21.得たもの
フィアットと沢山戯れた翌日。ルディの家でのんびりと神聖力の練習に励んでいたら、一羽の鳥が迷い込んできた。
「う、っわ!?」
ちょっと怯えた声が出たのは、鳥のサイズが猛禽類のサイズだったからだ。でかい。これがツバメとかハトとかのサイズなら、俺だって怯えないさ。
ってか、猛禽類が迷い込んでくる家って何!? 普通、こういう鳥こそ警戒して近付いてこないものでしょ!?
思わず近くにいたルディを盾にしちゃった。けど、ルディは嫌な顔もせずに、大きな手で俺の頭を撫でていく。
「大丈夫です。あれは獣人なので」
「へ?」
「ムート!! 神子様の前で無礼だろう!!」
俺が驚いてる間に、ヒューイの魔法が鳥に向かう。鳥はふわりと羽を羽ばたかせて躱したけど、すぐにその姿がぐにゃりと歪んだ。
わ、わ!? なに!? これも魔法なのかな。鳥がいたあたりの空間が白く染まって、不思議な現象に目が離せなくなる。
そしてその白い空間が元に戻る頃には、初めて見る人がそこにいた。
「失礼、ルディさんの家は久々だったもんで。ボスってば、そんなに怒らないでくださいよ」
……すごい。本当に人になった。この人はヒューイと違って、手が翼そのまんまだ。鳥の獣人には、こういう人もいるのか。
ヒューイをボスと呼ぶってことは、この人もワシなのかな。何の魔法だろう、と思ってたら、ヒューイがムートと呼ばれた人の頭を掴んで、ガンと床に叩きつけた。
……え!? 叩きつけた!?
「っだ!?」
「驚かせてすみません、神子様。この通り反省させますので」
「それはいいから手は放してあげな!?」
痛そう! すごく痛そうな音がした!! 呻いてたし、絶対に痛かったでしょ!?
俺の言葉に、ヒューイが渋々と手を放してる。いや、なんで渋々。やっぱり血の気が多いだろ、ヒューイ。俺も気を付けよう。
ムートと呼ばれた人は、打ち付けたらしい額を自分で何度も撫でつけてる。うわ、赤くなってる。ちょっと血も出てるみたいだけど、ヒューイは治してあげるつもりはないらしい。ふん、と鼻を鳴らして、腕を組んでしまった。
なのに特別気にすることなく、ムートはヒューイに向かい合う。
「それよりボス、神子様も。そろそろ戻ってきません? トラの奴らが我慢の限界で、乗り込みかねない勢いなんですけど」
その言葉を聞いて、ヒューイは露骨に嫌そうな顔をした。ルディは額を押さえたけど、俺としてはまた驚きだ。
「トラって、マルクスたち?」
「はい」
そういえば、マルクスも「トラはついて行けない」みたいなこと言ってたっけ。何かあるのかな? もしかして、神殿を壊した猛獣ってトラなのか?
疑問は顔に出たらしい。答えてくれたのはルディだった。
「昔、神殿はもっと大きかったのです。トラやクマ、オオカミなど、いくつかの部族の争いに巻き込まれて壊されなければ」
「わぁ……」
つまりは出禁ってことね。しかもトラ以外もなのか。肉食獣はこれだから。
……ん? ってことは、もしかしてその壊れた場所に、俺が欲しい情報があった可能性もあるのでは? これだから肉食獣は!!
濡れ衣かもしれないけど、近づけちゃいけないのは理解した。マルクスなら、確かに猪突猛進で突っ込んできかねない。トラなのにね。
「そろそろ帰ろうか」
俺の言葉に、ムートの表情がぱっと輝く。対照的に、嫌そうな顔をしたのはヒューイだ。
「もっといてもいいのでは?」
「え」
まさかヒューイからそんな言葉が出るとは思いませんでした! みたいな顔をしたのはムートだ。俺もここに来る前なら、たぶん同じ反応をしただろう。
でもこいつ、本音をぶちまけてから、俺に対する遠慮がなくなった気がするんだよね。神殿で気を失って、起きたら目の前で美形が寝てた俺の気持ちわかる? 思わず叫んだわ。本人は何も悪いことはしてません、って顔をしてたけどさ。
二日連続で一緒に寝て以来、なんでか毎晩俺の部屋に来ては一緒に寝てる。本当に寝るだけなんだけど、本人がめちゃくちゃ嬉しそうだから、俺は文句を飲み込むしかなかった。
だって、ほら。拒否してまた暴走されても困るからね……寝るだけならいいかと、妥協したんです。ええ。一応、言い出したのは俺だしね……
もちろん夜だけじゃなくて、昼も常に一緒にいる。一緒にご飯を食べるし、一緒に神殿に行くし、一緒にルディの神聖力訓練を見てくれる。もう本当に、24時間一緒なんだよ。今までにないくらいにさ。
俺を好きだというヒューイには、城だとやりたくてもできない日々だったことだろう。
あ。なんか急にめちゃくちゃ帰りたくなってきたぞ。
「よし、帰ろう。ルディはどうする? フィオットもいるし、ここに残る?」
「いえ、私も行きます。神子様一人に、重荷を背負わせはしません」
おう? なんか、すごくかっこよくて不穏なことを言わなかった?
俺にだって学習能力がある。マルクスたちの忠誠をはじめ、ヒューイの本音も聞いた今、身構えるのは当たり前だと思うんだけど。
ルディはやっぱりルディだった。
「神子様は気分を害されるかもしれませんが……恐れ多くも、孫のように思っておりました。だからこそ、私の家族に会ってほしかったのです」
あ、昨日のアレ、そういうことだったんだ? ただの孫自慢かと思ってた。フィオットは可愛かったし、どんどん自慢してもらってもいいんだけど、まさかの本音だ。
だけど、俺の前に膝を折って俺を見るその瞳は。ただただずっと、優しいんだ。
「どうか私に、小さくか弱い貴方を守る役目をお与えください」
…………はわ。
ルディは他の獣人たちとは違う感じがしていた。今まで話すこともほとんどなかったし、堂々とした佇まいに近寄りがたいとさえ思っていた。
だけど、この数日でちゃんとわかったよ。ルディは正しく、俺との距離を保っていてくれただけだって。
だってマルクスは、無自覚に執着してた、って言ってた。ヒューイも、俺にはちょっと理解が難しい感情を抱えてたことを今なら知ってる。この二人と同じ目をしてる人は、たぶんちょっとアレだ。
もちろん、エルストたちの気軽な感じとも、シロの全身で好きだと伝えてくれる感じとも違う。
他の人たちとの距離まで含めて、一歩引いたところから見守ってくれていただけなんだ。
「お、おじいちゃん……!!」
思わず口をついて出た言葉に、ルディは驚いた顔をする。だけどすぐに、ここ数日で見慣れた微笑ましそうな笑顔を浮かべてくれた。
「少しばかり面映ゆいですね」
大きな手が、ゆっくりと俺の頭を撫でていく。なんだか俺の方まで照れ臭くなってきた!!
ルディの見た目は、決しておじいちゃんじゃない。むしろ、職場の上司として普通にあり得る年齢だと思うんだけど。
だけど「おじいちゃん」という響きが、すごくしっくり来てしまった。
「呼んでいいの?」
「どうぞお好きに」
いいんだ!? 本当に孫に甘いおじいちゃんみたいだな!?
とはいえ俺は大人なので、ちゃんと空気は読める。孫にデレっとしてるルディは、たぶんあんまり表に出しちゃいけないやつだ。ルディの威厳を壊しかねない。だめだめ。
「たまに呼ばせて」
だからこそ追加した言葉に、ルディは笑って頷いてくれた。
ルディとの嬉しいやり取りを終えて前を見た俺は、なんでか愕然とした顔のヒューイと目が合ってしまった。
「ヒューイ?」
なんでそんな顔をしてんだろ? と思ったら。
「まさかルディまで神子様の初めてを……!!」
なんて訳の分からないことを言いだした。初めてってなんだ、初めてって。ルディを見上げたらルディも「何言ってんだこいつ?」みたいな顔をしてたから、俺が分からないのも当たり前ということにした。
さて。よくわからないヒューイは置いておこう。俺はまた立ち上がったルディを見上げる。
「帰るのに準備いる?」
「明日には帰れるよう、馬車を用意します」
あ、そうか。また馬車か。荷物は何もないけど、それは準備がいるね。
俺たちの会話を聞いて、ムートの表情がぱっと輝く。そして、
「明日ですね!? じゃあ俺は先に帰って、そう伝えます!!」
って、また鳥に変わったと思ったら、窓から出て行ってしまった。
おわー……すごいな。
「あれも魔法?」
「いえ、スキルです。ムートは変化のスキル持ちで、ああやって本来の姿とワシに姿を変えられます」
へー! スキルってすごいな。そういうことができるのか。他にはどんなスキルがあるのか、帰ったらシロに聞いてみよう。
「馬の様子を見に行きますが、神子様も来ますか?」
「行く!!」
そういえば、連れてきてもらったのにあれ以来見てない。折角だから会いに行こう!
元気よく手を上げたら、ルディが微笑ましそうに笑って俺の頭を撫で始める。でもこれは孫に対する愛情だと思えば、俺も素直に受け止められた。
得たものも、知りえなかったこともあったけど。ルディと仲良くなれたのは、すごくいい成果だったな!




