4-4 礼阿vs野々子、ふさわしいのはどっち?
桃婆が駆け寄ってきた。今にも泣き出しそうな顔をしている。
「この子は、わたくしをおぶって走ったから、疲れとるのじゃ。休ませてやってくれ」
桃爺もやって来た。エンマ様から剥がそうと、わたしの官服の裾を引っ張る。
「れーあ、すまんのぅ。小細工に引っかかってしもうた。もうろくじじいと呼んでくれぇ」
二人とも口の周りにプリンの欠片をくっつけているものの、食べかけの容器やスプーンは床に放り出している。
エンマ様がわたしを放した。桃爺と桃婆が飛びついてくる。
「れーあ、うらぎってごめん、ごめん」
「うーん、そっちは大丈夫じゃないけれど、まあ大丈夫」
苦笑いをした。桃爺と桃婆は、わたしの体にしがみついたまま、野々子ちゃんに悪態を吐き始めた。
「この、この! わたくしどもを利用しおって!」
「二度と、おなじ手には乗らんぞ!」
あっかんべーをしたり、お尻をぺちぺちと叩いたりしている。やめなさいと止めても聞かない。
野々子ちゃんは眉をひそめ、腕組みをした。
「この次は ももクレープを 持ってくる。それでも同じ ことを言えるの?」
静寂。
「……いらん! ももくれーぷなんて、邪道じゃ!」
「わしらは和菓子ひとすじじゃ!」
「強がりは よだれを拭いて からにして。あごの先まで 垂れていますよ」
見下ろすと、野々子ちゃんの言う通りだった。だらだらと際限なく落ちるよだれが、わたしの官服に吸い込まれていく。もう、仕方ないな。子どもなんだから。
わたしは幼児二人を抱えたまま、双子を振り返った。
「やろう。次の勝負」
双子は、そうこなくっちゃ、という意地悪な笑みを浮かべた。
「冥府カンパニー社員にふさわしいのは誰だ!? チキチキ三番勝負!!! 最終戦は——」
「「〝裁き〟です」」
ボォン。
タイトルコールとともに、桃鬼さんがやる気なくゴングを鳴らした。
「言うまでもなく、冥府は死者を裁くための機関だ」
司命が偉そうに一歩進み出る。
「つまりここは、〝裁き〟の場です」
司録が、ぴたりと横に並ぶ。
「もちろん、最終決定はエンマ様の領分だ」
「しかし、補佐として働く以上、裁きというものを理解していなければ——」
「「話になりません」」
同時にびしっと指す。
司命が口角の片端を上げた。
「というわけで、おまえたちに裁いてもらう!」
わたしは首をかしげた。
「裁くって誰を? この時間、死者は来ないけれど……」
「本物の死者を裁かせるわけがないでしょう。この、とんちんかん芋娘」
司録が深いため息をつく。
「おまえたちには、互いを裁いてもらいます」
その言葉に振り返ると、視線がぶつかった。野々子ちゃんも目を細めてこちらを見ている。
「エンマ様の補佐にふさわしいのはどちらか、おまえたち自身で裁くんだ」
なるほど。
裏を返せば、この勝負、相手が〝ふさわしくないこと〟を証せばいいんだ。欠点や弱点を暴けばいい。どれだけ強気でも、どれだけ隙がなく見えても、人は完璧にはなれない。必ずほころびがあるはずだ。野々子ちゃんを取材し、見抜いて、それを突きつければ勝ちだ。
静かな火が灯る。今度こそ負けない。これは、わたし魂をかけて向き合ってきた分野だ。
野々子ちゃんも、わたしの頭のてっぺんから爪先まで、舐めるような視線で観察している。同じことを考え、ほころびを探しているのだ。
「勝敗は誰が判断するの?」
「それは当然……」
「「我らがエンマ様でーす」」
双子が、じゃじゃーんと腕を広げる。見事に左右対称だ。
エンマ様はだんまりで、審判役を了承したのかすらわからない。
気を取り直した司命が、ぱん、と手を打った。
「それでは最終戦の開始といくか」
「先攻は、篁 野々子」
野々子ちゃんはうなずき、そのまま勇み足で進んだ。向かうは玉座の斜め後ろだ。
何のためらいもなく、椅子に腰を下ろす。ひじ掛けに片腕を預け、わたしを見下ろした。まるで最初からそこが定位置であるかのように。
胸がちくりと痛む。あそこはわたしの席だ。七十年以上の研修の先で、やっと座ることを許された場所。
「ほら、れーちゃん、行けよ」
司命が、ひらひらと手を振った。
「焼き芋の立ち位置は、あちらです」
司録が指し示したのは、広間の中央だ。裁かれる側の位置。わたしはゆっくりと歩き出した。また足が重くなる。
視線を上げた。玉座にはエンマ様。左右には司命と司録。後ろに野々子ちゃん。日々正座をしてかるたに励んでいるからだろうか、姿勢が良い。四人の配置が妙にしっくりくる気がして、言葉が出てこない。
野々子ちゃんが、すっと息を吸う。
「あなたには やっぱり任せ られないと 思う理由は 三つあります」
出た。話すのがうまい人のやり方だ。
最初に数を提示する。このあとの展開を聞き手に構えさせ、思考の受け皿を三つ作らせる。ひとつひとつが整理されて頭に入り、印象も強く残る。しかも三つという数は多すぎず少なすぎず、説得力が出る。
野々子ちゃんが一本目の指を立てる。
「考えも 判断も甘く 楽観的。詰めも甘くて 勝負に勝てない」
二本目の指を立てる。
「あなたとは 心通わぬ エンマ様。隣にいたって 距離が遠いよ」
三本目の指を立てる。
「あなたには 〝自分〟がないの 気味が悪い。他人ばかりに 興味を持って」
……
がぁぁぁぁん。
今、鳴ったのは、ゴングではない。わたしがショックに打ちのめされた音だ。
双子が笑いをこらえ、肩を震わせている。
「ちょ、ちょっと待って。確かにここまでの勝負は完敗だけれど、だからって、わたしがいつも甘いとは――」
「人生も 勝負も結果が すべてです。あなたはずっと 負け犬じゃない」
ま、負け犬? そうなの?
長生きできなかった。最年少かるたクイーンみたいな偉業を成し遂げたわけでもない。実際、司録が、わたしの帳面はすっからかんだと言っていた。それは、帳面に残るようなことを何も成せなかったことに他ならない。
「あー、ぼくは犬は嫌いですね。無駄にテンションが高く、ワンワンワンワンとやかましいので」
司録がまったく関係のないことを言っている。
わたしは慌てて次の論点に飛びついた。
「エンマ様と意思疎通が取れてないというのも違うよ! ちゃんと仕事は回ってるし——」
「会話なし 目すら合わせず どうやって 理解し合える 気でいるのかな」
「うっ……それは、その……」
助けを求めるように玉座に視線を移すと、エンマ様はさっと目を逸らした。
こんなときくらい、部下を助けんかい!
「じゃあ最後! 他人にばかり興味を持つって、それは仕事柄で——」
「礼阿さん 取材が好きなの なぜですか? 論理を立てて 説明してみて」
「え? いや……えっと、それは」
言葉が止まる。はっきりと意識したことはないが、なんとなく理由はわかっていた。
でも、野々子ちゃんには話したくない。
「ほらやはり 自分が空っぽ なんですね。だから他人に 寄生するだけ」
「そんなことない!」
思わず叫んだ。
野々子ちゃんは涼しい顔で腕を組む。
「反論に 理性がなくて 感情的。それもマイナス ポイントですよ」
頭が真っ白になり、あわあわするわたし。
黙りこくるエンマ様。
腹を抱え、ぎゃはははと笑い転げる双子。
……なんだかみんな敵のような気がしてきた。誰か助けて!
礼阿、ここから挽回できるのか!?
エンマ様は子どもたちに礼阿をとられました。
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