3-5 触りたくても触れないもの、なーんだ?
・アマテラスオオミカミは、すぐに天岩戸を出るつもりだったよ!
・ところが、お邪魔虫のアマノジャクのせいで叶わなかったんだってさ!
・おしまい!
たった三行でかまわないと言っているようにすら聞こえる。
困った。これじゃあ記事にならない。その裏にある秘密を話してもらわないと。読者にとっても面白みがない。人間たちの信仰を復活させたいというアマテラス様の願いも、叶わないに違いない。
そのときノックの音が聞こえた。扉を開けると、そこに立っていたのは桃爺と桃婆だった。いつものように協力して一つのお盆を掲げている。
「エンマどのに、おちゃをお出しするよう言われて、参りましたのじゃ」
二人はてってっと部屋に入り込み、寝台の脇の小机にお盆を置いた。急須と湯呑み、お団子が並んでいる。
「あら、半鬼じゃないの。珍しい。冥府ではいろんな種族が働いているのねえ。元人間もいるし、それ以外も」
桃爺が危なっかしく急須を傾ける様子を見ながら、アマテラス様が言った。
「みんな訳アリかしら。あなたたちはどうしてここで労働を? エンマに脅されたの?」
「わたくしらは、ばつを受けておりますのじゃ。アマテラスどの」
「あなたたちのような純粋無垢な存在が?」
「ゆずれないものがあったのじゃ」
罰。初めて会った日に、桃鬼さんもその言葉を使った。いいかげんな桃鬼さんのことだから冗談かと流していたが、本当なのだろうか。
お茶がなみなみと注がれたところで、桃婆が湯呑みを突き出した。
「そちゃでございまする」
アマテラス様が受け取ったところで、桃婆の視線が止まる。つぶらな瞳が高揚で輝いた。
「わあっ……はなじゃ! はなじゃ!」
一瞬、何事かと思ったが、すぐに理解した。
桃婆が夢中になっているのは、アマテラス様の冠のそばに挿してある、一輪の曼殊沙華だ。
「ひさかたぶりに見たのぅ。きれいじゃのぅ」
そうか、冥府には花が咲かないから、珍しいのか。
桃婆は曼殊沙華を食い入るように見つめ、小さな両手を伸ばす。
——アマテラス様が、湯呑みを取り落とした。
「触れるな!!!」
突然の大声に、わたしたちはびくっと飛び上がった。桃婆も反射的に手を引っ込める。布団に深緑色の染みが広がった。
「う、うえ、えええん」
桃婆がべそをかき始めた。桃爺がその背中をさする。
「泣くでない、泣くでない」
「みただけじゃのにぃ! とらんかったのにぃ!」
桃爺が、アマテラス様をじろりとにらみ上げる。
「……大人げないのぅ」
おっと、はっきり言った。
アマテラス様は湯呑みを拾うこともなく、固まっている。
何事に対しても余裕しゃくしゃくのアマテラス様が、幼児相手に血相を変えた。あからさまな拒否反応。半鬼との接触を嫌ったのか、それとも触れられたくない物があったのか。
「鬼のような御方じゃ! わあああん」
桃婆は涙をまき散らしながら、部屋を走り出て行った。桃爺が後を追う。鬼はきみたちだけれどね。
いきなり怒鳴られたことには同情するが、あれは重要なヒントだったのかもしれない。差し入れ以上のいい仕事をしてくれた。桃婆、ごめんね、ありがとう!
アマテラス様はじっとうつむいている。布団を汚したはずのお茶の染みは、すでに跡形もなく消えていた。
「申し訳ありません。子どものしたことですので、お許しください」
思い切って、踏み込んでみる。
「申し訳ないついでに……そのお花、いただくことはできないでしょうか? 冥府には彩りがなく、あの子もさみしい思いをしているのでしょう」
断られるとわかっていても聞く。これも取材のテクニックだ。記者は答えそのものだけを追い求めるわけではない。
言葉の出る速度。目線の方向。関節の動き。そうした視覚情報にも本音はにじみ出る。
「だめよ」
やはり、きっぱりと断られた。アマテラス様は絶対にこちらを見ない。曼殊沙華を守るように指先を伸ばしかける。しかし触れる直前で止まり、すっと下ろした。触れられないけれど手放したくない、そんな雰囲気だった。
「では、咲いている場所を教えていただけませんか?」
「冥界以外ならどこにでも咲いているわよ、こんな花」
「……ですよね」
その通り、どこにでも咲いている。曼殊沙華、別名、彼岸花。学校新聞に、秋の花のコラムを書いたことがある。田んぼのあぜ道を真っ赤に染める花。まるで燃え盛る炎が地表に噴き出したような、紅蓮の絨毯。情熱の色。
「なくなってもまた摘めばいい、という物ではないのですね。つまり、あなたにとっては、この一輪が特別。大切な物はないとおっしゃったのに」
アマテラス様は口をつぐんでいる。きっともう一歩、もう一押しだ。
経験のないわたしにだってわかる。花と、それにまつわる愛着。世間一般的に、その理由を想像するのは難しいことではない。
今こそ最初の話題に立ち返る。脇道なんかじゃなかった。あれこそが本題だったのだ。
「アマテラス様。女子会をしましょう。ちょうどお茶もありますし」
「えっ?」
思いがけない誘いに驚き、アマテラス様は振り返る。
わたしは落ちた湯呑みを拾い、いそいそと急須のお茶を淹れ直した。
「今は好きな方がいないとおっしゃいましたね。では、かつてはいかがでしょう?」
太陽神としての宿命を思い知る前。身分も立場も関係なく、恋に恋をしていた、若き日のアマテラス様。きっとそこに答えはある。
ペンを構え、ぐっと身を乗り出した。わたしの目は女子会にふさわしく、らんらんと輝いているに違いない。
「そのお花、誰にもらったのですか?」
平日は毎朝7時頃、土日祝は正午頃に投稿いたします。
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