30.フリード、覚悟!
あの後、やっぱり俺はしばらく眠ってしまったらしい。目を覚ました時に周りが大騒ぎしてたけど、二日で目を覚ましたんだから、俺にしては早いほうだろう。
俺が眠っている間に、状況が急激に変わってた! なんてことは、もちろんない。いい意味でも、悪い意味でも。
唯一の変化は、ウーヴェが帰ってしまってたくらいかな。帰ってルディと情報共有するらしい。行ったり来たり忙しいね。そっちは任せた。
俺としては、結界を張れたことで、時間と気持ちに余裕はできた。
だからこそ、オオカミたちの治療に専念出来た。今まで続いていた魔獣たちの襲撃もなくなったからね。撃退用に神聖力を使うこともなくなって、治療だけに集中できた。
新しい怪我人が出ないっていうのは、やっぱりいいね。
治療して、力尽きて眠って、また起きたら治療する毎日を繰り返す。
改めて治療していると、老若男女いろんな人がいたし、いろんな毛並みの人がいた。共通しているのは、みんな俺よりでかいってことくらい。毛並みが違う人は、多分、村が違うんだと思う。いろんな種類のオオカミたちが勢揃いしてる、っていうのがよくわかった。
文字通り、ここが「最後の砦」だったんだろうな。だからこそ、しっかり治していかないと。寝る間も惜しんで、とはいかないけど、起きている時間はできる限り治療に動き回った。
「働きすぎでは?」
そう心配してくれたのは、ヒューイだけじゃない。マルクスも、トラのみんなも、ファルコも、もちろんダニエルも。みんなが心配してくれたし、なんだったらオオカミの人たちも心配してくれた。
「神子様のお体を大事にしてください!」
「そうですよ! 後はもうほっといても治る若い奴らばっかりですから!」
なんて言ってたけど、いや、呪いはそういうものじゃないでしょ。普通の怪我じゃないんだから。
でもさ。この村に来た時は殺伐としてた人たちが、俺の心配までしてくれるようになった、ってすごくない? 来た当初は遠巻きに見てるだけだった人たちが、今では気軽に話しかけてくれるんだよ。やっぱり嬉しいじゃん。
みんなをちゃんと治したい、って思うのは、当たり前だろう。
数日もすれば、療養施設にいた人たちも大体治し終わった。来た時は殺伐とした雰囲気のある村だったけど、今じゃすっかり子供たちの遊ぶ声と、大人たちの戦闘訓練?の声が響く場所になっていた。
元々、こういう村だったんだろう。活気が戻ってきてよかった。
残すは目の前のこの男、フリードだけだ。
「さて。もう反論はできないよな?」
「悪徳詐欺師みたいな顔をしてるぞ」
へ? この世界にも悪徳詐欺師なんているんだ?
いや、疑問は後回しだ。わざとらしくにっこり笑って近付いたら、フリードは一歩だけ後退する。だけど、逃げられることは予測済みだ。
あらかじめ打ち合わせした通り、エルストとホルストが素早くフリードの両手を抑える。で、更に強力な助っ人にも来てもらった。
「っ!? シャーリー!?」
「兄さん、覚悟!」
エルストの真似をして右手を押さえているのは、シャーリー、つまりはフリードの妹だ。フリードの治療をしたい、って言ったら、二つ返事で協力してくれることになったんだよね。大切な妹相手に手荒なことは出来ないでしょ。これでもう逃げられないよ。
ふふ、悪役っぽくてちょっと楽しくなってきた。
「観念しろー!」
決まり文句を叫びながら、フリードに飛びかかる。同時にダニエルが足を払ってくれたから、俺は倒れたフリードの上に跨る形になった。
「お、前ッ!」
「動くな!」
あ、これも悪役っぽいな。尤も、突きつけてるのは剣でも銃でもなく、神聖力だけど。
フリードは暴れようとしたけど、シャーリーが見えた瞬間にぴたっと止まるんだから、本当に来てもらってよかった。これ以上暴れられる前に、治療を始めよう。
胸のあたりに手を当てて、意識を集中する。この辺が一番やばそうに見えたけど、念のため全身の状態も確認しておこう。変に呪いが残ってしまったら、さらに厄介なことになるかもしれないし。
右半身は見た目通りヤバい。そんで、やっぱり左半身も徐々に侵されてる……いや、徐々になんてものじゃないな。表に出てないだけで、根を張られてるような感じがする。見えないだけで、左側もガッツリやばいじゃん。これ、痛いどころか麻痺してるんじゃ……?
「……あんた、良く動いてたね」
返事はない。睨みつけられはしたけど、今の俺には痛くも痒くもなかった。
とはいえ、真正面から睨み返す勇気はない。少しだけ視線を逸らしたら、今度は不安そうなシャーリーと目が合った。
「兄さんは治る?」
「うん。きっと」
シャーリーの期待に応えるためにも、早く治してしまおう。
気持ちを切り替えて、今度こそ治療に専念する。念入りに行かないと、見逃しが起きそうだ。魔獣化してないとはいえ、マルクスと同じ治し方が必要だね。
手を当てた右胸から、神聖力を少しずつ流していく。……じれったいな。口から直接送れたら早いんだけど、マルクスもヒューイも見てる状況で、なんとなくやりづらい。時間はかかるけど、実戦で練習してると思おう。
右胸から、右腕へ。指先まで通ったら折り返して、今度は左腕へ。上半身が終わったら今度は足の方へと、神聖力を巡らせていく。
……うん。そろそろよさそう。魔獣化してない分、マルクスの時よりやりやすい。
あとは浄化するだけだ。
神様、お願いします。フリードの中の悪いものを、欠片も残さず追い払って。そして、元の元気な体に戻してください。
願いを込めれば、いつも通り手が熱くなっていた。体も熱いのは、それだけ力を使ってるからかな。マルクスの時も思ったけど、なんで獣人はこんな状態になるまで放置するんだ。俺には理解できない。
でもそれがボスの役割だというのなら、俺にできるのは治すことだけだ。
火傷しそうな熱さが冷めていくのと同時に、光も徐々に収束していく。
「……できた」
たぶん、これで治ったはず。念のためもう一度軽く状態を確認したけど、もうどこにも嫌な気配は残っていなかった。
フリードから手を放すと同時に、全身から力が抜けた。ふらりと倒れそうになったけど、いつの間にかマルクスがすぐ傍で支えてくれてたから、倒れずに済んだ。それどころかすぐさま抱き上げられ、フリードから引き離される。
あー、全身がだるい。それでもフリードに視線を送れば、エルストたちからも解放されていた。体を起こし、目をこれ以上ないというほど見開いて、自分の手のひらを眺めている。
「……これ、は」
……あ。浄化で全部使いきれるかと思ったけど、神聖力も残っちゃったかも。……まぁいいか。仲間思いのフリードのことだ。仲間を守るために使っても、悪いことには使わないだろう。
フリードが弾かれるように俺を見たけど、俺はもう目を開けてることも辛い。くっそ、意地張って治させてくれないから、思ったより力を使っちゃった。
でもこれで、オオカミは全員治せたはずだ。まずは喜んでもいいだろう。
達成感に包まれていたら、マルクスの心配そうな声が聞こえてきた。
「眠いんだろ。寝ろ」
「もーちょっと……」
少しくらい、余韻に浸ってもいいだろ。俺がやりたいと思って、ちゃんとやり通せたことなんだから。
「兄さん! もうどこも痛くない? ちゃんと動くの?」
「ああ。神子のお陰だ」
フリードとシャーリーが抱き合って喜んでる。で、なんでかダニエルも飛びついて、三人で喜んでた。
「よかった! 神子様、フリードを治してくれてありがとうございました!」
「ありがとうございます、神子様!!」
ダニエルとシャーリーの感謝が眩しい。ダニエルのお願い、ちゃんと叶ったって思っていいかな。この笑顔だもん。きっといいよね。ちゃんと役に立ててよかった。
でも、元凶はまだ残ってる。
「寝ろ」
「…………うん」
全員が治った以上、これ以上先延ばしにもできない。出来ないけど。
マルクスが眠りを促すように視界を覆ったから、今はまだもう少しだけ、休ませてもらうことにした。




