26.練習の成果
建物の中は、地下へと続く構造だった。これじゃ外から見ても全貌はわからないな。
移動中に通った部屋にも、当然のように怪我人たちが多くいた。俺でも血の匂いが分かるくらいだ。無傷の人なんていないんだろう。少なくとも俺は一人も見ていない気がする。だからこそ、子供も戦わなくちゃいけなかったんだろう。
……お守り、足りないかもしれない。その時は誰かに取りに戻ってもらおう。
狭い通路を、奥へ奥へとひたすら進む。俺の前にはダニエルがいて、後ろにはファルコやトラのみんな。で、俺はなんでか知らないけどマルクスに抱えられてる。
いや、そりゃね、手で掘ったような地下だから足場悪いし、俺が歩くよりも早いんだけど。でも解せない。マルクスが楽しそうだから、抗議の意味を込めて少しだけ強く叩いてみたけど、全然堪えてる様子もなかった。このやろう。
文句を飲み込みながら、進むことしばし。やがて頑丈な扉に守られた部屋に辿り着いた。
「ここだ」
フリードが扉に手をかければ、ダニエルも手伝うように隣に並ぶ。そしてゆっくりと扉を押し始めた。
マルクスに下ろしてもらって、扉が開くのを待つ。ギギギと明らかに重たい音を立てて扉が開くと、そこには想像を絶する光景が広がっていた。
「こ、れは……」
なんてひどい匂い。俺がこれだけ臭うってことはマルクスたちはもっと酷いんじゃないかと思って見上げれば、意外と平気そうだった。
……ってことは、これは俺にだけってことね。呪いの臭いみたいなものなのかな。窓も何もない地下だから、上の方よりも一層空気が淀んでるのもありそう。
室内をぐるりと見渡せば、いくつものベッドが並んでた。今までと違って雑魚寝じゃないだけでも、優遇されてるのがよくわかる。
そのうちの一番近いベッドを覗き込んで、思わず眉間に力が入った。
そこにいたのは、まだ人にもなってない、オオカミにしか見えない子供だったからだ。
「どうだ、治せるか?」
呪いの力は、今までの部屋にいた大人たちの方がよっぽどひどい。でも子供だからだろう。体が耐えきれてない。
ところどころ毛が抜け落ち、乾いた泥団子みたいにひび割れてしまっていた。
「……やってみる」
いつもならある根拠のない自信が、今は湧いてこない。この子はきっと、神聖力にも耐えきれない。一気に送ったら体が壊れてしまうだろう。今までよりも慎重にならないと。
小さなオオカミの手を握りしめ、少しずつ神聖力を送り始めたんだけど。
「う、あ」
「絶対に助ける。もう少しだけ頑張れ」
やっぱりだめだ。痛みに耐えきれてない。少しでも痛みを減らさないと。
身を乗り出して、ひび割れた場所に触れる。直接送るならこっちの方が早い。……うん、これならいけそう。
「大丈夫、大丈夫だよ」
それはこの子に向けた言葉だったのか、それとも自分自身に向けた言葉だったのか。自分でもわからない。
だけど現実にするために、俺は少しずつ光り始めてる。
神様、お願いだ。まだこんなに小さな子供が戦いに出て死ぬなんて、そんなひどい話ない。呪いになんて負けない体を、どうかこの子に。
光が俺から子供に移ると同時に、一層強くなって子供を包み込んだ。……これ、俺のせいじゃない、気が。
「ケイ!」
「うわ!?」
急にマルクスに呼ばれたと思ったら、後ろに引っ張られた。だけど転ぶことはなく、マルクスの腕の中にぼすりと収まる。
が、マルクスはなんでか慌てた様子で、俺を見下ろしていた。
「お前! 今度は何をした!?」
「ち、治療しただけだよ!」
「これは俺たち獣人の成長変化だ!!」
「へ?」
成長? なんで……って、あ。
「このままじゃ耐えきれないから、呪いに負けない体を、って……」
願い、ましたね……
徐々に小さくなる俺の言葉を聞いて、マルクスがため息をついている。ご、ごめんって。まさかこんなことに……
って、うん? 成長変化?
「成長変化って何?」
「俺たちは何度か成長期があって、そのたびに体がでかくなる。植物みたいに、少しずつ成長するわけじゃない」
「おおお……」
そういえば、フィオットに会った時にも何か聞いたような。人間の成長期と同じだと思ったけど、全然違うものだったのか。
でも体が大きくなるなら、願ったり叶ったりだ。それなら呪いにも神聖力にも耐えられる。
「すぐに変わる?」
「本来は個人差があるが……お前の力を借りたなら、すぐだろ」
その言葉の通り、光はすぐに収まっていった。ってか、神聖力じゃなくても光るんだね。ちょっとびっくりした。
光が収まったのを見て、マルクスがやっと放してくれる。再びベッドを覗き込めば、そこには10歳くらいに成長した獣人がいた。体もさっきまでのオオカミじゃなくて、ちょっと人っぽくなってる。手足が伸びて、顔付きがシュッとした気がする。
…………変化しすぎじゃないですかね?
「ああ、でもよかった。治ってるね」
体のひび割れも、一つも残ってない。すよすよと気持ちよさそうに寝ているし、彼はもう大丈夫だ。
それでも不安だったから、もう一度手を握って、体の状態を確認する。……うん、嫌な感じはもうしない。問題なさそう。
「……奇跡だ」
ふと聞こえた言葉に顔を上げれば、フリードが信じられないものをみるような目で俺を見てた。奥ではライナーたちがうんうんと頷いてて、ファルコもちょっとドヤ顔をしてるように見える。
で、フリードと同じく、俺の神聖力を初めてちゃんと見るダニエルはというと。
「神子様、マジで神子様だったんですね」
「ダニエルは後で俺と話そうな」
「ごめんなさい!」
いや、悪気がないのはわかってるからいいんだけどね。前回のマルクスたちの反応からして、獣人たちから見れば信じられない出来事なのもわかってる。
でも驚くのは後にしてほしい。この部屋にはまだ他にも子供がいるんだ。すぐに他の子も治療しないと。
「よし、次の子」
そう言って立ち上がった俺の手を、フリードが急に引っ張った。
「わわ!?」
「妹を! シャーリーを助けてくれ!」
ああ、そうだった。その話から子供たちに繋がったんだった。
「どの」
「ボス!! 魔獣がまた!!」
どの子? と聞こうとしたたった三音が遮られる。血相を変えて入ってきた人たちに、フリードは盛大に舌打ちをした。
「どこだ?」
「東の方です。この間、突破されたとこにまた大量に!」
また舌打ちした。でも気持ちはわかる。オオカミたちにとっては、魔獣はもはや死活問題だろう。
「動ける奴を集めろ。すぐに」
「駄目だ」
だけど、これ以上怪我人を増やすわけにはいかないよ。
俺の否定を聞いて、フリードがものすごい顔で俺を睨んでくる。こ、怖いけど引かないぞ!
「何を言ってる!? 守りに行かなくてはここまで来るぞ!!」
「オオカミは駄目だ。これ以上怪我人が増えたら、俺でも治せなくなる」
だって俺の神聖力は有限なんだ。前回、マルクス一人を助けて限界を迎えたように、使い続ければすぐに限界が来るだろう。マルクスほど重傷の人がいないから、続けて何人も治せているだけだ。すでに満身創痍のオオカミたちが戦えば、悪化して帰ってくるのは目に見えてる。
だからといって、防衛しなくていい、なんて思ってない。ここまで攻め込まれたら、戦う以上の怪我人が出る。そんなことは俺も望んでない。
取るべき選択肢は一つだけ。
「マルクス、ちょっとしゃがんで」
頼めば何の疑いもなくしゃがんでくれる。視線が合う高さに来た顔を見るに、俺が何をするのか想像は付いてるみたいだ。
マルクスの両頬に手を添えて、少しだけ顔を上げさせる。マルクスは目を閉じたけど……俺もう、口移しじゃなくてもできるようになってるよ。
口付けたのは、マルクスの唇ではなく額だ。本当は触れてすぐに離れたいけど、そうも言っていられない。これは神聖力を分ける行為。目を閉じて、祈ることは一つだけ。
神様、マルクスにオオカミたちを守れるだけの力を。
マルクスに触れてる箇所が熱い。唇も、手のひらも。これは彼を守るためのもの。この熱さがきっと、マルクスを守ってくれるだろう。
とはいえあんまり多くの力を渡すと、今度は治療が出来なくなる。数秒で離れれば、目を開けたマルクスとぱちりと目が合った。で、ちょいと口を指差される。
「てっきりこっちに来るものかと」
「うるさいバカ。効果は同じなんだから、それで十分だろ?」
「ああ。我が神子の望み通りに」
口に出しては何も言ってないけど、やっぱり意図はちゃんと汲んでくれたみたい。これで魔獣はマルクスが倒してくれるだろう。
でも一人で行かせるのは不安だ。そう思って、今度はファルコに視線を向ける。
「ファルコもお願いしていい?」
「無論」
さっきマルクスにしたばかりだから、要領は彼もわかってる。すぐに俺と同じ高さまでしゃがんでくれたファルコに感謝して、俺はまた額に口付けた。
マルクスが「俺一人で十分だ!」なんて叫んでるけど、うるさい。戦場では何が起きるかわからないんだから、万全を期すに越したことはないだろ。
ファルコへの加護も上手くいった。すぐに離れれば、不思議そうな目で自分の手を見下ろしている。
「これが、加護」
「お守りよりは強いと思うけど、無敵ってわけじゃない。無理だと思ったらすぐに帰ってきてね」
「神子様の言葉通りに」
よし、ファルコがいれば、マルクスも無理はしないだろう。
もう一度二人を見れば、少しだけ光っているようにも見えた。実戦に使うのは初めてだけど、きっと二人を守ってくれるだろう。
「魔獣退治、お願いしていい?」
「先に聞くべき言葉だな、それは」
う。それはそう。でもマルクスもファルコも、嫌って顔してないじゃん。
俺を見て二人が笑う。だから俺も、二人を見て笑顔を浮かべた。
「いってらっしゃい。気を付けて」
「行ってまいります」
「いい子で待ってろよ」
ぽすぽすと二人の大きな手が俺を撫でてから、部屋を出て行った。その姿を見て、報告に来てくれたオオカミの人も慌てて後を追いかける。その背をいつまでも見送りたい気持ちもあるけど、俺は俺でできることを続けないと。
マルクスたちから視線を外してフリードたちを見れば、なんでか驚いた顔をしてる。なんで驚いてるのか気になるけど、今は治療が先だ。
「フリード、妹さんは?」
「あ……ああ、こっちだ」
はっと体を震わせたけど、すぐに本題を思い出したらしい。案内されたベッドにいたのは、俺と同じ年くらいの女の人だった。
「……子供?」
「お前も子供だろ」
……なるほど。みんなが子ども扱いをするの、こういうことなのか。
まぁいい。今はそれどころじゃない。見たところ、体が大きい分、さっきの子よりも症状は軽そうだ。肌は少しだけ黒いけど、ひび割れたりはしていない。これならすぐに治せそうだ。
さっきと同じように手を取って、少しずつ力を送る。……うん。やっぱり呪いの影響が少ないから、抵抗もない。軽症でよかった。
ほのかに光り始めれば、すぐに症状は落ち着いていった。
光が収まる頃には、すっかり呼吸も落ち着いた。肌も黒く染まってないし、彼女はこれで大丈夫だ。
俺はすぐ傍で見守っていたフリードに視線を移し、
「体力が戻れば目も覚めると思う。傍についててあげて」
「っ……感謝、するっ……!」
振り絞るような言葉に、今までどれだけ心を痛めてたのかがわかる。俺が場所を譲れば、すぐに妹さんの手を握りしめてた。
……うん。やっぱり家族っていいな。不思議と元の世界のことを思い出すことはあんまりなかったけど……父さんと母さん、元気にしてるだろうか。
「神子様?」
「……なんでもない。早く他の子も助けよう」
いけない。今は望郷に駆られてる暇なんてなかった。
ぐるりと室内を見渡せば、重傷の子はすぐにわかる。ああ、でも、だめだな。一番重いあの子を助けたら眠りにつきそう。申し訳ないけど、他の子を助けてからにしよう。どうせ力尽きて眠るなら、一人でも多く助けてからのほうがいい。
近くにいた子のベッドの傍に腰を下ろして、俺はまた同じことを繰り返した。




