特訓? 拷問じゃなくて? 2
「なかなかいいじゃないか」
ヘルセンさんは俺の作り出した幻影を見てうなずく。また凄まじいダメ出しが来るはずと身構えていた俺は、とっさに言葉が出てこない。
「なんだいその顔は? せっかく褒めてやったのに」
「いえいえ、嬉しいです!」
「大体、自分で出来の良し悪しくらいわかるだろうに」
「まぁ、そうですけど……」
今まであまりにもけなされ続けてきたので……口から出かかった言葉は飲み込んだ。
俺自身の幻影を作るという課題だったのだが、確かに自分で見てもびっくりするくらいよく出来ている。今までは何となく人型を作ることで存在感を出して注意を引き付ける、程度だったのに、目の前に立つのは細部まで俺そっくりの、まさに人間だ。
「これならあたしクラスは無理でも、大抵のやつは騙せるだろうさ。精巧であればあるほど、幻影自身も高度なことが出来るようになるしね」
魔道具から出てきたヘルセンさんや、あの青髪男の幻影を思い出す。俺もいつかあそこまでになれるだろうか。
でもまずは最低限生きていられるように頑張らないと。そこに考えが向かうと、俺の気持ちは一気に沈む。
「えっ? イードが二人いる!」
「おお! どっちがホンモノかわからないぞ!」
休憩を終えたクリスとアスガルが、訓練室に戻ってきた。二人の表情にも二週間前、特訓を始めた頃にはなかった余裕がある。
実際、俺から見てもはっきりとわかるくらい、二人とも強くなった。二人がかりとはいえ、今まで全く歯が立たなかったグレーズさんの攻撃をアスガルが受け止め、クリスが素早い剣撃を繰り出すというコンビネーションで、時々ダメージを与えられるようになったのは驚きだ。
「わ、イードが二人いる! すごい!」
そして、もう一人。
「体調は戻ったかい、聖者様?」
ヘルセンさんはリルケにそう言って、ニヤリと笑う。
リルケの左手の甲の一部が、白くぼんやりと光っている。解毒草として有名なリージアに似た葉が九枚連なるマーク――『聖者の証』だ。特訓でぼろぼろになった俺たちを連日、力を使い果たすまで回復していた結果、突如現れた。
「はい。少し休んだら良くなりました。でも、まだ信じられないです……」
「信じられないなら、そのうち教会にでも行って認定してもらうといい。聖者なんてそれなりの数いるんだから、気負うもんじゃないよ」
「……はい。そうですね」
リルケは手の甲を撫でながら、小さくうなずいて照れくさそうに笑い返した。マークが出た副作用みたいなものなのか、突然うずくまったので心配したが、少し休んだら元気になったようだ。
「おめでとう! リルケ!」
「すげぇぞ、リルケ!」
『聖者』は圧倒的な癒しの力を持つヒーラーだ。世界各地の王家や神殿と密接な関係にある人もいるので遠い存在のような印象があるが、ヘルセンさんの言うように、実は結構な数がいるらしい。一般的なすごいヒーラーと異なるのは、その体にいつの間にか現れる『聖者の証』と呼ばれるマークだった。それは神に認められた証であり、通常のヒーラーでは手に負えない傷や毒、呪いなども治癒できると言われている。
「……うん。すげぇよ、リルケ」
おめでとうって言っていいものかよくわからなかったから、アスガルの言葉のほうを採用する。こんなに身近なところから聖者が出るなんて思ってもみなかった。ま、リルケは小さい頃から自然に治癒魔法使えてたし、精霊にも愛されてるんだから、納得だけどな。
「なんか、これからどうやって接すればいいのか考えちゃうな」
俺が何気なく言ったことをきっかけに、クリスもアスガルも神妙な顔になる。
「あっ、そうか。聖者様だもんな」
「リルケ、エラいのか……」
「ちょっと、やめてよ三人とも、私はなんにも変わらないんだから!」
そんな俺たちを見て、ヘルセンさんは笑う。そしてリルケの頭をぽんぽん、と軽くたたいた。
「そうだよ。あたしの知り合いの聖者なんか、酒に金を全部つぎ込んじまうし、いいトシして女の尻追っかけまわしてるし、ひどいもんなんだから」
「そんな聖者様もいるんですか? リルケはもちろん違うけど……そうだな。これまで通り、よろしく頼むよ」
「うん。私のほうこそ……」
「おお? 二人ともそうやって――モゴモゴモゴ」
なんかいい感じで見つめ合っているクリスとリルケを茶化そうとしたヘルセンさんの口を、俺は手であわてて抑え込む。
「何するんだい、イード!」
「い、いや、特に深い意味は……すみません」
俺が言わなきゃ大丈夫なのかもしれないが、『災厄の芽』を摘み続けてきた俺の体は自然と動いてしまった。すぐに俺は離れ、頭を下げる。
「このあたしを抑え込むなんて……あんた、特訓中に力を出し渋ってるね?」
「そ――そんなわけないでしょ! 俺はボロボロ、ヘトヘトになるまで全力出してますよ!」
「いや、そうやって自分を無意識に抑え込んでる。確信した! あんたはもっとやれる子だよ!」
「そうなんです、イードはすごいやつなんですよ!」
「ええ、私たちの予測もつかないことを、いつもやってのけるんです」
「イード、がんばれ!」
やめろ。みんなしてこのタイミングで褒めるんじゃない。
「今の動き、正直驚きました」
さらに悪いことに、グレーズさんにまで見られていた。拍手をしながら、俺の背後までやってくる。
「これからは、魔法以外の特訓も並行してやっていきましょう」
「ちょ――マジでやめてください……」
結局その後、俺の特訓メニューは増やされてしまった。
前のメニューの時点で、もうこれ以上は無理! と思っていたのだが、聖者として覚醒したリルケの治癒能力はすさまじく、俺たちは何度ボロボロになろうが、すぐに元気な状態に戻された。
――これって特訓だよな? 拷問じゃないよな?
「良くはなってますが、まだまだ詰めが甘いですねぇ」
「ぼうやたち、戦闘中は死角から魔法が飛んでくることだってあるんだよ! そんな無防備でどうすんだい!」
グレーズさんの、何が起こってるかわからないほど速い剣撃を傷だらけになりながら捌いているクリスとアスガルの背後で、巨大な爆発が起こる。
「二人とも! 大丈夫だよ!」
即、リルケの治癒が発動。二人はひょいっと立ち上がった。
「まだまだ!」
「僕も問題ありません! よろしくお願いします!」
そのやる気に満ちた顔に、師匠二人はうなずく。
もしかして、俺のほうがおかしいんだろうか。自信がなくなってきた。
――そのとき、嫌な予感が走る。
右手を急いで振ると、俺の体は宙に引っ張られるようにして跳ねた。振り返れば、俺がいた場所には沢山の巨大なトゲが。一応加減はしてくれてるみたいだが、エグすぎんだろ……。
「杖なしもサマになってきたじゃないか」
ヘルセンさんは満足げだ。俺自身、自分がこんなに短期間で習得出来るなんて夢にも思わなかった。まあ、まだできるのは簡単なものだけだが。
魔導師にとって、杖は相棒のようなものだ。杖の助けを借りることで魔法を効率的に使えるようになり、威力も大幅に上がる。昔は長ったらしい詠唱が必要だった魔法を短い言葉や無詠唱で発動できるのも、杖の発展によるものが大きい。
特訓を始めてから一月が過ぎようとしていた。その間『災夢』を見たのは数回、それもクリスとリルケが廊下で激突しないようにするとか、アスガルが紛失しそうになった盾を見つけるとか、その程度のかわいいものだ。
俺たちはなんだかんだでヘルセンさんたちに守られていて、寝泊りも特訓もすべて西部支部の中でできたからってのもデカかったのだと思う。
毎日の訓練はやっぱり拷問のようで、でもそれにも段々慣れてきてる自分もいて。それなりにちゃんとした睡眠も重なり、今俺は、すごく充実した日々を過ごしているんじゃないだろうかと思い始めていたある日――『災夢』はまた突然、俺のもとを訪れた。




