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13.マルクスの想い





 神殿への訪問は、すぐに許可が下りた。元々そのうち連れて行ってくれようとしてたらしい。何回も倒れたこともあって、俺の病弱説が邪魔をしていたみたいだけど、俺が行きたいと言えば誰も反対しなかった。

 ただし、ルディには「時間をくれ」と言われてしまった。



「せっかく来るのですから、満足するまで滞在していただきたいのです」



 だって。なんでも、俺が泊まれる部屋を準備してくれるそうだ。気にしないでいいと言いたいけど、獣人たちと俺の基準が違うのはわかってる。ここは素直に甘えることにした。遠慮しすぎて野宿になったら、困るのは俺なんでね。


 ルディの準備ができるまでの数日をいつも通りのんびりと過ごし、神殿に向かう前日。

 シロが出掛けてる間に、マルクスが俺の部屋にやって来た。



「入らないで!」



 って言っても、問答無用で入ってくる無神経さはいつも通り。このやろう、と思ったところで腕力じゃ絶対に勝てないから、俺は出来るだけ距離をとって部屋の隅に逃げ込んだ。



「なぜそんな場所にいる?」



「あんたから離れるためだよ!!」



 俺に何したか、忘れたとは言わせないぞ!! 絶対に近付くもんか!!


 基本的に俺の部屋には常にシロがいる。でも今は誰かに呼ばれたとかで、出掛けてしまった。シロ以外のみんなもね。誰もいない時に来るなんて偶然なのか? もう何もかも怪しく思えてくる。

 こっちに来るな! と威嚇する俺を、どう思ったんだろう。マルクスは深く息を吐いたと思ったら、ぴたりと足を止めた。



「お前はそんなに俺が怖いのか?」



「怖くて悪いか!」



「エルストたちは怖くないのに?」



「みんなは俺をそんな目で見ない!!」



 前から何か測られてるみたいで苦手だったけど、最近は特にひどい。一緒の空間にいる度に、グサグサ視線が突き刺さってくる。本当に痛いくらいだよ。やめてほしい。

 俺の言葉に、マルクスはなんでか驚いた顔をする。次いで、数秒間何かを考えるように沈黙したと思ったら、口元を片手で覆った。



「…………つまり、俺は自覚する前から、お前に執着していたってことか?」



「しゅ!?」



 聞き間違い? なんか、想像もしてなかった単語が出てきたんだけど!?

 マルクスが、はぁ、と深く息を吐く。そしてまっすぐに俺を見つめてきた。



「不快な思いをさせたなら謝ろう。だが、止められないと思うから諦めてほしい」



「謝る態度じゃないだろ!?」



 悪いと思うならやめろよ! 何言ってんだ、こいつ!!

 何も理解できなくて、つい大声が出てしまった。だが、マルクスは気にする様子もなく、変わらず俺をまっすぐに見たまま、



「惚れた相手を見てしまうのは、仕方ないだろ」



 なんて。さらにとんでもないことを言いだした!!

 いや、きっと聞き間違いだ。だってそんなことあり得るはずがない。マルクスが、俺に、ほ、ほ……その、なんだ。あれするなんて。聞き間違いだと思いたいのに。


 顔中に熱が広がるのを、どうしても止められなかった。



「だから、そういう顔をするな。また食われたいのか?」



 マルクスの目の色が変わる。見覚えのある色と言葉に反射的に口を押さえれば、少しだけ残念そうな顔をした。

 でも、一歩だけ俺との距離を詰めてくる。



「触れていいか?」



 首を振る。必死に首を横に振ったのに、マルクスは更に近付いてきた。

 手を伸ばせば触れられる距離までこられて、思わず体に力が入る。だけど俺に触れたのは武骨な手じゃなくて、ふわふわの尻尾だった。



「今はこれで我慢してやる」



 そんな上から目線で言われる言葉じゃないと思うけど。でも、まぁ、尻尾ならいいか、と思ってしまう程度には、俺はもふもふに弱いみたいだ。

 俺が反論しなかったからか、手に触れていた尻尾がくるりと巻き付いてくる。するすると動くのがくすぐったくて、なんだか変な感じだ。同じ猫科でも、シロとは全然違うんだね。


 マルクスが何もしないのもあって、警戒心が徐々に薄れていく。だからかな。

 言うつもりのなかった言葉が、ぽろっと零れていた。



「俺、あんたに嫌われてると思ってた」



「何故?」



「ずっと俺を睨んでるから」



 ずっとずっと、俺を見定めるように睨んでた。まるで職場の上司みたいにさ。俺が変なことをしないように、見張ってるんだと思ってた。

 だけど、勘違いだったというのなら。嫌われてるんじゃなくて、多少なりと好かれていたんなら……もしかして心配してくれてたのかもしれない、なんて。流石にそれは俺に都合がよすぎるか。でもさ。本心と行動が違うって、なんかこう……ツンデレな猫様を思い出して笑えてきた。

 もちろん、目の前にいる大男に対して、可愛いなんて感情は欠片も浮かばないけどさ。


 手に巻き付いてる尻尾に、もう片方の手で触れる。ぴくっと反応したけど逃げられなかったから、今度はちゃんと撫でてみた。

 うん。ふわふわだ。触られるだけじゃなくて、自分で触ったほうがよくわかる。



「でも誤解だったんなら、まずは仲良くなるところから始めたいかな」



 こうやって、知らなかったことを一つずつ知っていけたらいい。ちゃんと会話を重ねて。そうすれば、きっと仲良くなれると思う。


 俺の言葉を、マルクスは静かに聞いていた。

 俺が言いたいことを言い終えた後、数秒間の間が空いたと思えば、



「……なら、まず一つ教えておく」



「? 何?」



 なんか真剣そうな雰囲気だけど……

 思わず身構えたら、その口から飛び出たのは思ってもなかったことだった。



「俺たちの尾は、第三の手であり足だ。お前が思っている以上に、感覚の研ぎ澄まされた場所だと思え」



「うん?」



 言われた言葉の意味が理解できない。出来なかったんだけど。

 マルクスが手を伸ばしたと思えば、指先だけでなぞるように俺の腕に触れてきた。



「っ!!」



 ぞわりと体中が総毛立つ。なん、なんだ今の!? 気持ち悪いわけじゃないけど、なんかこう、くすぐったくて変な感じがした!!

 初めての感覚に慌てて腕を払えば、目の前でマルクスが、



「お前の触り方、今のに似てる」



「っ!!!!」



 なんて。つい先日、「食うぞ」なんて言いながら襲ってきたときと同じような顔でいうものだから。

 俺は本能的にマルクスの尻尾を振り払って、大きく距離を取っていた。



「お、俺は、そんなつもりは!!」



「わかってる。わかってるから、他の奴にそういう触り方はするな」



 必死に首を縦に振れば、マルクスは安心したみたいに息を吐いた。それに俺もやっと安心する。

 だって、今の。絶対におかしい。なんかこう……なんか、こうさ! わかる!? わかって! ちょっと変な気分になりそうな、そういう感じのやつだった! やめてくれて助かった!!


 あれ、でも待てよ? 前にダニエルの尻尾を触らせてもらった時、彼も顔が真っ赤だったような。あの時の俺、結構不躾にいろいろと撫で回したような……



「おい。その顔はなんだ。まさかもう誰かに触れたのか?」



「ち、ちがう! シロ!! シロも同じなのかな、って思って!!」



「…………」



 疑うようなまなざしがグサグサ刺さるけど、これは言ったら負けな気がする。なんでこの人たちは、そういうことを後から言うんだ! シロもあの時教えてくれれば……いや、シロはちゃんと制止してくれたな。多分あれ以上はマジでやばかったんだ。シロに感謝しよう。


 マルクスの視線に耐えられなくて、あらぬ方向に視線を移す。わざとらしいってわかってる。何かありました、って自白してるようなもんだってのもわかってる。

 でも、今の俺にはもうこれが精いっぱいなんだよ!!


 怪しすぎる反応をする俺は、そりゃあもう不審だろう。マルクスはしばらくじっと見てきたけど、すぐに仕方ないとでもいうかのようにわざとらしくため息をついた。



「これから気をつけろ」



 今度は反対する理由もない。必死に頷いたら、やっと許してくれたみたいだった。

 マルクスがまた一歩ずつ近寄ってくる。俺の背中にはもう壁があるから、これ以上は逃げられない。視線を合わせるためかな。目の前で腰を下ろしたと思えば、真剣な顔で俺を見てきた。



「俺も神殿について行きたいが、トラは近寄れないルールだ。頼むから、危ないことはするんじゃないぞ」



「子供じゃないんだから」



「お前はこの世界のことも、俺たちのことも知らな過ぎる。今みたいなことがないと言えるか?」



「…………」



 いや、それは、うん。まぁ、うん。知らなかったらやっちゃうかもしれないけど、知らないことは気をつけようもないんじゃない?


 そう思うけど、口に出したら面倒くさいことになりそうだから黙り込むだけにする。そんな俺を見てどう思ったのか、マルクスが今度は尻尾ではなく手を伸ばしてきた。

 大きな手が、俺の頬に触れる。本当に大きな手だ。俺の顔なんて簡単に握り潰せそう。

 だけどもう怖いなんて思わない。大人しくしてれば、マルクスは少しだけ困ったような顔をして、俺の頬を撫で始めた。



「誰にも触らず、触らせるな。お前になにかあったら、俺は何をするかわからない」



「……それはちょっと、言いすぎなんじゃ?」



「そう思うなら、早く帰ってきて笑い飛ばせばいいだろ」



 ほんと、好き勝手言ってくれる。自分は触ってるくせにね。でも誤解されるのは俺も嫌だし、気を付けよう。


 大人しく頷いたのに、マルクスはまだ疑わしそうな眼をしてる。だけど俺にはこれ以上の約束はできないから、我慢してもらわないとね。

 マルクスの手が動いて、頬じゃなくて頭を撫で始めた。お前、絶対に子供も撫でたことないだろ。壊れ物を触るような、恐る恐ると言った感じがなんだかおかしくて。

 シロが戻ってくるまで、大人しく撫でさせてやることにした。








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