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3-6 天照大神の恋愛観?

「女子会をしましょう」


 わたしの提案に、アマテラス様は乗ってこなかった。


「……それは、もういいの」


 あきらめの表情だ。

 思えばアマテラス様は最初から望んでいた。無視したのは、わたしだ。どう本題に誘導しようか、どう踏み込もうか、それだけではない——どう面白くしようか。そんな計算ばかりを頭の中で巡らせていた。最低じゃないの。記者失格、いや、人間失格だ。


 どうしよう。わたしのせいで扉を閉ざしてしまった。でも退いてはいけない。退いたら、二度と扉は開かない。勇気を出して訴えかける。


「わたし、孤児院育ちで。両親がいなくて。だから、恋愛ってよくわかりません。どういう気持ちなのか知りたいんです」


 ありのままを聞きたいなら、まずは自分がありのままを話すこと。これはテクニックではない。もしかしたらわたしは、初めて人間らしい取材をしているのかもしれない。


 アマテラス様はわたしをしげしげと観察している。その視線には見覚えがあった。好奇心——わたしの中に潜むものと同じだ。


「れいれいは、相手について聞くときは(よど)みないのに、自分のことを話すとなると、途端にたどたどしくなるのね」


 琥珀色の瞳が、わたしの心をのぞき込む。


「……それに、ものすごく一生懸命。嫌でなければ、もう少し聞かせてちょうだい」


 別に嫌ではない。伝えるのが一苦労なだけで。うーんうーんとうなりながら、気持ちの言語化を図る。


「恋愛に、夢も期待も抱いていないんです」

「年寄りみたいな発言ね」

「だって……高校でも付き合っている人たちはいましたが、大体、さっさと別れちゃいますし」

「あら」

「早い人では、昼休みに付き合い始めて、放課後には別れているパターンも」

「それ、付き合ったと言える?」


 アマテラス様がころころと笑う。つられてわたしも、にやついた。


「どうせ消える関係に時間を割くくらいなら、永遠に残る記事を書く方が楽しいなあと」

「でも、れいれいもそうなるとは限らないわ」

「取材ができれば十分なんです。今となっては死んだ身ですから、余計に。わたし、誰かに幸せにしてもらえるとも、誰かを幸せにしてあげられるとも思いません。童話のお姫様じゃないんだから」


 言い終えた瞬間、こつんという感触が唇に触れた。アマテラス様が、閉じた扇子の先端を押し当てたのだ。


「第一に、何事も経験してみないことにはわからない。第二に」


 じっと見つめられる。 


「別れても消えないものがあるのよ」


 戸惑いながら、口を開くこともできずに見つめ返した。

 貝殻の首飾り。曼殊沙華(まんじゅしゃげ)。それらが当てはまるのだろうか。


「愚かしく、無知で、素直な子。恋愛がどんなものか、教えてあげたくなっちゃった」


 アマテラス様が柔らかく微笑む。わたしはこくこくこくとうなずいた。

 唇から扇子が離れた。


「女同士の内緒話だからね?」

「もちろんです」

「記事には書かないで」

「もちろんです」


 手帳を閉じ、ペンとともに脇へ置く。

 アマテラス様は大きく息をついた。お茶を一口すする。


「わたしに頭を下げなかった無礼者が、かつてあなたの他にもう一人いた。それが五十鈴(いすず)よ」


 遠い目で懐かしんだと思えば、またたく間に、顔がリンゴよりも真っ赤になった。


「やだあ、久しぶりに彼の名前を口にしたわ! 恥ずかしい」


 火照った頬を、扇子であおぎにあおいでいる。可愛い女神だなあ。太陽神の威光よりも、その素直な仕草の方がずっとまぶしく見える。


「五十鈴はね、位の低い神だった。それに盲目だったの」

「目が見えなかった……?」

「ええ。だから、わたしの正体も知らなかった。太陽神だなんて想像もしなかったでしょうね。わたしのことは〝ヒメちゃん〟と呼んでいたわ」


 アマテラス様が苦笑する。本当に昼下がりにお茶をしているような、穏やかな雰囲気だった。パフェはないけれど、お団子はある。アマテラス様は照れ隠しのようにそれを頬張り始めた。わたしも続く。


「わたし、神代(かみよ)には、今よりもクールだったのよ」

「ええっ……想像できません」

「五十鈴と一緒に笑って、冗談を言い合ううちに、陽気になったの。そういう意味では、太陽神を生み出したのは彼かもね」

「お二人は伴侶(はんりょ)になったのですか?」


 この質問に、アマテラス様の笑顔がこわばった。口角が下がっていく。


「なりたかったわ。それを家族が許さなかった。低級の神と馴れ合うなんて、一族の恥だものね。面と向かって文句を言えばいいのに、弟は嫌がらせをくり返したわ」


 御殿(ごてん)を汚し、馬を殺し、悪手の限りを尽くす。双子に聞いた神話の光景が、別の色を帯びる。


「もしかして、それが理由で——」

「そうよ。世の中から光を消して、懲らしめようと思ったの。絶対的な力を持つ我が家族は、こうでもしないと脅せなかったのよ」


 なるほど。アマテラス様が天岩戸(あめのいわと)にこもったのは、ただ弟の悪行に腹を立てたからではない。その先に要求があったのだ。


「ここでクイズ! れいれい、この作戦の最大の利点がわかるかしら?」

「えーと、えーと」

「家族にはわたしの力を示せる。五十鈴は盲目だから、光が消えても気づかない。我ながら賢い計画だったわ。五十鈴は懸命に止めていたけれどね。姉弟喧嘩の末に岩の隙間に隠れるなんて、どうかしていると思ったのでしょう」


 またもや自嘲的な言い方だが、表情に笑みはない。アマテラス様は声を震わせた。


「だから言ったの。〝すぐに出るから〟って。最後には五十鈴もうなずいたわ」


 そうか。〝すぐ〟にこだわっていたのは、想い人と交わした約束だったからだ。


「第二問。岩戸の外の神々は、どのくらいの間、わたしを説得していたでしょう?」

「丸一日、でしたよね。アマノジャクのせいで出られなくて……」

「惜しい!」


 アマテラス様が茶目っ気たっぷりに笑う。


「巨大な岩によって断絶された岩戸の内と外では、時間の流れが違ったの。わたしは確かに一日で出た。約束を破ったつもりはなかった」


 一拍の静寂。


「けれど、外では千年が経っていたわ」


 ——そんな。残酷な真実に息が止まりそうになった。その先を知りたくなかった。これほどさみしそうなアマテラス様を見たくなかった。


「岩戸の前で五十鈴に見送られたとき、あたり一面に曼殊沙華が咲いていたの。そのうちの一輪を、五十鈴はわたしの髪に挿したわ。でも外に出たとき、花畑は消えていた。そして五十鈴もいなくなっていた」


 詩を詠むような、とうとうとした口調だ。


「待ち切れずにわたしから離れていったのか、それとも存在そのものが消えたのか——わからない。でも、神話のどこにも彼の名前はないでしょう? それが答えよ」


 微笑みとも、あきらめともつかない表情だ。

 胸がきゅっと縮む。

一日千秋、さようなら。この物語は大体フィクションです!


平日は毎朝7時頃、土日祝は正午頃に更新いたします。

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