11-2 朝那岐vs三貴子、強いのはどっち?
「そなた、死を軽んじておるのか?」
アサナギ様の言葉に凍りつく。
ヒノテラス様が、フォローをするように割って入った。
「おパパ上、れいれいは決してそんなつもりじゃ——」
「口を挟むでない」
老人の眼差しではない。国を生み、生を定めた神の目。
ヒノテラス様でさえ、ぴたりと口を閉ざした。
「太野 礼阿。なぜ、黄泉の国での出来事について知りたいのじゃ」
「それは、その……エンマ大王の過去に関係があるかもしれなくて……」
「そのようなことを問うてはおらん。なぜそなたは、エンマの過去を知りたいのじゃ」
「それは……上司だから……」
「質問の答えになっておらぬ。そなたは随分と、自分自身が曖昧なんじゃのう」
見事に言い当てられたような気がした。思わず感情がたかぶる。
「だって、わからない! 誰も教えてくれないもの! わたしを産んだ親すらわからない。こんな自分に興味なんて持てない!」
「自分とは、他人に教えてもらうものではない。決めてもらうものでもない」
すべてを見透かすような落ち着き払った声に、わたしは唇を噛んだ。
「そら見たことか。話してわかる相手じゃねえんだよ。自分が正しいと思ったことは、絶対に曲げねえからな」
スサハヤ様が鼻を鳴らし、天羽々斬の柄に手をかける。
「力ずくで聞き出すしかねえんだよ。この頑固じじいからは」
「高天原で暴力はやめて!」
ヒノテラス様の鋭い声が飛ぶ。
しかしスサハヤ様はすでに刀を抜いていた。ぶわ、と嵐のような風が吹きすさぶ。社の注連縄が激しく揺れ、周囲にいた獣たちが一斉に逃げ出した。
わたしはヒノテラス様に同意だった。これほど神聖な地で、しかも老人に大太刀を突きつけるなんて、絶対にやめてほしい!
「……礼阿、どこまで本気なの」
小さな声が聞こえた。わたしの背後に隠れているツクヨリ様だ。
「本気、って」
「どこまで本気で、エンマの過去を知りたいの」
その問いかけに、一瞬だけ言葉を失った。しかし、玉座に座るエンマ様の横顔が浮かぶ。たったひとりで罰を受け続け、冥府を、死者たちを、わたしを守り続けてくれた。胸の中で何かが熱を持つ。これは記者魂ではない。もっと感情的で、身勝手で——取り返しのつかないもの。
「わたしは、そのために消滅したってかまわない」
驚くほどはっきりと言葉が出た。まるで、ずっと前から決まっていた答えのように。ああ、わたしは今、初めて自分自身のことを知ったのかもしれない。
ツクヨリ様は、やれやれ、と小さく唇を突き出した。
「重いなあ……」
ぼやきながら、右手を持ち上げる。にじみ出た銀白色の月光が、細長い柄に変わり、その先で巨大な三日月の刃を形作った。隕石に立ち向かったときと同じ鎌だ。
アサナギ様が目を細めた。
「余に逆らうか。我が息子たちは、今も昔も駄々っ子じゃ」
今や、ツクヨリ様とスサハヤ様はそれぞれの武器をかまえ、隣に並んで立っていた。月光と暴風が取り巻く。正反対の兄弟が、今だけは同じ方向を向いていた。
先に動いたのはアサナギ様だった。といっても、振り返っただけだった。見渡した先は、社を取り囲むようにたたずむ古木だ。
みし……みしみし……
嫌な音がした。幹がきしみ、根が地面を割る。長い歳月を経た木々が、兵士のように立ち上がっていく。枝は腕、根は足だ。
わたしは息をのんだ。
「万物に命を与える力、ですか……?」
「命は八百万のものに宿っておる。余はそれを起こしておるだけじゃ」
アサナギ様が静かに言った。
十本ほどの古木が群れとなり、のっしのっしとこちらへ行進してくる。踏み潰されれば、ひとたまりもないだろう。
「相変わらず、面倒くせえ能力だな!」
スサハヤ様が舌打ちし、天羽々斬を振り抜く。黒雲が渦を巻き、古木の兵士たちをまとめて吹き飛ばした。
しかし倒れた木々は再び起き上がる。裂けた枝から新芽が噴き出し、またたく間に形を取り戻していく。
「はあ!? 再生はずるいだろ!」
「命がある以上、生きようともがくのは当然じゃ」
アサナギ様が言い放つ。
直後、ツクヨリ様が宙へ跳びながら斬撃を振るった。月白の閃光が走り、古木を横一線に薙ぎ払う。
「父様、礼阿の話を聞いてやって……」
ツクヨリ様の着地とともに、アサナギ様はその足元に目をやった。ほんのちらりと見ただけだ。石畳の命が叩き起こされ、脈打つように盛り上がる。ツクヨリ様は鎌を持ったまま、後ろにすっ転んだ。
「そろそろ引退しやがれ、クソ親父——!!!」
スサハヤ様が、真正面からアサナギ様に突っ込む。一本の老木が壁のように立ちはだかり、天羽々斬を受け止めた。衝撃で高天原全体が揺れる。
「硬っっってえ……」
「森は、国より古い。小僧ごときの風で倒れるものか」
無数の枝が、鞭のように襲いかかる。スサハヤ様は弾き飛ばされた。
先を尖らせた葉が豪雨のように降り注ぎ、兄弟を追い詰める。
「下がって!」
黄金の灼熱が押し寄せ、葉が一斉に燃え上がった。ヒノテラス様だ。わたしたちをかばって前に出ている。
「おパパ上、本当にやめて——!」
悲鳴混じりの声。
ツクヨリ様は、転がってきた岩に敷かれている。スサハヤ様は、古木に羽交い絞めにされている。手も足も出ない。
そしてアサナギ様が、再び視線を落とした。玉砂利の敷かれた地面がぱっくりと割れる。
「うわああああああ!!!!!」
足場が消え、胃が浮いた。とっさにヒノテラス様が右腕を伸ばし、わたしの手をつかむ。二人一緒に地の底へと落ちていく。風が耳元で絶叫した。
ガリッ! ヒノテラス様が、岩肌に左手の爪を立てた。暗闇の途中で宙ぶらりんだ。
「れいれい、わたしの手を離しちゃだめよ!」
「ヒノテラス様、わたしの手を離してください!」
「……わたしの言葉、聞いていたかしら?」
「このままでは共倒れです」
本当は怖い。落ちたくない。消えたくない。わたしは自分に執着していた。それは何のため?
わたしは必死にヒノテラス様を見上げた。涙がにじむ。
「ヒノテラス様、お願いです——わたしが消滅しても、エンマ様を助けてあげてください」
ヒノテラス様が、琥珀色の瞳をこぼれそうなほどに見開いた。
そして、表情がふっとやわらぐ。なつかしいものを見る眼差しだった。
「れいれい。好きな人ができたのね」
言葉が出ない。涙が次々にあふれてくる。心が熱い。痛いほどに熱い。
「その思いは、手放しちゃだめ。自分で伝えなさい」
わたしをつかむ手に力がこもる。
涙をぬぐうこともできないまま、わたしは震える指でその手を握り返した。
どうしても、エンマ様を救いたい——
そのとき、頭上からぱらぱらと玉砂利が降ってきた。左右の岩壁が動いている。背筋が粟立つ。
わたしたちを潰そうとする勢いで、地面の裂け目が閉じ始めていた。
神々を戦わせまくりで申し訳ないです…。あくまで物語です。
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