10-4 次はどこへ?
「ストーーーップ!!!!!」
わたしは二人の間に飛び込んだ。
スサノオ様とツクヨミ様が、目を丸くして静止する。
「あなたたちクラスの神様が争ったら、世界がどうなるかはご存知でしょう!? この忙しいときに、本っっっ当にいいかげんにしてほしい——」
「ち、違うんだよ。ぼく、礼阿を助けにきたんだ……」
ツクヨミ様がおずおずと言いよどむ。
「関係ありません! さっさと、その物騒な武器を下ろしてください。スサノオ様も!」
二人とも、ぱっと手を引っ込めた。叱られた子どものような動きだ。
「しかも内容が、チビとか、けだものとか。幼稚園児ですか? 神様のくせに、論理力も語彙力もない」
わたしは、がみがみと怒鳴り続ける。自分を止められない。
「わー。れーちゃんが珍しくキレているぞ」
「しかも、国内屈指の権力を持つ神々を相手に」
「母ちゃんみたいな説教。見ものだね」
「止めなくてよいのでしょうか」
「止めたらもったいないだろ」
双子がいじわるな笑い声を上げている。あんたたちも、よく平気でいられるよね!
「とにかく、今は緊急事態なんです。空気を読んでください」
おのずと息が上がった。
スサノオ様とツクヨミ様は、途方に暮れたように見合わせた直後、ぷいっと視線をそらす。
場が静かになると、とたんに恥ずかしくなった。恐る恐るツクヨミ様に向き直る。
「あ、あのう……〝助けにきた〟と言ってくださいましたっけ……」
ツクヨミ様は、こちらをぼーっと見つめ返した。しばらくは〝なぜここに来たんだっけ〟という顔をしていたが、やがてマイペースに答える。
「……うん」
「エンマ様を〝閻魔〟に戻す手助けをしてくださるのですか?」
「……うん」
「エンマ様が〝閻魔〟になった背景を、ご存知ということでしょうか?」
「……ううん」
わたしも冥府のメンバーも、がっくりと肩を落とした。
ツクヨミ様は事もなげに首をかしげる。
「ぼくは知らないけれど。月はすべてを記憶しているからね」
!!!!!
わたしはぱっと顔を上げた。そうだ、ツクヨミ様には過去を再現する能力がある。司命の生前の一場面に誘い込んだときのように。
「見せてくださるのですか?」
「うん。礼阿がそうしてほしいなら、いいよ」
あっさりとうなずくツクヨミ様。草むらに横たわるエンマ様のそばへ歩み寄る。月白色の瞳が輝き、長い黒髪がぶわっと広がる。
円を描くように二人を囲み、息をのんで見守った。スサノオ様さえも、その神秘的な様子に見入っている。
わたしたちは過去が現れるのを待った。しかし、何も起こらない——
「……んん?」
ツクヨミ様がきょとんとした。髪が重力に従って、はらりと落ちていく。
「なんだか、うまくいかないや」
「うまくいかない!?」
わたしはオウム返しをした。
「うん。ごめんね、礼阿」
「え、え、え。どうして……」
「んー。なんだか、鍵がかかっているようで」
ツクヨミ様は、スサノオ様を振り返った。
「どうしてだと思う? すんすん」
「アマテラスみたいな呼び方をするんじゃねえ。この、ちんちくりん——」
またもや刀を抜きかけたスサノオ様を、キッとにらみつける。
スサノオ様は舌打ちをしながらも、腕組みをして考え込んだ。
「兄貴が手を出せないとなると、兄貴よりも力のある者が阻止しているとしか考えられないな」
「それって誰ですか?」
「おれたち姉兄弟を超越した存在。んなもんは、この世にたった二人しかいない」
胸騒ぎがした。まさか。
ツクヨミ様が、ぼんやりとした口調で名前を挙げる。
「ぼくらの両親、伊邪那岐命と伊邪那美命だ」
一同、絶句した。ああ……これまた、とんでもないビッグネームが飛び出したものだ。
「しかし、あの二人が、閻魔誕生に関わっているとは思えないが」
「エンマの過去が封じられているのは確かだよ」
「兄貴の腕がなまっただけじゃねえの?」
「そんなに疑うなら、まずはおまえの過去を暴いてあげようか」
再び揉め始めるスサノオ様とツクヨミ様。これ以上の争いになる前に、割って入る。
「伊邪那美様は……すでに亡くなっていますよね。伊邪那岐様に面会することはできませんか?」
「親父に会って、どうするんだ?」
「取材をさせていただきたいです」
スサノオ様は、とたんに豪快に笑い始めた。
「神でもない、ただの人間上がりが、親父に会いたいって? 冗談も休み休み言え!」
ツクヨミ様も困ったような顔をしている。
「たぶん……それは無理だよ、礼阿。軽々しく対面できる相手ではないんだ」
わたしは司命と司録を振り返った。お手上げだと言わんばかりの視線が返ってくる。
希望がほどけたそのとき、あたたかな声が降ってきた。
「あきらめの早い弟たちねえ」
冥界を覆う暗い霧が揺らぎ、光が差す。まばゆさに思わず目を閉じた。
次にまぶたを開くと、そこにいたのはアマテラスオオミカミだった。
「アマテラス様!」
声が弾む。消えかけていた希望が、一気に灯った。
「こんにちは、れいれい」
アマテラス様が、わたしに向かってほほ笑みかけた。堂々と弟たちに歩み寄る。川辺のぬかるみの泥がはね、金色の衣に点々とつくが、気にもとめない。
「お久しぶりね。つんつん、すんすん」
「そのあだ名はやめろ!」
スサノオ様がすかさず噛みつく。
ツクヨミ様も、けして嬉しそうな顔はしていなかった。
「嫌あねえ。かわいげがないのだから。できればこのまま絶縁していたいわ」
「それはこちらのセリフだ! クソ姉貴、勝手におれを冥府へ送り込みやがって——」
「……」
からかいの笑みを浮かべるアマテラス様。激怒をあらわにするスサノオ様。ぼーっとしているツクヨミ様。つくづく似ていない姉兄弟だ。
「ヤタガラスが運んできた手紙を読んで、すぐに飛んで来たのよ。でも、つんつんの方が早かったわね。偉いわあ。すごいわあ」
「……別に」
ツクヨミ様は、すっと視線をそらした。ギャルに苦手意識があるらしい。
「れいれい、父に会いたいの?」
「はい。伊邪那岐様が、エンマ様の過去に関わっていらっしゃる可能性がありまして」
「そーお? すんすんが〝エンマをボコボコにした〟と威張っていた記憶しかないけれど」
「それはそれで、たっぷり聞かせていただきました」
わたしは思わず苦笑いを漏らす。
スサノオ様は「事実だぞ」と念を押しながら、不意に思い出したように眉をひそめた。
「そのとき、エンマに〝黄泉の国へ続く道は、千人がかりでも動かせない巨大な岩で封じられた〟と言われたっけ。岩を置いたのは、親父だよな?」
つまり……
伊邪那岐様が、黄泉の国を岩で塞ぐ(エンマ様はそれを知っていた)
→根の国で、スサノオ様がエンマ様をボコボコにする
→エンマ様が閻魔大王になる
この時系列だ。
わずかな可能性だが、やはり伊邪那岐様は、エンマ様の過去を知っている可能性がある。
「伊邪那岐様に、黄泉の国について取材をさせてもらえないでしょうか」
アマテラス様が、ゆっくりと言葉を置く。
「まあ、普通は対面できないわね。でも、わたしたち三貴子がともに頼み込めば、父も心変わりするかもしれないわ」
「そううまくいくかよ。特に、おれと兄貴は失望されているし」
スサノオ様が鼻で笑い飛ばした。
「この子を引き合わせるために、険悪な三姉兄弟が仲直りをしたと知ればどうかしら?」
アマテラス様の声色はやわらかく、しかし確信に満ちていた。
「あの御方が父親ならば、多少は情が動くでしょう」
スサノオ様は、これで何度目かわからない舌打ちをした。
ツクヨミ様は微動だにせずに口をつぐんでいる。
それらが同意の合図だった。
「あなたたちったら、素直じゃないんだから」
アマテラス様がくすくすと笑う。手を伸ばし、スサノオ様の頬をつねろうとした。しかし軽くかわされる。
「触んな。おれを誰だと思っている」
「はいはい。厄介者で外道で照れ屋さんの、すんすんよねえ」
アマテラス様は、狙いをツクヨミ様に変えた。
ツクヨミ様はなされるがままに、むにむにと両頬を引っ張られている。
「あら、つんつん。潔癖症は治ったの?」
「いや……まもなく我慢の限界が来るから、あまり触らないで……」
「まあ、ごめんなさいね」
アマテラス様が、ぱっと手を離した。そのままわたしを振り返り、手を差し伸べる。
「行きましょう、れいれい。神々のすまい、高天原へ」
心臓が高鳴る。わたしはアマテラス様の手を取った。あたたかい。
スサノオ様は、早くに母親を亡くした分、昔ながらの母ちゃんのような叱り方をする礼阿に弱いのかもしれません。
アマテラス様の挨拶が、昼夜を問わず「こんにちは」なのは、彼女がいるところにはいつも光が差すからです。
平日・土日祝ともに毎日20時頃の更新に変更いたします!




