。自分がもし入っていたらと思うと背筋が寒くなる。
男が向かったのは、俺がここに転送されてきた部屋がある場所とは反対の方向だった。
「迷い人一匹、7番に追加しといたぜ」
そこにいた仲間に声をかけ、男はその横を通り過ぎて奥にあるドアへと向かう。男がドアを開けた瞬間、俺は引き絞り、威力を弱めた『魔風射撃』で、仲間の男が座っていた椅子の足を撃った。
「おわっ!」
衝撃で椅子からずり落ち、情けない声をあげながらひっくり返る仲間。その派手な音で男は振り返り、急いで様子を見に行く。
「どうした?」
「い、椅子が急に……」
「だらしねぇ座り方してるからだろ」
「いや、椅子が変だったんだって! 壊れたかな?」
二人が言い合っている間に、俺は半開きになったままのドアへと滑り込んだ。
「ったく、人騒がせだな! 気をつけろよ!」
その直後、男がドアのところまで戻ってくる。俺は這うようにしながら、急いでドアのそばから離れた。男がこちら側に入って来る。それからドアが閉じられ、鍵がかけられた。男は俺の前を通り過ぎて暗い部屋の奥、光が漏れて明るくなっている方へと向かって行った。
よく見ると、ここは倉庫のような場所、光が入ってくるのはドアのない出入口に衝立が置かれているからのようだ。その向こうからは話し声も聞こえてくる。ゆっくりと近づき、そっと覗き込むと、広い部屋の中に黒包帯ファッションの人々が行きかい、談笑していた。交流スペースのような場所なのかもしれない。
(これからどうする……?)
あのアーティファクトを探し、破壊をするなら地下へと続く道を見つける必要があるだろう。でも、まずはこのアジトの場所をヘルセンさんたちに知らせておきたい。慎重に行動したいところだが、俺がさっきの部屋から居なくなったということがいつバレるかわからない。
(よし)
俺は心の中で自分に気合を入れ、ひとまず衝立の向こうへと静かに出る。それから人を避けつつ足を進めた。誰にも気づかれないよう、『偽装隠避』の維持には特に気をつける。
「例の魔導理論、ご覧になりましたかな?」
「ええ、実に興味深い内容でした」
「レイジー様、あの『アン・ディグリアの魔女』を撒いたんですって」
「さすがレイジー様よね!」
「私の投資額はついに10億リルを突破しましたぞ」
「それは素晴らしい。私はまだ1億をすぎたところで……」
会話の内容からしても魔導師、研究者、セレブ……色々な人たちがいる。さっきの男は向こうの方で酒を片手に美女に声をかけ、適当にあしらわれたりしていた。
俺の想像とは違う。こんな地位も金もありそうな人たちが、そうまでして魔王を降臨させたいんだろうか。グレーズさんの情報によれば、魔神連は荒唐無稽な主張のせいで世間にも相手にされていないとのことだった。それとも事情を全く知らず、レイジーに騙されて支援をしているのだろうか。不思議だった。でもそういうサポートがあるからこそ、冒険者ギルドの内部事情まで知っていたり、こんな立派な施設を作ったりも出来るんだろう。
(……あれが出口か?)
部屋の隅からあたりを見回していると、反対側の壁に通路らしきものが見えた。俺は人にぶつからないよう注意しながら、早足で大広間を移動する。通路の先には大きな扉。今は開いていた。
(チャンスだ!)
そう思って足をさらに速める。扉をくぐって安堵した直後、それが発生した。点滅する光と警告音。
「――!?」
俺は思わず声を出しそうになったが、ぐっとこらえる。今さら後悔しても遅い。
前には壁。背後には大広間の方からこっちを怪訝そうに眺める人々。両側に伸びる通路からは、屈強な男たちと杖を持った魔導師たち。
すでにお互いが目視できる距離にはいるが、姿を消した俺がここにいることにはまだ気づかれてなさそうだ。でもこれ以上魔法を使えば、さすがに発動の瞬間を感知される可能性が高い。
(右か、左か……)
俺は少しだけ迷ったあと、左の道を選ぶ。静かに走り、まばらな足音を立てながら走る魔導師たちの合間を縫うようにしてすり抜けた。――なんとか成功。俺に短期間で戦う術を教えるのは無理だからと、グレーズさんから徹底的に叩き込まれた『避ける』技術のおかげだった。
それから後ろも見ずに走る。ここからは慎重に動いている場合じゃない。あたりを見回しながら走っていると、殺風景な壁に小さな換気口があるのを発見した。俺はそこに近寄って覗き込む。
(このくらいの隙間があれば、十分なはず)
それから指を自分の口の中に突っ込む。奥歯にかぶせていたものを外し、指で何度かこねるようにする。するとそれはみるみる膨らみ、手のひらサイズのバッグになった。俺はその中からトゲだらけの指輪みたいな物体を取り出し、換気口の隙間から差し込む。コトン、と軽い音がする。――よし、たぶん外に落ちた。あれは魔力を発信し、ヘルセンさんたちにここの位置を伝えてくれる魔道具だ。
あとは地下室に向かって、アーティファクトをぶっ壊すのみ。バッグを腰に装着すると、俺は再び足に力を込める。
◇
「招かれざるお客様がいらっしゃったようだ」
レイジー・メイズはそうつぶやき、目の前にたくさん並ぶ魔道具のいくつかを操作する。小さな物体が外部へと発していた魔力はこれで遮断された。大広間の入り口に誰の姿もなかったと報告を受けてから、何か怪しい反応がないかと探っていたところ、出てきたものだった。
もちろん今までこのアジトに不審者の侵入をゆるしたことなどない。考えられるとしたらあの『魔女』くらいだが――。
「イードくん……かな?」
レイジーの口元が歪む。その可能性はあるだろう。ふと思い立ち、このアジトに入るときに渡される『タグ』の魔力反応を魔道具で見てみる。すると、アジトの一角を移動する緑色の光があった。魔力補給のために集めている『迷い人』の色だ。すぐに部下に連絡をしようと遠隔通話の魔道具に手を伸ばしかけ、やめた。
「せっかく遊びに来てくれたんだから、ボクがお相手してあげないとね」
彼はそれから小部屋を出た。隣は天井の高い大きな部屋で、そこには花瓶のような姿をしたアーティファクトが置かれていた。その前を通りすぎようとしていたレイジーの足が止まる。それから吸い寄せられるようにアーティファクトの前まで動いた。
レイジーはしばらくアーティファクトをじっと眺め、その表面をやさしく撫でる。
「残るは、きみだけだ」
その花瓶は、一番最初に起動したものよりも大きく、あとの二つよりも小さい。ちょうど、人ひとりが入れるほどの大きさだった。
四つのアーティファクトは、とあるダンジョンの祭壇のような場所に大事そうに置かれていた。周囲に描かれていた古代の文字を解読すると、それらが遥か昔、魔王降臨の儀式に使われたものだということがわかった。
「……イード・ホープ」
その名を口にすると、レイジーの中にどす黒い感情がわき起こる。笑みを浮かべ、彼は無理矢理それを抑え込んだ。
最初の起動の際はアーティファクトのサイズや供給した魔力が足りなかったのもあり、形成されたダンジョンも小さく、魔物も弱かった。だが、それでも胸が躍った。彼はより多くの資金や魔力をかき集め、第二、第三のアーティファクトを起動させた。生み出された魔物は世界へと広がっていき、魔王を降臨させる礎となるはずだった。
「ボクの邪魔をしたこと、後悔させてあげるよ」
取るに足らない冒険者だ。でも、油断は禁物。だから、彼が自ら出向いて叩き潰す必要があった。
花瓶のざらざらとした模様を撫でながら、許しを請う邪魔者の顔を、あるいは無残に敗北する姿を思い浮かべる。模様を何度も何度も撫で、手のひらに血がにじんできたころ、ようやく彼はそこから離れ、部屋を出て行こうとする。
――そのとき彼は、誰かに呼ばれた気がした。




