14.神殿への道のり
翌日。俺はわくわくと魔法陣のある部屋へと来た。
だってワープだよ、ワープ!! 楽しみじゃん!!
「早く帰ってきてね」
「お気をつけてー」
シロやトラのみんなに見送られて、ヒューイと一緒にわくわくと魔法陣の中に入ったんだけど。
めちゃくちゃ気持ち悪い。
魔法陣に足を踏み入れた時から、浮遊感がすごい。絶叫マシンは全然平気なんだけど、あんなの全然可愛いものだ。
手がつかない。足がつかない。上も下もわからないし、立っているのか座っているのかもわからないくらい、ぐるぐると視界は回ってる。それだけじゃなく、内臓なんて掻き回されてるみたいだ。
もう本当に何がなんだかわからない。ヒューイが「放さないでください」と言って手を繋いでくれたけど、この温もりだけが確かなものだった。
たぶん、時間にしたらほんの数秒だったと思うんだけど。
再び足を地に着けた瞬間、俺はその場に崩れ落ちてしまった。
「神子様!?」
「うぅ……」
気持ち悪すぎて、ちゃんと立てない。吐かなかっただけマシだ。
青褪めてる俺にヒューイが慌てて回復魔法をかけてくれたけど、あんまり効果はなかった。むしろ、ちょっと悪化した感じまである。
気持ち悪い。寒い。思うのはそれだけだ。
「ルディ! 何かわかるか!?」
全然回復しない俺に、ヒューイが慌ててる。そこでルディを頼るのは意外だったけど、ルディは静かに俺の前で膝を折った。
「失礼します」
ルディの大きな手に支えられて、顔を上げる。うえ、この体勢もちょっとしんどい。
だけど、ルディはすぐに「ふむ」と唸って、
「魔力酔いのようですね。少々失礼」
今度は手に触れてきた。片手は俺の手を握り、もう片方の手は俺の目を覆う。
……ルディの手、暖かい。ちょっと気持ちいいかも。
「力を抜いていてください」
言われるまでもなく力は抜けてる。暖かい手に安心して目を閉じると、なんだか不思議な感じがした。
体中を気持ち悪い何かが駆け巡っていく。でも、ワープの時みたいにずっと気持ち悪いわけじゃない。むしろ、気持ち悪いものがルディの握ってくれてる手に集まってるような感覚だ。
う、と思う前にぽんと音がして、手から何かが出ていく感じがした。
……あれ?
「治った」
すごい。もう全然平気だ。あれほど吐き気がしてたのに、今はもう何ともないや。
ルディが手を外してくれたけど、俺はルディを見上げたまま。ルディが持ってるものが、俺から出た何かだろうか。丸くてふわふわしてるけど、なんだろう、あれ。
「魔力を吸い上げました。神子様は魔力への耐性が低いのでしょう」
俺の疑問に答えるようにルディが教えてくれる。そして、丸いものを指で弾いた。とたんに小さな破裂音がして、ふわふわは跡形もなく消えてしまった。
すごい。魔力って可視化するとこうなるのか。初めて見た。
でもなんか聞き捨てならないこと言ってなかった?
「魔力への耐性って何?」
「言葉通りです。魔力の扱いに慣れていない場合、他人の魔力を受け付けないのですよ。子供によくある症状なのですが、神子様の場合は神聖力と関係があるのかもしれません」
「回復魔法は平気なのに?」
「あれは癒しの魔法であって、神子様の体に負荷をかけるものではありませんから」
ふぅーん。魔法にも相性みたいなものがあるのかな。ワープは体に負荷がかかるからダメってことか。まぁ瞬間移動してるんだし、負荷がかかっても仕方ないな。毎回こんなに気持ち悪くなるんなら、俺は気軽に使えないかも。残念。
あれ? ってことはだよ?
「前にウーヴェの鑑定を受けた時も、気持ち悪い感覚があったんだけど」
まさかワープしようとしてたわけじゃないだろうし、あの感覚は何だったんだろうと思ったら。
「鑑定を詳細に行うために魔力を使ったのかもしれませんね」
ルディはなんでもないことのように言うから、俺は素直に納得してしまうところだった。
いや、待て待て待って。今こそ気になってたことを聞くチャンスだ!!
「鑑定ってどうやるの?」
「ウーヴェの場合、見たものすべてを自動で鑑定します。彼は眼鏡をかけているでしょう? あれはスキルを抑えるための魔道具です」
こんなところで眼鏡の謎が解けた!! そういうことだったんだ!?
見たものをすべて自動鑑定ってことは、視界に常にシステムウィンドウが出てるような感じなのかな。机とか、椅子とか、そういうレベルでも出るんだとしたら、確かにうるさいかも。森だと木木木木みたいに出るんだろうか。今度本人に聞いてみよう。
でもそうなると、新しい疑問がまた一つ。
「俺は見ただけじゃダメってこと?」
「自分よりも強い相手は、鑑定しずらいのです。あの時は神子様の体調把握を急ぐ必要がありましたし、無理をしたのでしょうね」
おおおおおお……そうだったのか。だから気持ち悪かったのかな。無理させてごめんね、ウーヴェ。今度ちゃんとお礼も言おう。
立て続けに質問したのに、ルディは嫌そうな顔一つしない。それどころか、俺の様子をじっと窺ってる。
多分これ、会話しながら俺の状態を診てるんだろうな。ちゃんと会話できてるのを見て、安心したように力を抜いた。
「神子様が問題なければ、移動しましょうか。馬には乗れますか?」
「乗れない」
「では馬車にしましょう」
ルディの言葉で、俺はそこでやっと周りに他の人もいることに気が付いた。ってか、当然ながら風景もガラっと変わってるな!? 全然見てる余裕がなかったわ。魔力酔い、なんてしんどいんだ。
俺たちを待っていてくれたのは、ルディと同じ種族の人たちだと思う。手とか足とかがゾウっぽい。上半身が丸っとゾウっぽい人がいたのはびっくりしたけど、まぁ、そういう人もいるよね。びっくりはした。逆に下半身がゾウっぽい人はいない。なんでだ。
でも、正直なところじっくり観察してる心の余裕がなかった。だって初対面でいきなり弱ってる姿見られたんだよ!? 恥っ!! 俺は逃げるように馬車の中に移動した。
馬車は、必要最小限って感じのする四角い馬車だった。木製なのかな。装飾とかは全然ない。だけど中はクッションがいっぱいで、ソファみたいな椅子だった。
ヒューイもルディも、馬車なんて使わないほうが早く移動できるんだろう。他の獣人たちも同じだろうから、もしかしたら俺のために急いで作ったのかもしれない。装飾にこだわりなんてないし、俺のためにクッションもいっぱい用意してくれたんだろうから、文句なんてもちろんない。
文句はないんだけど。舗装されてない道を進むのは、かなりしんどかった。
「っ! たぁ!?」
もうね、常にガッタガタ。揺れる度に体が浮くレベルだよ、無理。普通に酔いそうだし、尻も痛い。クッションなんてただの気休めにしかならなかった。
揺れに合わせて変な声を出しながら俺が浮いてるのを見て、同乗したヒューイが気を回してくれなかったら、俺の尻は死んでたかもしれない。馬車を浮かせるっていう神魔法だよ、すごい。ヒューイ、有能すぎる。本当にありがとう。
ちなみにルディは仲間たちと外にいる。歩くのが好きなのか、俺に遠慮してくれたのかはわからない。けど、外からも楽しそうな話し声が聞こえてきたから、気まずさはなかった。
しばらくすれば、外を見る余裕もでてきた。
「うわぁ……」
俺にとっては見慣れないものばかりだ。弾む気持ちを抑えられない。
「ヒューイ、あれ何?」
「あれはですね」
言葉を覚えたての子供みたいにいろいろ聞いちゃったけど、ヒューイは嫌な顔一つせずに答えてくれた。
動物の名前、花の名前、木の名前。
見覚えのあるものも、ないものも、いろいろあったけど、見てるだけでも十分に楽しかった。
ルディのナワバリに入ってからはゾウの獣人たちも増えてきて、体が大きい人たちばかりで圧倒されてしまった。建物も全部ビッグサイズ。玄関の扉一枚で2階建ての建物くらいありそう。……いや、言い過ぎかもしれない。でもそれくらい俺には大きく見えた。
ちなみに下半身がゾウっぽい人も、ゾウそのものっぽい人もいた。獣人って本当にバリエーション豊かだ。面白い。
目に映るものがすべて新鮮で、面白い。どれくらい時間がかかったかわからないけど、俺にとってはあっという間だった。
「着きました。ここが我が家です」
馬車が止まったと思ったら、ルディが扉を開けてくれる。差し出された手を取って飛び降りれば、目の前にはでかい家が建っていた。
「ほぉーわぁー」
でっっっか。玄関のドアノブが、俺の視線と同じ高さにあるんだけど。思わず上まで見上げてしまった。
開いた口が塞がらない俺をどう思ったのか、なんでかルディは申し訳なさそうだ。
「古い家ですみません」
「いやいや、大きくて立派ですごいな、って思ってただけ」
正直、新しいとか古いとかはよくわからない。ここに来るまでに見た獣人の家も、全部似たような見た目に見えたしね。壁が汚れてはいるけど、ここは日本のように整備された街の中じゃなくて、森の中にある町だ。汚れてないほうがおかしい。
俺の言葉に、ルディは少しだけ表情を和らげた。
「どうぞ中へ。ここで一泊して、神殿には明日ご案内します」
大きな扉を開けて、ルディが先に中に入る。釣られるように足を踏み入れれば、中はとても綺麗だった。それに、何人かの獣人たちも働いているようで、俺たちに気付いて足を止めてくれる。
「お帰りなさいませ、ボス」
「ああ。神子様の部屋の準備は?」
「「完璧です!!」」
おお。すごく元気な人たちだ。ルディの後ろからひょいと顔を出せば、何故か「きゃあ」と黄色い悲鳴が上がった。
いや、黄色い悲鳴って言ったけど、野太い奴だよ。多分全員男性だから、女性のような可愛い声じゃない。でも絶叫とか驚いたとかじゃなくて、本当に歓声みたいな声だった。
「この方が神子様ですか?」
「ちっさ! 本当に小さいですね!」
「かっわいいー!」
「赤ん坊じゃん」
「…………」
たぶん悪意はないんだろうけど、俺としては不本意な反応だ。俺が小さいんじゃなくて君らがでかいんだ、って言ってやりたいけど、この世界では通じないことはわかってる。
文句を言いたいのに浮かばないでいたら、俺の肩に誰かが手を置いた。見上げれば、ヒューイが彼らをまっすぐに見てる。
「ルディ、群れの教育が行き届いてないのでは?」
「申し訳ありません。悪気はないのですが」
俺からは見えなかったけど、ルディも何かしたんだろうか。目の前の獣人たちが大量に汗をかき始めた。……これ放置したらダメなやつだな!?
慌ててルディの服を引っ張れば、俺と視線を合わせるように腰を折ってくれた。
「ただの感想でしょ。気にしてない」
「ですが」
「それよりもルディの用意してくれた部屋が見たい。見せてよ」
「…………わかりました」
言いたいことはありそうだけど、俺の要望を優先する気になってくれたみたいだ。ちらりと先ほど失言した人たちを見れば、めちゃくちゃ頭を下げられた。うんうん、これに懲りたら言葉には気をつけていただきたい。
ルディに付いて、屋敷の中を進む。外見だけじゃなくて、階段の一段一段が高いのはびっくりしましたね!! 一段が二段か三段分くらいあるんだよ。普通の家もこうなのかな。城内はまだ苦にならないサイズで助かった。
途中で見かねたヒューイが抱き上げてくれたので、疲れ切った俺は甘えさせてもらうことにした。ヒューイ、街で俺を抱き上げてから、気軽に抱き上げるようになったな。時と場合はぜひ選んでもらいたい。今は選ばなくていい時です。
そして辿り着いた部屋に入るなり、俺は思わず歓声を上げていた。
「うっわぁ」
ひっろ!! なにこれ、一般家庭にあっていい広さじゃないだろ!?
室内にはでかいベッドと、テーブルと椅子が置いてある。奥に通じる扉を開けたら、湯船まであった。すごい、ホテルみたい!
ヒューイが下ろしてくれたから、俺は好きに部屋の中を動き回る。クローゼットにはどう見ても俺サイズの服もかけてあって、本当に何から何まで用意してくれたんだとわかった。
「気に入っていただけましたか?」
「うん! ありがとう、ルディ!!」
素直な感謝を告げれば、ルディも安心したように笑ってくれた。
あっちこっちを動き回って、ばふんとベッドに飛び乗った。はは、ふかふかだ。これならぐっすり眠れそう。
そう思った途端に眠気が襲ってくるんだから、俺って本当に単純。ああ、でもお風呂には入りたい。のに、もう意識が切れそうだ。
「神子様?」
「初めてのこと尽くしで疲れたのでしょう。ゆっくりお休みください」
ルディの優しい声が聞こえてくる。眠りを促すように大きな手で目を覆われて、俺はそのまま眠りについた。




