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9-4 何をしていらっしゃるのですか?

「……来ないなあ」

「来ないですねえ」


 司命(しめい)司録(しろく)がぼやく。


 スサノオ様の言う通りだった。死者が現れない。つまり、冥府に朝が来なくなった。


「エンマ様も、執務室から出てこないなあ」

桃爺(ももじい)桃婆(ももばあ)が扉の前に食事を置いても、手をつける気配がないそうです。あのまま寝台で伏せ続けているのでしょう」


 桃鬼さんの言葉を思い出す。(にわとり)が先か、卵が先か。死者が来るから閻魔がいるのか、閻魔がいるから死者が来るのか。一方が欠けた今、もう一方も起こり得ない。

 双子とともに、抜け殻のように広間で待ち続ける。死者を、そしてエンマ様の復活を。


「しかし、桃鬼さんと(たかむら) 野々子(ののこ)が生死の境から戻ったのは、喜ばしいことですね」

「このところの冥府で唯一の良いニュースだ」

「あれだけの傷を負ったというのに、奇跡ですよ」

「桃爺と桃婆が必死に治療しているからな。まだ意識はないようだが」

「篁野々子は指をへし折られたので、二度とかるたができないかもしれませんね」

「生きているだけで、九割勝ちだ」

「ずいぶんと雑な勝算ですね。……まあ、司命がそう思えるようになったことも、良いニュースです」


 わたしは広間に和紙と筆を持ち込んでいた。スサノオ様との約束を守り、記事を書こうとしたのだ。しかし一枚も進まないうちに、手が止まってしまった。

 司録は目的もなく帳面を取り寄せ、ぱらぱらとめくっては戻すのをくり返している。


 書きかけの〝退座(たいざ)〟から、体感で三日ほどが経ったとき、司命がぼんやりと広間の天井を指差した。


「おい……見ろよ」


 ロウソクの灯りの中、ぱら、と何かが降ってきた。石のかけらだ。目を凝らすと、広間のあちらこちらに細い亀裂が走っていた。蜘蛛(くも)の巣のように、少しずつ広がっている。


 誰も口にしない。でも、全員が同じことを考えている。冥府は終わりかけている。


「司命、司録。悪いけれど、厨房の桃鬼さんたちを呼んできて。わたしは執務室に行ってくる」


 双子が同時にわたしを振り返った。ああ、二人とも、なんてさみしそうな目をしているの。このあとわたしが言うセリフを察しているようだ。


「この城を捨てなきゃ」


 振り返らずに裁きの間を後にした。これ以上、双子と目を合わせていたら、泣いてしまいそうだ。しかし泣いている場合ではない。執務室からエンマ様を引っ張り出し、城の外へ連れ出さなければ。


 前回以上に、廊下を長く感じた。松明(たいまつ)は一定の間隔で並んでいるのに、次の灯りがやけに遠い。壁のいたるところが()ち始めている。砕けた石につまずきそうになる。

 やがて空気が変わった。熱い。前回、双子とともにエンマ様を運び込んだときにはなかった、焦がされるような熱気。冥府の中心に近づくのを肌で感じる。


 そして、はっきりと聞こえた。執務室の扉の向こうから、高い叫び声が。押し殺せずに漏れ出た苦痛の悲鳴だ。

 ……まさか、エンマ様は目を覚ましているの? わたしたちの不安をよそに、美女たちの舌を抜いて楽しんでいるというわけ?


 指先が白くなるほど、強くこぶしを握りしめた。迷わずノックをする。返事はない。勢いのまま、ドアノブに手をかけた。鍵はかかっていない。ぎい、と重厚な音を立てて、扉が開く。


 エンマ様は寝台にいない。うめき声は部屋の奥から聞こえていた。一枚の厚いカーテンが垂れ、向こう側を完全に隠している。

 まさかあそこで、せっせと(たわむ)れに(いそし)しんでいるのか——それを調査しにきたわけではないけれど。どうせなら、まとめて(あか)してやる!

 

 気配をひそめ、一歩ずつ絨毯の上を進み、カーテンの前に立つ。布地のずっしりとした重さが指先に伝わった。その向こうで、確かに、誰かが苦しげに息を吐いている。


 わたしは大きく息を吸い、カーテンを思い切り引いた。

ゴールデンウィークはお試しでいろんな時間に投稿してみます。

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