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4.エロゲー展開は無理!







 目を覚ました時、俺の状況は一変していた。今まではシロと二人で部屋に放置されてたんだけど、室内に他の人がいることが増えてしまった。

 主にマルクスとヒューイの二人なんだけどね。今日も二人が部屋に来たけど、たぶん部下の人が「仕事が溜まってる」って連れて行った。グッジョブです。

 その代わり、とでもいうかのように、今日はダニエルが傍にいる。ジャッカルの獣人らしくて、犬耳と大きな尻尾持ちだ。

 俺がシロを撫でていたら、



「神子様、俺の尻尾もふさふさだよ」



 って自分から差し出してくるくらいには、友好的な獣人だった。シロをちらりと見ても止められなかったので、お言葉に甘えることにした。



「……おお」



 自分で言うだけあって、本当にふさふさだ。シロの毛は柔らかくて長くて毛量も多いからもふもふって感じなんだけど、ダニエルの毛は少し硬い。でも普段から綺麗に整えてるのがわかるくらい、ふさふさだった。


 実は、獣人の尻尾を触らせてもらうのはこれが初めてだったりする。そこまで親しくないってのもあるけど、親しき仲にも礼儀あり、っていうじゃん。動物じゃなくてちゃんと意思疎通ができる人だってわかってるし、撫でたくてもぐっと我慢してた。

 そんな俺に差し出されたふさふさ尻尾。我慢なんてできるはずがなかった。


 最初は恐る恐る触れたんだけど、普通の犬の尻尾だと思えば遠慮もできなくなっていく。先っぽから尻尾の中央くらいまでを何往復かしてたら、次第に尻尾が小さく揺れ始めた。

 もしかして気持ちいいのかな。尻尾は触られるの嫌がる子も多いけど、ダニエルは平気なのか。いや、平気じゃなかったら、そもそも触らせてくれないか。

 毛を逆立てるように撫でてから、今度は撫でつけるように逆側に撫でる。尻尾が大きいから、上も下も横も満遍なく撫で回してたら、夢中になってしまったみたいだ。



「神子様、そろそろやめた方がいいよ」



 ってシロに言われて、俺ははっと我に返った。

 やっば。両手で撫で回してた。慌てて手を放してダニエルを見ると……何故か顔を真っ赤にして、口元を手で覆ってた。



「ごめん、不躾に触っちゃった」



「いや、むしろもっと触っていいんすけど……ちょっと俺が我慢できなくなるかも」



「は?」



 我慢? なんの?

 疑問に思う暇もなく、ダニエルがぐっと距離を詰めてくる。触れ合うんじゃないか、ってくらい近付いて……

 すぐにシロの尻尾が俺たちの間に割って入った。



「神子様に手を出すなら容赦しない」



「…………出さないよ。まだ」



 え、何? 俺、殺されでもすんの? 空気が不穏なんだけど。

 ちょっと怖くなって、シロのもとへと急いで逃げる。シロは俺を庇うように丸くなって、俺を隠してくれた。

 そんな俺たちを見て、ダニエルはわざとらしく肩をすくめた。



「神子様は、もう少し俺たちの習性について知ったほうがよさそうだ」



「…………それはそうだね。知っておかないと、無意識にいろいろしそう」



 うっ。それは、するかも。食べ物の事とか、完全に無意識だったもん。もっと早く教えてほしいとさえ思った。ああいうのが他にもあるんなら、先に知っておいたほうがいいだろう。

 いや、でもさ。今まで放置してた方も悪くない? そんな気持ちが表に出たんだろう。ダニエルは誤魔化すように咳払いして、



「まずは俺たちの国についてから説明しますか」



 って、本棚に近付いたと思ったら、一冊の本を取り出した。

 そういえばあったな、本棚。いつだかマルクスが持ってきた家具の一つだった気がする。元の世界にいたころから本なんて読まないから、スルーしてたわ。


 テーブルの上に本を広げれば、何故か一気にテーブルからはみ出しそうなくらいに大きな本になった。



「うお!?」



 驚いてシロに飛びついてしまったけど、俺は絶対に悪くない。動く本は映画で見たことあるけど、でかくなる本は初めてだ。これも魔法なのかな? 魔法ってすごい。

 俺の反応を微笑ましそうに見ながら、ダニエルはページの中心を指差した。



「これが俺たちの世界の地図。俺たちがいるのはここ、中心にある王都セレスティアルです」



 セレスティアル。ここ、そんな名前だったのか。

 興味を引かれて、俺も本を覗き込む。見たことのない文字のはずなのに、なぜか読むことは出来た。転移特権なのかな。便利だけど、ちょっと怖いな。



「この線は?」



「王都を守る結界ですね。結界の中が王都で、それ以外は各種族のナワバリで分かれてます」



「ナワバリ?」



「そう。王都に近い場所ほど強い獣人のナワバリになってるんですよ。俺とか、マルクスとか、ヒューイとか」



 なるほど。ナワバリっていうのが、領地的なものなのかな。

 ってか、三人とも、そんなに強いの? 偉い人だとは思ってたけど、そこまでだったとは思わなかった。

 ……あれ、でもおかしいな。



「ナワバリの境界線はないの?」



「明確な線引きはないっすね。必要ない、っていうほうが正しいかな。俺たちは匂いでわかるから。王都だけは全獣人の共通の聖域みたいなものだから、しっかり決められてますけどね」



 おお。獣人すごいな。だから王都以外には線がないのか。

 でもこれじゃ俺にはどこからどこまでが誰のナワバリなのかわからない。匂いって言うのも絶対わからない自信がある。国境みたいにパスポートが必要とかないのかな? 動物のナワバリって、下手に踏み込んだら殺されそうで怖いんだけど。

 俺の疑問を察したように、今度はシロが教えてくれた。



「神子様はどこにでもいけるよ。言ったでしょ。獣人たちはみんな、神子様に好意を抱きやすいんだ。害することは絶対にない」



「あ、それ聞こうと思ってたんだ。好意を抱きやすい、ってどういう意味?」



 最初から印象がいいとか、敵意を抱きにくいとか、そういうレベルなら俺としては大歓迎だ。でもなんとなくだけど、若干違う気がしてる。

 そんな俺の疑問は、どうやら的中していたらしい。



「言葉通りだよ。獣人は神子様を愛してるから、神子様を傷つけるものは許せないんだ」



「あ……あい!?」



 愛って言った!? 今、愛って言った!?

 あ、もしかして友愛とかそういうほうか? ライクでも日本語に訳したら愛は愛だもんな。

 そうであってほしい、という望みをかけてダニエルを振り返れば、困ったように笑ってる。かと思えば、まっすぐに俺を見て、



「もちろん俺も、貴方をお慕いしてますよ」



 なんていうものだから、一気に顔に熱が集まった。

 男同士でなに言ってんだ、って言いたいけど、性別は小さな問題だってもう知ってる。メスが少ない、って言ってたもんな。確かに街にいたのも屈強な獣人ばっかりで、女性や子供っぽい人はいなかった。男同士でも子供まで作れるんなら、恋愛対象にだってなるだろう。常識の差に、俺は眩暈がするけどさ。

 でもさ。男であろうと女であろうと、顔のいい人に真っ直ぐに好意を向けられれば、誰だって照れるだろ!



「神子様に変なこと言わないで」



「本当の事しか言ってないさ。もちろん、愛と言っても人それぞれ。友愛、敬愛、純愛。どれが向けられるかはその人次第。街に降りた時、買い物したらサービスされること多かったでしょ? あれもその一環だと思えばいいっすよ」



「あれ、そういうことだったの!?」



 果物屋さんのミルクとか、一本多く差し出される焼き串とか。子ども扱いされてると思ってたけど、そういうこと!? どうりでみんな甘いと思った!!

 ちょっと悪い気もするけど、その好意なら俺も嬉しく受け取れる。でもこれ、深く聞いたら負けだ。例えばダニエルの「お慕いしている」がどういう意味なのか、とか。聞いたら逃がしてもらえない気がするから、これ以上聞くのはやめにした。



「そ、そういえば、王都って言うけど、王様はいるの? 俺、会ったことないよね?」



 俺がこの世界に来た時も、世界情勢の説明をしてくれたのはヒューイだ。その場には他にもたくさん人がいたけど、ヒューイよりも偉そうにしてる人はいなかった気がする。

 あからさまな話題転換に、シロとダニエルは二人で目を合わせたものの、すぐに乗ってくれた。



「今はいないよ。死んじゃった」



「死!? なんで!?」



「魔王が蘇ったからだよ。真っ先に戦って、負けて死んだ」



 お、おおう……随分と重い話をさらっと言うじゃん……



「跡継ぎはいないの?」



「俺たちは一番強いものが王になるんです。今は魔王の件で国王選出どころじゃなくてねぇー」



「だから今、この国で一番偉いのは神子様なんだよ」



「え?」



 なんかいま、とんでもないこと言わなかったか?

 びっくりして言葉が出てこない。壊れたからくり人形みたいに硬い動きで振り返った俺に、シロはどんと胸を張った。



「元々、神子様は王様と同じくらい偉いからね。王様がいない今、神子様が一番だよ」



 シロの言葉が信じられなくてダニエルを見れば、うんうんと何度も頷かれる。

 え、マジで? 俺偉いの? 何もこの国の事わかってませんけど。

 ってか、それ以上に怖いこと言わなかった? 一番強い人が王になる? そんな人が負けて死んだ、って言った? え? やばくない? え???



「お、おれ、強くないよ?」



 これだけは言っておかなくちゃいけない気がして、恐る恐る口にした。

 ら、今度は二人が驚いたみたい。揃って目を丸くしたと思ったら、ダニエルは数秒おいて「ぶは」っと噴き出した。



「そ、それは見ればわか、るから……あはは」



 ……おい、こら。全然笑いが我慢できてないぞ。

 肩を震わせて笑ってるダニエルは放置だ。シロを見上げれば、シロはいつも通り優しい目で俺を見てた。



「神子様の偉大さは強さじゃないよ。貴方がいなければ、獣人は魔獣と戦えないんだから」



 そう言えば、そんなこと言ってたな。ただのバフ要員だと思ってたんだけど、なんか違うのかな。

 あ、そうだ。



「神聖力って、何?」



 あの日、動けなくなった俺をそう診断してたよな。あれ、なんだったんだろ?

 首を傾げながら聞いたら、やっと笑いやんだダニエルが答えてくれた。



「神子様しか持ってない力ですよ。それがないと、俺たちは戦えない」



「なんで?」



「魔獣を倒すのは簡単なんだけどね。あいつら、死ぬと辺りに呪いをまき散らすんです」



「呪い!?」



 え、嘘!? この前、マルクス普通にぶった切ってなかった!?

 響きだけでもう怖い。大げさじゃなく怖がったら、シロが尻尾でくるりと俺を抱き込んでくれた。

 そんな俺たちを見ながら、ダニエルは説明を続ける。



「呪いは新しい魔獣になることもあるし、言葉通り獣人たちが呪われることもある。ある程度は呪われても平気なんすけどね。一定以上溜め込むと苦しんで死ぬか、魔獣に変異することになるんです」



「こっわ!!」



 死ぬか魔獣化のどっちか、って、めちゃくちゃじゃん! マルクス、マジでなにしてくれてんの!?

 あ、ヒューイが怒ってたように見えたの、だからなのか!? もうちょっとちゃんと教えておいて欲しかったな!

 ぶるりと震えながら、反射的にシロの尻尾を抱きしめてしまう。ほんとマジで怖い。下手なホラーよりずっと怖いよ。

 だというのに、ダニエルはびしっと俺を指さしてきた。



「怖いでしょ? そこで神子様の出番ってわけ」



「……へ?」



 俺?

 まさかこのタイミングで俺が出てくるとは。めちゃくちゃビビったけど、ダニエルは気にせず話し続ける。



「神子様の神聖力は呪いを祓う。俺たちが呪われないように加護をくれたり、呪われても浄化してくれたりさ。神子様がいてくれるお陰で、俺たちは死なずに戦えるんですよ」



「そ、そんな力、俺にあるとは思えないけど」



「ありますよ。現にあの日、神子様の放った神聖力の光は、凄まじいものだった」



 ……あ。あの光はそういうことだったの?

 思わず自分の両手を見る。あの時は完全に無意識で、体が勝手に動いてた。正直なところ、自分が何をしたのかもわかってなかったんだけど……

 俺が祓ったからマルクスはなんともなくて、あの人は立ち去るしかなかったのか。


 そうだ、あの人。闇のような黒を纏った人。ものすごく怖くて、ものすごく会いたかった人。

 なんでそう思うのかもわからない。もう一度会えばわかるのかもしれないけど、もう一度会いたいなんて思ってはいけない気がした。



「神子様?」



 シロに呼ばれて、はっと我に返る。いけないいけない。シロたちの言葉を信じるなら、彼は魔王かなんだろう。ラスボス相手にこんな気持ちを抱くなんて、たぶんあってはいけないことだ。今は何も気付いてないことにしよう。

 代わりにちゃんとした疑問を口にした。



「でも俺、なんであんな力が使えたのかわかってない」



「それは大丈夫。加護は何か手順があるらしいけど、浄化は簡単だって伝わってますから」



 本当に? 獣人たちの簡単が、俺にとっても簡単だとは思えないんだけど……

 ダニエルから視線を外してシロを見れば、シロもちょうど俺を見たところだった。



「シロもやり方知ってる?」



「うん。粘膜の接触」



「ねんまくのせっしょく」



 思わず棒読みで返しちゃった。え。ねんまく? せっしょく? つまり。え?

 なんとなくだけど、これ以上はシロの口から聞きたくない。再びダニエルを見れば、これ見よがしににっこりと笑われた。



「一番簡単なのはキスですね」



「キ!?」



 キス!? キスって言った!?

 い、いや、聞き間違いかもしれない。そう思ってシロをまた見たら、重々しく頷かれてしまった。

 え、マジ? マジで言ってる? しかも一番簡単って言った? この流れ、もしかして……



「ちなみに、キスでも無理なら交尾すr」



「うわああああああああああ!!!!」



 交尾!? 交尾って……交尾って!! つまりセックスってことだろ!? 無理すぎるんだけど!! エロゲーかっての!!!!

 続きを聞きたくなくて、思わず大声を出して遮った。同時にシロの毛並みに隠れるように、体を埋める。

 え、だって、いや。ちょっと。何言ってるかわかんない。わかりたくない!!



「おーい、神子様?」



「ちょっと静かにしてあげて」



 シロ、グッジョブ。そう。今は静かに放置してほしい。

 だって、セックスって。男同士なのにそんなことある? 流石にセックスの意味は、俺も獣人も変わらないだろう。い、いや、もしかしたらワンチャン違う可能性もある!?



「シ、シロ……交尾、って……」



「子作りのことだね」



 一緒じゃん!!!! となれば次なる疑問はやり方が一緒かどうかだけど……これは聞きたくない。聞いたら負けだ。っていうか、シロの口から生々しい話なんて聞きたくない!!

 ……あ! だから好意を抱きやすいようになってるのか!? 命がかかってるとはいえ、嫌いな相手抱くのも抱かれるのも嫌だもんな!? 優しいのか優しくないのかわからない。どうなってるんだよ、この世界は!! どこぞのエロゲーじゃあるまいに!!

 気付きたくないことに気付いてしまった。思わず頭を抱えてしまった俺に、シロがすりすりと頭を寄せてきた。



「大丈夫。加護がしっかりしてれば、そんな必要ないから」



「!!」



 あ、そうか! なんか言ってたな!? 後半の衝撃が強すぎて忘れてた!!

 一縷の望みが出てきた。がばっと顔を上げてシロを見れば、



「神子様にしか作れない護符があるって聞いてる。それを持ってる人には、悪いものは寄ってこないよ」



「護符!」



 なるほど、それっぽい! お守りみたいなものか!

 そっちのほうが絶対にいいじゃん!!



「どうやって作るんだ?」



「そこまでは僕も……」



「神子様が力を込めて作ったものが護符になる、としか伝わってないんだよな。だから俺たちもよく知らないんです」



 なんだって!? そんなことある!?

 いや、でもこんなことで諦められない。



「と、とりあえず、何か作ってみればいいのか? 材料になりそうなもの、用意してもらうことってできる?」



「任せて!」



「神子様のお望みの通りに」



 よかった! これでエロゲー展開は回避だ!!

 安心したら、力が抜けた。作り方がわからないという謎はまだあるけど……うん。とりあえず希望が見えただけでもよかった!!











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