28.二日目の朝
子供たちの治療を終えた後、俺はやっぱり電池が切れたみたいに眠ってしまったらしい。起きた時、目の前にとびっきりの美人・ヒューイがいたけど、ルディの家で慣れてしまった俺は、なんとか叫ぶことなく済んだ。
「おはようございます」
「……おはよ」
相変わらず朝から綺麗な笑顔しやがって。このやろう。
とはいえ、気持ち的にはまだ眠い。静かに寝返りを打って逆側にマルクスがいた時は、流石に我慢できなかった。
「マルクス!?」
「おう」
おう、じゃないよ、おう、じゃ! 無事だったのはいいけど、なんであんたまで隣にいるんだ!?
無事で何よりだけど、起き抜けの頭には刺激が強い。黙ってればいい男なのがまた憎たらしい!!
ちなみにだけど、両隣にヒューイとマルクスがいただけで、部屋には他の人たちもちゃんといた。っていうか、全員で雑魚寝してたみたいだった。よかった。本当によかった。これならただの修学旅行の雑魚寝みたいなものだよな、うんうん。
俺が叫んだせいか、他のみんなも起き始めたみたいだ。みんな疲れてるだろうに、申し訳ない。
「朝! 起きた!!」
「んん……」
「うー……」
ダニエル、朝から元気だね。逆にトラのみんなはまだ眠そうだ。特にアルヴェルは布にくるまってたけど、ライナーが叩き起こしてた。比喩じゃなくて、本当に叩いて起こしてた。仲良しさんだ。
これは俺も二度寝はできそうにない。欠伸をしながら体を起こし、室内に全く見覚えがないことに気が付いた。
「ここ、どこ?」
「フリードの家っすよ。あいつはあっちを離れないから、好きにしていいらしいっす」
ああ、療養施設にずっといるからか。家なんてナワバリの中のナワバリみたいなものだろうに、良く入るのを許してくれたね。それだけ信頼してくれた、ってことなら、ちょっと嬉しいかも。
みんなが起きたところで、ご飯の時間だ。オオカミの食糧事情はわからないから、ヒューイのスキルで持てるだけ持ってきたんだよね。みんな朝から肉に噛り付く元気があって何よりだこと。マルクスもファルコも、この調子ならかすり傷一つ負ってないんだろうな。よかった。
みんなで食事を食べてたら、フリードもやってきた。で、開口一番。
「……それだけしか食わないのか?」
って信じられないものを見るかのような目で言われたから、俺は思わず自分の前にあるお皿を見下ろしちゃった。
ルディの家で過ごしてから、俺の朝食は野菜や果物中心になった。今回は料理できるかどうかもわからなかったから、生のままでも食べれる果物中心だ。とはいえ、この世界の果物は俺にとっては巨大サイズ。とても食べきれないから、マルクスやヒューイがカットしてくれた。種類の違う果物が少量ずつ、俺の皿には乗せられている。
ちなみに皿自体は俺の両手で収まるサイズなんだけど、山盛りになってるから俺には多い。残してもヒューイのスキルにしまうだけなんだけど、それでも少し加減を知ってほしいと思ってる。
まぁ、獣人たちは体もでかいし、たくさん食べるのはわかるんだけどさ。その上肉とか肉とか肉とかばっかりだから、絶対に俺には真似できない。同じように、肉食のフリードから見れば信じられないんだろうね。
「俺にはこれで十分だ。そんなことより、妹さんは大丈夫そう?」
「ああ。シャーリーも他の子どもたちも、全員話ができるまでには回復した。感謝する。…………神子」
あ。初めて神子って言われた。認めてくれたのなら、ちょっと嬉しい。思わず頬が緩んでしまった。
でも今は、喜んでばかりもいられない。
「よければ、一緒にマルクスとファルコの話を聞いていかない?」
何せ怪我人もまだ大量にいるし、魔獣の脅威も去っていない。俺たちだけで話してもいいけど、ナワバリのボスであるフリードがいたほうが、いろいろと話は早いだろう。
そう思って誘ったんだけど、なんでかマルクスたちがいい顔をしなかった。
「食事くらいゆっくり食べろ」
「そうですよ。ただでさえ、神子様のお食事量は少ないんですから」
俺が少ないんじゃなくて、お前らが多いんだよ、ってお決まりの単語はもちろん口にはしない。この肉食獣どもめ。
代わりに口にしたのは、当たり前のことだ。
「今は一刻を争うんだから、効率よくいこうよ」
正直なところ、力が出ないから食べてるだけで、食べなくても元気に動き回れるなら、食べずに動き回る方を選ぶからな、俺は。ゼリー飲料が朝食だった人間を舐めるなよ。特に今は怪我人の治療という喫緊の課題もあるんだし、のんびりしているつもりはなかった。
マルクスたちはまだ文句を言いたそうな顔をしてたけど、フリードが大人しくダニエルの隣に腰を下ろせば何も言わなくなった。
とはいえ、マルクスに話してもらうにはちょっと機嫌が悪そうだ。だからこそ一緒に行ったファルコを見れば、こくりと頷いてから話しだしてくれた。
「魔獣の数が尋常ではない。マルクスと二人で魔獣の出所を追いかけてみたが、魔獣の生まれる沼があった」
「魔獣の生まれる沼?」
「ああ。元はどうだったのか知らないが、黒い沼から魔獣が這い上がってくるのを見た。実体を持った呪いらしきものもいた」
それは、危険だな。魔獣たちがどこから来るのかと思ったけど、もしかして各地にそういうものがあるんだろうか。それをなんとかしないと、ここはずっと危険地帯のままってことじゃん。
「浄化は可能ですか?」
「……見てみないことにはなんとも」
こればかりは即答できない。うーん……思ってたよりも早く来たな、戦場に行く機会。それも魔獣が蠢いてる場所とか、いきなり難易度高すぎないか。
食欲が一気に落ちてしまった。それでも手にしていた桃だけは口の中に放り込んで飲み込んでから、じっと感覚を研ぎ澄ませてみる。
ルディの練習のお陰で、風には慣れた。遠く離れた場所だとしても、元は俺の神聖力。気配くらいなら、風を通して探せるかもしれない。
東って言ってたっけ。少しずつ、少しずつ感覚を細めて、東の方へ。円ではなく三角形をイメージしながら、俺自身を探していく。
「神子様?」
急に黙り込んだ俺に誰かが呼び掛けてるけど、今は気にしていられない。うーん……もうちょっとでわかりそうなんだけど。マルクスたち、どこまで遠くへ行ったんだ?
先へ、もっと遠くへ。どこかにきっと…………
「…………あった」
俺の神聖力だ。見ることまではできないけど、気配は感じる。うーん……マルクスに渡した時より、弱まってはいそう。でも、これならあと数日は持つ気がする。
とはいえ、あんまり後回しにできる問題でもない。重傷者を治したら、すぐに手を打った方がいいだろう。
「何があったんだ?」
「マルクスが残してきた神聖力。多分、数日はもつと思う」
「見えるのですか!?」
「見えるというより、感じるの方が正しいかな。現地がどうなってるのかはわからないよ」
多分、あれは万能じゃない。すり抜けてる魔獣がいそうだ。でもみんながここにいるってことは、怪我したオオカミたちだけでも追い払えるようなものしか辿り着けてない、ってことだよね。その効果だけでも、残してきてくれたマルクスに感謝だな。
「ちゃんと見に行かないと。重傷者を手当てしたら、すぐに行こう」
やることが決まれば、早く動こう。まずはすべての部屋を一通り見て、重傷者探しだな。
そう思って立ち上がろうとしたら、すぐ横から手を引っ張られた。
「お前が行く必要はない」
う、わ。マルクスがそんなこと言うんだ。びっくりした。
少し前なら、睨むようなこの視線を「役立たずがでしゃばるな」みたいなヤツだと誤解したかもしれないけど……
今はちゃんとわかるよ。ただ心配してくれてるだけだって。
「一人で行くわけじゃない。ついてきてくれるだろ?」
「魔獣が馬鹿みたいに湧いてる場所だぞ。戦えないお前が行く場所じゃない」
言葉選びが最悪に悪いな。奥でライナーたちが面白そうな顔をしているのが癇に障る。後で絶対にやり返してやろう。
でも今は目の前のマルクスを説得……は、できる気がしないから、このまま押し切らせてもらおう。
「だから、マルクスが守ってくれるんだろ?」
ズルい言い方なのはわかってる。でもこれ以外になんて言えばいいんだ。正解があるなら教えてほしい。
俺の言葉を聞いて、マルクスは虚を突かれたような顔をした。で、すぐに苦虫を噛み潰したような顔に変わる。それも十数匹まとめて噛み潰したような、本当にすごい顔。うー、と唸ってたかと思えば、その肩をライナーがぽんぽんと叩く。
「ボスの負け」
「…………チッ!!」
うっわ、でかい舌打ち。でもこれは了承を得たと思っていいんだろうか。ライナーがぱちりとウィンクをしてくれたので、俺は思わず笑ってしまった。
そんな俺に、今度はヒューイが話しかけてくる。
「神子様、俺に少しだけ神聖力を分けてもらえませんか?」
え、なんで。
脳裏によぎるのは、ルディの家での出来事だ。反射的に身構えたら、慌てて補足してくれた。
「神聖力をいただいているせいか、回復魔法でも軽い呪いなら祓えることがわかったのです。いただいた神聖力は使い切ってしまったので、またいただけませんか?」
なんだと!? そんなことが!?
信じられない気持ちでエルストたちを見れば、こくこくと頷いてる。
「本当です。呪いの軽い重いはわかりませんが、確かに祓われた人はいました」
本当なんだ!! え、すごいじゃん!!
手分けできるんなら、手分けしたほうがいいに決まってる。軽度の人なら、治ればまたすぐに戦いに出れるだろう。今は戦力が欲しいんだから、ヒューイが治せるなら治してほしい。
ヒューイのワクワク顔がかなり気になるけど、背に腹は代えられないか。
「ヒューイ」
呼べばすぐに俺の目の前に跪く。……少しは隠せ、そのワクワク顔。
でも残念ながら、俺はもう口移しじゃなくてもできるようになってるからな!!
昨日マルクスたちにやったのと同じように、ヒューイの頬に手を添えて、額に口付ける。ヒューイが驚いたのがわかったけど、抵抗したりはしなかった。
手を放せば、もの言いたげに俺を見上げる一対の瞳。
「……口移しじゃないんですか?」
「マルクスも同じこと言ってた」
その途端、ヒューイがマルクスを睨みつけてたけど、これ以上は俺も知りません。似た者同士め。
さて、準備ができたなら、早く治療に行こう。立ち上がったら、今度はフリードと目が合った。信じられないものを見た、みたいな目で俺を見ていた彼は、
「……トラとワシをよくそこまで躾けたな」
なんて。二人が聞いたら怒りそうなことを言いだすものだから、反射的にマルクスたちを見ちゃったよ。でもなんでか二人ともドヤ顔なんだよな。意味わからん。
その上ファルコが、いつもと変わらない淡々とした声で、
「お前もすぐにそうなる」
「…………」
いや、ならないでしょ。フリードも黙り込まないでよ。ダニエルも肩ポンポンしないの。
まぁいいや。獣人たち特有の、俺にはわからない何かだと思うことにしよう。
「先に行くよ~」
「ちょ! 一人で出歩かないでください、神子様!!」
家を出ようとした俺の後を、みんなが慌てて付いてくる。でも俺は構わず、扉をくぐった。




