3-10 新たなる刺客で礼阿、大ピンチ?
厨房から、じいいいっとにらむ視線に気づき、わたしは飛び上がった。
桃鬼さんだ。
「何ですか、そんな顔をして! いつからガンを飛ばしていたんですか?」
「別にー?」
まな板の向こうから半分顔を出し、のぞき見ている。明らかに機嫌が悪い。桃鬼さんがぼーっとしていないなんて珍しい。
「パフェ、おいしい?」
「はい、とても」
「胃もたれしない?」
「体は十七歳なので」
「たまにはそういう趣向のものも食べたくなるよな。おれ、和食しか作れませんし」
「……やきもちですか?」
素直にたずねたわたしの口を、司命と司録が塞いだ。あたふたと耳打ちされる。
「桃鬼さんは、フードデリバリー自体がお気に召さないんです。おかかえのシェフがいるのに、わざわざよその味を求めるようなものですからね」
「ある意味、浮気だよ、浮気。だからエンマ様も、いつもはこっそり注文してくださっていたのに」
今日はお客がいたから食堂を使わざるを得なかったというわけだ。桃鬼さんに隠れて洋食やスイーツにがっつく三人を想像し、ぷっと吹き出した。
「デリバリーって、どこから持ってきているの?」
「地上だよ」
「ち、地上!?」
どうりでパフェの味に懐かしさを感じたはずだ。
「あの世とこの世を行き来できる配達人がいるということ?」
「どっちがあの世で、どっちがこの世のつもりか、よくわかりませんが、はい。冥界と地上を往復できる者はいますよ」
そのとき食堂の扉が勢いよく開いた。
ぴょこんと顔を出したのは、女の子だった。わたしより少し年下の中学生くらいに見える。蛍光ピンクのウインドブレーカーに、動きやすそうなパンツ、レギンス、スニーカー。七夕の短冊のような飾りがついたヘアゴムで、髪を二つにくくっている。肩からは大きな保冷バッグを提げていた。
にこ。あざといほどの笑顔だ。
「地上から 持ってきました パフェ四つ。時間がないの そろそろ失礼」
独特な言い回しをする子だ。桃鬼さんは、チッと舌打ちをした。
女の子がわたしに目を留める。ぱあっと顔が輝く。
「こんばんは。はじめましての 顔ですね。あたしの名前は 篁 野々子」
うーん、本当に独特! というか、五・七・五・七・七だ!
「え、えーっと……
こんばんは。太野 礼阿と、申します。あなたが噂の、配達員かな?」
「よく対応できるな、れーちゃん」
司命が感心した。
「よそ者が久々に顔を出したと思ったら、よりにもよってパフェねえ。血糖値が爆上がりするものを持ち込んでくれちゃって」
腕組みをした桃鬼さんが、悪態をつく。
野々子ちゃんはすぐに口を開いた。
「来ています あなたの知らないときだって。エンマ様たち 常連だから」
桃鬼さんのこめかみに、ぴくりと青筋が立った。あののんびり屋さんを苛立たせるなんて!
野々子ちゃんの頭の回転の速さは十分にわかった。けれど、その賢さをもう少しだけ別の方向——たとえば遠慮や気遣いに向けた方が、長生きできるかも。
「どうやって地上から冥府に来ているの?」
「寺にある 井戸を通って やって来る。先祖代々 この方法で」
「どうやって冥府からあなたに注文するの?」
「短冊に 注文書いて 井戸にポイ。地上に届き 夜には配達」
エンマ様の執務室に向かう途中の中庭で、古びた井戸を見つけたことを思い出した。あれが地上とのワープの出入口だったなんて。好奇心が止まらない。
「冥界には貨幣がないけれど、エンマ様は何で支払っているの?」
野々子は、ぷん、と可愛らしく腰に手を当てた。
「質問が 多いよあなた 晒してる。己の無知と 察しの悪さ」
が———ん。
硬直し、砂像のようにさらさらと崩れそうになるわたしを、双子が両側から支えた。
「おい、れーちゃん! 今のところ、トークもあざとさも完敗だぞ!」
「相手は現役中学生ですよ。焼き芋は容姿こそ高校生ですが、生後八十年を超えています。年の功です、自信を持って」
「二人とも、黙ってて」
よろよろと体を起こすわたしを、野々子ちゃんは勝ち誇った顔で見ていた。
「エンマ様 補佐雇ったと 聞いてから 会える日来るの ずっと待ってた」
「友達になってくれるということ……?」
「勘違い はなはだしいね 能天気。あたしがするのは 宣戦布告」
な、な、何なのよ!
わたしは双子とともに縮み上がり、怯えたヒナ鳥のように身を寄せ合っていた。
「礼阿さん。補佐はあたしが ふさわしい。その座を賭けて 勝負しましょう」
野々子ちゃんは、まっすぐなきらきらの目で見つめている。どうやら、頭の回転の速さを活かしたジョークではないらしい。
わたしは今度こそ崩れ落ちた。
桃鬼さんが、またひとつ大きな舌打ちをする。
「だから言ったでしょ。よそ者は入れるなって」
これをもち 天照編 終了です。五十鈴はその後 伊勢国かな
平日は毎朝7時頃、土日祝は正午頃に更新いたします。




