24.ナワバリへの道中
ダニエルの話をマルクスやヒューイにした時、それはそれは猛反対された。
「お前が行く必要はない!!」
「そうですよ!! 神子様はオオカミの獰猛性を知らないんです!!」
それ以外にもなんかいろいろ言ってた気がするけど、正直、全然覚えてない。
だって命がかかってるんだ。助けを待ってる人がいるんだ。それ以上に大切なことなんてないだろ。
だから言ってやった。
「俺がやりたいことやっていい、って言った」
この言葉の効果はてきめんで、二人は見事に黙り込んでしまった。俺だってこんな言い方嫌だけど、今は仕方ないということで。だってこうでも言わないと、絶対に許してくれないでしょ。
とはいえ、メンバーは二人が安心する人じゃないと駄目、ということで、本人たちがついてくることになった。なんとなく予想してたから、これはいい。
ただ、ファルコもついてくることになったのは意外だった。
「戦力は多い方がいいでしょう」
そんなこと言われたら、ちょっと不安になるよね。トラにクマが揃って似たようなこと言うんだよ。どれだけ物騒なんだ、オオカミのナワバリ。
そして。
翌日には、俺たちはオオカミのナワバリに向かって出発した。
当然ながら、オオカミのナワバリまではワープを使うことになる。何せ王都からは遠く離れているので、ワープを使わずに行くとそれだけで数週間とかかかるらしい。なのでワープだけはルディが一緒に来てくれることになった。
ゾウのナワバリから帰ってくる時もだったけど、ルディが一緒だと俺に流れる魔力をいい感じに分散してくれるらしい。ワープ中の不快感は消えなかったけど、それでも移動後の気持ち悪さがないだけでも嬉しかった。
「魔力操作ばかりは、俺もまだルディには及ばないので……」
とはヒューイの談。そこですかさず、
「年の功ってやつだよな」
って言えるダニエルは強いと思う。ルディがおおらかな性格でよかったね。これがマルクスだったら、喧嘩になってるよ。
ルディだから特別咎めることもなく、俺の前で優雅に一礼する。
「では、お帰りをお待ちしております」
「うん。ありがとう、ルディ」
送ってくれたルディとは、魔法陣のところでお別れだ。彼が帰るのを見送ってから、俺たちは移動を開始した。
オオカミのナワバリは、魔法陣からもかなり距離が離れているらしい。とはいえ今回は馬車なんて悠長なことを言っていられないので、ヒューイに抱っこして運ばれることになった。
――空を飛んで。
「ひぇ……」
なんて高さを平然と飛んでいくんだよ! 下は絶対に見れないし、必死にヒューイにしがみつくことしかできない。
ヒューイもヒューイで俺を落とさないように、俺を抱く腕には常にしっかりと力が入ってるし、
「神子様を落とすわけないじゃないですか」
って言ってくれるけど、だからと言って恐怖が消えるわけじゃないんだよ!! 普通の人間は空飛んだ経験なんてないんだって!!
ヒューイの機嫌がいいのもまた気に入らない。理由はなんとなく見当がつくけど、だからといって人が怯えてるって言うのに! この!! 意地悪!!
ヒューイもヒューイなんだけど、飛んでるヒューイに走ってついてくるマルクスたちもなんなんだろうね。あっちは森の中を走ってるから、木とか岩とか邪魔になるものはいっぱいある。それなのに、何もない空を飛んでるヒューイと同じ速度で走ってるんだよ。獣人ってほんとわけわかんない。
おかげでオオカミのナワバリまではあっという間にたどり着いたけどね!!
馬車だったら数日かかると思うんだけど、1日かからず辿り着いた。獣人ってホント意味がわからない。
とはいえ、辿り着いた最初の村は、すでに廃村になっていた。
「間に合わなかったのか……?」
ヒューイに下ろしてもらっても、やっぱり人のいる気配はない。俺としては愕然としてしまったけど、みんなは平然としてた。
みんなにしかわからない何かでもあるんだろうか? どっちにしても俺にはわからないんだから、実際に見てみるしかないだろう。
びくびくしながら、全員で村の中を見て回る。マルクスの背中に隠れながら進んだのは、俺が小心者だからじゃない。決して。
「怖いなら抱き上げてやろうか?」
「そういうのいいから」
マルクスは面白くなさそうな顔をしたけど、俺としては心からの拒否だ。まずはしっかり安全確認しながら進んでほしい。俺を抱いてたせいで初動が遅れた、とか絶対にごめんだからな!!
ちなみに、他のみんなも俺を囲むように陣取ってる。左右にはトラのみんなとヒューイがいるし、後ろはファルコとダニエルがいる。空とか地中から襲われない限り、俺は安全なんだろう。
歩いても歩いても、人がいる気配はない。けど、何かに襲われた気配もない。建物が壊れてたり、血が飛び散ってたり、予想していたそういうグロい光景は一切なかった。
村を一周して元の場所に戻ったところで、俺はかすかな希望を口にした。
「もしかして、どこかに避難したのかな?」
「オオカミのボスの群れはもっと奥に住んでます。そこにいるのかもしれないっす」
ほ? ボスの群れとな?
ダニエルの言葉に目を丸くしてたら、ヒューイがちゃんと説明してくれた。
「同じ部族は近くのエリアをナワバリとしますが、群れは分かれているんです」
「トラもですよ。俺たちはボスのいるチィーガルの群れですけど、トラの群れは他にもいます。群れごとにボスはいて、ナワバリも村もそれぞれです。ボスの中でも一番強い人が『トラのボス』として、全部のナワバリを仕切るんですよ」
「へー!」
つまり、王都にいる「ボス」たちは、複数いる群れのボスさえまとめるボスってことか。トラにワシ、クマ、そしてジャッカル。4部族のボスが集まってるこのパーティー、俺が思っている以上にすごくて強い顔ぶれなのかもしれない。戦ってる姿なんて見たことないから実感ないけど。
でも、みんなが避難してる可能性が高いのは、俺にとってはいいことだ。とりあえずこの村には長居する必要はない、ってことで、俺は再びヒューイに抱っこされて運ばれることになった。
空から見てると、遠くに村っぽいというか、人工物っぽい建物が見えることがある。あれが他の群れの村なのかな。ダニエルが立ち止まらないから、基本的には全部素通りしてるけど。多分人がいないんだろうけど、俺としてはちょっと不安だ。
だからこそ、ヒューイの服を少しだけ引っ張って、聞いてみた。
「あれも村じゃないの?」
「獣人の匂いはしないので、大丈夫ですよ」
この距離で匂いがわかるの? 獣人怖すぎ。
とりあえず大丈夫なら、先を急ぎたいのは俺も同じだ。運ばれるままに移動して……
やがて、進行方向に新しい村が見えてきた途端、俺は思わず叫んでいた。
「ヒューイ!! ストップ!!」
大きな声を出したから、下にいるマルクスたちにも聞こえたみたいだ。みんなが立ち止まって俺を見る中、俺を抱いているヒューイは俺の異変に気が付いてくれた。
「神子様、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……」
口ではそう言ったけど、体が勝手に震えて止まらない。そんな俺を見て、ヒューイはすぐに地面に降りてくれた。うう、地面は有難いけど、空気が悪すぎる。この感じ、嫌ってほど知ってる。呪いがすごく身近な場所にあるんだ。
この場にいるだけでも俺は長く持たない。俺がこうなんだ。怪我してる獣人たちはもっと持たないだろう。
まずはこの空気をどうにかしないと。
「エルスト、お守りちょうだい」
事態が事態だから、量産していたお守りは持てるだけ持ってきた。ヒューイがくれた収納スキル付きの鞄に入れてきたんだけど、なんでか俺に持たせてはくれなかったんだよね。彼女の鞄を持つ彼氏か? って思うけど、言っても通じないのはわかってるから、黙って預けることにした。
そんな理由でエルストに全部預けてたんだけど、俺が頼めばすぐに鞄を開けて差し出してくれた。
「ダニエル、人の住んでる範囲はどれくらい?」
「王城くらいっす。庭も含めた敷地全部」
庭かぁ……俺、行ったことないから、わからないや。とりあえず窓から見える広さを想定するなら、10個もあれば足りるだろう。……いや、念のためもうちょっと増やそう。
もらったお守りをぎゅっと握りしめて、いつものように願いをかけた。
お願いだ。ここは空気が淀んでる。ちゃんと呼吸ができるように、空気を清浄にして!
俺の願いを叶えるように、お守りが光り始める。初めて見るダニエルはこれ以上ないというほど目を見開いていたけど、俺にとっては見慣れた光景。光が収まるのを見守ってから、お守りをダニエルの前に差し出した。
「これを村を囲むように埋められる?」
「埋めていいんすか?」
「いい。雨風で流れないように気をつけて」
「了解っす!」
オオカミのナワバリの中で、どこからどこまでが住居なのか、なんて俺にはわからない。柵とかあるかもしれないけど、親交のあるダニエルに頼むほうが確実だろう。
お守りを持ったダニエルが走り去っていくのを見て、俺は残ったみんなを見る。
「みんなもお守りは肌身離さず持ってて」
これだけ空気が悪いんだ。呼吸してるだけで呪われそう。
俺の言葉に、みんなが胸元を握りしめたり、ポケットに手を入れたりしてる。よし。持ってるならそれでいい。
あとはダニエルが早くお守りを埋めてくれるといいんだけど。そんで、俺も早く村の中に入りたい。
「オオカミのいるところまで、早く行こう」
ヒューイの服を掴んでお願いすれば、笑顔で頷いてすぐに抱え上げられた。ヒューイの翼が大きく羽ばたくだけで空に浮くんだから、本当にすごいよね。何度見ても不思議な姿だと思うけど、地上からはいろいろな声が聞こえてきた。
「そろそろ鳥野郎は疲れたんじゃないですかねぇー!?」
「神子様独り占めしやがって!!」
「神子様ー! 俺たちもいつでも抱っこできますからねー!」
……うん、元気そうで何よりだ。俺には構わず、そのまま走っててほしい。
いや、だって彼ら、森の中を疾走してるんだよ。場所によっては木々を飛び移ったり、川を飛び越えたり。自分の足で走ってるんだ。まぁつまりは……揺れるよね、絶対に。
その点、空を飛んでるヒューイの飛行は安定していて、ほとんど揺れない。高所という恐怖はあるけど、下さえ見なければいいんだから。
俺が何も言わないから、ヒューイも機嫌よく俺を抱いたままだ。マルクスがめちゃくちゃ睨んでる気もするけど……
下を見ない俺は、気付かなかったことにした。




