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4-2 礼阿vs野々子、見つけるのはどっち?

「「冥府カンパニー社員にふさわしいのは誰だ!? チキチキ三番勝負!!

 二戦目は——迷子捜索対決!!!」」


 ゴォォォォン。

 寝ぼけまなこの桃爺と桃婆が、ゴングを鳴らす。


 エンマ様は涼しい顔で玉座に座っていた。一本目の勝負を見届けもせず、いつの間にか忍者みたいにするりと戻ってきて。本当に情のない人!


 そして頭の中で、次の対決のタイトルをくり返した。迷子——そう、悲しいけれど、死者たちの行列には子どもが一人で並ぶこともある。


「幼子が列を離れてしまうことは、時折あります。通常は獄卒(ごくそつ)の鬼たちが捜索しますが、ここで働く者なら誰もが対応できるべきでしょう」

「鬼に追いかけ回され、ギャン泣きしながら列に戻される子ども。ぼく、あれを見るの好きなんだよなー」


 にやつく白命。わたしはうんざりし、思わず野々子ちゃんと顔を見合わせた。


「ということで、迷子役をご用意しました!」


 双子が大げさに腕を広げて示したのは、桃爺と桃婆だった。二人は、初耳という顔をしている。


「お? わしら?」

「桃爺と桃婆には、これから冥府のどこかへ逃げてもらいます。焼き芋、篁野々子の両名は、二人を広間へ連れ戻してください」


 胸が高鳴った。鬼ごっこなら経験済みだ。エンマ様の執務室を探したとき——確かに幼児たちの動きはすばしっこいが、視界から消えるほどではない。わたしなら追いつける。


 一方、野々子ちゃんはじっとうつむき、緊張感を漂わせていた。そうか、野々子ちゃんは筋金入りの文化系。体育会系の競技は得意ではないのだろう。

 勝てる。今度こそ。


 そのとき、広間の温度が急激に下がった。エンマ様が口を開く。ああ、はいはい、何を言いたいのかわかりますよ——


「執務室へは近づくな」


 思った通り。


 しかし、野々子ちゃんが首を傾げた。


「執務室 遠ざけるのは なぜですか? いつも必ず 入れてくれるのに」

「……は?」


 わたしはものすごい勢いで野々子ちゃんを振り返った。


「いつも必ず、入れてくれる???」


 オウム返しにする。同じ屋根の下に住むわたしたちには、あれほど厳しく禁じておきながら? まったく理解できない!


「荷物の受け渡しのあと、長々と二人でお過ごしになっているのは存じておりましたが。まさか執務室に入れていらっしゃったとは」


 白録が馬鹿正直に額を打っている。いや、こちらは〝長々とお過ごしになっている〟ことすら認識していませんが。


 鬼ごっこの準備運動をしていた桃婆が、声を張り上げた。


「エンマどの! わたくしどもには、だめとおっしゃいましたのに。どういうおつもりで、若いむすめを入れるのでしょうね!」


 白命がわたしに目配せをした。エンマ様からは見えない角度でぺろりと舌を出し、指で引っこ抜く仕草をする。

 ああ、そうですか。なるほどね。エンマ様はこういう女の子が好みなんだ。美女の舌を抜くと聞いていたけれど、ちんまりした小動物系もいけると。守備範囲のお広いこと。


 エンマ大王が、桃婆の質問に答えるように短く言い放った。


「話している」

「……嘘つき」


 思わずつぶやいた。エンマ大王がぐっとこちらをにらむ。


「知らないの? 上司のことを 何ひとつ。あたしといれば 話に花咲く」


 野々子ちゃんがふんぞり返り、鼻を鳴らした。

 そんなわけない! 唇を瞬間接着剤で留め合わせたような、この天下のエンマ大王が!


 そしてアマテラス様の言葉を思い出した。〝無口な人にとって、聞き出してくれる相手がいるのはありがたいもの〟——エンマ様にとっては、それが野々子ちゃんということ? わたしは七十年以上そばにいながら、ほとんど会話すらできなかった。野々子ちゃんは十数年でやってのけたの?


 じわりと熱いものがこみ上げた。悔しい。どうしようもなく悔しかった。記者のプライドが粉々だ。


「と、とにかく勝負を始めますよ。桃爺と桃婆、両名をここに連れ帰ること。それでは二人は先に逃げてください」


 白録の声色も動揺を隠し切れていない。桃爺と桃婆は、わーいと両腕を上げながら、広間を飛び出していった。


 わたしと野々子ちゃんも準備運動を始める。足首を回していたら、桃鬼さんがふらりと近寄ってきた。けだるく壁にもたれている。


「礼阿ちゃん。エンマ様が好きなら、他の女の出入りがないかくらいチェックしておかないと」

「そういうのじゃないです」


 これは強がりではない。本当に、そういうのではないのだ。わたしはただエンマ大王を取材したいだけ。


「冥府は広いから、鬼ごっこというより、かくれんぼだよなあ」

「そうですか?」


 桃鬼さんの話は、ほとんど耳に入らなかった。無心で手首を回し続ける。


「二人がどこに隠れるかはわからないが、姿を現すよう仕向けることはできるかもしれないな」 

「……?」


 そのとき、ぽきぽきと乾いた音が鳴った。野々子ちゃんが指の関節を鳴らしながら、わたしたちに挑戦的な目を向けている。


「こそこそと 何を話して いるのやら? 入れ知恵禁止よ 半鬼(はんおに)おじさん」

「入れ知恵なんてするかよ。おれは鬼ごっこが嫌いなんだ」


 桃鬼さんはやれやれと言わんばかりに両手を上げ、すっと離れていった。


「では、鬼役も出発しますよ。準備はよろしいですか?」


 白録が確認する。わたしも野々子ちゃんもうなずいた。


「「〝迷子捜索対決〟、スタート!!!」」


 同時に広間を出た。今見える範囲に、わたしたち以外の気配はない。言葉を交わすことなく、自然に左右に分かれた。その瞬間、野々子ちゃんが猛ダッシュを始める。しまった、出遅れた。わたしも慌てて駆け出した。

 悔しさをバネにして、この勝負に勝つしかない!


 冥府の廊下は暗い。壁に掛けられた松明(たいまつ)の灯りに目を凝らす。走り続けていると、爪先がコツンと何かに当たった。


「あっ」


 白い粒がぱらぱらと床に散る。盛り塩だ。アマテラス様とともにアマノジャクの気配を察知したあの日の夜、エンマ様がいたるところに置いたのだっけ。

 慌ててしゃがみ込もうとした、そのとき。


 散った塩が、するりと動いた。まるで見えないアリに運ばれているかのように、粒がもにょもにょと寄り集まっていく。あっという間に元通りの小さな三角の山に戻った。こちらが意図的でない限り、冥府は汚れを受けつけないのだ。


 立ち上がる。盛り塩を蹴飛ばしてしまったのは、松明に頼りすぎていたからだ。桃爺と桃婆はこの高さにいない。もっと下へ、下へ……意識して視線を落とす。

 足元は闇も霧も濃くなるけれど、大丈夫。エンマ様は、真っ暗闇の中でアマテラス様を見つけ出したじゃないの。わたしだって冥府の住人よ。野々子ちゃんと違って、闇には目が利くはず!


 視線を下げたことで、世界が少し変わった。霧の流れを感じる。まるで、ついさっき、ここを誰かが駆け抜けたかのような……


 廊下の遥か先、遠くの曲がり角で、ひらりと何かが動いた。白い割烹着(かっぽうぎ)の裾がひるがえる。桃婆(ももばあ)だ! 小さな背中が角を曲がって消えた。


「待って!」


 小さく声を上げ、全力で駆け出した。距離がある。やっと角を曲がった。誰もいない。廊下は、左、右、まっすぐの三方向に分かれている。足音も衣擦れもまったく聞こえない。確かに遠かったけれど、逃げたにしてはあまりに静かだ。じゃあ、消えた? そんなはずは。


 ……いや。視線を落とす。足首にまとわりつく霧は冷たく、濃い。ひょっとして桃婆の背丈なら、頭を抱えてしゃがめば——


 わたしは周囲の霧を足で払ってみた。灰色の靄が裂け、石の床が一瞬だけがのぞく。このままかき分けながら進んでみるか? でも廊下は三方向あり、それぞれが無駄に長い。もし見当違いの道を選べば、追いつくどころか、さらに遠くへ逃げられてしまうだろう。もう一度この距離まで迫るのに、どれだけ時間がかかるかわからない。


 広間での桃鬼さんの言葉を思い出す。〝姿を現すよう仕向けることはできるかもしれないな〟……


 わたしはコホンと咳払いをした。ん、ん、と喉を鳴らし、音程を探る。


「これくらいだったかな。結構、甲高かったよね」


 そして大きく息を吸った。


「きゃああああああ!!!」


 あの日、執務室の前で聞いた悲鳴の物真似だ。うーん、もう少し苦痛を押し出した方がよさそう。ほら、舌を抜かれる美女になりきって、せーの!


「いやああああああ!!!」


 お、今のはそれっぽかったぞ。

 さあ、出ておいで。あの悲鳴は、きみにとってもトラウマでしょ?


 右の廊下の霧が、ぽこっと盛り上がった。もぐら叩きの的のように、小さな影が霧の中から飛び出す。わたしは地を蹴り、霧を蹴散らし、そのまま桃婆に抱きついた。

「チキチキ」って、今はあまり言わないのかな。


毎晩20時頃に更新いたします。

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