3.もっと早く教えてほしかった!
ふわりふわりと意識が浮遊する。まるで空に浮いてるみたいで、気持ちがいい。もう少しこのままでいてもいいな。
そう思った時だった。
『……ま…………さま…………神子様!!』
「っ!!」
何かを乞うような呼び声に、弾かれるように体を起こす。途端、体に信じられないほどの重みが加わった。
「神子様あああああ!!」
「…………し、ろ」
シロに飛び乗られたのか。そりゃあ動けないわ。
押し倒されるように、ベッドに体を預ける。そんな俺の顔を覗き込みながら、シロが連続で問いかけてきた。
「どこか痛いところはない!? 気持ち悪いとか、違和感があるとか、何もない!?」
「んー? とくには……」
ない、と言おうとして、違和感に気が付いた。
体がだるい。いや、シロに乗られているせいじゃなくて。風邪を引いて熱が出てる時みたいな? 指一本、動かすのが億劫というか、いや、これ、指一本動かせないな?
「どこか変なの!?」
「……ちょっと、からだうごかない」
指だけじゃない。呂律もちゃんと回ってない気がする。こんな状態でよく起き上がれたな、数秒前の俺。いや、もしかしたら俺が起き上がったと思っただけで、本当は起き上がれてなかったのかもしれない。
シロが大きく目を見開いて、わたわたとあっちこっちを見比べている。心配かけちゃったのかな。申し訳ない。でももふもふがくすぐったいよ。
思わず笑い声が零れた、次の瞬間だった。
「ケイ!」「神子様!!」
けたたましい音とともに扉が開いて、マルクスとヒューイが入ってきた。二人だけじゃない。他にも何人か、名前を知ってる人も知らない人も入ってきた。
でもマルクスとヒューイの勢いは、他を圧倒してた。シロを押しのけたと思ったら、
「ああ、よかった! もう目を覚まさないかと……っ」
「へ?」
「もう二度とあんなことはするな!!」
「ん?」
右手をヒューイに、左手をマルクスに握られる。それだけじゃなくて、ヒューイはぐりぐりと額を押し付けて来るし、マルクスに至っては尻尾が俺の腰に巻き付いて離れない。
なんですか、この状況は。
助けを求めるようにシロを見れば、
「神子様、三日間も眠ってたんだよ」
なんて信じられないことを教えてくれた。
「……まじで?」
「大マジだ!!」
「うぎゃっ」
腹に巻き付いた尻尾の力が強くなって、思わずうめき声が出た。それを聞き逃さなかったんだろう。
二人と一緒に入ってきた数人のうち一人が、マルクスのことを思いきり殴りつけた。
「ぐっ……」
「目覚めたばかりの神子様に、無体を働く気か?」
いや、言い方。まぁ大枠では間違ってないか?
ゆるりとマルクスの尻尾が外れたと思えば、代わりとでもいうかのように頬を撫でられた。驚いてマルクスを見れば、彼は見たことのない表情で、
「すまなかった」
と謝るものだから、大げさじゃないかと思ったんだけど。
「あんな失態、二度としない」
「私もです。貴方を前線に立たせるなんて、二度としません」
マルクスだけじゃなくてヒューイまで言ってくるから、俺はやっと自分の置かれた状況をちゃんと理解した。
……ああ、そうか。俺、あの戦場で倒れたのか。
二人の表情を見れば、どれだけ心配してくれたのか痛いほど伝わってくる。そう思うと、口が勝手に動いてた。
「おれも、とびだしてごめん」
手は動かないから、口で言うのが精いっぱい。それでもせめてと頬に触れる大きな手にすりと頬ずりすれば、何故かマルクスは固まってしまった。まぁ静かになったんなら、それでいいや。
記憶を手繰る。あの時は無我夢中で、自分が何をしたのか覚えていない。でも、彼を退けることには成功したんだろう。マルクスとヒューイが元気そうなことがその証拠だ。
そう、彼。俺は彼を知っている。また迎えに来る、って言ってたっけ。それを嬉しいと思ってしまうこの感情は、いったい何なんだろう。でも嬉しいだけじゃなくて、怖いという気持ちもある。相反してるよな。自分でもよくわからないや。
考え込んでしまった俺に、また違う獣人が声をかけてくれた。
「神子様、喉は乾いていませんか?」
「食欲があれば、食べ物も用意しますが」
言われて、喉の渇きと空腹を一気に自覚した。返事をしなくても、それが伝わったらしい。
水の入ったコップを差し出される。だけど受け取らない俺に、みんなが不思議そうな顔をした。
「ごめん、てがうごかない」
俺の言葉に、俺を拘束してたマルクスとヒューイが弾かれるように放してくれたけど、それでも俺は動かない。
そこまで来て、やっと俺の状態を正しく把握したらしい。みんなの顔色がはっきりと変わった。
「失礼します」
って、ヒューイが回復魔法をかけてくれたけど、残念ながら効果はなかった。
ヒューイが名前も知らない人を振り返る。この人も鳥なのかな。ヒューイに負けず劣らない大きな翼の獣人が、優しく俺の手を取った。
途端に、体中を何かが駆け巡る感覚。きもちわるい、と思った次の瞬間には、彼は手を放してくれた。
「……神聖力がほとんど残っていなさそうだ。これは回復するまでは動けないぞ」
神聖力? なんだ、それ。初めて聞いたんだけど。
俺は初耳だけど、他の人には通じたらしい。マルクスとヒューイが何とも言えない顔をしたけど、何か言う前にシロが俺のベッドに飛び乗った。
で、尻尾を俺に巻き付けたかと思えば、優しく体を起こしてくれる。そのまま倒れないように背もたれにまでなってくれるんだから、本当に優しい。
「僕が飲ませる」
「いや、だが」
「今の僕はただの猫。誰かが神子様の世話をするなら、僕がする」
……なんだ、この空気は。水飲ませてもらうだけなのに、なんか大げさじゃないか?
そんな俺の疑問はシロには伝わったんだろう。ぐいっと顔を近づけてきたと思ったら、
「いい、神子様。この世界では、手ずから水を飲ませたり食べ物を与えたりするのは、求愛行動だよ。親が子にするならともかく、それ以外でしちゃ駄目だからね」
…………は? い、いま、なんて?
「きゅ、きゅうあいって、これは」
「介護だとしても駄目。家族以外がするのは駄目。僕以外から食べ物与えられても、食べちゃだめだよ」
まっ……待ってくれ!!
俺、あの日街で、イチゴと桃をマルクスとヒューイに食べられたんだが!? あの時の二人の反応、そういうことだったの!? なんならあの後も、両手が塞がってる時は食べさせてもらったりしたんだが!?
いや、待て。でも、
「おれ、おとこ……」
マルクスもヒューイもどこからどう見ても男だ。俺だって、二人から見れば子供扱いしたい体格かもしれないが、れっきとした男。男同士で求愛も何もないと思うんだが。
シロは信じられないことを口にした。
「街でメスを見なかったでしょ? この世界ではメスは貴重すぎて、ほとんど出てこない。オス同士の恋愛なんて普通だし、子供だってできるよ」
なななななんだって? 何だって!?!?!?
弾かれるようにマルクスとヒューイを見た。が、ヒューイは穏やかに笑うだけだし、マルクスはふいとそっぽを向くだけ。でも俺の気のせいじゃなければ、二人とも顔が赤い気がするんだけど!
これを衝撃と呼ばずしてなんて呼べばいいんだ。今でも十分に驚いてるのに、シロはまだ止まってくれない。
「獣人たちは本能的に神子様に好意を抱きやすいんだ。絶対、絶対に、食べ物を与えちゃ駄目だからね!! こいつら、すぐに誤解するんだから!!」
ごめん、シロ。それ、もう1週間くらい早く教えてほしかった。
俺の困惑をよそに、シロが水を飲ませてくれる。よほど乾いていたのか、すっと体に染み渡る感じだ。
同時に、ふつりふつりと羞恥心が湧き上がってくる。なんだよ、求愛表現って。俺が知らない、ってわかってるくせに、何で二人とも教えてくれなかったんだ!!
「なんでだよ!!」って思いっきり叫びたい。叫んで発散できればよかったのかもしれないが……そうするだけの元気もなく。
みんなに見守られる中、シロに水やスープを飲まされた後。俺は現実逃避をするように、再び意識を手放した。
3話までは別名義で短編で公開していましたが、BLは名義を変えたいので削除しました。




