4-5 礼阿vs野々子、強いのはどっち?
「その反応 答えられない ことこそが 答えなのでは ないでしょうか」
野々子ちゃんの言葉は、矢のようにまっすぐ飛んでくる。しかも間を与えない。頭の回転が速いのだ。
「礼阿さん 孤児院育ち でしたっけ? 想像するしか できないけれど——」
心臓が、どくんと跳ねた。どうしてそこに触れるんだろう?
「目立たぬよう 過ごしてたのでは ないですか? いい子でいれば 怒られないと」
思わず後ずさりをする。
「泣かないで 手もかけさせず 空気読む。そうするうちに 自我がなくなる」
言葉を探すたびに、先回りされる。まるで、かるたの札を読まれる前にすべて取られていくみたいに。
「我がことを 考える癖 欠けている。生き物として 致命的だよ」
小さく首を横に振ったが、意味のない動きだった。
育った環境が、生き方に大きな影響を与えていることには気づいていた。自分よりも他人を見る習慣。それが、幼い頃から今までのわたしを形作っていること。
でも、それをこんなふうに他人の口から発されると——
胸がざわざわと波立つ。
野々子ちゃんは、わざとらしく眉を下げてみせた。
「虚しいね 他人ばかりを 見てるのは。自分の空白 埋めるみたいに」
わたしは奥歯を、ぎ、と噛みしめた。
「……で?」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
野々子ちゃんは一瞬だけ目を細め、すぐに言葉を重ねる。
「悪いとは 言うつもりない そのことを。ただし冥府には ふさわしくない」
「まあ、育ちの悪さに関しては、全部図星なんだけれどね」
おもむろに鼻から息を吸い込み、にっこりと笑顔を作り上げた。
「それと冥府での仕事は関係ないだろ、小娘」
こんな悪態を吐くとは予想もしていなかったのだろう。双子が、おおっ、と色めき立った。
桃鬼さんは、頭を掻いていた手を止め、目をわずかに細めた。
「……へえ」
面白そうにわたしを見ている。
エンマ様は身じろぎひとつしない。それでいい。わたしの喧嘩を止めないでほしいから。
「確かにわたしは、孤児院で〝いい子〟でいようとしたよ。でもそれは怒られないためじゃない」
あの頃の光景は、今も鮮明に思い出せる。あそこは誰かにびくびくして気を遣うような牢獄ではない。自分の意見を言えないような空間でもない。
「困ったり泣いたりしている子がいたら、そっちを優先しただけ。手が回らない大人の代わりに動いただけ。誰かが困ってるときに、自分のことばかり考えていられなかっただけだよ」
声にするたびに、胸の奥が熱を帯びていく。
野々子ちゃんの眼光が鋭くなった。
「美しい 自己犠牲にも 限度ある。続けた先に 自分が消える」
「消えていないよ」
間髪入れず、はっきりと返す。
「わたしは冥府にいる。自分で決めたの」
一歩、距離を詰めた。
「それに、あの環境で育ったから、人の話を最後まで聞けるようになった。
野々子ちゃん。誰かの話を最後まで聞いたこと、ある?」
広間の空気がぴんと張り詰めた。
「野々子ちゃんは可愛くて、優秀で、きっと不自由のない暮らしをしてきたのでしょう。でも、辛い経験のない人間に、他人のことは理解できないよ」
あえて棘を含ませ、刺さるとわかりながら投げた。
野々子ちゃんが身を乗り出す。怒りの形相。よし、乗ってきた。
「理解なら ちゃんとしている。実際に 鬼ごっこでも 捕まえたじゃない」
「それは〝理解〟じゃないでしょ。ただ見て、予測して、当てただけ。あなたがしているのは、全部それだよ」
野々子ちゃんのバラ色の頬から、血の気が引いていく。
わたしは追い打ちをかけた。
「野々子ちゃんは、浅い部分だけを見て、理解した気になっている。地獄の手前まで来た人たちが抱えてるのって、そんな単純なものじゃないんだよ。もっとぐちゃぐちゃで、もっと言葉にならなくて……」
あれ、どうして? 涙が出そうになる。ヒイ様、アマテラス様、数多の死者たち。一人ひとりの顔が思い浮かぶ。
「ちゃんと最後まで聞かないと、絶対にたどり着けないものだよ」
広間が凍りついたように静まり返る。
はっとした。しまった、中学生相手に言いすぎてしまったか——
けれどわたしは確信していた。これで必ずわたしから野々子ちゃんへの取材、裁きは楽になる。
そのとき、双子の横やりが入った。
「おおーっとぉ!! 野々子選手、口を閉じてしまったあ。万事休すか!?」
司命が絶叫する。
「いやいやいや、礼阿選手もなかなかの性格の悪さを披露しましたよ。一緒に働きたいかどうかは、考え物ですねえ」
司録が冷静に分析する。
「確かに、観客席からブーイングが飛んでもおかしくないレベル! レッドカードを出しましょうか?」
「出しません。見ていて面白いので」
「それもそうだ。ではここで、リプレイを見ていきましょう——〝辛い経験のない人間に、他人のことは理解できない〟。これは強烈な一撃でしたね!?」
司命が、わたしの口調を真似した。
「礼阿選手だって大した経験をしていないくせに、というのが個人的な本音です。たったの七十年かそこいらしか生きていない小娘でしょうが」
「さっすが、司録さんは手厳しいや。あはは——」
この不良実況者と解説者、どうにかして。
二人はノリノリになる一方だ。
「ここで攻守交代です。後攻、礼阿選手!」
「驚異的な弱さをこれでもかと見せつけてきた彼女だが、果たして逆襲なるのか!?」
「はたまた地獄の泡と消えるのでしょうか?」
「どちらに転んでも見ものです!」
嫌気が差し、わたしは双子をじろりとにらんだ。
「見世物じゃないんだけれど」
双子はぴたりと動きを止めた。ゆっくりとわたしに顔を向ける。
「見世物でしょう。でなければ、勝敗が決まらない」
「決定打がなければ、結果は覆らないぞ」
「どうせ、あとがないんですから。つまり――」
おそろいの不敵な笑みで、わたしを見据える。
「「ここで仕留めろってことだ」」
なんだかんだで、双子はいいやつです。
平日は毎朝7時頃、土日祝は正午頃に投稿いたします!




