31.やりたいこと、やりたくないこと
結界は、あくまでも魔獣を外に出さないためのものだ。魔獣の発生を抑えているわけじゃない。あの沼からは、今も絶えず魔獣と呪いが生まれている。きっと結界の中は、以前よりもずっと危ない状態になっているだろう。
で、結界はいつまでも保てるわけじゃない。空気を入れ続けた風船が割れてしまうように、魔獣が溢れればいつか必ず限界が来る。そうなる前になんとかしなくちゃいけなくて、でも、俺の神聖力を考えると一人ではどうしようもなくて。
方法なんて、最初から一つしかないのはわかっていた。
「マルクス、ヒューイ。ちょっといい?」
内容が内容だけに、二人とだけ話したい。申し訳ないけど、二人以外は寝泊まりしてる部屋から出て行ってもらった。
三人だけになった部屋で、まずはマルクスへの確認から始めなくちゃ。
「マルクスは神殿で見たものについて、ヒューイとルディから聞いてる?」
「いや、詳しくは」
だろうなー。俺だって話し方に迷うもんなー。
ルディは俺を孫みたいに思ってくれてるし、あの時も「無理だ」って言ってくれた。わざわざ他の人に言う理由はないだろう。
ヒューイはヒューイで言わずもがな。誰かと一緒が嫌っぽいし、初めてを欲しがってる。ま、他人に言いたがらないよね。
だから、マルクスが知らないのは予測できていた。気は進まないけど……ちゃんと話をしないと。
「俺たち、神殿で昔の神子を見たんだ」
「昔の神子だと?」
「そう」
そこからは、まずはマルクスも知っている話から始めた。
神子は口移しで、神聖力を獣人たちに渡していたこと。
神聖力をもらった獣人たちは、普段よりも力を発揮すること。
獣人たちはその力を使って、魔獣たちと戦っていたこと。
神聖力は獣人たちから返してもらうことも出来ること。
そして……セックス、子作りすることで、神聖力を回復できること。
「は? 回復?」
「うん。俺は見てないんだけど、ヒューイは見てる。そうだよね、ヒューイ?」
信じられなさそうにマルクスがヒューイを見る。信じられない……というか、信じたくなかった気持ちは俺も同じだ。俺もその映像は見ていないし。
ただ一人、映像を見ていたはずのヒューイは少しだけ逡巡してから口を開いた。
「……おそらく、としか言えませんね。神子からは絶えず神聖力が溢れ出し、周りにいた獣人たちが吸い上げていた……ように見えた、としか」
……うん。ルディも似たようなことを言っていた。
つまりね。
「それが本当だったら、二人にも神聖力を持ってもらうことで神聖力を備蓄できる。俺が神聖力切れを起こしても、二人から分けてもらえばいい」
こんなお願い、したくない。二人を物扱いなんてしたくないし、その方法はもっと嫌だ。
だけど、それ以外に方法がないんなら。
「ケイ」
思わず握りしめていた拳に、マルクスがそっと触れてくる。表情を窺うように覗き込まれて、反射的に唇を噛みしめた。
そんな俺をどう思ったのか、今度は頬に触れてきた。いつかみたいに、壊れ物を触るみたいなたどたどしい触れ方で。
「俺はお前が嫌がることはしない」
「でも」
「ケイ」
いつもよりもずっとずっと静かなマルクスの声が、俺を落ち着かせてくれる。まるで子供をあやすみたいな仕草と声音だけど、嫌だとは思わない。
「お前が本当にやりたいことだけ教えてくれ」
やりたいこと。そんなの、一つだけだ。
「オオカミを助けたい」
「もう助けただろ」
「違う。ちゃんと安全な場所で、安心して暮らせるようになってほしい」
「そのために、あの沼は邪魔か?」
「うん」
邪魔だ。すごく。あの沼さえなければ、そもそもオオカミたちはここまでの惨状にもなってないんだから。
俺の答えに、マルクスは少しだけ考えこんで、
「溜め込むだけなら、数日かければいいだろ。出来ない理由は?」
俺の神聖力は寝れば回復する。マルクスたちに渡して、寝て、また渡すって方法は、確かにとれなくはない。
でもこれは、致命的な欠点がある。
「どれだけ時間がかかるかわからない。あれは放置すればするほど、中に魔獣が溢れる。時間をかけすぎれば、結界は弾けて壊れる」
そうなったら、きっともう誰にも手出しできない。俺にだって無理だ。
それだけは、絶対に避けなくちゃいけない。
「マルクスは、前に俺を好きだって言ってくれただろ?」
「ああ」
「ヒューイも言ってくれた」
「はい」
その瞬間、マルクスとヒューイがお互いを睨みつけてたけど、俺は二人の気を引くように片手ずつ握りしめた。
大きな手だ。俺の手なんて子どもに見えるくらい、本当に大きな手。手だけじゃなくて、二人の目には俺も子どもに映ってるのかもしれない。
けど。二人が本当に、俺を好きだというのなら。
「二人の好意に付け込むなんて最低だってわかってる。でも」
「ケイ」
またマルクスに呼ばれて、体が跳ねる。明らかに挙動不審になってる俺に、マルクスはやっぱり優しかった。
「また話がそれてる。お前がしたいことと、したくないことを教えてくれ」
…………ううん、優しいのか厳しいのかわからない。
だけど、したくないことなんて言われたら。
「お、れの、世界で、男どうし、は少数派で」
声が震える。マルクスたちの顔は見れなかったけど、だけど、止められなかった。
「俺も女の人が、いいし、そもそも、恋人じゃないのに、そーゆーの……む、り」
恋人でも段階を踏むべきことだと思う。それなのに、全部すっ飛ばして最初からセックスなんて、俺には無理だ。
マルクスたちには酷いことを言ったと思う。だって俺、二人が俺のことを好きだって知ってる。それなのに、女の人のほうがいいって言ってるんだ。性別で線引きしてる時点で、酷いことを言ってるってわかってる。自分でも嫌になるくらい最低だ。
なのに。
「お前が嫌だと思うことを、無理を押してする必要はない」
マルクスはこんな俺にも優しいんだ。
大きな手が、優しく俺を撫でていく。最初は恐る恐るだったのに、今じゃすっかり慣れたものだね。
「この世界に来た時点で、失ったものが多いんだ。これ以上、何も犠牲にしなくていい」
……うん。うん。マルクスなら、そう言ってくれる気がした。俺自身のことを大切に思ってくれてるの、ちゃんとわかってるよ。
だからさ。
「そう言ってくれるマルクスだから、任せてもいいかなって思ったんだ」
こんなどっちつかずの俺でも、大切にしてくれる気がしたんだよ。
マルクスが目を丸くして俺を見てる。そんなマルクスにうまくできているかどうかもわからない笑みを返して。
今度はヒューイへと視線を向けた。
「ヒューイは、前にいいよって、言ってくれたでしょ?」
「ええ。喜んで」
うん。あの時のヒューイは正気を失ってるようにも見えたけど、でも、あの後の態度は明白だ。二十四時間一緒にいて、ずっと嬉しそうににこにこしてるんだもん。ヒューイの気持ちも、疑ってはいないよ。
俺の手を握り返して、ヒューイが頬擦りした。不思議なもので、嫌悪感はない。
そう。嫌悪感がないんだ。ヒューイにも、マルクスにも。羞恥心はめちゃくちゃあるけど、触られても嫌だとは思わない。
だから。
「どっちか一人だけでも頷いてくれたら、って思ったんだよ」
マルクスは優しいから断るかもしれない。
ヒューイはあの時断った理由が理由だもん。神聖力目当てなんて嫌だ、なんて言っておきながら、今度は俺が神聖力目当てに誘ってるんだよ。都合がいいにもほどがあるでしょ。
そもそもこれは、パワハラでありセクハラでもある。だって効果はやってみないとわからないんだよ。そんなことに、二人の気持ちを利用して実験したい、って言ってるんだ。ハラスメントなんて言葉だって生ぬるい。
断られて当たり前だ。当たり前だと、思ってたんだけど。
「……つまり、俺が断れば、お前はそこのワシと交尾するってことか?」
「俺は断りませんよ」
……ヒューイの嬉しそうな声はともかく、なんでマルクスはそんな地面を這うような声を出してるんですかね?
繋いだ手を、急に強く握られる。「いっ?!」って反射的に声が出たけど、マルクスは緩めてくれなかった。
「二人とも断らなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「そ、れは、考えてなかった……な……」
…………嫌な予感がする。二人が断らないパターン……? この流れで……?
マルクスだけじゃなくて、ヒューイも俺の手を強く握る。まるで、放さない、とでも言われてるみたいだ。
恐る恐る二人を見れば、俺を見る目がギラリと輝いているように見えて。
「神子様はまだ、我々に対する理解が足りないですね」
「他の奴とヤるとわかってて、引くわけないだろ」
強く手を引かれて、反動のままに体が動く。ぼすりと倒れ込んだ先には、もちろん二人がいて。
「ワシ、防音」
「言われなくても」
……………………もしかして、俺、想定外のピンチってやつですか?
次の話で、R-18タグをつけるためにムーンライトに移動します。
移動のお知らせ掲載後、こちらの全年齢版は更新を止めますので、ご了承ください。




