表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/77

10-3 助けてくれるのは誰?

 三途の川のほとり。

 誰も動けないまま、冥府が完全にがれきとなった。それを見届けた瞬間。


「あああああ……」

「わしらの……わしらの家がぁぁ……」


 桃爺、桃婆、色鬼たちが泣き崩れた。小さな体が折り重なるように集まり、嗚咽(おえつ)が広がる。


「あーあ。こりゃ掃除が大変だ」


 興味なさげな声に、その場にいる全員が振り返った。一斉に血の気が引く。


「す、スサノオノミコト!?」

「どうしてここに」


 じり……と、誰からともなく後ずさる。司命と司録、桃鬼さんでさえも、おびえ切っていた。

 一方のスサノオ様は、まったく気にしていなかった。堂々と腕を組み、崩れた冥府を眺めているだけだ。


 わたしは土の上にへなへなと座り込む。


「もうだめだ」


 スサノオ様が、ちらりとこちらを見下ろした。


「まだできることがあるだろ」

「何もありません。どうすればエンマ様が〝閻魔(えんま)〟に戻るのか、わからない」


 スサノオ様はこれ見よがしにため息を吐いた。そして(ふところ)を探る。


「今しがた、広間で刀を振り回しながら、これを見つけてな。そのまま拝借してきた」


 取り出したのは、一枚のしわだらけの和紙だった。見覚えがある。


「おまえ、おれの記事を書いていたのだな。これほどの窮地(きゅうち)だというのに」


 スサノオ様が、あきれたように言う。


「……約束ですから」


 かすれた声で答える。

 するとスサノオ様が、フン、と笑った。


「その特技を活かせ」

「え?」

「悪いが、おれはエンマが閻魔になった理由なんざ知らねえ。知っているやつに聞け」

「でも、当てがないんです。どうやって……」


 スサノオ様が、じろりとにらむ。


「特技を活かせと言っただろう。なりふりかまわず、助けを求めろ」


 そして、ぱん、と大きなてのひらを打ち鳴らした。音が霧を割る。

 すると、頭上から優雅な羽ばたきが聞こえた。巨大な影が空から降りてくる。


「編集長!!!!!」


 スサノオ様のかたわらに舞い降りたのは、ヤタガラスだった。胴体に包帯を巻いている。


「生きていたの!? スサノオ様に撃ち落とされたとばかり……」


 言い終わる前に、ヤタガラスがスサノオ様の頭をつついた。ばしっ!


「いてっ! おい、手当してやっただろうが。この、でくのぼう!」


 スサノオ様が叫ぶ。

 ヤタガラスは容赦ない。ばしばしばしっ! 今度は連続攻撃だ。


「この子は、アマテラス様の使いなのですよね?」

「正確には、うちの家族のペットだな。だからおれが呼んでも、来るっちゃあ来る。まったくなつかれてはいないが」

「そうみたいですね」


 くちばしで突き刺されながら、スサノオ様は和紙をこちらへ寄越す。

 わたしははっとし、それを地面に広げた。——ペンがない。手帳とペンは広間に置いてきてしまった。今やがれきの下だ。


「これで書けるかな?」


 桃鬼さんだ。建物の残骸から炭のかけらを拾い上げ、わたしに差し出す。


「ありがとうございます!」


 炭を受け取った。ざらりとした感触の、即席のペン。震える手で必死に書いた。


 〝閻魔大王の過去をご存知の方へ。この(ふみ)をお読みになりましたら、至急、冥府までご連絡を〟


 顔を上げると、ヤタガラスがじっとこちらを見つめていた。

 和紙をじゃばらに折り、くちばしに預ける。


「天と地の境界を越え、世界のすべてに届けてください」


 ささやくなり、ヤタガラスは雄大な翼を広げた。黒い影が空へと跳ね上がる。どこまでも高く空を切り裂き、そのまま見えなくなった。


「れーちゃん、いつの間にスサノオ様まで味方につけたんだよ」

「末恐ろしい小娘です」


 遠巻きに観察しながら、司命と司録が耳打ちし合っている。

 スサノオ様は気にもとめず、三途の川を泳ぐ魚のつかみ取りに興じていた。


「……味方というか、気まぐれで助けたっぽいなー」

「ですね」


 双子が肩をすくめる。


 ——果たして手紙の返事は来るのだろうか。外の世界とは、時間の流れが噛み合わない。速い場合も遅い場合もある。どれくらい、ここで待てばいい? どれくらい、エンマ様の体は持ちこたえられる? 胸の奥で焦りがじわじわと広がる。

 誰でもいい。どんな形でもいい。聞きたいのはひとつだけ。どうすればエンマ様を取り戻せるのか。


 そして一分も経たないうちに、三途の川に異変が起きた。ごぼ、ごぼごぼ——川底から泡が湧き上がってくる。


「な、なに!?」


 思わず身がまえた。

 次の瞬間、水面が膨らみ、しぶきを上げて弾ける。


「ぷっはああああ!」


 びしょ濡れの顔が飛び出した。


「うわああああああ!!! なんだ、このばっちい水は——」


 じたばたともがいているのは、ツクヨミノミコトだった。おだやかな波の中で、どう見ても溺れている。

 わたしが立ち上がる前に、司命と司録が川に飛び込んだ。


「ばっちい水を飲んでしまった!」

「ちょ、ツクヨミ様、無駄に暴れないで。余計に沈みますよ——」

「ばっちい手で、ぼくに触るな! おええええっ」


 ああ、大惨事だ。ツクヨミ様の口からあふれ出たものは、川魚たちのエサになるだろう。


 双子が協力し、岸へと押し上げる。

 わたしは川べりに膝をつき、手を伸ばした。


「つかまってください!」


 ぐい、と華奢(きゃしゃ)な腕を引く。水を吸った衣が重い。


「う、うう……礼阿(れいあ)、助けて……」


 ツクヨミ様はべそをかいている。ようやく岸に乗り上がり、倒れ込んだ体を抱きとめる。


「ツクヨミ様! 湖から出てこられたのですか?」

「うん……礼阿が困っているみたいだったから、勇気を出してみたんだ……」


 ツクヨミ様が、青ざめた顔で口元をぬぐう。なんといとおしいことだろう。

 それにしても、これほど早く(ふみ)が出回るとは。編集長が良い仕事をしてくれたみたい。ありがとう。


 背後で、じゃり、と砂を踏みしめる音がした。


「どこぞの勇者が馳せ参じたかと思えば、引きこもりの兄上様か。しけたツラを見せやがって」


 スサノオ様だ。侮蔑(ぶべつ)の眼差しでツクヨミ様を見下ろしている。


「……なんだ、スサノオか。どうりでこのあたりの空気がばっちいはずだ」


 ツクヨミ様がぼそりと言い返す。

 ピキッ。スサノオ様のこめかみに青筋が立った。


「高潔な兄上様。表舞台に顔を出したのは、実に何年ぶりでしょうか?」


 ツクヨミ様がゆらりと立ち上がった。

 兄弟神が、真正面から向かい合う。


「ぼくは孤独を好むが、〝月読(つくよみ)〟としての役目はきちんと務めてきた」

「世間からかくれんぼをしている臆病者に、何の価値もねえよ」

「加減も知らずに暴れまくって、他人様(ひとさま)に迷惑をかけるよりはマシじゃないかな」

「兄貴は家族ののけ者だ。この、クソチビ」

「それはおまえも同じだろう。この、けだもの」


 ぴんと張り詰めた空気の中、スサノオ様の手が天羽々斬(あめのはばきり)のつかにかかった。

 同時にツクヨミ様が袖を振り上げる。


 この国で最高峰の兄弟喧嘩が始まろうとしていた——

ゴールデンウィークはお試しでいろんな時間に投稿してみます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ