特訓? 拷問じゃなくて? 3
それは、デカい建物の中だった。中には沢山の人がいて、共同生活を送っている。みんな黒い包帯を体に巻きつけたような恰好をしていた。
その建物の地下室。その広い場所には花瓶のようなアーティファクトと、あの青髪の男がいた。男は花瓶の表面を撫でたあと、中へと入る。そして再び花瓶の中から這い出してきたのは――おぞましい異形だった。
その異形は周囲を破壊し、人々を蹂躙していく――。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
俺は自分の声で目を覚ます。荒い呼吸をしながら、あたりを見回した。まだ部屋は暗い。少し耳を澄ましてみたが、特に物音は聞こえなかった。ありがたいことに俺たちはそれぞれ個室を使わせてもらってたから、誰にも気づかれなかったことにほっとする。
この感覚は、ただの悪夢じゃない。でも、今までの『災夢』とは決定的に違うところがあった。クリスも、リルケも、アスガルも出てこない。なんであの男が――でも、これは警告だ。俺は枕元に置いたノートに、覚えているどんな些細なことでも書いた。
「おや、イードさん。今日は早いですね。そんなに特訓したいですか?」
部屋から出ると、ばったりグレーズさんと出会う。俺は言い返す上手い言葉が見つけられず、とりあえず聞いてみた。
「ヘルセンさんは今、どこにいますか?」
「支部長室にいらっしゃいましたよ」
「ありがとうございます」
俺はすぐに支部長室へと向かう。何気なく振り向くと、すぐ後ろに気配を消したグレーズさんがいて、思わず悲鳴をあげそうになった。
まあ、でも一緒に聞いてもらったほうがいい話だろう。
「お入り」
ドアをノックしようとすると、その前に返事がきた。俺はドアを開けて中へと入る。グレーズさんも後へと続き、ドアを閉める音が室内に響いた。
「何かあったんだろ? 話してみな」
ヘルセンさんはそう言ってキセルをぷかりとやる。そういやあれ、なんなんだろ。タバコじゃなさそうだが。
「実は――」
俺は言葉を慎重に選びながら、『災夢』で見た内容を伝えた。話し終えて長い息を吐き、二人の顔をうかがったが、特に驚いている様子はない。
「なるほどね。 あたしらもあの後、あんたを襲ったやつらのことを調べてみたんだよ」
ヘルセンさんはそう言って、ちらりとグレーズさんを見た。
「『魔神連』と名乗っているようですね。魔王を降臨させる儀式をすると言って、人を集めているようです。リーダーは、レイジー・メイズという男」
グレーズさんが一枚の紙を見せてくれる。そこに描かれていたのは、肩の上あたりまでのさらさらの髪と切れ長の目の人物。俺が会ったあの男に間違いなかった。
「荒唐無稽な主張のせいで世間にもあまり相手にされず、今まで目立ってはこなかったようですが」
「しかし、ぼうやを最初に襲ってきた奴はともかく、あのレベルの魔導師がリーダーとなるとなかなか厄介だね。とっとと駆除しておかなきゃ」
「同感です」
すげぇ怖いことをさらっと言ってるけど、この人たちが味方であるなら頼もしい。
「で、ぼうやの見立てだと、あいつらは本懐を遂げちまうのかい?」
「……わかりません。本当に魔王って降臨させたりできるんですか?」
かつて世界を震撼させたと言われる魔王が討伐されたのがおよそ百年前。だからその恐ろしさを直接知っている人は少ない。
ヘルセンさんはキセルをぷかりとやってから、宙を見る。
「……しないとも言えないかもねぇ。記録に残っている限りでは、魔王は二度この世界に降臨しているが、その仕組みはまだよくわかっちゃいない。確かなのは、魔王がこの世界に現れれば、対となる勇者もまた誕生するということぐらいさ」
「そのときは、お告げが出るんですよね?」
「そう。神託を受けた巫女姫は、世界に『勇者誕生』を知らしめる」
「舞台でも名物のシーンですね。一度本物を見てみたいものです」
グレーズさんがそんな物騒なことを言い出した。普段は人知れず、受けた神託を各国の教会に伝えているといわれる巫女姫。『勇者誕生』の時だけは人前に姿を現し、それを世界へと高らかに宣言するらしい。
「魔神連ってやつらの拠点、見つけることはできないですかね……?」
「手がかりなしに探すのは骨が折れるだろうね。あのレイジーとかいう男の技量と陰湿な性格からすれば、かなり巧妙にアジトを隠しているはず」
ヘルセンさんは憎々しげに吐き捨てた。この前、逃げられてしまったことがよほど気に食わないらしい。
これは少し困ったことになった。俺の持っている情報も、今のままでは中途半端だ。
「魔神連は人を集めているわけですから、潜入するというのはどうでしょう?」
グレーズさんの提案に、ヘルセンさんは腕を組む。
「悪くない考えだが、この前の様子からして、冒険者ギルドの情報がどこからか漏れてるんだろうね。協力者を探して締め上げるのもいいが、面倒な上、向こうにそれが伝わるのも癪だ」
レイジーは俺のことを知っているだけじゃなく、ヘルセンさんのスケジュールもコントロールしようとしていた。問題は思ったより根深いのかもしれない。
「そこで。こちらには新進気鋭の変身上手がいるではないですか」
だがグレーズさんは表情を変えずに言った。いつもあんま変わんないけど。
「あー、なるほどね」
そして二人が俺を見る。変身上手――俺の幻影のことを言ってるのか?
「いや、俺なんかまだまだ」
「でもこの前はクリスに化けて、リルケとアスガルをうまいこと騙してたじゃないか」
「最初だけですよ。喋って動いたら、すぐにバレちゃいましたし」
「特徴をマネられるかどうかは、また別の問題だからね。でも架空の人物になりきるなら、比較のしようがない」
「それって、幻影で姿を変えたまま単身乗り込めってことですよね……?」
ヘルセンさんは俺の察しのよさにニコニコしている。ひどい無茶ぶりだ。でも内部のこともある程度『災夢』で見ているし、俺が適役なのも確かだった。
「……わかりました」
「おや? ずいぶん素直だねぇ。もう少しゴネると思ったのに」
正直、不安もあるし怖い。でもパーティ全員で行くことになるより自由に動ける分、マシだった。あの男を異形へと変えたアーティファクトと仲間が近づくことのほうがよっぽど怖い。
「ほら、二人の師匠にゴネないよう調教されたんで」
「よく言うよ。昨日の特訓でもぐちぐち文句言ってたくせに」
ヘルセンさんは言って笑う。最初に会ったときに感じた恐怖が、今は嘘のようだった。
「ああ、そうだ」
彼女は急に机の引き出しを開けると、中を探り始めた。
「次はこれだろ?」
そして取り出したものを俺に投げる。キャッチして広げてみると、『崩落の大地』のスクロールだった。
「そんな不思議そうな顔をしなくても、火・水・風は出てきたんだから、残るは地じゃないか」
「ああ……なるほど。ありがとうございます」
なら『崩落の大地』は、ヘルセンさんが言う『はじまりの魔法』のひとつということになる。今回はアーティファクトを破壊するシーンを見ることが出来なかったのが気にはなるが、なんにしても覚えておくに越したことはないだろう。いまだにそれでアーティファクトが崩壊する理由はよくわからないが。
「安全装置みたいなものなのかもしれないね」
「安全装置?」
「あのアーティファクトが作られたものなら、制御できなくなったときの対策は必要だろ?」
最初、何を言われているのかわからなかったが、俺の疑問に対しての返答だった。そんなにわかりやすく顔に出てたんだろうか。いや、ヘルセンさんのことだから、心を読んでるって可能性も――。
「そんな変な顔しなくても、心なんて読んでないよ。十分推測できる範囲さ」
いや、ますます怖いんだが。――まあ、今はそんなことを気にしている場合でもない。
『災夢』の続きが見たいと思ったのは初めてだった。不安を抱えたまま、俺は仲間たちとともに特訓に没頭する。でも一日、二日と経っても、次の『災夢』は訪れない。
そして一週間が過ぎたとき、しばらく姿を消していたグレーズさんが戻ってきて、みんなを集めた。
「『M』と思わしき団体への勧誘が行われている場所の情報を得ました。ヘウスウィードです」
俺たちは息をのむ。ヘウスウィードはトルディスタの中でも治安が悪いことで有名な場所だ。周囲の目を盗んで怪しげな勧誘をするにはちょうど良いのだろう。
『M』というのは魔神連のこと。俺がグレーズさんとヘルセンさんに、仲間たちには魔神連をただの反社会的組織として扱い、名前や目的を伝えないで欲しいと頼んだのだ。
魔神連とその目的。アーティファクトに無意識に惹かれた三人。『災夢』の中で叫ばれていた『魔王』という言葉……出来るだけ、リスクは減らしておきたい。
「ここにはイード君だけで行ってもらい、『M』のアジトへの潜入を試みてもらいます」
「それでアジトの場所が分かり次第、みんなで殴りこむってワケ」
ヘルセンさんが嬉しそうに言うと、クリスが顔をこわばらせながら言った。
「でも、イードひとりで大丈夫でしょうか?」
「危険なのは確かだが、あんたらがゾロゾロ行ったところで怪しまれるだけさね。あたしやグレーズはもう対策済みだろう。あたしもしがない支部長の雑務をこなさないと」
俺のこともすでに詳しく知られている可能性はある。でもこの特訓はずっと秘密裏に行われていた。向こうがまだ『Bランクの冒険者』と侮ってくれているなら、十分付け入るスキはある。
「俺の幻影魔法も、かなり良くなっただろ? 大丈夫だって。そのかわり、ピンチの時には助けに来てくれよ?」
自分の中にある不安を抑え込みながら、笑顔を見せる。クリスも不安そうにしていたが、やがてうなずいた。
「もちろんだ。絶対助けに行く」
「オレもな! それまで死ぬなよ、イード」
「何かあっても、私の回復魔法で何とかしてあげるから!」
俺たちは円陣を組み、手を重ねて気合を入れた。
少しだけ、あの星降る夜に時間が戻った気がした。




