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9-1 須佐之男命ってどんな神様?

 窓にぶつけられたたんすの木片が、霧の中に飛び散る。大量の原稿があおられ、きりきり舞いをした。


 これが〝すんすん〟——いや、スサノオノミコト。乱雑に結わえた長い髪は、まるで獅子のたてがみのように逆立っている。顔にも、太い首筋にも、隆起した腕にも、無数の古傷が刻まれていた。


「ふざけるな! おれの武勇伝をめちゃくちゃに書き換えやがって!」


 雄叫びが冥府全体に反響した。スサノオが爆ぜるように踏み込むと、石床に亀裂が走り、まっすぐにこちらまで伸びてきた。


「ちょ、ちょ、ちょ、ストーーーップ!」


 反射的に叫ぶ。なんてやつなの。まるで災害のような暴力性だ。

 そもそも、ヤマタノオロチの記事の件で殴り合うために呼んだわけじゃないのだから。


太野(おおの) 礼阿(れいあ)。おまえ、誰に軽口を叩いているのか、承知しているのだろうな」


 地の底をこするような、低いうなり声。


「存じ上げていますよ。でも、冥府では、力による主張は認められませんので」


 わたしは言い返した。自分でも、肝がすわっていると思う。今はエンマ様を助けたい一心だった。

 スサノオが鼻を鳴らす。


「その墓石のごとくカチコチの脳は、エンマ譲りか?」

「記事をお読みになったのですよね。その節は申し訳ありませんでした。でも今は、別件でおたずねしたいことが……」

「ああ、読んだとも」


 スサノオは聞く耳を持たない。


「ヤマタノオロチに、姉貴、兄貴の記事。あんまり腹立たしかったものだから、原稿を運んでいるカラスを、矢で撃ち落としてやった」


 喉を、ひゅ、と吹雪が通り抜けたような感覚がした。反対に腹の底では熱湯が煮え立つ。


「この、人でなし!」

「当たり前だ、おれは人ではないからな。あのカラスは、我が麗しの姉上の使いだろう? 図体ばかりのでかい、うすのろの化け物が」

「あなたなんて、世間にこっぴどく評価されて当然よ」


 スサノオの片眉がぴくりと跳ねる。わかったぞ、と言いたげな視線だ。


「ああ、結局はそういうことか。おまえは姉貴のお友達。兄貴の、オロチのお友達だ。だからやつらの肩を持った記事を書くわけだな」

「記者はそんなことをしません。すでに一説があるから、もう一方の視点を提示しただけで——」

「高尚な言い訳だな。えこひいきのペテン師め」


 ペ、ペテン師!?


「ちゃんと読みましたか? あなたをおとしめる内容なんて、一行も書いていないでしょう!」

「ヤマタノオロチと姉貴の株が上がることで、相対的に、おれの株が下がるんだよ。そんなこともわからねえのか、この、あほんだら!」

「誰が、あほんだらよ!」


 どんどん言葉遣いが荒れていく。まずい、相手のペースに飲まれちゃいけない。


「とにかく、物語は誰の所有物でもありませんから。解釈は常にひとつではありません」

「何をとぼけていやがる。おれの武勇伝は、おれのもんだろうが!」


 ほえたけるスサノオに共鳴するように、壁際の棚が倒れた。衣類や洗面用具がばらばらと降ってくる。この人、本気でわたしを消滅させる気だ——!


「これ以上、壊さないでください! 持ち家ではないので!」


 わたしの訴えを無視し、スサノオは寝台にかかとを落とした。寝台が真っ二つに割れる。


「兄貴の記事も読んだぞ。あの弱っちくて情けない、神とも呼べないような間抜けめ」

「ツクヨミ様は弱くなんかないです」

「ほんの子どもに見えただろう? あれが、やつの精神年齢だ。神とも呼べなきゃ兄とも呼べねえよ」


 確かにスサノオはツクヨミ様の弟のはずだが、アマテラス様やエンマ様と同じく二十代前半くらいに見えた。


 考えている間に、プロの投球のような速度で枕が飛んでくる。なんとかこの男を丸め込まなきゃ!


「こういうのはいかがでしょう?」


 頭をかばいながら、机の下にもぐり込む。エンマ様の話を聞き出すには、スサノオの自己顕示欲(じこけんじよく)を利用するしかなさそうだ。


「あなたの物語を、あなたが語る。それなら文句はないはずです」

「ほう。つまり、おれ様の記事を書きたいと?」

「そうそうそうそう」


 わたしは必要以上にうなずいて見せる。


「書き換えません。削りません。盛りません。すべてあなたの話すままに」


 スサノオは床の亀裂をものともせず、大股歩きで闊歩してきた。わたしがひそむ机の下をのぞき込む。ぎょろりとした大きな目玉。ひるみそうになるのを、ぐっとこらえた。


「命がけの交渉か。悪くねえ」

「た、ただし、条件が……」

「あ!? てめえが条件をつける立場か?」


 ひゃー、怒鳴られた。でも、押し通すしかない。


「お話いただくのは、エンマ様が関わっている部分にしてください!」

「なんでだよ」

「エンマ様とスサノオ様には、昔からの接点があるとうかがいました。誰もが知る二人の交流、これはもう記事のテーマとして外れるわけがありません。日本国民が総立ちになります」

「ああ、間違いねえ」


 この誘い文句に、スサノオは満更でもない顔を見せた。よし、エサに食いついた!


「だがな。おれとエンマは、ガキの頃にたった一度しか会ったことがないぞ」

「その一度が知りたいのです!」

「それに、あいつの部下であるおまえが喜ぶかどうか」


 スサノオがほくそ笑む。


「おれがエンマをボコボコに蹴散らした話だからな」


 わたしはぽかんと口を開けた。


「あなたって、子どもの頃から暴力的だったのですか?」

「なんで一方的におれが悪い前提なんだよ」

「すみません……」

「ああ、確かにおれは外道だ。しかし、先に手を出してきたのは、エンマの方だぞ」

「はあ!?」


 びっくりして、机の裏に頭をぶつけた。信じられない。あの理性的なエンマ様が、喧嘩を吹っかけるだろうか?

 

「嘘でしょう」

「嘘をついてどうすんだよ。おまえの(あるじ)に聞いてみろ」


 ——それができたら苦労しない。エンマ様が病に伏していることは黙っていた。

 納得のいかない話だ。でもエンマ様を救うためには、どんな情報も拾わなければならない。


 頭のたんこぶを押さえながら、顔を上げる。


「……その話を取材させてください」


 スサノオは勝ち誇った表情で、わたしを見下ろした。


「何なりと聞け、小娘。ただし、おれ様の納得のいかない結果になった場合、この城ごと、てめえを吹き飛ばしてやるからな」

平日は毎朝7時頃、ゴールデンウィークはいろんな時間帯の投稿を試してみます。

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