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16.神殿




 食事を食べたら、早速本題の神殿に向かうことになった。

 今度はワープでも馬車でもなく、徒歩での移動らしい。ルディは「近い」って言ってたけど、俺と獣人たちでは基準が違う。近いがどれくらいの距離なのか疑ってたんだけど……


 本当に近かった。俺の徒歩でも10分とかからず、目的地にたどり着いたんだから。



「おわー」



 これが神殿か。思ってたよりも小さいかも。俺サイズって感じで、獣人たちには小さすぎるんじゃないかな。開けた場所にポツンとあるから、余計に小さく見えるのかもしれない。


 でも、白い石を組み合わせて作られた建物は、確かに神殿っぽい。教会とか神社とかお寺とは全然違うや。古代ギリシャとかエジプトとかにありそうだけど、あんなに荘厳ではなかった。

 だってもう廃墟みたいにボロボロなんだよ。もはや神殿と呼んでいいかどうかもわからない。確かにこれなら、近くで戦いがあったら反動で壊れるかもしれないな。猛獣立ち入り禁止も頷ける。



「普段はルディが管理を?」



「ええ。一族の長が管理することになっています。とはいっても、貴重な品があるわけではないですし、子供が立ち入らないようにするくらいですが」



「なるほど」



 壁はところどころ崩れてるし、床を突き破って生えてる草もある。天井なんてもちろんなくて、昔は天井を支えてたと思われる柱がいくつか立ってるだけだった。

 こんないつ崩れるかわからない遺跡に、金目のものは絶対にないだろう。


 でも、子供たちには違うものに見えるだろう。ルディたちには小さいだろうけど、俺にはちょうどいいサイズ感。つまり、子どもたちにとってもちょうどいいサイズ。大人の入れない秘密基地が作れるってことだ。

 俺なら絶対に放っておかないね。だからこそボスが管理することになってるんだろうけど。


 壁に沿うように、地面も土から石畳に変わってる。でも石畳は壁のないところまで繋がっているから、床ってわけでもないのかな?

 俺の疑問を察したのか、聞くより先にルディが教えてくれた。



「元はもっと大きかったそうですが、いろいろありまして。もう残っているのはこの範囲だけなのです」



 ……確かに、壁の残骸っぽいのが転がってますね。いろいろの内容は聞かないほうがよさそうだ。絶対に猛獣たちが関わってるんだろうけど、俺は賢いので聞きません。


 壁をくぐって、神殿の中に一歩を踏み入れる。窓も天井もないから、風通しはすごくいい。すごくいいはずだけど、ちょっと埃っぽいというか砂っぽいのは、場所が場所だけに仕方ないね。



「好きに回っていいかな?」



 聞けば、少し後ろで背中を丸めながら付いてきたルディが頷いた。いや、本当に狭そう。ずっとその体勢でいるのしんどくない?

 窓や扉もなければ天井もないけど、ところどころ梁みたいなものは残ってる。全部石だから、ぶつかったらさぞかし痛いだろう。



「外で待ってていいよ」



「いえ、いくら見通しが良くても、神子様を一人にするわけには」



 真面目だなぁ。ルディより身長が低いヒューイもいるから、ルディは待っててもいいんだけど、こういう時の獣人は引かないのもわかってるから、それ以上は何も言わなかった。

 そう思ってたら、ヒューイは入口の壁に翼が引っかかってた。なるほど、このパターンもあるのか。意外とドジなんだな、ヒューイ。ルディはわずかに眉間に皺をよせていたけど、壁を壊さなかっただけまだマシなのかもしれない。



「上から入ってきたほうがいいんじゃない?」



「はっ!?」



 天井がないし、人が住んでる家でもないんだから、無礼でもないだろう。そう思って言えば、ヒューイはすぐに一回外に出て、上から入ってきた。


 そういえば、ヒューイの翼は見慣れたけど、飛んでる姿は初めて見るかも。大きな翼を一度羽ばたかせただけで、すぐに壁を飛び越えてしまった。壁一枚を超えるだけだから短い距離だったけど、本当に飛べるんだ。太陽を背に翼を広げた姿は、とても綺麗で。

 天使様ってこういう人なのかな、って思ってしまった。



「神子様?」



「あ、なんでもない」



 ヒューイはもちろん、ルディも何でもないような顔をしてるから、獣人たちにとっては普通の事なんだよな、きっと。この世界に天使はいないだろうし、この感覚は誰にも伝わらないだろう。


 気を取り直して、神殿の探索を開始しよう。廊下っぽいところを進みながら、目についた部屋っぽいところを覗き込んだ。


 最初の部屋は何もなかった。

 石造りのイスみたいなのがあったから、リビング的なところなのかな。それとも待合室的なもの? 神殿なんて入ったの初めてだから、どんな部屋があるのかなんて想像もつかないや。


 二つ目の部屋は、聖堂みたいなところだった。

 ここだけは梁もなく、代わりに壁が他と比べても高いまま残ってる。その上、奥には石造りの祭壇みたいなものも残ってた。多くの人が集まって、祈りを捧げてたんだろう。なんとなくその光景が目に浮かぶ気がした。


 三つ目にして最後の部屋は、小さな部屋だった。

 倒れた棚は木製みたいで、もう朽ち果ててる。棚に置かれていたのかな。近くには石でできた板がいくつも落ちていた。

 その中でも一番小さなものを手に取って、土埃を払ってみる。おお、文字だ。ってことは、これ石板なのか。初めて見た。

 じっと石板を見ていたら、ヒューイが覗き込んできた。



「古代文字ですね。ルディ、読めるか?」



「無理だ」



 古代文字、か。古代って言うくらいだから、神殿が出来たのと同じ時代のものなのかな。ここを管理してるルディが読めないんだから、獣人たちの中に読める人はいないのかもしれない。

 でも転移特権なのかな。何が書いてあるのか、俺には読むことができた。



「……神聖力タンク……?」



 が、その言葉の意味は全然わからなかった。

 なんだよ、神聖力タンクって。どこかにタンク並みに神聖力が溜まった場所でもあるのか? ゲームや漫画の世界だったらあってもおかしくない気がするけど、ここは多分違うよな。これだけじゃなにもわからない。残念ながら、他の文字はかすれたり削れたりしていて読めそうにないし、違うもの探してみるか。


 次の石板を手に取ってみる。こっちは絵が描かれてたのかな? 戦ってるように見えるけど、誰と誰だろう。文字がないから、よくわからないや。

 よし、次だ。どんどん行こう。


 そう思って次の石板を手に取ろうとした時だ。俺より先に誰かに取られて、見ればルディが不思議そうな顔で俺を見ていた。



「読めるのですか?」



「うん。読めるみたい」



 今度は大きく目を見開く。かと思えば、不思議なことを言いだした。



「ならば先ほどの大部屋に戻りましょう。見ていただきたいものがあります」



 へ? 何だろう?

 訳はわからないけど、断る理由もない。持ってた石板をその場に置けばルディが歩き出したから、俺も後を追いかけた。


 大部屋は祭壇以外は何もない広い部屋だ。ルディもヒューイも、ここが一番居やすそう。背を丸めることもなく、ルディは部屋の奥へと進んでいった。

 かと思えば、一番奥にある壁の前で立ち止まる。俺もその隣で止まって壁を見るけど、特になにかがあるようには見えなかった。

 ルディを見上げれば、俺と目が合って穏やかに目を細める。そして空中に手をかざしたと思ったら、一文字を引くように動かした。


 その瞬間、ぶわりと風が舞い上がった。これ魔法だ。風の魔法はシロもよく使うから、普通の風とそうじゃないものは流石にわかる。

 壁の土埃とか汚れを巻き上げ、天井から外へと運んでいく。埃一つ残さず巻き上げていくのすごいな。

 一瞬で綺麗になった壁には、一面に絵と文字が並んでいた。



「うわぁ。なにこれ」



 すごい。上から下まで、本当に壁一面が文字や絵で埋まっている。汚れてたとはいえ、よくこれだけのものが露出してなかったもんだ。



「私たちにも伝わっていませんが、神子様にならばわかるのではないかと」



 なるほどね。俺も気になるから、とりあえず目の前の壁をじっと見つめてみた。


 確かに読めるのは読める。でも言葉の意味がわからない。壁に直接彫られてるから、風化して読めないところもあるんだもん。言うならば、タイトルだけ書かれた取扱説明書を読んでるみたいな、そんな感じだ。

 しかもそのタイトルが本当に意味不明なんだけど。「神聖力タンク」に、「愛が獣人を救う」って。三流のAVやエロゲーの雰囲気が拭えないのはなんでだろうな? これ掘った人、そういう仕事してました?

 読めるけど、口にするのは憚られる。ってか、説明を求められても俺が困る。よし、読めないことにしよう。


 それ以外で気になるのは「神聖力ブースト」ってやつと、「血の契約」ってやつ。前者は有効そうだけど、後者はやらないほうがいい気がする。忠誠だって嫌だったのに、血の契約って。響きからしてもう怖い。避けるためにも、詳細は知りたかった。

 パッと見ただけじゃわからないけど、近くの文字を読めば詳細もわかるかもしれない。


 そう思って、思わず壁に手を触れた時だった。



「わっ!?」



「神子様!!」



 何!? 急に壁が光ったんだけど!? 

 びっくりした俺を、ヒューイが抱えて後ずさる。だけど俺は、光った壁から目が離せなかった。



「これはいったい……」



 ルディの驚きに、俺も賛成。俺が光る時は神聖力を使った時だけど、今のは違う。俺は何もしていない。

 だけど俺をスイッチにして何かが動き出した感じはした。


 その感覚の通り、俺たちの前には光る映像が浮かび上がっている。



「……プロジェクターみたい」



 壁に映像が浮かび上がってる。プロジェクションマッピングみたいに立派なものじゃないけど、家庭用プロジェクターで映画を壁に映してるみたいな感じだった。

 音も何もないけど、映像の中では獣人たちと、俺と同じ動物的特徴のない人がいる。たぶん、地球の女の人だろうな。獣人たちに囲まれて幸せそうだ。



「これは、昔の神子?」



「たぶん」



 危険はないとわかったヒューイが、俺を解放してくれる。俺は映像に釘付けになっていたけど、ヒューイもルディも同じように凝視していた。危険なものじゃない上に、貴重すぎるほど貴重な昔の映像だ。そりゃ気になるだろう。

 俺も気になるから、その後は三人で静かに映像を眺めることになった。


 女の人が獣人たちにキスしてる。かと思えば、獣人たちがほのかに光り始めた。

 これ、前に俺がマルクスにしたのと同じやつだ。あの時は呪いを祓うのに必死で無意識だったけど、この人は祓う目的じゃなくて、神聖力を渡してる感じがする。獣人たちは嬉しそうに受け取って、女の人を抱きしめてから離れていった。

 そのうちの何人かは、戦いに出たみたいだ。戦闘シーンが少しだけ映った後、たぶん、綺麗だったころの神殿にシーンが変わった。女の人は祭壇の前で、ずっと膝をついて祈ってる。獣人たちの無事を祈ってることは、説明がなくてもわかった。


 場面が変わって、今度は獣人たちが女の人にキスをしてた。で、光るのも今度は神子の方。これはマルクスがやったのと同じやつだ。神聖力を返して…………待てよ? これ、返してるだけか? 戦いに出てなさそうな獣人もいない? さっき読んだ『神聖力タンク』って単語が頭に浮かんで離れないんだが。

 い、いや、今はとりあえず置いておこう。おいておきたかったのに。



「う、わ……」



 こ、これは、いわゆるベッドシーンというやつなのでは……

 思わず声が漏れたら、誰かに視界を覆われた。多分ルディだ。



「子供は見ないほうがいいでしょう」



 い、いや、一応、俺、成人してるんだけど……でも気まずいことに変わりはないので、今は大人しく子供ぶることにした。


 にしても、長い。長すぎる。見えないから余計にそう思うのかもしれないけど、絶対に長い。ルディもヒューイも、どんな気持ちで見てるんだ。いや、教えてくれなくていいけどね。

 教えてくれなくてもいいと思ったんだけど。



「……これは神聖力を回復してるのか?」



「そうだとしても、我らの神子様には無理だ」



 …………もしかしてもしかしなくても、セックスで呪いを祓うんじゃなくて、セックスで神聖力回復が正解なの? ダニエルが言ってたこと全然違うじゃん!

 でもどっちにしても、無理です。無理のままよろしくお願いします。ルディの冷静な判断が、これほど頼もしいことはない。一緒に来てくれてよかった。


 気まずい数分が流れて、やっとルディが手を放してくれた。急に明るくなって眩しさに目を細めたけど、映像はまだ続いてるみたいだった。


 シーンが全然変わってる。今度は違う意味で年齢制限がいりそうじゃないですか、これ。

 気持ち悪いものがうごうごしてるんだけど。



「う、ぇ……」



 これ、呪いだ。マルクスの体から出てきたやつ。俺はそう思ったけど、二人にはわからなかったみたい。



「これはなんだ?」



 って声が聞こえてきて、びっくりしてヒューイを見上げてしまった。



「呪いだよ。マルクスの中にいたの、見なかった?」



「これがマルクスの中に?」



「うん。吐き出したじゃん」



「……気付きませんでした」



 そうなの? 角度的に見えなかったのと、獣人たちには見えないの、どっちが正解だろう? 今まで見たことがないってことは、もしかしたら後者か? まぁ、見えてたら近付かないよな。気持ち悪いもん。


 会話している間も映像は進む。なんとこの気持ち悪い呪いが獣人たちに襲い掛かり、次々と魔獣に変わっていく映像だった。

 えぐい。ぐろい。心が痛い。

 音は入ってないのに、獣人たちの泣き叫ぶ声が聞こえてきそうだ。思わず心臓のあたりをぎゅうと握りしめながらも、視線だけは映像から外さなかった。


 獣人たちの嘆きは長くは続かなかった。神子と、彼女の加護を受けた獣人たちが来たからだ。

 魔獣化した元獣人たちが、次々と倒されていく。そして神子が祈れば、呪いの大元と思われる気持ち悪いやつらは、誰にも取り憑けないまま光と共に消えていった。

 すごい。これが神聖力なのか。俺にも、同じことができるんだろうか? ……全くできる気がしないな。


 映像はまだまだ続いていて、神子たちの活躍に形勢は逆転したと思われた時だ。また新しい人物が現れた。

 あの日、街で見たあの人だ。



「魔王っ」



 ヒューイが忌々しそうに吐き捨てた名前に、ああ、やっぱり彼がそうなのか、と思う。同時に、それ以外にあり得ないとも思うんだから、不思議なものだ。


 映像の中では、獣人たちが魔王と互角の勝負を繰り広げている。だけど、やっぱり魔王は強いみたいで、徐々に押されているようにも見えた。

 そんな時だ。神子が眩しいくらいに光りだした。そして……何故かこっちを見た、と思えば、俺と目が合った。

 映像と目が合うなんておかしなことだ。だけど、なんでだろうな。彼女はきっと本当に俺を見て、そして笑ったんだと思う。

 神子の放つ真っ白い光で映像が埋め尽くされる。そして、ぷつりと光が消えてなくなった。


 映像はここまで、ってことみたいだ。



「今のはいったい……」



「ここに書いてあることの映像版、かな」



 もう一度壁に触ってみたけど、もう何も反応しない。一回きり、ってことか。まぁ十分だな。


 たぶんこれは、前の神子から未来の神子へのビデオメッセージみたいなものなんだろう。自分のセックスシーンを遺すのは度胸がすごいと思うけど……あれ、遺さなきゃいけない特別な理由があったとか? 見てないからわからない……あれ。大丈夫だよな、俺?


 今は深く考えないことにしよう。うん。本当は神聖力の使い方について教えてほしかったけど、知らなきゃいけないことを知れた、って感じもするしな、うん。

 特に呪いと、魔王のあたり。どれだけバフをかけたとしても、獣人たちじゃ魔王には勝てないってことでしょ。気が進まないけど、本当に気が進まないんだけど。戦場に出るための心の準備をする時間が出来たと思うことにしよう。


 ルディを見上げれば、何とも言えない顔をしてる。そんな彼の服を引っ張れば、すぐにいつもと同じ優しい眼差しが俺を見下ろした。



「今日はもう帰ろう。明日、また来てもいい?」



「ええ、もちろん」



 とりあえず今日はもう頭がいっぱいいっぱいだ。一回ちゃんと考えたい。


 ルディが頷いてくれたから、今日はここまで。ルディを先頭に神殿を出て、誰もが無言で帰路を歩く。

 この時、ヒューイがどんな顔をしていたのか見ていなかったことを、数時間後の俺は後悔することになる。






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