25.オオカミの村
村に着く頃には、ダニエルも戻ってきた。絶対におかしい速さだ。もしかしたら、俺がいるから移動も手を抜いていたのかもしれない。本気出したらどうなるんだろう、とは思うけど、たぶんその速度で移動されても怖いから聞かないことにした。
ダニエルのお陰で、村の中の空気は外に比べればずっと呼吸がしやすかった。他のみんなもなんとなくわかるんだろう。
「神子様のお守りはこんな使い方もできるのか」
ファルコが感心したようにお守りを見ていたのが、俺にも印象的だった。
村に入る前からヒューイにはおろしてもらって、自分の足で歩いてる。俺を守るようにみんなが前後左右についてるけど、前を歩くのはここに詳しいダニエルだ。彼の陰に隠れながら、村の奥へと進んでいく。
村って言ってるけど、ほとんど人はいなかった。何人かのオオカミたちが遠巻きに俺たちを見ていたけど、全員どこかしらを怪我してる。しかも、たぶん大人の男の人ばっかりだ。村というからには、老若男女構わずいると思ってたんだけど、他の人はどうしたんだろう?
そう思っていたら、とある建物が目に入ってしまった。
「…………ダニエル。あの建物はなに?」
お守りのおかげで外に比べるとずっと空気はいいはずなのに、あそこだけ違う。すごく黒くて重い。外よりもずっとずっと淀んでいた。
近寄りたくないけど、無視しちゃいけない建物だ。
俺の言葉に、ダニエルは「はて?」と首を傾げた。
「あんな家あったっけ?」
「…………」
ああ……じゃあ、もしかして。
「神子様!?」
みんなの輪を抜け出して、建物へ向かって走る。みんなはすぐに追いかけてきてくれたけど、誰も俺を止めたりはしなかった。
近づけば近づくほど、体が重くなっていく。重い扉をマルクスに開けてもらえば、すぐ横から、
「うわ」
という声が上がった。わかるよ、ヒューイ。俺も同じ気持ちだ。
やっぱり思った通り。ここは怪我人や呪いにかかった人たちが集められてる療養施設だ。
いろんな人が雑魚寝している。ベッドなんて用意している余裕もないんだろう。怪我人が多いのは予想通り。だけど時々、体が黒い人がいる。それだけじゃない。前のマルクスほどじゃないにしても、黒いロープみたいなものが足や手に巻き付いてる人もいた。
思ってたよりも多いのか、少ないのか。いや、他にも同じような部屋があるとしたら、多いに決まっている。なんでこんなになるまで助けを求めなかったんだ。マルクスといい、オオカミたちといい、もう少し他人を頼ることを知ったほうがいい。
さて、どこから取りかかろうか、と思った時だった。
「……これが、神子様の見ている景色ですか?」
すぐ隣から思ってもなかった言葉が聞こえて、俺は弾かれるように振り返った。
「もしかして、今までと違うものが見えてる?」
「はい。あの者とあの者、見たことのないものが体を締め付けているように見えます」
おお! ちゃんと見えてるじゃん!
念のため他の人の反応もうかがうけど、みんな「何言ってんだ?」って顔してる。ってことは、ヒューイだけに見えてるのか。
急になんで、と思った時に、ふと思い出した。
「俺の力を分けたせいかもね」
ルディの家にお邪魔した時、ヒューイには神聖力を少しだけ分けたままだった。使えば減ると思うんだけど、戦いに出ないヒューイが神聖力を使う機会もなかったはずだ。そのせいだと思えば、おかしいことでもなかったな。
ヒューイも思い出したのだろう。ぱっと嬉しそうな顔をしたけど、同時に地を這うような声も聞こえてきた。
「おい、どういう意味だ」
こっわ! マルクス、人に見せていい顔をしてないよ!!
助けを求めてエルストを見たけど、ふいと視線を反らされてしまった。ホルストも同じような反応で、ライナーとアルヴェルはなんでか楽しそうな顔をしてる。こ、この、裏切り者!
ちなみにダニエルは首振り人形みたいに俺たちを順番に見ていて、ファルコに至っては何を考えてるのかわからない。だけど助け舟は期待できないのは確かだ。
どうしようと思った、その時だった。
「俺のナワバリに入っておきながら挨拶もしねぇとは、随分としつけがなってない奴らだな」
聞き慣れない声が聞こえて、俺は反射的にマルクスの後ろに隠れていた。
反対に、声の主に駆け寄っていったのはダニエルだ。
「フリード! 悪い、勝手に入った」
「お前はいい。ぞろぞろ引き連れてきた、そいつらに言ってる」
まぁ、俺たちのことだよね。みんなが俺を隠すように固まってくれたけど、悪いのは俺たちの方だ。
でもダニエルのこの反応、彼がきっとオオカミのボスなんだろう。
マルクスの横から顔だけ出せば、俺を見下ろす鋭い眼差しと目が合った。うっわぁ。
「銀狼だ……」
かっこいい、という言葉はなんとか飲み込んだ。軽率に呟いたら、マルクスやヒューイの反応が怖い。
ばっちりと目が合ったフリードと呼ばれた彼は、俺を見てあからさまに落胆した。
「……これが、神子なのか」
おっと、この反応はよろしくない。俺はどうでもいいけど、マルクスたちトラのみんなとヒューイの周りの温度が、少しだけ下がった感じがするよ。
でも俺は本当にどうでもいい。この人がボスかどうかも、今はどうでもいい。
今、大切なのはここにいる怪我人たちだ。
「お邪魔してます。ここにいる人たち、治していい?」
「治せるもんなら」
うーん、ここまで露骨に馬鹿にされると、いっそ清々しいな。マルクスたちの顔色が変わったのもわかったけど、許可をもらえたことには変わりない。
ここでの看病をやりやすくするためにも、実演は大事だ。まずは目の前の人を助けよう。
一番近くにいた人の傍に腰を下ろす。気を失ってるのに、痛みのせいかずっとうめき声をあげていた。体は黒く染まって呪われてるけど、魔獣化する兆しがないのは幸いだね。
ルディとも練習したし、これくらいなら手を握るだけで十分だろう。
「触るよ」
一応断ってから手を握る。……うん。大丈夫、出来る。
握った手のひらに集中しよう。願うのは、たった一つだけ。
この人の体から、一刻も早く悪いものを追い出せ!
温もりを感じると同時に、手のひらから徐々に光が溢れていくのが分かった。この光がこの人の中まで届けば、もう心配ない。
後はもう流れに身を任せるだけだ。そして、光がやむ頃には。黒く染まっていた体はおそらく元の肌色と毛並みに戻っていた。
うわ、ふわふわだ。マルクスが「怪我も治った」って言ってたけど、毛並みまで戻るのか。寝息も整ったし、この人はもう大丈夫だ。念のためにもう一回確認……うん。大丈夫そうだね。
「……何度見ても神々しい」
誰かの呟きが聞こえた気がしたけど、気にしている余裕はない。立ち上がって、次の人の元へと移動する。いや、正確には移動しようとしたんだけど。
急に誰かに、肩をぐいと引っ張られた。
「った!」
「お前! 本当に呪いを祓えるのか!?」
そこにいたのは、さっきまでの殺伐とした銀狼じゃない。
混乱と希望に揺れ動く瞳だった。
握られた肩が痛い。でも、それだけ必死ってことだ。これは、もしかして。
「助けたい人がいるの?」
聞けば、フリードが息を飲む。と同時に、俺と視線を合わせるように膝を折った。
「俺の妹を、どうか」
妹さん! それは必死にもなるよな!
反射的にダニエルを見たけど、必死に頷いてる。ってことは、彼も知ってる人なのか。だとすれば、助けたいに決まってる。
だけど。ここにいる人たちを見捨てることは、俺には出来ない。
「連れてきて。俺はここで治療してるか」
言葉は最後まで言えなかった。次に治療しようとした人が、起き上がって俺の手を掴んだからだ。
「「神子様!!」」
「平気。そこにいて」
ボロボロな人だ。手当もろくにされてないから、怪我した場所は血が固まって、ふかふかだっただろう毛並みは今は見る影もない。服まで血だらけなせいで、近付くだけでも血の匂いがすごかった。
そんな人が、俺になにかを必死に訴えようとしているんだ。無視なんてできなかった。
反射的に武器を構えたエルストたちには我慢してもらって、俺は掴まれた手をもう片方の手で握る。
「なぁに? ゆっくり話して」
「み、さま、どうか、おれ、よ、こ……もたち、を」
「子供? 子供まで戦ってるのか!?」
途切れ途切れだったけど、言いたいことは十分に伝わった。まさかの発言にフリードを見れば、
「ここの一部屋に。俺の妹もまだ子供なんだ」
と切羽詰まった声で言われて、思わず舌打ちが漏れてしまった。
怪我人に優劣なんて付けたくない。付けたくないけど。
怪我した本人が望むなら、そうするしかないだろう。
「わかった。あとでまた来るから、寝て待ってて」
少しだけ神聖力を流せば、彼は安心したように笑って目を閉じた。大丈夫、まだ息はある。彼はきっと助かるはずだ。
だけどここには、後回しにすれば助からないかもしれない人がいる。
俺は立ち上がって、まっすぐにフリードを見た。
「選んで。子供を助けてる間に、間に合わなくなる人もここにはいる。それでも子供が優先?」
「子は宝だ。どうか子供たちを」
この世界でもその認識なのか。ぐるりと部屋にいる人たちを見渡せば、みんなが強い目で俺を見てる。
……うん。全員の総意なら、迷う理由はない。
「エルスト、重傷の人にはお守りを渡して。気休め程度にはなると思う」
たぶん本当に気休めだ。強く呪われた人には、ほんの少し痛みが減る程度。それでも、何もしないでいるよりはマシだと思いたい。
「ヒューイは治せそうな人は治してあげて」
呪われてない人は、ヒューイの魔法で治せるはず。頼めば、ヒューイは二つ返事で頷いてくれた。
あと、ヒューイにはもう一つお願いしないと。くいっと服を引っ張れば、何のためらいもなく体を倒してくれる。
「黒いものが体に巻き付いてる人は、たぶん魔獣化する。他の人とは部屋を分けた方がいい」
彼にだけ聞こえるように耳打ちすれば、少しだけ驚いた顔をした後に、
「殺しましょうか?」
なんて言ってくるんだから、血の気が多いのもいい加減にしてほしい。
「絶対に助ける。部屋を分けるだけでお願い」
たぶん、あの人たちが近くにいると、他の人の呪いも悪化する。呪いの元凶が近くにいるようなものだもんな。当たり前と言えば当たり前だ。
不満そうなヒューイには再度「お願い」と口にすれば、しぶしぶとだけど頷いてくれた。よし、これできっと大丈夫。
俺は再びフリードに向かい合い、
「案内して」
とお願いすれば、フリードが建物の奥へと進んでいく。
ヒューイとエルスト、それにホルストも手伝いに残して、俺たちも後を追いかけた。




