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20.獣人の赤ちゃん





 あれから数日が経った。けど、俺は変わらずルディの家で過ごしてる。


 石板の整理は終わったけど、新しい情報は全然ない。それはもう悲しいほどに。ところどころ新しい単語はあったけど、文章じゃないから何もわからなかった。劣化って嫌だね。

 それでも後から気付くことがあるかもしれないと、ルディの許可をもらってヒューイの収納スキルで持ち出させてもらった。



「神子様のお役に立てるのが一番ですから」



 だって。ルディも俺に甘いね。


 石板はいったんおいて、神聖力を使う練習は始めた。初日こそ申し訳ない結果になったけど、ルディはすぐに方法を変えていろいろと試してくれた。中でも風の流れを見る、っていうのは俺に合ってたみたい。

 風の吹く丘に寝転がって、風に溶けるように意識を集中させる、って方法なんだけど、思いのほか気持ちよくて。そよそよと吹く風を感じていたら気付いたら光ってた、なんてことを繰り返してる。



「神子様の傍には風の魔法が得意な者がいますから、流れを感じやすいのかもしれませんね」



 とはルディの談。なるほど、シロのおかげで慣れてるのか。そう考えたら、シロに会いたくなってきた。


 そろそろ帰ったほうがいいかも、と思い始めた頃。



「神子様、会わせたい人がいるのですが」



 突然ルディに言われて、俺は目を丸くした。急に改まって何かと思えば、そんなことか。断る理由もないので頷けば、あからさまにほっとした顔をされた。いや、俺どう思われてるんだ。普段は引き籠ってるけど、別に人見知りとかじゃないからね。たぶん。


 会わせたい人は明日来る、っていうから、俺としてはどんな人が来るのかと思ってたんだけど。



「はじめまして、神子様」



 そう挨拶してくれたのは、この世界に来て初めて会う女性だった。まさかこんなところで会えるとは思わなくて、めちゃくちゃに驚いた。

 綺麗な人だな。ルディの群れの人だからか、ルディに似てる気もする。ルディ同様に耳と尻尾がゾウっぽいけど、他はちゃんと人間だ。まぁ、俺よりもずっとずっと背は高いけどね。


 でもね、それだけじゃなくてさ。



「う、っわぁ」



 彼女は小さな小さな命を抱いていたんだ。俺は初めて会う女性じゃなくて、小さな赤ちゃんに釘付けだった。



「獣人の赤ちゃん?」



「はい。私の孫になります」



「ルディの孫!?」



 とんでもない言葉が飛び出したな!? びっくりした!! ルディの孫!?

 ん? ってことはだよ?



「もしかして、ルディの娘さん?」



 そうだよね? そういうことだよね?

 たぶんそういうことだと思うけど恐る恐る聞いたら、目の前の女性はにっこりと笑ってくれた。



「はい。ティナと申します。父がお世話になってます」



 うわぁああ! そうなんだ!! そうだったんだ!! ルディ、既婚者だったんだ!! 初耳だ!!

 ってことは奥さんもいるってことだよね。いや、でもルディの家にいるのに会ったことない、っておかしくない? これは聞いていいことなのかな?


 わからなくてそわそわしてたら、察したルディが教えてくれた。



「私の番は旅に出るのが好きでして、今は群れにいません。いればご挨拶させたのですが」



「へぇ! 活発な人なんだね!」



「それはもう」



 はは、口調は呆れてるのに、表情は全然違うじゃん。これはベタ惚れと見た。いいことだね!


 ルディの相手も気になるけど、目の前にいる赤ちゃんも気になる。獣人の赤ちゃんってどんなのだろう、と思ってたけど、獣度が高いんだね。服は着てるけど、俺にはちょっと大きいぬいぐるみサイズのゾウにしか見えない。

 獣人たちが大きいから赤ちゃんも大きいと思ってたけど、想像よりはずっと小さかった。



「可愛いなぁ。触ってもいい?」



「ええ、もちろん」



 ダメ元で聞いてみたら、笑顔で了承された。やったね!


 指を差し出して、ちょっとだけ腕に触れてみる。人間の肌と違って、ちょっと硬い。ゾウの肌ってこんな手触りなんだ。いや、俺の想像するゾウとは違うかもしれないけど、正解なんてわからないからどっちでもいい。

 今度は頭に触れてみる。よしよしと撫でれば、くすぐったいのか身じろぎされた。ゾウらしく長く伸びた鼻が、くるりと円を描くように動いて落ちる。ゾウの足は指がないから、代わりに鼻で遊んでくれてるみたいだ。


 かぁーわいいー!


 デレデレと戯れていたら、ヒューイが意外そうに聞いてきた。



「神子様は子供がお好きなのですか?」



「どうだろ? 元の世界では関わることさえなかったけど、この子は可愛いと思うよ」



 ルディの孫だから、ってわけじゃない。動物の赤ちゃんって、どんな子でも可愛いじゃん。獣人の赤ちゃんがみんなこうなら、誰の赤ちゃんでも可愛いと思っただろうな。

 鼻が俺の手にくるりと巻き付いた。人間の赤ちゃんが指をぎゅっとする映像は見たことあるけど、ゾウも似たようなものなのかな。何をされても可愛いや。


 にこにこと遊んでたら、ティナさんが嬉しい提案をしてくれた。



「良ければ抱っこしますか?」



「え、いいの?」



「はい。神子様が良ければ是非」



 したい! したいけど、落としたら怖い。人間の赤ちゃんだって抱っこしたことないんだよ!? 人間の赤ちゃんよりも大きいし、怖いじゃん!!

 流石にそのままは怖いから、椅子に座ってからにさせてもらった。膝の上に手を置いて、その上に赤ちゃんを乗せてもらう。見た目以上にずしっと来たから、この体勢で正解だった。



「……暖かい」



 生きてるんだから、当たり前といえば当たり前なんだけど。でも、この重みと温かさが、この子が生きてる証なんだよね。

 そう思ったら、とんでもなく尊いことに思えてきた。



「この子の名前は何?」



「フィオットです」



 フィオット。いい名前だ。

 両手が塞がってる代わりに、軽く額を付き合わせる。そして心からの言葉を口にした。



「きっと元気に逞しく成長するよ。優しい子に育ってね、フィオット」



 合わせた額がほのかに熱くなる。フィオットは頷くように、ぷぉと小さく鳴いて笑ってくれた。

 はは。かーわいい。



「……神子様」



 ヒューイの冷たい声が聞こえてきたけど、俺は何も聞こえない。何せフィオットと遊ぶのに忙しいのでね!!



「もしかして、神子様の加護をいただけてしまったのかしら?」



 ……………………あ。やっば。それでヒューイが反応してるのか。


 ティナさんの言葉に一瞬慌てたけど、でも俺は悪くない。小さな子供の健やかな成長を願うのは、誰だってあることだろう。ね?

 それにこの子は戦いに出るわけじゃない。たぶん、病気にかかりにくくなったくらいだと思う。前のマルクスほどの効果はでないだろうから、大丈夫だ。

 でもルディは申し訳なさそうな顔をする。



「そんなつもりで会わせたわけではなかったのですが……」



「特別な効果はないよ。でも他の人には内緒にしてほしいかな」



 きっとどんな赤ちゃんでも可愛いんだろうけど、加護目当ての親たちに囲まれても困るしね。

 きゃっきゃと笑うフィオットを見てたら、俺も自然と頬が緩む。ヒューイはまだ何か言いたそうな顔をしてたけど、そんなことよりも気になることが俺にはある。



「なぁ、ルディ」



「はい?」



「ルディって何歳?」



 俺の質問に、ルディが意外そうな顔をする。でも俺にとってはすごくすごく気になることだった。

 だってルディ、全然おじいちゃんに見えない。まだまだ若そうだ。30代……いや、40代にも見えなくもないけど、どっちにしても孫がいる年には見えないよ。

 じーっと見つめたら、ルディはすぐに教えてくれた。



「正確には覚えていませんが……200は超えているかと」



「にぎゃく!?」



 びっくりしすぎて噛んだ。恥ずかしい。

 え、だって。二百って。にひゃく!?


 反射的にヒューイを振り返れば、ヒューイもびっくりすることを口にする。



「俺も80は超えてますよ」



「!?」



 な、なんだって!?


 待ってくれ。獣人たちって、もしかしてもしかしなくても、めちゃくちゃ長生きなのか!?

 弾かれるように視線を落とせば、赤ちゃんがきゃっきゃと笑ってる。も、もしかしてこの子も……



「フィオットは生まれてまだ1年も経っておりません」



「よかったああああああ!!」



 赤ちゃんだ!! 間違いなく赤ちゃんだった!! これで俺と同じ歳だったらどうしようかと思った!!

 思わず頬擦りすれば、フィオットはくすぐったそうに鼻を動かした。可愛い。よかった。可愛い。


 俺の反応を見て、ヒューイとルディが視線を合わせてる。

 で、当然の質問を口にした。



「神子様は何歳なんですか?」



「23」



「「「23!?!?」」」



 ティナも合わせて、3人の声が見事に重なった。まぁ、予想できた反応だ。

 そう、驚くところまでは予想通りだったんだけど。なんでかヒューイが愕然とした目で、俺を見てる。



「大人だとおっしゃってませんでした!?」



「大人だよ。俺の国じゃ、18歳で大人の仲間入りだ」



「「「18!?!?」」」



 またハモった。仲良しだね。

 でもこれだけ驚くってことは、やっぱり寿命に差があるってことだよな。そうじゃなきゃ、成人年齢なんて大して変わらないだろう。

 そう思った通り、ヒューイの質問がまだ続く。



「では、神子様はそれ以上成長はしないのですか?」



「しないですね。大人なんで」



 俺にとっては獣人たちが大きいんだけど、獣人たちにとっては俺が小さいんだろうな。でも俺は一般的な日本人のサイズなので、本当にこれ以上は大きくならないです。



「獣人は何歳で大人なの?」



「大体30~50歳でしょうか。我々には何度か成長期があり、その度に姿が変わります。姿が変わらなくなれば大人と認められるので、個人差があるんですよ」



 へぇー、なるほど。姿が変わる、ってことは、この子もそのうちルディみたいに人っぽくなるのかな。獣人だからそりゃなるか。どんな子になるか、全然想像がつかないや。

 うりうりと額を押し付けて横に振れば、きゃっきゃと笑われる。あー、可愛い。この世界にきて初めて会う、俺より小さな命だからかな。本当に可愛いや。



「あ、あの、神子様。神子様の世界では、200まで生きるのは珍しいのですか?」



「珍しいというか、いないね。100歳まで生きたら超長生きだよ」



「そんな……」



 ヒューイの顔色が悪いけど、こればかりはどうしようもない。ルディは全然若く見えるから、獣人たちは俺の倍どころか5~6倍は長生きしそうだもんな。もう俺には理解できない世界だ。

 顔を上げれば、ヒューイだけじゃなくてルディも不思議な顔をしてた。もしかして、ルディも気にしてくれたのかな。二人とも優しいね。



「君は焦らず大きくなるんだよ」



 俺はその姿を見れないかもしれないけど。そもそもこの世界の人間じゃない俺は、いつまでここにいられるかもわからないんだから、大きな問題じゃない。

 何も知らないフィオットが無邪気に笑う。フィオットだけが、笑顔で俺の言葉に頷いてくれた。



「ぷぇ」



「はは、いい返事」



 うん、可愛い。いい子だね。

 フィオットと戯れる俺を、ヒューイたちがどんな顔で見ているのか。俺はもう、確認する気にもならなかった。







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