19.神殿の再捜索
聞いてください。朝起きて、とびっきりの美形が目の前にいて、
「おはようございます」
って眩しいほどの笑顔で言われた俺の心境、わかりますか? 叫ばなかった俺を誰か褒めてほしい。
そうだ、ヒューイと一緒に寝たんだった……
「おはよ……」
朝なのに疲れた。ぐっすり寝たはずなのにな。
気を取り直して身支度を整えて、食事を食べてから再び神殿に向かった。昨日は途中で捜索をやめた最後の部屋で、更なる情報探しだ。
ここで、大活躍してくれたのがルディだった。
「ほわぁ……」
空を舞う木片と化した元本棚と埃たち。土埃みたいなのも舞ってるけど、魔法で一塊にされてるみたいで、空気は全然悪くならない。で、この神殿は天井がないから、がら空きの上から神殿の外へと運び出して行くんだよ。
魔法ってすごい。引っ越しも業者いらずじゃん。間抜け面晒して、ずっと見ちゃったよ。
ルディが大物を片付けて、ヒューイが石板の汚れを綺麗にしてくれる。それが一段落してから、俺は石板を拾い集めて、書かれた内容の整理をしていた。
床に散乱してるから仕方ないんだけど、前後関係がバラバラなんだよね。せめてタイトルがあればいいんだけど、石板だからそんなこともない。その上割れて一部読めないものも多いから、本当にカオスだ。
でも、こういう整理は嫌いじゃない。パズルみたいで、俺には面白い作業だった。
とはいえ何もかもがバラバラだから、一日じゃとても整理できそうにない。内容を読んでも、前後なんてわからないのも多いし。まぁ、もう気分だね。順番はわからなくても中身はちゃんと読んでるから、どれに何が書いてあるかは大体把握できた。
把握できたからこそ、当初の目的は果たせない気がしてきた。いや、過去の神子も口移しで呪いを祓ってたのはわかったけど、俺はそれ以外の方法を探してるので。ちょっと参考にできないです。
神聖力以外にも、日記みたいな石板もいくつかあった。内容としては面白いけど、他人の日記を盗み見てるみたいだから、熟読するのは憚られた。
お子さんの成長記録とかね。俺には微笑ましいけど、お子さん的には黒歴史かもしれないからね。俺は何も見てません。
石板の前で唸る俺に、不思議そうに話しかけてきたのはルディだ。
「神子様は何を調べているのですか?」
「お守りをね、もっと効率的に作れないかと思って」
ルディは神聖力の口移しのことは知らないから、当たり障りのない回答をする。それでもまだ不思議そうな顔をしているから、もう少しだけ補足した。
「俺が作ったもの以外にも加護がつけられたら、もっと量産できるでしょ?」
何せ今は、俺が作ったものじゃないと加護がつけれない。で、その「俺が作る」っていうのが、一番時間がかかるんだよね。そこさえクリアできれば、加護を付加する手間はそれほどじゃない。
で、俺が作ったもの以外にも加護を付与することができたら、呪いを祓う時だって同じように手を握るだけでできると思うんだ。思うじゃないな。そうなりたい。誰彼構わずキスする痴女……いや、痴男?にはなりたくないのでね。
俺の説明を聞いても、ルディはまだ不思議そうな顔をしている。
「神子様は、神聖力の制御ができないのですか?」
「ルディ!」
ヒューイが怒鳴ってるけど、俺にとっては真実だ。隠すことでもないから頷けば、さらに不思議そうにされる。
「マルクスの呪いを祓った、と聞いていますが」
「でも倒れた。行き当たりばったりで対応してるから、ちゃんと意識して使えるようになりたいんだよ」
「なるほど。そういうことであれば、実践のほうがいいかもしれませんね」
ほ? 実践?
思わず目を丸くしてルディを凝視してしまう。だけどルディはいつもと変わらない様子で、淡々と教えてくれた。
「話を聞くに、回復魔法と同じように体内に神聖力を回しているものと推測します。ならば回復魔法と同じ方法で、制御は可能かもしれません」
「なるほど!?」
そんな方法が!?
回復魔法と言えばヒューイだ。弾かれるようにヒューイを見れば、なんでか微妙そうな顔をしてる。で、悔しそうに声を絞り出した。
「……俺が教える、と言いたいところですが、魔力操作はルディのほうが上手です。神子様の魔力酔いも、一瞬で治したでしょう?」
そう言われたら確かに。あれって俺の中にあった魔力を抽出した、ってことだもんな? 他人の体の中にある魔力を操る、ってめちゃくちゃ難しそうなのに、ルディは簡単にやってくれた気がする。
今度はルディを見たけど、なんでかこっちも複雑そうな顔をしてる。
「私は回復魔法は使えません」
「でもヒューイより上手いんでしょ?」
どういう原理かはよくわからないけど、当の本人であるヒューイがそう言ってるんだ。説得力はある。
期待を込めてルディを見上げれば、少しだけ考えこんだ後に、
「……神子様が、私でいいのなら」
なんて言うから、俺は一も二もなく頷いていた。
だってルディだよ。魔法を使ってる姿も何度も見てるし、実際に助かってる。行き詰ってる今、断る理由なんてないだろ。
俺の反応を見て、ルディは少しだけ眉尻を下げる。そして、両手を俺の前に出してきた。
「手を」
促されるままに手を重ねれば、大きな手がぎゅっと俺の手を握りしめる。
「今から少しだけ私の魔力を流します。違和感があればすぐに教えてください」
なんかよくわからないけど、ルディだから大丈夫でしょ!
頷くと同時に、手になにかを感じた。なんだろう。んー……寒い日に誰かと手を繋いでる、みたいな感じ。寒いのに暖かい。不思議な感覚だけど、これが魔力なんだろうか。
「気持ち悪くはありませんか?」
「大丈夫」
むしろ、ちょっと落ち着く感じがする。全然問題ない。
俺の言葉に嘘がないことを確認して、ルディが頷く。
「では少しだけ強くします。右手から左手へ、魔力を回します」
その言葉通り、温かいものが右手に集まった。と思えば、今度はなんか変な感じが体中を動いていく。
なんか、本当に変な感じ。体中を異物が走り回る感覚って言うのかな。めちゃくちゃ辛いものを食べた時に、今どこを通ってるか分かる感じに似てるかも。
気持ち悪くはないけど、違和感がすごい。
「…………ああ、これが神聖力ですか」
「へ?」
唐突にルディが呟いて、びっくりして顔を上げる。ルディは眼を閉じていたみたいだけど、すぐに俺のことを見下ろした。
「少しだけ触らせていただいても?」
「? どうぞ」
よくわからないけど、ルディなら変な扱いはしないだろ。そう思って気軽に頷けば、ルディは少しだけ嬉しそうな顔をした。
握られた手に力が入る。痛くはない。痛くはないけど。
「っ!!」
なん、だ、これ。さっきまでの感覚の比じゃない。
体中から汗が噴き出た。俺の中の何かが、俺とは違う意志を持ってルディを拒絶してる。俺のものを無理矢理誰かにとられる不快感、っていうのかな。気持ちはあげたいのに、手から離れようとはしないような。頭は右に行きたいのに、体は左に行こうとしてる、みたいな。そんなあべこべな感覚だ。
気持ち悪い!!
「!! すみません!!」
俺の状態に気付いて、ルディが慌てて両手を放してくれる。でも俺はもう立っていることも出来なくて、その場に崩れ落ちてしまった。
それでも倒れなかったのはヒューイが抱き留めてくれたからだ。逞しい腕に体重を預ければ、ヒューイの低い声が聞こえてきた。
「神子様に何を?」
「神聖力を動かす感覚を知っていただこうとしただけだ。神子様、呼吸は出来ますか? 落ち着いて、私はもう触りませんから」
落ち着いて、と言われて落ち着けたら苦労しない。それでも、言われた通りに必死に呼吸を繰り返す。
吸って、吐いて、吸って。いつも無意識にできているはずなのに、今は意識しないとできない。背中が暖かいのは回復魔法かな。いつもなら落ち着くんだけど、今は全然そんなことなかった。
体の中で何かがぐるぐると回ってる。…………これ、ワープの時に似てるかも。
なら、あの時みたいに抜いてもらえば。
「る、で、ま……よ……」
くっそ。呼吸が浅くなってるから、言葉もちゃんと喋れない。それでもルディはちゃんと察してくれた。
顔の前に手が掲げられた、と思うと同時に、体から暴れまわる何かが抜けていく。途端に全身を酷い脱力感が襲ったけど、気持ち悪さもなくなった。
「はー……」
呼吸ができる。よかった。
ヒューイの腕から逃げて、行儀悪く床に寝転がる。支えられていたとしても、今は立っていたくなかった。なんかね、もう、本当に倦怠感がひどい。
倒れた俺を、ルディとヒューイが心配そうにのぞき込んでくる。くっそ、背が高いな。寝ころんでる俺から見ると、のぞき込まれてるのに随分遠いわ。
「神子様、大丈夫ですか」
「ん……」
返事をするのも億劫だから、これで我慢してほしい。ヒューイは心配してくれてるのか慌ててるけど、ルディはいつも通り冷静だ。
冷静に、俺の傍に膝を立てて謝ってきた。
「申し訳ありません。神子様に神聖力を使う感覚を知っていただこうとしたのですが、私が制御できるものではなかったようです」
ん? どういうこと? 謝られても全然理解が追い付かないんだが。
「当たり前だ! 神子様以外が簡単に使える力なら、神子様も苦労していない!」
「私の落ち度です。お叱りは後で受けますので、今日はもう帰りましょう」
落ち度とか、反省とか、そういうのはどうでもいいけど、帰るのは賛成だ。なんとか首を縦に振れば、ルディの大きな手が近付いてくる。
と思ったら、その手はバシリとヒューイが叩き落して、ヒューイに抱え上げられていた。
「ヒューイ……」
ルディの声が呆れてるけど、ヒューイは悪びれる様子もない。俺としては、自分で歩かなくていいならどっちでもいいや。
「眠っていいですよ。俺がついていますから」
「…………ん」
今はその言葉に甘えさせてもらおう。もう考えるのも面倒だ。
小さく頷いて目を閉じれば、思考は完全にブラックアウトした。




