27.黒い沼 ※マルクス視点
剣をふるう。それだけで目の前にいた魔獣たちは真っ二つに切断され、呪いをまき散らすことさえなく砂のように崩れて消えていった。
「すごいな」
「ああ」
ファルコの言葉に何の迷いもなく頷く。ケイは本当にいい神子だ。
いつもと同じ剣なのに、いつもよりも軽く感じる。ケイの力のお陰だとわかっているが、気持ちいいことに変わりはない。
こんな爽快感を知ってしまったら、戻れなくなりそうだな。
おそらくファルコも同じことを考えているはずだ。普段はそんなに喋るやつじゃないのに、今日は質問が止まらない。
「お前はこの力を知ってたのか?」
「契約魔法により返答は拒否する」
この答えが回答になっている気もするが、本当のことは言えない。ファルコは正しく察したようで、「そうか」と頷いた。
「隠したのは正解だと思うが、俺には教えてもよかっただろ。あの日、手伝ってやったのに」
「ハッ。お前だから言わなかったに決まってんだろ」
俺もファルコも、獣人たちの中でも特に戦闘を好む体質だ。欲しいものは戦って勝ち取る主義ともいえる。
そんな俺たちが力の底上げを受けるなんて、手放したくなくなるに決まってるだろうが。教えるはずがない。
俺の返事を聞いて、ファルコも心当たりが出来たんだろう。少しだけ呻いたが、それ以上の文句は言わなくなった。
そんな会話をしている間も、戦闘はもちろん続いてる。
「ふっ」
目の前の敵を切り裂き、その奥にいたやつを一突きにする。上から飛び掛かってきた魔獣は、ファルコの斧が振り払った。
四方八方を魔獣に囲まれているというのに、危機感はまったくない。あえていうならば、数が多すぎて面倒くらいか。力が強くなりすぎて、魔獣どもがすべて雑魚にみえる。訓練にもならないくらい退屈だ。
そんな贅沢な不満は、ファルコも同じだったようだ。
「……数が多い」
小さく紡がれた言葉に、俺は思わず鼻で笑ってしまった。
「俺たちは魔法は不得意だからな」
「違いない」
使えないわけじゃないが、基本的には肉体強化に特化している。他の大規模な魔法を同時に扱う余裕はなかった。
「ヒューイを連れて来るべきだった」
「泣き言か?」
「得意分野の違いだ」
そうとも言えるか。言い方次第だな。
トラもクマも、基本的には武闘派だ。魔法よりも武器を好むし、仮に武器がなかったとしても素手で戦う。そのための牙と爪でもある。
とはいえ、呪いは近くにいる者に襲い掛かる。ある程度距離を取る必要があるから、武器が必要になっただけだ。
それにしても、あたりを見渡してうんざりする。ファルコじゃないが本当に数が多い。
俺たちはケイの加護をもらっているから問題ないが、オオカミたちが苦戦するのも頷ける。雑魚ばかりではあるが、数も一種の暴力だ。魔獣は無限に湧いて出て来るし、このままだとキリがないな。
「こいつらはどこから湧いてくるんだ?」
「確かめに行ってみるか?」
ファルコの誘いに、少しだけ考える。普段であれば即決で乗る誘いだが、今日はケイを待たせている。ライナーたちをつけているとはいえ、オオカミの群れの中に置いてきたんだ。出来るだけ早く帰りたかった。
とはいえ、魔獣が減らない限り、ケイは帰ろうとしないだろう。あいつをいつまでも戦場の近くに置いておくつもりはない。一刻も早く去るために、現状の把握は大事か。
「行こう」
決まれば動くだけだ。この場に留まっている理由もない。
魔獣たちがやってくる方角に向かって走り出す。魔獣たちを切り捨てながらだから、いつもほどのスピードは出ない。一匹たりとて見逃すわけにもいかないしな。
手分けしながら魔獣の群れを屠り、前へと進む。本当に数ばっかりで嫌になる。面倒くせぇ。
「……ヒューイを連れて来るべきだった」
まだ言うか。でもまぁ……うん。少しばかり賛同しよう。
飽きたからと言って、手を抜くことは出来ない。切って切って切り捨てて。
「止まれ」
無心で切り捨てていた時、ファルコに言われてぴたりと足を止めた。
「あれは、なんだ?」
ファルコの視線を追いかければ、そこには黒い沼があった。
「げぇ……」
思わずそんな声も出てしまう。だって、なんだ、あの沼。魔獣が絶えず湧き上がってるぞ。それだけじゃない。あの黒い蛇みたいなやつはなんだ? 神聖力を借りてるせいか、今まで見たことのないものも多く見えるんだが。
「これ以上、近付くべきではない」
同感だ。あそこは近付くべき場所ではない。いくらケイの加護をもらってるとはいえ、おいそれと近付くには危なすぎる。
長居は不要だ。
「場所もわかったし、帰るぞ」
「ああ。その前に」
何か用事が? と思ったら、ファルコが懐からお守りを取り出した。と思えば、殴って一瞬で地面に穴を掘り、そこにお守りを埋めている。
は? なにしてんだこいつ?
疑問はおそらく顔に出た。ファルコは土を踏み固めながら、
「神子様はお守りを埋めて、オオカミたちの住処を浄化されただろう。多少なりと効果があるかもしれない」
「あー……」
あーーーーー……確かに。いや、でもケイにもらったものを土に埋めるのは……俺には無理だ。
知らず自分のお守りを握りしめる。そんな俺をどう思ったのか、ファルコはぱしりと背中を叩いてきた。
「帰ろう」
「…………ああ」
ケイにもオオカミたちにも悪いが、これだけは手放せない。その分、ちゃんと働くから許せ。
走り出せば、魔獣も当然のようについてきた。だが、その数は今までの比ではなく、お守りは確かに効果がありそうだ。
…………仕方ない。
「マルクス?」
立ち止まって沼の方を振り返れば、ファルコが不思議そうに名を呼んだ。
だが、かまわず剣を地面に突き立てる。
俺はお守りは手放せない。物理的にもらったものは、全部俺のだ。絶対に手放したくはない。
逆に言えば、物理的ではないものに執着はなかった。
意識を集中する。感覚はもう知っている。前にケイに返した時のようにすればいい。
体中に張り巡らされている神聖力を、俺から剣に、剣からこの地に。
「これは……」
ぶわりと熱が上がって、手のひらを通じて剣へと渡っていく。ファルコの声に目を開ければ、俺の剣を起点とするかのように、光の壁が出来ていた。
よし。魔法が苦手な俺にしちゃ、上出来だろ。
「神子様の加護を外に出したのか?」
「ああ。お前はそのままでいろよ。帰れなかったら意味がない」
加減が出来なかったから、神聖力を全部使ってしまった。折角ケイに強くしてもらったのにな。だが、ケイの安全には代えられない。魔獣たちが出てこなくなるなら、これが今できる最善だろ。
かといって、ファルコにまで同じことをされるのは困る。お守りを手放した以上、こいつを守るのは加護だけだ。流石に無防備になろうとは思わないだろうが、考えなしに動かれても困るからな。
「早く戻るぞ」
お守りの加護も、直接もらった神聖力の加護も、いつまで保つかはわからない。手遅れになる前に、戻るべきだ。
ファルコも反論はないようで、返事をする前に走り出している。俺もその後を追いかけながら、ちらりと後方を振り返った。
魔獣たちが前に進めず、グルルと唸っている。その後ろの沼は、今の俺にはただの黒い沼にしか見えなくなっていた。
本当に、神聖力を持っていると見え方が違うんだな。ケイにはこんなものが見えていたのか。あいつの目に映るこの世界が、こんなものばかりでないといいんだが……神子に頼らないと戦えない俺たちは、願うばかりで何もできない。
そのことが、どうしようもないほど悔しかった。




