4-1 礼阿vs野々子、正確なのはどっち?
「「冥府カンパニー社員にふさわしいのは誰だ!? チキチキ三番勝負!!!」」
ゴォォォォン。
勤務時間後のだだっ広い広間に、双子の声とゴングの音がこだまする。
エンマ様は玉座に、司命と司録が両脇に陣取っている。裁きの配置と同じだ。ゴングを鳴らしたのは、桃爺と桃婆。桃鬼さんはやる気のない顔で床に座り込み、頬杖をついていた。
わたしは篁 野々子と肩を並べ、エンマ様の前に立たされていた。おかしなことになったぞ。目の前にいる面々をじとりとにらみ、呪いのようにつぶやく。
「ずっと尽くしてきたのに……お給料もなしで……週休ゼロ日で……双子のいじめも耐え抜いて……」
「おい、その愚痴は今さらすぎるぞ」
司命がけらけらと笑う。
野々子ちゃんが胸を張った。
「礼阿さん 比較にならない あたしとは。前前前世も 短いほどよ」
野々子ちゃんは生まれ変わりをくり返し、平安時代からエンマ様の元に通っているのだっけ? わたしはたったの七十年。確かに年数では戦えない。
司録が、わたしに向かって鼻を鳴らす。
「それだけ文句があるなら、辞めればいいではありませんか」
「そういう話じゃないでしょ」
決して仲良しとはいえないわたしたちの小競り合いに、野々子ちゃんはほくそ笑んでいる。地上は今、土曜日の夜。両親には、友達の家に泊まると嘘をついてきたとのことだ。
「三番勝負って……?」
うらめしげに双子を見る。二人とも仕切る気満々だ。学園祭や修学旅行が大好きなタイプね。
「れーちゃんとのんちゃんには、三つの種目で競ってもらう。先に二勝した方が、エンマ大王の補佐としてここに留まる」
野々子ちゃんは、桃鬼さんの顔を得意げにのぞき込んだ。
「もし勝てば 洋食・中華も食べ放題。毎晩届ける 地上のグルメ」
ぴしっ。確実に、桃鬼さんの癇に障った。
「料理ってのは、作りたての温かいもんが一番なの。わからないかな、この美徳が」
「それならば 電子レンジも デリバリー。できたて再現 簡単なこと」
「冥府に電気は通ってねえよ。どの時代の建物だと思ってんだ」
桃鬼さんと野々子ちゃんの口喧嘩にはきりがない。
わたしは双子にたずねた。
「それで、何で争うの?」
「お、聞いちゃう? それでは早速まいりましょう! 一戦目は——」
「「体内時計対決!!!」」
双子が宣言するや、すかさず、ゴォォォォン。
ああ、騒がしい!
「ルールは簡単。今から二人には眠ってもらいます」
「そして! ぴったり一時間で起きた方の勝ち!」
「地上換算での一時間ですね」
司録が、野々子から腕時計を預かる。文字盤が光るスマートウォッチだ。
「冥府には太陽も、月もありません。つまり、暦も時計もない。体内時計だけが頼りです。これは冥府で働く適性を見る試験でもあります」
わたしは拍子抜けした。
「そんなのでいいの?」
野々子ちゃんが、ちらりと横目で見る。今度はこちらが胸を張る番だった。
「わたし、毎朝、お客が来る時間に勝手に目が覚めるの。遅刻もしたことないし」
負ける気がしない。ところが野々子ちゃんも怖気づいてはいなかった。
「試合前 仮眠を取るの 一時間 これがわたしの 必勝ルーティーン」
司命が、へえ、と身を乗り出す。
「大会は 待ち時間長く 眠くなる。集中力を 切らさぬように」
体が〝一時間〟の感覚を覚えているというわけね。でも、わたしだって必要な時間に起きられるはず。冥府に来てそういう体質になったんだから。
「これは、よい勝負になりそうじゃのぉ」
桃爺が体を揺らして愉快そうに笑う。
エンマ様は無言で見下ろしているだけだ。実際、どちらに勝ってほしいのだろう? いや、肩入れなんてしないか。
広間の真ん中に二組の敷布団が用意された。野々子ちゃんは保冷バッグを肩から下ろし、どすんと傍らに置く。それぞれ布団に潜り込んだ。
「「それでは〝体内時計対決〟……スタート!」」
ゴォォォォン。
ゴングの響きで脳みそが揺れる。やたらめったら鳴らすのはやめてくれないかな。
野々子ちゃんがささやく。
「勝負事 勝つと決めたら 逃さない 何が何でも だからクイーンよ」
「寝言は寝て言って」
「目が覚めて 絶望するのは あなただよ。夢に戻りたく なるかもしれない」
うううう……なんだろう、このしゃべり方、無性に腹が立つ! 野々子ちゃんに背を向け、枕に頬を押しつける。緊張というよりも、イライラで目が冴える。起きる以前に、眠れるかな。
桃鬼さんが枕元に腰を下ろした。手には陶器の瓶を持っている。まさか、中身は青汁じゃないよね?
「おやすみ、眠り姫たち」
桃鬼さんが、蓮の模様の蓋を開けた。ふわり、と桜のような香りが広がる。その甘ったるさに酔うように、頭がぼーっとしてくる。
わたしは自然に目を閉じた。大丈夫、勝てる、勝てる。大体二十分くらいで浅く眠って、そのあと、ふっと目が覚める。いつもそうだ。冥府に来てから、ずっと。わたしは必要なときに起きられる。
…………
……
……
意識が戻った。目を開く。体の重さはない。頭もすっきりしている。これが冥府で働いてきた実力よ。絶対に、勝った。
「——あ、やっと起きました」
頭上から見下ろしているのは、司命と司録の顔だ。
「れーちゃんの記録、七時間」
「……へっ?」
わたしは、がばっと上半身を起こした。
「ご、七時間!? 冗談だよね!?」
司命がスマートウォッチを見せつけた。確かにストップウォッチの表示は七時間を超えている。桃爺と桃婆は、桃鬼さんの膝の上で寝息を立てていた。エンマ様はその場にいすらしない。
「冗談は あなたの寝相と 大いびき。勝負以前の 大恥じゃない」
視線の先で仁王立ちする野々子ちゃん。わたしは慌てて口元のよだれを拭った。
桃鬼さんが、ぼさっとしたあきれ顔で言う。
「前に、仕事と労働者の相互の必然性について話しただろ? 礼阿ちゃんが毎朝きちんと起きるのは、それが仕事だからさ。死者が来なければ、きみは好きなだけ眠り続ける」
「そんなあ……先に教えてくださいよ……」
司命が遮った。
「タイトル通り、純粋な〝体内時計対決〟だよ。文句はなしだ。というわけで——」
「「一戦目の勝者は、篁野々子!!!」」
双子が両側から野々子ちゃんの腕をつかみ、高々と上げた。野々子ちゃんは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねている。
「ちなみに、篁野々子の記録は、六時間十五分です」
「わりとしっかり寝たんだね!」
平日は毎朝7時頃、土日祝は正午頃に投稿いたします。




