12-5 やり直せる?
気づいたときには、千引岩の前に立っていた。社も鳥居もある時代に戻ってきた。
かたわらでは、老人となったアサナギノミコトがおだやかに微笑んでいた。
「戻ったか」
その言葉に、見知った姿のヒノテラス様、ツクヨリ様、スサハヤ様がぱっと顔を上げる。
「おかえり、れいれい!」
「礼阿!」
ヒノテラス様とツクヨリ様が飛びついてきた。
スサハヤ様は、社の階段に腰かけたまま、ふうと息をつく。
「問いの答えは見つかったか?」
アサナギ様がじっとわたしを見つめる。
「はい。問い以上の答えが返ってきました」
「顔つきが変わったのう。して、そなたは誰じゃ?」
アサナギ様は、わたしが何を知ったのかをお見通しのようだった。
「わたしは、物語の神、レイアです」
迷いなく言った。記憶はないが、間違いない。わたしの全身全霊が、わたしの名を叫んでいる。
アサナギ様が目を細めた。
「では、物語の神とやら。その力を試すがよい。黄泉の国で見聞きしたことを、世界に伝えるのじゃ」
わたしはうなずき、そっと唇を動かした。不思議なことに、それがうまくいくとわかっていた。
今しがた目撃した出来事を言葉に変える。証は音となり、風となり、高天原を越え、世界の隅々へと行き渡っていく。もちろん、目の前にいる親子の元にも。
「……エンマ様が〝炎魔〟の責務を負った原因は、わたしでした。エンマ様が最初に裁いたのも、わたしでした」
物語を終えたあと、わたしはアサナギ様に向かって深く頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
心の底からの謝罪だった。
「当然の罰を受けました。わたしは稚拙で……役割のためなら何をしても許されると、おごり高ぶっておりました。何もかもを軽んじておりました。人間として、記者として過ごした今なら、それがいかに愚かであったかわかります」
「言った通りじゃったな」
アサナギ様が長い息を吐く。しかしそれはわたしに向けられたものではなく、自嘲のため息だった。
「余も、若輩者であった」
気まずい沈黙を打ち破ったのは、スサハヤ様だった。半ば悪態、半ばあきれたような声だった。
「ゲロが出るような昔話だな。つまりあのとき、おれがエンマをボコボコにできたのは、おまえをかばっていたからなのか?」
「はい、そういうことになりますね」
「きっぱりと断言しやがって。この生意気な——」
スサハヤ様の怒声を、ヒノテラス様が平然と遮る。
「れいれいも神だったのね。記憶をなくしても、記者という形で務めを果たし続けた。あなたが焼き芋屋さんで生まれ落ちたのも、きっと偶然ではないわ。炎に包まれて消されたから、炎のそばに出現したのよ」
その声色には、悲哀と同情が混じっていた。
ツクヨリ様がおっとりと言う。
「湖にいた鶴と亀は、礼阿の使いだったのだね。主が裁かれ、世界から追放されたとき、同じ目にあった。隕石を止めたのは、他でもない、礼阿がそう望んだからだ」
その言葉に胸がいっぱいになった。彼らは長い歳月を経てもわたしを主とみなし、人間を救いたいという願いを聞き届けてくれたのだ。
アサナギ様が、出会ったときと同じ、量る目でわたしを見据える。
「では、改めて——どう片をつけようか?」
わたしは、その視線をしかと受け止めた。
「まずは、皆様にお詫びをさせてください。そして、許しを請わせてください」
アサナギ様は、興味深げに目を輝かせる。
「八百万の神々を集める権限を持つ者は、この世にたった二人しかおらぬ。一人は我が妻、アサナミノミコト。もう一人は、余じゃ」
その言葉は、もはや目の前の老人の口からではなく、高天原中に降り注いでいた。
「すべての神よ。八百万の神々よ。今、冥府に集いたまえ。二人の罪人の裁きをやり直そうぞ」
雲海の大地が震える。
ヒノテラス様が、わたしに手を差し伸べた。
「わたしたちも行きましょう」
その手を取ったとたんに景色が変わる。まばたきもしないうちに移動したのは、崩れ落ちた冥府の前、三途の川のほとり、エンマ様のかたわらだ。突然出現した人影に驚いた色鬼が、四方八方に散っていく。
エンマ様は少年の姿のまま、うなされるように眠り続けていた。彼は〝炎魔〟になってから、一日一度、灼熱の銅を飲まされる罰を科されてきた。
……いや、あの悲鳴は一日に一度ではなかったはずだ。ひょっとして、わたしや白命、白録の分の罰まで引き受けていたのか——
白命と白録がこちらに気づき、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら駆け寄ってくる。
「れーちゃん! ……と、ふぎゃあああ!? アサナギノミコト!?」
「ヒノテラス様に、ツクヨリ様に、スサハヤ様も!? ど、どうしましょう。冥府はクズ箱同然のありさまで、もてなしなどできませんよ——」
ところが、次々と出現する神々に行く手を阻まれ、足を止めた。
世界の端々から、力が集まってくる。森の奥、海の底、名もなき境界——各々の領分を離れた神々が、冥界に集結していた。三途の川を越え、冥界の全域にまでなだれている。
わたしはその中心で、まっすぐに立っていた。すべての視線がこちらに向けられている。己が誰かを知るとともに、失われた記憶が少しずつよみがえってきた。神々の中には見知った顔もある。
自ずとその場にひざまずいた。地面に額をこすりつける。
「申し訳ございませんでした」
謝罪の声は冥界中に響き渡った。
「わたしがしてしまったことは、今しがたお伝えした通りです。神という立場でありながら、私情で禁忌を侵しました。知るべきでないものを見、語るべきでないことを証しました」
土に置いた指先が、がたがたと震える。それでも言葉は止めない。
「それが何をもたらすかも考え切らないまま、役目を盾に正当化しました。そしてその罪が露呈したとき、逃げ出しました。すべてわたしの過ちです。弁解も、取りつくろいもいたしません。神である資格はございません」
神々の声がさざめいた。一度目と同じだ。好奇の奥に潜む警戒、疑念、値踏み。それらが態度に現れ、好き勝手に行き交っている。
「一方で」
わたしは顔を上げ、声を張り上げた。
「ここへ伏しておりますエンマ大王は、罪に見合わぬ重い罰を与えられました。皆様方が判断を誤った、と申し上げたいのではございません。アサナミノミコトの脅威の前で、最善だと信じた選択をなさったのだと思います」
ヒノテラス様、ツクヨリ様、スサハヤ様が、黙ってわたしを見守っている。
「しかし、裁きは腹いせのためにあるのではありません。もちろん、復讐のためでもありません」
わたしは、横たわっているエンマ様を垣間見た。かつて笑い、迷い、大切な友人を守ろうとした少年。
「裁きは、未来で同じことをくり返さないためにあります。その未来のために、エンマ大王はすでに十分すぎるほどの代価を払いました」
三途の川の流れが岸にぶつかり、ごうっと水しぶきを立てた。
「彼に必要なのは、もはや罰ではありません。裁きの結果ではなく、選ばれた適任者として、彼を冥府の王にしてください」
静寂のあと、神々のざわめきが一気に広がった。
「甘い」
「前例がない」
「情に流されている」
否定の声が、あちらこちらから上がる。冥界は再び騒然となった。
ヒノテラス様は唇を噛み、あたりを見回している。
ツクヨリ様は、エンマ様をぼんやりと見下ろしている。
スサハヤ様は腕を組み、居心地悪そうに舌打ちをした。
三貴子以外は、誰も味方をしてくれないだろうか——
そのとき。
「まあまあ」
場違いなほど、ひょうひょうとした声が割り込んだ。
毎晩20時頃に更新しています。
明日投稿するエピソードで完結です!
ぜひお付き合いください。




