18.ヒューイの願い ※ヒューイ視点
神子様が召喚された時。
神々しいまでの輝きを放ちながら天から降りてきた貴方を見て、神様のくれた贈り物だと、そう思った。
「神子様だ!」
太陽よりも眩しく大地全てを照らしながら降りてくる姿に、誰かが叫ぶ。眩しすぎて、姿はまだ見えない。だが、誰もが本能的に、あの光は神子だとわかっていた。
周りが騒がしくなる中で、俺はただ立ち尽くしたまま、貴方から視線が逸らせない。化け猫に抱えられて地面に降り立つ頃には光も止み、やっと姿の見えた貴方は気を失っていたれど、それでも、この世の奇跡を全て集めたように美しかった。
急いで城へと運び、急ごしらえで準備した部屋へと連れてきた。それからは、俺も、他の者たちも、みんなが落ち着かない様子で神子様の部屋の回りにいることが増えた。幸いにも俺は回復魔法が使えるから、全員の了承を得た上で神子様に近付くことができる。近寄った途端に鼻をくすぐる甘い匂いに眩暈さえしながら、少しでも長く貴方の傍にいたくて、回復魔法をかけ続けた。
貴方はどんな目の色をしているんだろう。どんな声を響かせるんだろう。想像するだけでも心が落ち着かない。
早く目を覚ましてほしいと思いながら、効いてるのかどうかもわからない回復魔法をかける日が数日過ぎ。
漆黒の双眸が俺を映したあの瞬間。俺のすべては貴方のものになったんだ。
貴方の役に立ちたい。
貴方の喜ぶ姿を見たい。
貴方の願いはなんだって叶えてみせる。
貴方のためなら何でもできる。何でも任せてほしい。
俺の回復魔法が貴方にも効果がある、とわかった時は飛び上がるほど嬉しかった。
街で貴方から果物をもらって、本当に本当に幸せだったのに。
なのに、貴方はトラばかりを可愛がる。
忌々しい。貴方が奇跡を起こす時はいつも馬鹿トラがいる。神々しい光景に魅入ってしまうのに、どうしても心は晴れなかった。
そんな時だ。貴方が神殿に行きたいと言い出したのは。神殿ならばトラは付いてこれない。神殿で暴れた先祖を、せいぜい恨むといいさ。
神殿への道のりは、とても楽しかった。ルディの用意した馬車は広いとは言えず、乗り心地もいいとは言えない。揺れを堪えきれずにしがみついてくる神子様も可愛かった。あまりにも辛そうだったので魔法で工夫すれば、それからは楽しい会話の時間だ。神子様の弾む声を聞いているだけでも、とても幸せだった。
目的地である神殿についてからも、いろいろなものを興味深そうに見る神子様は愛らしい。古代文字を読み始めた時は驚いたが、ここは創世神様のための建物であり、神子様のための建物でもある。「さすが神子様」と改めて素晴らしさを実感しただけだった。
だからこそ。神子様の力で起動した魔法の映し出したものが、信じられなかった。
「……これは神聖力を回復してるのか?」
目の前の光景に釘付けになってしまう。他人の交尾なんて興味はないが、それでも、昔の神子と思われるメスから溢れる光を、見ないでいることはできなかった。
だって、俺の神子様も神聖力を使う時は光るのだ。それはもう神々しく、目を開いていることさえ難しいほどに。このメスも神子であれば光るのかもしれないが、これはそういうレベルではない。
まるで決壊した川のように。行為が続けば続くほど、神子からは神聖力と思われる光があふれ出し、獣人たちが吸い上げている。
これはただの交尾ではないのだろうか。相手を変えながら続く行為から、どうしても目が離せない。そういえば、神子様は「神聖力タンク」なる言葉を口にしていたが、もしかしてこれがそうなのか?
これが、これがもし、俺の神子様だったら…………
「ヒューイ」
咎めるように名前を呼ばれて、はっと我に返る。神子様の視界を覆ったルディがじっと見ていることに気付いて、俺は咳払いをして誤魔化した。
その後も映像は続いていたが、俺の頭には先ほどの光景が焼き付いて離れなかった。
夜になって、神子様の部屋を訪れたのは完全に無意識だった。俺の考えは神子様を怒らせてしまったが……
それでも許してくださったのだから、本当にお優しい方だ。
「神子様」
呼びかけても、目の前で眠る神子様が起きる様子はない。スヤスヤと穏やかに眠っておられる姿は、無防備にもほどがある。
化け猫は神子様のこんな姿も知っているのだろうか。いや、同じベッドで眠ったことはないそうだから、これほど近距離で見たことはないはずだ。神子様のお言葉だけが、俺の心を落ち着かせてくれる。
呼びかけても起きない神子様を見ていたら、ずっと言ってみたかった音が口から零れた。
「ケイ様」
告げた後に申し訳なくなって、慌てて口元を抑えた。が、神子様はまだ眠ったままだ。よかったのかよくなかったのかわからないが、起きないとわかればもう我慢もできない。
「…………ケイ」
小さく発した音は、たったの二音。だけど、この世で最も高貴な二音だ。
神子様はやっぱり起きない。それでもいい夢を見てるのか、ふにゃりと笑ってくれた。
ああ……なんて幸せな時間だろう。今この瞬間だけは、間違いなく俺だけの神子様だ。
「お慕いしています」
聞こえないとわかっていれば、何でも言える。もちろん、本当に思っていることしか言わないが、起きている貴方には言えない言葉が止められなかった。
「貴方だけです。ケイだけを愛してる」
貴方には重荷かもしれないけど、もう俺だけでは抱えきれない本心なのです。
貴方にいただいたものは、すべてが唯一無二の宝物。たとえ貴方相手であろうとも、何も返したくはない。
首から下げたお守りも、少しだけ分けてくださった神聖力も。返したほうがいいとわかっていても、どうしても返せなかった。
「ケイ」
小さな顔に手を添えて、軽く口付ける。……やはりこれではダメなのか。貴方が分ける気にならないと、神聖力はもらえない。
だからこそ、これはただ貴方に愛を伝える行為だ。
もう一度触れるだけの口付けを送れば、神子様は少しだけ身動ぎした。だけどやっぱり起きないのだから、無防備すぎて心配になってくる。
「こんなこと、他の誰にも許しちゃダメですよ」
本当は俺にも許してはいけない距離だと、この方はわかっているのだろうか? ……いや、わかっていて許してくださったのだろう。俺のどうしようもない我儘のために。
ああ……本当にどうしようもなく。優しくて慈悲深い、貴方が欲しくてたまらない。
ぎゅうと小さな体を抱きしめる。いつか、もっと深くまで触れることを許してもらえるだろうか。昔の神子と獣人たちのように、愛してもらえる日がくるのだろうか。
どうかその日が一日でも早く来ますように。そうなるようにこの気持ちを毎日でも伝えていきたいが、伝えすぎると貴方は逃げてしまうだろうから加減が難しそうだ。
だからといって、諦めるつもりは毛頭ないが。
「早く覚悟を決めてくださいね」
早くこの世界に慣れて、早く俺の愛を受け止める覚悟を決めてほしい。そして、この小さな体を俺の愛で満たすことができたら、俺の心に溢れるほどの愛を与えてくださったなら。
その時やっと、俺は本当の意味で貴方のものになれるのだ。
その瞬間を心待ちにしながら。俺は飽きることもなく、神子様の眠る姿を眺め続けた。




