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12-3 炎魔少年vs須佐速少年、強いのはどっち?

「母上えええええ!!!」


 根の国で大号泣をするスサハヤ少年。嗚咽に肩を震わせ、大粒の涙を拭おうともしない。

 ……あの御方(おかた)、〝涙の一粒も流しちゃいない〟なんて粋がっていたけれど、大噓じゃないの!


「ちょっと、きみ」


 エンマ少年が慌てて声をかけた。


「静かにしてくれないか。こちらは追われているんだ」


 スサハヤ少年は、真っ赤に泣き腫らした目で、ぎろりとにらみ返した。


「おまえが誰かは知らねえが、指図されるいわれはない。おれ様は荒ぶる神、スサハヤノミコトだぞ。母上に会うため、黄泉(よみ)の国へ向かう途中だ」

「それは認められない。黄泉の国は、死者が迎え入れられる場所だ。生者が目的を持って踏み込む場所ではない」


 レイアがぎくりと顔を引きつらせたのを、わたしは見逃さなかった。アサナギ様とアサナミ様の動向を探るために侵入したことに、罪悪感を感じているらしい。


「うるせえ、うるせえ、うるせえ!」


 スサハヤ少年は叫び声を上げ、荒々しく地を踏み鳴らした。


「女なんて連れやがって! そこをどけ!」


 怒りに任せてこぶしを振り上げ、そのままエンマ少年に向かってくる。

 エンマ少年はレイアの手を引き、進路を変えて再び駆け出した。右へ、左へ、意図的に足跡を乱し、スサハヤ少年をまくように走る。

 レイアの足が、地表を這う太い根に絡め取られた。エンマ少年がレイアをかばってよろけ、かわりに幹へ叩きつけられる。荒い息を吐きながら、すぐに態勢を整えた。


 視線を走らせ、闇の奥に小さな洞穴(ほらあな)を見つける。人ひとりが、かろうじて身を隠せるほどの空間だ。エンマ少年は迷わずレイアを押し入れた。


「ここにいて。決して出てきちゃだめだよ」


 スサハヤ少年の泣き声と荒い足音が近づいてきている。エンマ少年はその音を目指すように、視界の開けた場所へ一人で歩み出た。

 わたしも洞穴から離れ、その背中を追う。


 スサハヤ少年が現れた。鼻水を垂らしたまま、にやりと笑う。大太刀が抜かれた。星羽々斬(ほしのはばきり)だ。子どもが持つと、余計に大きく見える。


 少年たちの戦いが始まった。刀が風と水を起こし、錫杖(しゃくじょう)が灰を放つ。それらは凄まじい勢いで、わたしの体を通過していく。金属と木の衝撃音が何度もこだました。

 この喧嘩、エンマ様が負けるんだよね。スサハヤ様がボコボコにするはず……


 ところが、エンマ少年の表情にはまだ余裕があった。

 一方で、スサハヤ様の顔は次第に歪んでいく。額の汗が止まらない。太刀を握り直し、負け犬のように咆哮(ほうこう)した。


「こざかしい! 根の国ごと、まとめて破壊してやる!」


 エンマ少年の顔色が変わった。一瞬だけ、視線がそれる。レイアが隠れている方向へ。


 エンマ少年の動きが鈍った。そして観念したように、自ら風と水の渦中へと踏み込んだ。嵐にのまれ、翻弄(ほんろう)され、体が叩きつけられる。ぼろぼろだった。スサハヤが高笑いをする。そのとき——


「やめて!」


 飛び出したのはレイアだった。洞穴から出てきていたのだ。スサハヤ少年の前でひざまずく。自分よりもずっと年下に見える少年を相手に、すがりついた。


「黄泉の国へ続く道は、今、千人がかりでも動かせない巨大な岩で封じられております。これ以上は進んでも無駄でございます。どうか……どうか、お戻りくださいませ」


 レイアは額を地面に擦りつけている。

 スサハヤ少年は舌打ちをした。


「くそっ。女に手出しはしたくねえ」


 悔しまぎれに、倒れているエンマ少年の腹を蹴り飛ばす。そして、再び子どものように泣き声を上げながら、根の間に姿を消していった。嵐は嘘のように静まった。


 レイアは、泥と灰にまみれて倒れているエンマ少年に駆け寄り、抱きしめた。


「ごめん……ごめんね……わたしが黄泉の国なんかへ行ったから……」


 闇がうねり、黄泉の悪霊たちが追いつく。複数の手が伸び、二人の体をつかんだ。レイアとエンマ少年はずるずると引きずられ、逃げてきた道を逆行する。硬い根に打ちつけられながら、冥土へと連れ戻されていく。

 その惨状を目の当たりにしながら、わたしは恐怖で胸が張り裂けそうだった。


 根の国を抜けたそのとき、冥土中にひとつの声が轟いた。


「すべての神よ。八百万の神々よ」


 黄泉の国に閉じ込められた、アサナミノミコトの声だった。低く、怒りに満ち、抗えない力を帯びている。


「今、冥土に集いたまえ。この女神は、黄泉の国の禁忌を犯した。またこの幼き菩薩地蔵は、女をかばい、地上へ逃がそうとした」


 悪霊たちが、レイアとエンマ少年を霧の中へ突き出す。

 気づけば、その周りを取り囲むように、神々が現れていた。どこから来たのかはわからない。老いも若きも、男も女も、性別の定かでない者もいる。衣も様々で、光をまとうような装束もあれば、質素な布もある。共通しているのは、怪訝そうな視線だった。好奇心と警戒、そして少しの退屈が混じっている。


 その中に、ひときわ青ざめた顔があった。アサナギノミコトだ。声をかけるでもなく近づくでもなく、ただ二人を見つめ、立ち尽くしていた。

 背後から子どもたちが顔を出す。その中の一人は、先ほど根の国で刃を交えたばかりのスサハヤ少年だ。鼻を赤くし、涙の名残を頬に残している。隣に立つ少女は、整った顔立ちに、どこか勝ち気な目。幼い頃のヒノテラス様だろう。さらにその陰に隠れるように、ぼんやりした表情のツクヨリ少年がのぞいている。


「あっ、さっきのクソガキ——」


 スサハヤ少年が声を上げる。


「あんたは黙んなさい。この泣き虫」


 小さなヒノテラス様が、ぱん、とスサハヤ少年の頭をはたく。


 神々の数は、冥土を覆い尽くすほどに増えていく。

 アサナミ様の声が再び響き渡った。


「わたくしは、こやつらに罰を与えねば気が済まない。さあ、どう片をつけてくれようか!」


 神々が一斉にざわめいた。

毎晩20時頃に更新いたします。

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