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29.結界





 重症の人を中心に治して、お決まりのように眠りについて。

 再び目を覚ました時、なんでかウーヴェがやってきていた。



「ムートが飛んできまして。お守りの補充と、怪しい沼の鑑定に来ました」



 ムート、来てたのか。どこにいるのかわからないけど、お城との連絡役なのかな? たぶんヒューイの指示だろうから、ヒューイはやっぱり頼りになる。俺関連を除いては。


 昨日の時点で、緊急性の高そうな人はちゃんと治した。魔獣化しそうな人とか、呪いで死にかけてる人とか。

 なんとなくだけど、俺の神聖力の上限も少しずつ上がってる気がする。そうじゃなきゃ助けられない人数を助けられてるから、理由はわからなくてもいいことだよね。


 だから今日は、マルクスたちが見たという沼に向かうことにした。


 フリードはついてきたがっていたけど、置いてきた。ダニエルも一緒に置いてきたから、たぶん静かに待ってくれてると思う。

 ボスとして、現状を把握したい、っていう気持ちはわかるんだけど、



「ついてくるなら治療が先」



 って言ったら、散々迷った末に村を守る方を選んだ。俺としては治療を受けてほしかったんだけど、部下を差し置いてボスが先に治療を受けるのは、ナワバリを好き勝手に動かれる以上に我慢できないことらしい。

 でも、平然と動いてるように見えるけど、誰よりも重傷なんだよ、フリード。これだけ怪我人が出てる中、ボスだけ無傷のはずがない。右足から胸元にかけての右半身、たぶん呪いのせいで動かすのもやっとだと思う。なんで普通に動いてるわけ? ボスの意地なのかプライドなのか知らないけど、俺には理解できそうにない。


 おっと、話がそれた。フリードは置いてきたから、行くのは俺、マルクス、ファルコ、ヒューイにウーヴェだ。マルクス以外のトラのみんなは置いてきたから、オオカミたちの村も大丈夫だと思う。


 ここに来るとき同様、俺はヒューイに抱えられて移動した。道案内はファルコ。俺もなんとなくわかるけど、ファルコは自分の物は匂いを辿れるらしい。お守りを埋めてきたって言ってたけど、魔獣を邪魔する以外にもちゃんと理由があったんだね。流石だ。

 ちなみにファルコにはウーヴェが持ってきたお守りに更に加護を重ね掛けして、新しいお守りを渡してる。彼に渡すのは3個目だけど、ちゃんと理由があってのことだから、マルクスたちの物言いたそうな視線は気にしなかった。


 噂の沼までは、魔獣たちにほとんど会わずに移動できた。たまにいたけどマルクスたちが瞬殺で倒していくから、本当に怖いものなのかどうかわからなくなってくる。

 でもそれも、沼までの話。沼に着けば、そこはもう異次元みたいな光景だった。



「ひっ」



 思わずそんな声が出ちゃうくらい、俺には衝撃的だった。


 だって、なんだ、あれは。魔獣たちが光の壁の向こうに数えきれないくらい集まってる。マルクスの残していった神聖力を越えられず、思い思いに呻いたり、攻撃したりしてるんだ。しかも魔獣たちのさらに奥。本当に黒い沼がある。次々と魔獣が岸に上がってきて、絶える様子がない。

 視界も、音も、空気さえも。五感で感じるすべてが違う。……怖い!


 反射的に震える体をヒューイが抱きしめてくれる。けど、震えは一向に止みそうにない。



「やはり戻りますか?」



「……ううん、行く」



 俺だって戻れるなら戻りたいけど、ここで戻る意味はない。ヒューイは少しだけ躊躇ったけど、魔獣がいないエリアに俺を下ろしてくれた。

 空気が重い。長居したら、俺が体調を崩しそうだ。一人で立ってるのも辛くてその場にしゃがみこんでしまったけど、視線は目の前から逸らさない。

 俺たちに気付いた魔獣たちが、更に激しく攻撃を始めてる。これほどの殺気を浴びて、震えるなという方が無理だった。



「無理しなくていいんですよ?」



「だい、じょぶ」



 呂律もちゃんと回ってないけど、大丈夫。思考はちゃんと回ってる。みんなの足手まといにならないよう、最低限のことは出来るはずだ。

 上空から偵察していたウーヴェも、しばらくしたら戻ってきた。でもその顔色は、今までに見たことがないくらいに悪い。



「どうだった?」



「どうだったじゃない! 神子様の視界、どうなってんですか!?」



 それは俺も知りたい。神聖力がない視界って、どうなってるんだろう? そして、見たものすべてを鑑定する、ってルディが言ってたウーヴェは、いったい何が見えたんだろう?

 教えて、とお願いするまでもなく、ウーヴェは話し始めた。



「魔獣にも種類とランクがあるなんて、初めて知りました! しかも普段は見えないあの黒いやつ、あれが魔獣化の原因です! あれに呪われると魔獣化する。あんなの、見えない俺たちには避けようがない!!」



 あー……なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱりそうなんだ。みんなが弾かれるように魔獣たちに視線を移したけど、俺はウーヴェを見たまま、もっと大事なことを質問した。



「あの沼は?」



「呪いの沼らしいです。原理はわかりませんが沼自体が呪われていて、あれがある限り魔獣は無限に湧いて出ます」



 うぇー、って舌を出すウーヴェに、俺も同じ気持ちだ。もう本当に、心から同じ気持ち。こんなものがあったらオオカミたちだって戦い疲れるに決まってる。

 絶対に何とかしなくちゃいけない。いけないけど。



「……今の俺には無理だ」



 本能でわかる。あの沼を浄化しきる前に、俺の神聖力は尽きるだろう。そうなれば魔獣たちに囲まれて、ジ・エンド。それだけは絶対に避けなくちゃ。

 俺の言葉に、みんなの顔色がはっきりと変わる。そんな中で、俺の手を取ったのはヒューイだった。



「神子様。神殿で見たものを覚えていますか?」



「……俺が見てないやつ?」



「そうでした。貴方が見ていないものです」



 見てないから、俺は知らない。知らないけど。

 ヒューイが言いたいことは、わかってしまった。


 神聖力を回復する方法はある。ルディが後で教えてくれたけど、セックス中に神聖力があふれ出して獣人たちが吸収していたらしい。もしあれが、回復するのではなく神聖力を作る行為なら。

 今、喉から手が出るほど欲しい力だ。



「だけど、あれは」



 あれは、簡単に手が出せる行為じゃない。しかも、一人じゃできないし。絶対に誰かを巻き込むことになる。

 俺にとっては、それこそが呪いのように聞こえるのに。



「俺には嬉しいことです」



 ヒューイにとっては、全然違うんだ。


 ああ、本当に……なんて厄介な世界なんだろう。


 ダメだ。今はこの状況を何とかする方法を考えないと。ヒューイの言っていることは最終手段で、しかもこの場ですぐにできる方法じゃない。マルクスの残してくれた神聖力も、いつまでもつかはわからないから……

 あ。そっか。神聖力をここに残していけばいいんだ。



「マルクス。あの神聖力、どうやってやったの?」



「……あ、ああ、剣を媒介に地面に流した」



 一瞬反応が遅れたのは、俺とヒューイのやり取りの意味が分かってないからだろう。視線はヒューイと繋がったままの手に固定されている。

 それに気付いて、俺は慌ててヒューイの手を振りほどいた。



「神子様?」



「少しだけ試させて」



 ヒューイが悲しそうな顔をしたけど、今はそれどころじゃない。ヒューイもきっと、わかってくれるはずだ。

 自由になった手を、そのまま地面にぺたりとつける。流石に地面に口付けるのは嫌だから、いつもより集中しないと。やり方はきっと、お守りの時と一緒だ。


 神様、お願いします。あの魔獣たちを、外に出さないようにしたいんです。マルクスの作ったものより、もっと頑丈で、もれなく魔獣たちを閉じ込めておける壁――結界を作ってください。


 手が熱い。体も熱い。だけど、何かが作られていく感覚はある。マルクスの作ったものを丸っと覆うように。空からだって逃げられないように。点と点を繋いで線を作り、線を繋げて面にする。

 俺が持ってる神聖力を全部使って、もっともっと頑丈なものを。



「すごい……」



 誰かの呟きとほぼ同時に、全身の脱力感で俺は座っていることさえ難しくなった。

 ああ、だけど。



「……よかった」



 目の前には、思った通りの光の壁が出来ている。マルクスのよりずっとずっと明るくて、大きな壁が。

 後はこのサイズだけだ。



「ヒューイ、ウーヴェ。沼を覆えてるか、みてきて」



 空からじゃないと、全容は見えない。俺の言葉にウーヴェが飛んでいったかと思えば、すぐに空から「大丈夫です!」って大声が降ってきた。

 よかった。ちゃんとできたんだ。


 最後の気力がプツリと切れて、体が倒れる。誰かに支えられたのはわかったけど、俺の思考はそこで完全にブラックアウトした。







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