4-7 礼阿vs野々子、覚悟があるのはどっち?
「そのときの会話を、もっと詳しく教えて」
わたしが頼むと、双子が首をかしげた。
「そのときって?」
「野々子ちゃんが初めて冥府に来たときだよ。エンマ様はどんな説明をしたの?」
「毎回同じですが?」
司録がつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「小野篁の時代からの歴史を話し、地上との往復の方法、雇用形態についての合意をします」
「雇用形態……」
「れーちゃんも最初に確認しただろ。アルバイトなのか、衣食住はどうするのか、休みはもらえるのか、給料はもらえるのか、くどくどと……」
給料。そうだ。野々子ちゃんの仕事には見返りがある。〝来世についてちょこっとだけ決める権利をもらえる〟のだ。ということは、野々子ちゃんは来世に何かを望んでいる? いや、それならこのまま配達人として働けばいい。
「何やかんやで話はまとまり、のんちゃんは配達人になった。まあ、かつて断った者はいないらしいが」
司命が言うと、桃鬼さんがけだるげな声を出した。
「断ってくれてもいいんだけどなー。誰も断らないよなー。地上と冥府を行き来できるなんて、面白そうだもんなー」
野々子ちゃんがため息をつく。
「念のため 言います。仕事を 受けたのは 興味や名誉の ためじゃないから」
「はいはい。小野篁の時代からの、魂の継承だろ?」
冥府の料理長と、デリバリー業者。相変わらずこの二人は相性が悪い。おまけに野々子ちゃんは、小野篁の名が出るたびに嫌悪感を剥き出しにする。桃鬼さん、あまり刺激しないでよ——
そのとき、違和感が理解に変わった。なぜ野々子ちゃんの目つきに見覚えがあるのかに気づいたのだ。まさに今、対峙している。ねちねちと、どこか子どもっぽいような、拗ねたような、隠し切れない視線。
「二人は似ていますね」
わたしがつぶやくと。
「「どこが!?」」
野々子ちゃんと桃鬼さんが同時に振り返った。
そう、二人は似ている。正確には、桃鬼さんから野々子ちゃんへの感情と、野々子ちゃんから小野篁への感情が似ているのだ。それは単純な嫌悪ではない。
「……やきもちですか?」
素直な質問に、司命と司録が慌てふためく。
わたしは気にならなかった。ぞくぞくと高揚感がのぼっていく。
見つけた。これはわたしの知らない感情。でも、教えてもらったばかりの感情。
アマテラス様。ありがとうございます!
「これ以上は、野暮だよね?」
わたしが言うと、野々子ちゃんは唇を噛んだ。耳のふちがじわりと赤くなる。この反応、間違いない。
——えっと。何と言えばいいのか。
説得の方法を練っているうちに、眉間に思い切りしわが寄ってしまった。
「……やめた方がいいと思うよ」
考えに考えた末、最大級の同情の表情で発したセリフはこれだった。何のひねりもない。でも、双子には悟られたくない。ましてや、あの御方には。
「野々子ちゃんのために言うけれどね。あなたが思っているような人じゃないのよ、ほんと。やばいから」
断言した。
野々子ちゃんは黙って顔を赤くしている。今までで見たどの瞬間よりも可愛い。この子は、小野篁が嫌いなのではない。エンマ様のすぐそばに仕えた小野篁に嫉妬している。
野々子ちゃんは、エンマ様のことが好きなんだ!
わたしは青ざめた。
エンマ様を好きになっちゃだめだよ。老婆心ながら、伝わってほしい。お気に入りだか何だか知らないけれど、本気になっちゃだめだってば。
「ねえ、野々子ちゃん。年の功って言うでしょ。わたしを信じて」
気づけば椅子から立ち上がり、進み出ていた。ペンも手帳も置きっぱなしで、必死に説得を試みる。
「傷つくことになるよ。悪気も自覚もない極悪人っているの。そのタイプよ。いっっっちばん質が悪いんだから」
野々子ちゃんは真っ赤になって、唇をへの字に曲げている。ぷるぷると震えながら。
可愛い。でも、それどころじゃない。
「取り柄は顔だけよ、顔だけ。あとは無だから。仕事の腕は尊敬するけれど、好きになる相手じゃないよ」
「何だかよくわかんないけれど、あいつ、ものすごくひどいことを言っていない?」
司命が司録にひそひそと耳打ちした。
野々子ちゃんは目を泳がせ、ちらりと玉座を見た。慌てて逸らして——また見る。
だめだこりゃ。わたしは額を押さえた。完全に手遅れかもしれない。
「あたしもよ 尊敬している それだけです。勝手な憶測 迷惑千万」
「はいはいはいはい。わかりました、わかりました」
わたしは片手をひらひらと振った。
「尊敬から始まる恋心って、たぶん王道中の王道だから」
「何度でも 言いますけれど 違います。一体どうすりゃ 信じてもらえる?」
「そのほっぺたの赤が引いたら信じるよ」
野々子ちゃんがキィィィっとわめき、地団駄を踏んだ。悔しいでちゅねえ。年上のお姉さんには隠し事なんてできないでちゅねえ。
双子も桃鬼さんも桃爺も桃婆も、わたしたちのやり取りをぼう然と見守っている。
エンマ様は知らぬ存ぜぬの横顔だ。怒りがこみ上げる。
そもそも三番勝負なんてする羽目になったのは、この人のせいじゃない? こんな若い子をたぶらかさないでよ。結局、わたしが嫌われ者になって、尻ぬぐいをしなきゃならないじゃない!
「ねえ、野々子ちゃん。もうやめよう、不毛な争いは」
わたしがため息をつくと、司録が「なんだかムカつく態度ですね」とののしった。気にならない。
「週に一回会えるだけで十分じゃない。それくらいの距離感の方が、絶対にいいよ」
司命が「何だろうな、この知ったかぶり感」とつぶやく。何とでも言いなさい。
野々子ちゃんがきゅっとこぶしを握りながら、声を震わせた。
「あたしだけ の問題じゃない 前世から。覚悟は決めた これは宿命」
わたしはまたしても、はいはい、と言いかけて、口をつぐんだ。エンマ様がわずかに振り返ったのだ。
また叱る気? こんなものは裁きじゃないって? さっき忠告したばかりだろうって? でも、裁きよりも優先しなければならないことがあるの。
あなたのせいで闇に落ちそうな、迷える小娘を救うことよ!
「じゃあ、もしもエンマ様の補佐になれなかったらどうなるの? 野々子ちゃんがこれまでがんばってきたことは、すべて無駄になるの?」
「その通り。意味などないし 価値もない。それを覚悟と 呼ぶんじゃないの?」
……違う。胸がきりっと痛んだ。そんなふうに言わないで。
「これまでの努力や、かけてきた時間を切り捨てないで。勝ってきたということは、負かしてきた相手がいるということだよ。その人たちに託された想いも潰すことになる。クイーンなら、そのことを自覚して」
「どうでもいい! 冥府で補佐に なれるなら いつ死んだって 惜しくもないよ」
その金切り声を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。足がひとりでに前に出る。エンマ様の脇を通り過ぎる。意識の端で、誰かが何かを言った。でも聞こえない。
ただ、目の前にいる野々子ちゃんだけが、はっきりと見えている。距離が縮まる。腕が上がる。
——ぱん!
乾いた音が鳴った。野々子ちゃんの顔が横に弾かれる。遅れて、てのひらに衝撃が広がる。
時間が置き去りになったような静寂。
あ。わたし、野々子ちゃんを平手打ちしてしまった。今しがたまで真っ赤に染まっていた、年下の可愛い女の子の頬を。手加減もせずに。
野々子ちゃんは、頬を打たれた方向に顔を傾けたまま、立ち尽くしている。
「ねえ」
わたしの頬も熱い。
「ねえ、今の、もう一回言って。命なんて惜しくないって。死んでもいいって」
野々子ちゃんは動かない。まばたきもしない。
「言えないよね?」
視界がにじむ。こんな顔、同僚たちに見られたくない。
「まだ生きたいと願う人たちを、ここで大勢見てきた」
わたしだって、できることなら、もし高校二年生に戻れるなら——あの日、工事現場で頭をぶつけていなければ——
下ろしかけた腕を再び持ち上げ、乱暴に涙を拭う。
「そんなの覚悟と呼ばないよ。お願いだから、そんなふうに死を使わないで」
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