表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/31

2.獣人たちの街




 翌日。マルクスはまた俺の部屋へとやってきた。

 大勢の使用人を従えて。



「準備しろ」



「「「はっ」」」



「え?」



 その後はなんかもう……すごかった。

 部屋に運び込まれた荷物が、あっという間に広げられていく。なんで化粧台みたいなものまであるの? これ普通に持ってきたの? 怖すぎ。ベッドしかなかった部屋なのに、一気にものが増えていく。クローゼットにまで服が詰め込まれていくんだけど、マジでどれだけ持ってきたんだ。怖い。

 茫然とその光景を見てたら、



「神子様もご準備しましょうねー」



 ってにっこり笑って、見ず知らずの人が近付いてきた。



「わーーーーーーー!!」



 絶叫虚しく、あっという間に身包みを剥がされてしまう。作務衣みたいな服だったから、脱ぎやすいし脱がしやすくもあったんだろうけど。でもそれにしても、簡単に脱がされすぎだと思う。

 ちなみに俺がここに来た時に着てたスーツは、一度も袖を通してない。あれは俺にとっては仕事着だ。リラックスしたいときに着る服じゃなかった。

 話がそれたが、服を脱がされただけじゃない。そのままぽいっと風呂場にまで放り込まれた上、何故か体中を洗いはじめやがった!



「自分で洗える!」



 って言っても、にっこり笑って聞き流される。この場に俺の味方はいないらしい。

 くっそ、マルクスの部下はマルクスそっくりだ。人の話を聞きやしない。どれだけ抵抗しても力で敵うはずがなく、俺は頭から足の爪先まで、本当に隅々まで洗われてしまった。もうお婿に行けない。

 ちなみにシロは水が苦手らしくて、風呂場には絶対に入ってこない。猫だもんね。仕方ない。


 風呂から上がれば、当然体を拭かれて、髪を乾かされる。魔法ってドライヤー代わりになるんだな、初めて知った。

 で、化粧水みたいな何かをペタペタと全身に塗られて、いつもよりもちゃんとした服を着せられて。



「「「お待たせいたしました!」」」



 って、ぽーんとマルクスの前に差し出された。

 マルクスはシロと何かを話していたらしい。二人揃って俺に気付くと、シロはぱっと表情を輝かせ、マルクスは少しだけ眉間に皺を寄せた。



「神子様、似合ってる!」



「ありがとう」



 あああああ……シロ可愛い。最高すぎる。駆け寄ってきたもふもふに、いつものように抱き着こうとして……ぐいっと首根っこを掴まれた。



「ぐぇ」



 思わず変な声が出た。こんなことをする奴なんて、一人しかいない。

 後ろを振り返れば、そこにはもちろんマルクスがいる。



「触るな。また匂いが付くだろう」



「シロの匂いならいくら、で……も」



 後半に勢いがなくなったのは、マルクスに睨みつけられたからだ。今まで以上にキツく睨みつけられて、心臓がヒュッとなる。

 こわい。

 本能的にそう思った。肉食獣に睨まれる感覚、っていうのかな。食われる。本当にそう思ったんだ。


 勝手に震えだした体を悟られないように、きつく手を握りしめる。そんな俺をどう思ったんだろう。マルクスが深く息を吐いたと思えば、



「……二度と言うな」



 反射的に頷けば、やっと放してくれた。だけどもう、シロの元まで駆け寄る元気もない。

 崩れ落ちるように、その場に座り込んでしまった。



「神子様、大丈夫? マルクスやっつけようか?」



「ハッ。お前ごときにやられる俺とでも?」



「神子様虐める奴は、誰だろうと許さない」



 シロとマルクスが喧嘩をしてる。二人を止めなきゃいけない、って頭ではわかってるけど……体が震えて、言うことをきかない。心臓はいまだにバクバクと激しく動いてて、二人の声さえ聞こえないくらいだ。

 呼吸さえできずにいると、ふと額になにかが触れた。



「ちょっと失礼しますよ」



 ふわりとぬくもりが体を包む。まるで温泉に浸かってるみたいな、体中から力が抜けていく感覚だ。自然と心臓も静かになってきて、俺はやっと新鮮な空気を取り込むことができた。

 はっはっ、と浅く呼吸を繰り返したあと、深く酸素を吸い込む。はー……やっと落ち着いてきた。

 顔を上げれば、にっこりと笑う人。いつの間にいたんだ。



「……ありがとう、ヒューイ」



「どういたしまして」



 ワシの獣人のヒューイは、獣人には珍しく回復魔法が使えるらしい。今のもきっとそれだ。本当に助かった。

 俺に魔法をかけるために、ヒューイは片膝をついていた。が、すくっと立ち上がるなり、



「で? 神子様を放置して喧嘩してるバカどもの言い訳を聞こうか?」



 ……なんかヒューイの周りの空気も冷たい気がする。でも俺が顔を上げれば、いつも通りの穏やかな笑顔を向けられるから、俺はそれ以上は気にしなかった。

 ヒューイが差し出した手を取れば、立ち上がるサポートをしてくれた。うん、もう大丈夫そう。足にもしっかり力が入る。

 ヒューイを見て頷けば、彼も安心したみたいだ。軽く俺の服を払いながら、



「今日の外出は俺も同行します。マルクスにばっかりいい思いはさせません」



 マルクスと二人なんて気まずいから、同行はむしろ嬉しいけど、いい思い、とは?

 わからなくて首を傾げたけど、答えを教えてくれるつもりはないらしい。にっこりと笑うばかりだ。

 マルクスよりはとっつきやすいんだけど、いつも笑顔だからちょっと胡散臭いんだよね。マルクスよりはとっつきやすいんだけど。



「シロも一緒に行ける?」



「いえ、この巨体は目立ちますので」



 ……だよね。なんとなくそんな気はしてた。

 シロへと視線を向ければ、シュンと落ち込んでるように見えた。いつもなら撫で回して励ますところだけど、今は触っちゃダメなんだっけ。マルクスの思い通りになるのは嫌だけど……また動けなくなるのも困る。恐怖に屈したわけじゃない。決して。



「お土産買ってくるよ」



「……ううん。神子様がちゃんと無事に帰ってきてくれたら、それだけでいいよ」



 聞いた? 聞きました? こんなに可愛いこと言われて、撫でないなんて無理でしょ。

 反射的に手を伸ばせば、シロも頭を下げてくる。ぺたんと床に寝そべっても、俺の身長じゃシロの頭には手が届かない。代わりにほっぺのあたりを撫でれば、シロは静かに目を閉じた。



「わかった。すぐに帰ってくるから」



「うん。待ってる」



 可愛い。こんなに可愛いシロを置いていかなきゃいけないくらいなら、出掛けなくてもいいのでは?

 そう思うんだけど、それはそれで許されないらしい。マルクスとヒューイに両隣を陣取られ、三人で横並びになって俺は部屋を出た。


















「うわぁ……!」



 街に入るなり、俺は思わず足を止めて感嘆の声を上げてしまった。

 だって、すごい。RPGの街並みみたい。レンガ造りの家と、道路の両サイドに所狭しと並んだお店。店番に立っているのは獣度の多い人たちで、右を見ても左を見ても前を見てももふもふだった。



「神子様、あまりお顔を出さないように」



「お前は目立つ」



「わ、わかってるよ」



 この世界の人たちは、何かしら獣としての特徴を持ってる。マルクスは猫耳尻尾だし、ヒューイは大きな翼があった。

 でも、日本人の俺はそういうものが何もない。出来るだけ目立たないよう、今だってフード付きのマントを羽織り、深くフードをかぶっていた。

 ちなみにこのフード、猫耳付きである。恥ずかしいにもほどがあるが、これも偽装の一つだから仕方ない。そう、仕方ないんだ。今は羞恥心は割り切るべきだと何度も自分自身に言い聞かせた。


 思考を切り替えて、初めての街を楽しむことにする。街どころか、部屋の外に出るのも初めてかもしれない。用事がある人はみんな部屋に来たし、俺はシロがいれば外に興味もなかったし。

 ……もしかして、だからマルクスが無理やり連れ出したのか? ヒューイもいる、ってことは独断じゃないんだろうけど……まぁいいや。とりあえず楽しもう。うん。


 ふらふらと一番手前の店を覗き込めば、甘い匂いが鼻いっぱいに広がった。



「いらっしゃい。好きなだけ見て行ってくれ」



 うわぁ。桃っぽい果物だ。イチゴっぽいのもあるけど、どっちもサイズが知ってるものじゃない。俺の顔くらいはありそうだった。



「食べますか?」



「いや、このサイズは流石に」



 気になるけど、これを食べたら腹いっぱいになる気がする。他にも美味しそうな匂いはいろんなところからするし、勿体ない気がした。

 んだけど。そう思うのは、俺だけらしい。



「食べきれない分は、そこの大男にやればいいんですよ。これとそれを一つずつ、カットもお願いします」



「はいよ!」



 ヒューイが大きい桃とイチゴをそれぞれ指差せば、すぐに店員さんが返事をする。で、上へと放り投げたと思えば、取り出したナイフで空中で切り分けてくれた。



「おおおお!!」



 何だ今のすごい! マンガとかではよく見るけど、現実では見たことない奴だ!

 思わず拍手を送れば、店員さんは驚いたように目を丸くした。でもすぐにニカっと笑って、



「ずいぶんと素直な子供だな。おまけにミルクをかけてやろう」



「へ?」



 こ、子供!?

 上から噴き出す声がして見上げれば、マルクスが肩を震わせている。くっそ、この巨人め!


 前も言った気がするけど、この世界の人たちは、基本的に体が大きい。ヒューイも二メートル以上あると思うけど、マルクスはそれよりさらに一回りも二回りも大きい。でも二人が特別大きいわけじゃなく、基本的にみんな似たようなものだ。いや、マルクスは筋肉が付いてる分、余計にでかく見えるけどさ。

 とはいえ、170センチくらいの俺がまさかの子供サイズとは。どうりで今まで同じ身長の獣人に会ったことないわけだ。


 子ども扱いは嫌だけど、ミルクをかけてくれる好意は嬉しい。お礼を言って受け取れば、「まいど!」と営業スマイルで返された。

 とはいえね、カットされたとはいえ、元は俺の顔サイズの果物だ。入ってる容器がもうでかい。両手で抱えないと持てないほどに。



「持ちましょうか?」



 ヒューイに言われて、少し考えてからゆっくりと首を振る。せっかくだから剥きたてをちゃんと食べたいじゃん。

 貰った器の中身を、じっと見る。うーん、どこからどう見ても桃とイチゴ。中身まで完璧だ。手で持っていいかな? まぁフォークとかないし、手掴みで食べるものだろう。そう判断して、食べやすそうなイチゴを一つ手に取って、口へと放り込んだ。



「……んま」



 なにこれ甘い。じゅわっと口の中に広がる甘みは、イチゴなんてものじゃない。練乳をかけたみたいだ。でも甘すぎるってわけでもなくて、後からちょっと酸味もくる。美味しい。本当に美味しいよ、これ。

 調子に乗って、今度は桃も食べてみる。こっちは知ってる桃よりもシャリシャリしてる。凍らせた桃みたいな食感だけど、味は桃そのものだ。そんでやっぱり甘い。美味しい。



「気に入りましたか?」



「うん。どっちも好き」



 素直な感想を口にすれば、何故かヒューイが口元を覆った。

 あ、ヒューイも食べたいのかな。どっちにしろ、俺一人じゃ全部食えないもんな。

 そう思って、俺は新しいイチゴを手に取って、ヒューイに差し出した。



「はい」



「え」



「ヒューイもどうぞ」



 食べたいんでしょ?

 促すように手を伸ばせば、ヒューイは少しだけ躊躇ってから……背中を丸めて、俺の手からそのままぱくんとイチゴを食べた。



「ああ、本当に甘いですね」



 いつもと何かが違う笑顔が、目の前で咲く。少しだけ口から垂れたミルクをぺろりと舐める仕草に、ぶわっと体中に熱が上がった。



「んな……な!?」



 いや、だって、俺は手渡しするつもりで差し出したんだ。そのまま食えなんて言ってない。

 なのに、なん……なんでそのまま食べたんだよ!?

 慌てる俺に、ヒューイは何故か楽しそうだ。鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌な彼とは対照的に、低い声が聞こえてきた。



「ヒューイ」



 ヒェッ。

 声の主が誰かはわかってる。マルクス以外にいるはずない。比較的いつでも怖いけど……今は、聞いたことがないくらい低い声だった。

 怖すぎてマルクスの方を向けない。ヒューイのせいで上がった熱が、一気に冷めた。だというのにヒューイは相変わらず上機嫌に、



「神子様がしてくれたことです」



 なんて、何故か俺を巻き込んできやがった。

 いや、何故かじゃないな。俺のせいか。行儀が悪かったとかそういうこと? 二人とも国のお偉いさんっぽいし、立ち食いとはいえマナーがあるのかもしれない。いや、でも俺は手渡しするつもりだったんだ。……あ、そっちの方がマナー的に悪いとかそういうこと!? 箸渡し的な!? 器ごと差し出したほうがそりゃいいよな!?


 恐る恐るマルクスの方を振り返ったけど、怖すぎて彼の顔は見れない。



「……ごめん、もうしない」



 だから下を向いたまま謝ったんだけど。マルクスは何の反応もしなかった。

 俺たちの間に沈黙が流れる。気まずい。気まずすぎる。視線を落とせばまだ抱えたままの果物が目に入って、俺は気まずさから逃げるようにまた桃へと手を伸ばした。

 これがいけなかったらしい。



「わっ!?」



 桃を掴んだ手を、誰かに捕まれる。顔を上げれば、そこにいたのはまさかのマルクスで。

 手にしていた桃を、そのままばくりと食べられてしまった。



「なん!?」



「……あっま」



 べっ、と舌を出した様からするに、マルクスの口には合わなかったんだろう。ってか、俺もヒューイも甘いって言ってんだから、甘いのわかってただろ!? いや、そうじゃなくて、マナーが悪いんじゃなかったのか!?

 絶句している俺を見て、マルクスは意地悪く笑う。お前、本当になんなんだよ!? 全く理解できないんだけど!!

 マルクスを睨んでも、全然効いてる様子はない。



「マルクス!」



 ってヒューイが怒ってくれたけど、これも効いてる様子はなかった。

 くっそ、本当に何なんだよ。仕方なく視線を反らして、今度こそ自分の口に桃を放り込んだ。うん、美味しい。こういう時は美味しいものを食べるに限る。

 そういえば、思ったよりミルクいっぱい入ってるな。本当に普通の牛乳なんだけど、これって最後に飲んでいいのかな?



「ヒューイ、このミルクって飲んでいいの?」



「ええ。最後に飲むと、果汁と合わさって美味しいですよ」



 なるほど、カットしてもらったから果汁が溢れるのか。ミックスジュースみたいになるのかな。いいことを教えてもらった。

 最後にイチゴをもう一つ口に放り込んで、残りはヒューイに預けることにした。ヒューイは収納魔法が使えるらしくて、その中だと食べ物も腐らないらしい。便利だよね。俺も使えるようになりたい。


 それからもふらふらと思うがままに街を歩く。食べ物もいろいろあったけど、全部ビッグサイズだ。ミニトマトが普通のトマトのサイズだった。ミニの意味、調べ直したほうがいいと思う。

 ビッグサイズなのは食べ物だけじゃない。アクセサリーとか、服とか、そういうものもビッグサイズ。で、気付いたけど家や屋台自体も大きいと思う。もちろん、道も広い。車が6台くらいは通れそう。屋台を見る人がいても、通行には影響がないように見えた。


 獣人たちも大きくて、マルクスとヒューイが普通サイズ、っていうのもやっと実感が持ててきた。子供に見間違われたけど、俺と同じくらいの身長の人には一人も会わない。基本的にみんな大きくて、俺はずっと上を見上げながら歩いてる感じだ。

 あまりにも上ばっかり見てるから、途中からはヒューイに抱き上げられてしまった。屈辱。



「子ども扱いやめろ!」



「でも見やすいでしょう?」



「…………」



 それはね、本当にそう。この街、俺のサイズでは作られてないんだな、ってのがよくわかる。視線があがるだけで、一気に見え方が変わったわ。

 反論できなくなった俺を、ヒューイは上機嫌に抱え直した。マルクスがじっと睨んでるのがわかったから、その意味でも俺はヒューイを頼ることしかできなかった。


 視線が上がったことで、面白そうなものを見つけることも増えた。俺が興味を持ったものは、ヒューイかマルクスのどっちかが買ってくれる。二人ともお金には困ってないらしい。言ってみたいよ、そんなこと。

 っていっても、買ってもらってばかりなのも悪いから、ちゃんといらないものはいらないと言っている。シロへのお土産だけは忘れず買ってもらったけど、二人とも何故かいい顔はしなかった。本当に何でだ。


 見るものすべてが真新しくて、ついいろいろと見てしまう。ヒューイに抱っこされてるから、歩き疲れることもない。

 むしろヒューイが疲れるんじゃないかと思って、聞いてみたさ。



「俺を抱いたままで疲れない?」



「全然。神子様は羽のように軽いですね」



 だって。んなわけあるか。こちとら成人男性だぞ。そりゃあ、獣人たちに比べたら身長も筋肉もないかもしれないけど……うん……羽は言いすぎだと思う。



「疲れたら俺が代わってやる」



「いや、それはちょっと」



 ヒューイはともかく、マルクスに抱っこされるとか何の拷問。絶対に嫌だ。

 意思表示のためにヒューイに抱き着けば、ヒューイもヒューイで俺を抱く手に少しだけ力を込めた。マルクスの眉間に皺が寄ったけど、何が気に入らないのかさっぱりだ。

 ヒューイが疲れたら、その時は自分の足でちゃんと歩くだけだよ。

 そう言おうとした、その時だった。


 ゴッオオオン!!


 急に盛大な音が響いて、体が揺れる。何、と思う前に、マルクスが俺たちを庇うように立ちはだかった。その手には、さっきまではなかった大剣が握られている。



「な、何!?」



 本当に何?! 何が起きたんだ!?

 マルクスの視線の先を追いかけ、空を見上げた俺は……見たこともない異形の集団を見つけて、ヒュッと息を飲んでしまった。

 なんだ、あれは。獣人じゃない。マルクスも怖いけど、そういうのとは根本的に違う。


 アレは、よくないものだ。


 本能的な恐怖で、無意識にヒューイの服を握りしめた。ヒューイは俺を安心させるように、ぽんぽんと背中を叩いてくれる。



「大丈夫。貴方には指一本触れさせません」



「ハッ。これだけ接近されるまで気付かなかったくせに」



「それに関しては申し訳ありません。まさかこんな昼間から、王都のど真ん中に現れるとは思っていなかったもので」



 なんだ。何の話をしてるんだ。

 説明を求めてヒューイを見ても、ヒューイでさえも俺の方を見ようとしない。それでもちゃんと答えを教えてくれた。



「あれが魔獣です。この世界を滅ぼす悪しきもの」



「あ、れが……」



「心配するな。あれしきの数、俺一人で十分だ」



 言葉と同時にマルクスが走り出し、建物を足場に空へと駆け上がった。猫は跳躍力もすごい、っていうけど、本当にその通り。ヒューイみたいに羽が生えてるわけでもないのに、軽々と空まで上がっていった。



「ッラァ!!」



 声とともに剣を振るえば、魔獣の首が一刀両断された。嘘だろ、と思う間もなく、真っ二つになった魔獣が血とともに降ってくる。

 ヒッ!?



「あんの馬鹿!!」



 悪態とともにヒューイの指が空を撫でる。それだけで、落ちてきていたモノは炎に包まれて燃え尽きた。

 すごい連携だ。でも、正直なところ、俺はそれどころじゃなかった。

 頭痛がする。耳鳴りも。心臓はドクドクと脈打ってるのに、体中から体温が消えたように寒い。



「ヒューイ、ひゅ、い」



「神子様?」



 握りしめたヒューイの服は、きっとしわくちゃになってるだろう。それでも、俺は力を抜けない。



「なにか、くる。あれじゃない。もっと、もっと、いやなもの」



 呂律もちゃんと回ってない。ちゃんと伝わったかな。伝わっていてほしい。俺、もう満足に話せそうにないから。

 俺の様子に気付いて、ヒューイが両手でしっかりと俺を抱き直してくれた。ああ、たぶん回復魔法をかけてくれてる。でも俺は回復するどころか、どんどん呼吸が浅くなっていった。

 心臓が何かに鷲掴みにされてるみたいだ。体も象にでも踏みつけられてるみたいに重い。呼吸をすることさえ満足にできない中で、



「……くる」



 呟くと同時に、雷が落ちて空が割れた。気付けばマルクスも俺たちの隣に戻ってきてたけど、今の俺はそれどころじゃない。

 顔を上げちゃいけない。ソレを見てはいけない。本能がそう告げている。今きたモノは、よくないものだ。絶対に見ちゃいけないのに。



「    」



 聞き慣れない言葉が、耳に届く。そう、聞いたことのない言葉だ。なんて言ってるかなんてわからない。

 わからないのに、俺を呼ばれたのだとわかってしまった。


 ゆっくりと顔を上げる。さっきまで晴れ渡っていた空は、気が付けば夜みたいに真っ暗になっていた。

 稲光だけが輝く空で、黒い何かが俺を見ている。


 ああ……あれを、あの人を、俺は知ってる。会ったことなんてない。

 だけど、知ってるんだ。



「…… 」



 体が勝手に動く。手を伸ばし、その名前を呼ぼうとして……



「ケイ!!」



「っ!!」



 マルクスに呼ばれて、はっと我に返った。



「ヒューイ! しっかり見張ってろ!!」



「わかってる!!」



 ヒューイが俺の伸ばした手を掴んで、無理やり下ろす。と同時に、マルクスが再び地面を蹴って、黒い彼に切りかかった。



「! だめだ、マルクス!!」



 わかる。今のマルクスじゃ彼には勝てない。マルクスだけじゃない。ヒューイだって無理だ。共闘したところで、生きられる時間が数分伸びる程度だろう。彼とは大きすぎるほどの実力差がある。

 だからこそ、戦わないことが最善だ。



「ヒューイ、マルクスを止めて!」



「ですが」



「っ! いい、自分でやる!!」



 躊躇ってる時間なんてない。ヒューイが出来ないなら、俺がやるだけだ。


 ヒューイの腕から飛び出して、両手を掲げる。魔法なんて使ったことない。使ったことないけど。

 どうすればいいかは、体が知っていた。


 掲げた手が熱い。熱さに比例するように、光が集まってきた。だけど眩しいとは思わない。

 だってこれは、みんなを助ける光だから。


 ヒューイが驚いているのが分かる。マルクスも眩しさに目が眩んだのか、まっすぐに落ちてきた。

 それだけじゃない。夜空に浮かんだ異形の者たちが消えていく。そして――

 ただ一人浮かんだままの君は、俺をまっすぐに見下ろした。



「……また迎えに来る」



 脳裏に直接響いた声は、彼のものだろうか。俺はイエスともノーとも答えられなかった。

 光に溶けるように、彼の姿も綺麗に消える。と同時に、俺は全身の疲労感に耐え切れず、そのまま意識を手放した。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ