5-2 隕石から身を守る方法は?
「隕石って……どうしてわかるの?」
やっとそれだけを絞り出した。
司命は肩をすくめる。
「飢饉とか、疫病とか、災害とか、人口減少に大きく影響するものは、月の終わりに察知できる」
「未来が見えるということ?」
「なんにも見えないぞ。死の匂いを感じるだけだ。鉄みたいな血、あふれ返る海、それに夜空そのものが割れたような乾いた匂い」
司命が、くん、と鼻を動かす。
「何人が亡くなるの?」
「一億二千万人くらいかな」
「日本の全員じゃないの!」
「そ。日本全土がバリバリのバキバキに砕け散るわけだから」
司命はあまりにも簡単に言う。まるで明日の天気の話でもしているようだ。
わたしは愚かな質問をした。
「止められないの?」
「ぼくには無理だ。終わらせる側だから」
司命はロウソクを見下ろしながら歩き続けている。
「で、何を困っているかって話だけれど。もしこのまま日本が沈没したら、すべての人間が死ぬ。するとぼくたちはどうなる?」
「えーと……裁きの数が増えそうだね……」
「正解。手が足りなくなるくらい忙しくなる。一時的にな。だが本当の問題はそのあとだ。何が起きるかわかるか?」
「えーと……」
「人間がいなくなれば、もはや死人は出ない。つまりぼくたちの仕事はなくなる。冥府カンパニー、解散だ」
わたしは司命をじっと見つめ、観察した。
「……たくさんの人間が死ぬことに同情してるわけではなく、自分が無職になるのが怖いのね」
「そうだけれど?」
間髪入れず、肯定。
「何か問題でも?」
「わたしは前者だな」
「だろうな」
司命が、くつくつと喉の奥で笑う。
「れーちゃんはそういうやつだ。つまり、動機は違えど、望む結果は同じ」
司命が遠くを見つめた。わたしも同じ方向に目を向ける。無数の灯りの向こう。まだ来ていない〝終わり〟の方へ。
自然と言葉が重なった。
「「隕石の落下を食い止める」」
・・・・・・・・・・
翌朝、わたしたちはいつもより一時間早く起き、食堂の隅っこに集まった。
「二人とも、随分と早起きだな。まだ朝ごはんはできていないよ?」
厨房に立つ桃鬼さんが、けだるそうに顔を上げる。割烹着に腕を通し、手には立派な包丁。
わたしは慌てて返事をした。
「大丈夫です。場所だけ借りられれば」
「ふうん。仕事熱心ですなー」
桃鬼さんは息を吐き、野菜をトントンと小気味よく刻み始めた。
わたしは司命と向かい合って座り、顔を突き合わせる。
「この件、エンマ様に相談しなくていいのかな……」
「エンマ様も司録も、ルールを順守するタイプだ。地上への干渉なんて、まず許さない」
「それもそうだね」
確かにわたしたちが首を突っ込もうとしているのは、ルールの外側だ。
「隕石はいつ落ちるの?」
「地上では明日かもしれないし、五十年後かもしれない。ただし冥府の体感でいうと、七日後の夜だ」
「時間がなさすぎるよ」
「仕方ないだろ。ぼくが知ったのだって、昨日の朝なんだから」
そりゃ不機嫌にもなるわね。
「隕石を止めるには、一般的にどんな方法があるんだろう?」
「実は、学校新聞の取材で、宇宙科学研究所に行ったことがあるのだけれど」
「ぼく、れーちゃんのそういうとこ好きだ」
司命がにやりと笑う。
「隕石の軌道を変える、爆破する、この二択しかないと思う」
「えー。どれも危なそうだなあ。網を張って隕石をキャッチするのはどうだ?」
「誰が捕まえるのよ」
「そりゃ人間だろ。一部の尊い犠牲は出るだろうが、自分の身は自分で守れ」
いろいろと案を出してみるが、どれも現実的ではない。
司命は片肘をつき、偉そうにため息をついた。
「あー、なんだかイライラしてきた。進展性がない」
「言い出しっぺがやる気をなくすの、やめてくれる?」
「相談相手を間違えたか」
「さっき、れーちゃん好きって言ったばかりでしょ」
司命は、その発言を後悔していると言わんばかりに、机に突っ伏した。
わたしはかまわず続ける。
「隕石は日本を直撃するのではなく、日本付近に落ちるんだよね。ということは、全土が海に飲み込まれるんだ」
「うん。潮の匂いが強い」
司命がのそりと顔を上げ、鼻をぴくぴくと動かす。
「ひとまず野々子ちゃんに相談するのはどう? 地上の協力は不可欠だと思うけれど——」
わたしが身を乗り出したそのとき、どん、と重い音がし、机にお盆が置かれた。大根おろしが添えられた焼き魚に、ほかほかの五目ごはん、豚汁が湯気をくゆらせている。
「誰に頼るって?」
桃鬼さんがたくましい腕で、司命の前にもお盆を置いた。その勢いに豚汁のしぶきが跳ね、箸が机に転がり出る。
しまった、名前を出したタイミングが悪かった。桃鬼さんは野々子ちゃんのことが大嫌いだから。
「あのデリバリー娘の名前が聞こえた気がしたが、気のせいだろうなあ」
桃鬼さんは箸を拾い上げ、お盆に戻す途中でパキッとへし折った。
「気のせいです気のせいです気のせいです」
わたしは慌てて両手を振り、否定した。
しかし桃鬼さんは机に片手をつき、ぐっと身を乗り出した。険しい顔が近づく。エンマ様の冷たい威圧とはまた違う、人間味のある湿った怖さだ。
……頭に鬼の角は生えているけれど。
「あいつに頼るくらいなら、おれにしたらどう」
目と鼻の先で、笑顔もなく迫られる。わたしは助けを求め、横目で司命を見た。
司命は心底うんざりした顔で、大きくため息をついた。
「桃鬼さん。仮の話だけれどさ」
「ああ」
「日本の近海に隕石が落ちるとして。それ、どうやったら止められる?」
桃鬼さんはゆっくりとまばたきをした。黙って体を起こし、しばし考え込む。
やがてこう言った。
「隕石の食い止め方は知らねえな」
「ですよねー……」
「ところで、三途の川で獲れる魚が、時間によって違うのは知っているか?」
唐突だった。何の話かと思いながら、首を横に振る。
桃鬼さんは、司命の前のお盆を、とん、と指で叩いた。
「今、その皿に乗ってるのは夜に獲れる魚だ。昼にしか獲れない魚もいる。何が違うと思う?」
「味?」
「餌?」
「違う」
ぴしゃりと切り捨てられ、わたしも司命も肩をすくめた。
「満ち引きだよ。水位が高ければ回遊する魚が獲れ、低ければ泥を好む魚や川底にへばりつく貝が獲れる。
水は常に増減をくり返す。海も同じさ。仮に、隕石が落ちるとして」
桃鬼さんは、〝仮に〟を強調した。
「満ち潮のときと引き潮のとき、どちらが被害は大きくなるかな」
「……満ち潮」
わたしの答えに、桃鬼さんはあっさりとうなずいた。
「そう。水が多い分、波は遠くまで行く。すべてをかっさらっていくだろう」
思わず息をのんだ。
「じゃあ……落下を、引き潮のときにずらせば……」
「そんなことができればだけれどな」
司命が鼻を鳴らした。
すると桃鬼さんが、何気ない調子で言う。
「海の満ち引きが、何に由来しているか知っているか?」
「さあ。巨大な誰かが飲んだり吐いたりしているとか?」
「司命くんは本当に発想力が豊かだね」
桃鬼さんは両手で真ん丸な円を作ってみせた。
「月だよ。月の引力に合わせて、海は呼吸している。だから、仮に、隕石落下のタイミングで潮を引かせたくば、ちょっくら月を動かせばいいのさ」
愉快そうに笑う。わたしと司命は言葉を失った。
軽い、ノリが軽すぎる。あまりにも不可能だ。
司命が顔をしかめる。
「だから、そんな芸当のできるやつが、一体どこに——」
半分あきれ、半分投げやりな声。
でもそのとき、わたしの心に、ある人物の顔が浮かび上がった。
「……太陽を司るのは、アマテラスオオミカミ。じゃあ、月を司る神様もいるの?」
司命が目を見開いた。そして慎重にその名を告げる。
「ツクヨミノミコト。アマテラス様の一番目の弟君だ」
新たな神様の出番です!果たして敵か味方か?
平日は毎朝7時頃、土日祝は正午頃に投稿いたします。




