5-1 生と死の分け方は?
双子を仲直りさせるにはどうすればいいのだろう。
そもそもの原因は、司命の不機嫌だ。その日の裁きが終わるなり、わたしは司命の背後ににじり寄った。
「ねえねえ、やっぱり今日は様子がおかしいよ。どうしたの?」
「別に」
司命はいち早く広間を出て、廊下をずんずんと進んでいく。わたしも同じ速度でしつこくつきまとった。
「口数が少なすぎるよ。気味が悪い」
「ただの省エネ運転だ」
「死者たちのことも、からかわないし」
「死んだばかりのかわいそうな死者をからかうやつがいるかよ」
「司命の日課でしょ」
「今日は休業。あー、しつこいな」
うそぶく司命の肩をつかみ、無理やり立ち止まらせた。
「ねえ、どうしてそんな表情をしているの」
司命はこぶしを握りしめ、血の気のない顔でうつむいていた。
「ぼくのことも取材する気かよ」
苦々しく吐き捨てられ、うっ、と面食らう。それでも退かなかった。
「取材じゃないよ。友達として、気になるから聞いているだけ。それ以上でも以下でもない」
「友達——?」
司命の瞳がわずかに揺らぐ。そして次の瞬間には憤慨し始めた。
「友達じゃない! ぼくが先輩だろうが」
「はいはい。容姿が同じくらいの年齢に見えるから、ついね」
「この礼儀知らずが」
むくれてはいるが、声色も表情も次第に和らいでいく。
少しの間のあと、司命はぼそりと言った。
「……先輩として、教えてやるのも悪くないかもしれないな」
「はいはい。教えてほしいなあ」
何だか知らないが、適当にうなずいておく。
「ぼくはかなりの重要人物だし」
「はいはい。尊敬しています」
本当に素直じゃない。でも、こうして持ち上げてやれば、まるで自分から差し出したような顔で、ちゃんと乗ってきてくれる。
司命がまっすぐにわたしの目を捉えた。
「じゃ、来るか?」
「はいはい。……うん? どこに?」
「ぼくの部屋」
「はいはい。……えっと、ソノ必要ガアルカナ?」
わたしがカチコチの片言で答えると、司命が大笑いを始めた。
「なーに緊張してんだよ! あはは。行くぞ!」
司命は無邪気な笑顔でわたしの手を取った。先ほどよりも勢いを増し、見覚えのない角を曲がって進んでいく。わたしは懸命に足の回転速度を上げるしかなかった。
「ねえ、司命……」
司命はわたしの手を引き、迷いなくすたすたと歩いていく。松明に照らされたその横顔からは、再び笑みが消えていた。
やがて靴音が止まった。目の前にあるのは、飾り気のない一枚の扉だ。
「ここが司命の部屋?」
「部屋というより——作業場かな」
その言葉に、好奇心が背骨を走る。ぞくぞくぞくぞく!
「つ、つ、つまり、生と死を定めている場所ということ?」
司命の役割は知っている。けれど、やり方は知らない。生者と死者の名簿をつけるのかな? それとも、ふるいにかけて仕分けるのかな?
わたしの興奮とは反対に、司命の声色はどこか陰っていた。
「言っておくけれど。見ても、どうにもならないぞ」
司命が扉を開けた。
とたんに、光が押し寄せてきた。白い光ではない。朱だ。赤でも橙でもなく、もっと濃い。血に近い色の光が、波のように視界へなだれ込む。
思わず目を細めた。まぶしいのではない。視界のすべてを同じ色で塗り潰され、うろたえたのだ。
足元で音が弾けた。ぱち、ぱち、ぱち、と。一つ一つはかすかな音なのに、数が多すぎてざわめきになる。
——ロウソクだ。床を埋め尽くすように並んでいる。けれど、完全に隙間がないわけではない。人ひとりが通れるほどの細い道が、蛇のように奥へと続いている。
壁はあるのかどうかわからない。ただ、炎だけが続いている。道の外に一歩でも踏み出せばすぐに触れてしまいそうな距離で、どこまでも、どこまでも揺れている。無数の小さな命のように。
司命に導かれるまま、細い隙間へ足を踏み入れた。
「……これ、全部」
声がうまく出なかった。
「見ればわかるだろ。ロウソクだ」
「そうじゃなくて」
左右に視線を走らせる。どれも同じ高さ。同じ明るさ。同じ燃え方。
思わず司命の手をぎゅっと握りしめる。司命は一度ロウソクを見渡してから、答えをくれた。
「地上にいる者、全員分の命だ」
わたしは息をのんだ。喉がからからに乾く。足元の炎が、急に意味を持ち始める。これら一本一本が、文字通り、誰かの命の灯火——
もしも蹴飛ばしてしまったら、と怖くなった。歩幅は小さく、呼吸すら遠慮がちになる。
司命は慣れた足取りで、曲がりくねった道を進んでいく。立ち止まり、わたしの手を放した。
「で」
しゃがみ込み、ロウソクに顔を寄せる。炎がその顔を朱く照らす。
「これが、ぼくの仕事」
ふっ、と息を吹きかけた。炎があっけなく消える。その瞬間、何かがひとつ途切れた。地上の誰かが命を落としたのだ。
司命は何事もなかったように立ち上がる。
わたしは聞かずにはいられなかった。
「今のは……誰?」
司命は天井を見上げ、少しだけ考えるふりをした。
「知らない」
素朴な一言が返ってくる。
「知る必要もない。ぼくが見ているのは、数だけだ。〝誰か〟じゃない」
消えたロウソクから、細い煙が立ちのぼる。それがすぐに他の光に紛れていってしまうのを見ながら、わたしは震える声でたずねた。
「これを毎日?」
「ああ。数自体は月初めに決める」
「こんなことをさせるなんて。気がおかしくなっても不思議じゃないよ」
つい、上司であるエンマ様を責めるような響きになった。
司命が、はは、と乾いた笑い声を上げる。
「れーちゃんらしいな。他人の価値観を勝手に決めるなよ。ぼくはこの仕事にやりがいを感じている」
司命は立ち上がり、一本、また一本と、ロウソクの間を歩いていく。炎が揺れるたびに、その輪郭が歪む。
「命が自然に終わりを迎えるものなら、どんなにきれいだろうな。でも実際は違う。終わらせるやつがいないと完結しない。誰も手を下さなかったら、皆がずっと〝途中〟のままだ」
均一なロウソクは、命が等しくあることを思い出させてくれた。同時に、儚いものであることも。
終わりがあることの美しさ。終わりを与えることの優しさ。司命はそういうことを語っているのだろう。
「あなたを尊敬するよ、司命」
自分でも驚くほどまっすぐな声だった。今度は、口からでまかせのヨイショではない。
司命はふっと口元を緩める。
「……へえ。やっと言ったな。もっと早く敬ってくれてもよかったのに」
「だって、こんな仕事をしているなんて知らなかった。いつもは人間の不幸を祈っているじゃない」
「それは本気だよ。人間なんて、苦しみ抜いて死ねと思っている。ただその終わりには、一定程度の敬意を払うだけだ」
「妙な話だなあ」
「そうか? 冥府は妙な場所だからな」
炎のはぜる音が続く。
「でさ。困っているんだ」
司命の言葉に、わたしは顔を上げた。
「困りごと? それが不機嫌の原因なの?」
司命はロウソクの列を眺めたまま、うなずく。
「今月、日本付近に巨大な隕石が落ちる」
あまりにも落ち着いた声で、現実味がなかった。
「……え?」
「未曾有の規模だよ。まとめて、どさっと逝く。冥府でこれを知っているのは、ぼくと——」
ちらりとこちらを見る。口角が上がる。けれど、それはいつものお遊びではなかった。
「れーちゃんだけだ。さて、どうする?」
双子は複雑な性格です。それぞれ背負っているものも大きい。
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